闇の足音 先触れ
このまま、漫然と成人になるまで、この狭い屋敷で過ごすのかと半ば諦めていた、そんなある日だった。
屋敷の周辺を警備している警備隊隊長のティアースが駆け込んできた。
「奥様、アルト様、ディール辺境伯家の当伝令より、先触れが届きました。」
「ディール伯より、先触れですか?」
母上は眉をひそめた。
「ディール様の領地は当家に接しているとは言え、山を隔てた反対側であったかと。面識も他の貴族のパーティーで数度お見かけした程度だった筈」
「取り敢えず、先触れの書状を読んでみませんか?母上」
母上はその書状をみると、真っ青になった。
許しを得た上でその書状をみると、驚く内容が書かれていた。
簡単に纏めると
『辺境伯領の『ヴォーザル村』の近くにダンジョンができ、
魔物がダンジョンより溢れ、村へと侵攻を始めているとのこと。
急ぎ討伐隊を派兵したいので、当領を通過したいと叔父上に申し上げたところ快諾を頂いた。
ついては3日後に邸宅横を通過するので、伯爵家に列なる我が家に挨拶を致したい』
こんな内容だった。
「母上、山を隔てた反対の領地が辺境伯領とおっしゃってましたよね?何故『ディール』様はこちらに来られるのでしょう?」
「それは私が。」
ティアースが話を続けて良いか母上の方を向く。
母上が頷いたのを確認し、話を続ける。
「彼の『ヴォーザル村』の位置は、山の当家側の高地にあります。『アルト』様が冒険をされた『イチオスの木』のあった場所より、更に奥です。
当家からその村までは、かろうじて部隊(馬)が入れる道がありますが、辺境伯領の街からは山を越えて来なければならず、討伐隊を乗り込ませることは困難かと。」
「で、回り道になることを承知で当家領から入られると?」
「その通りでございます。」
「でも何で、そんな不便な場所に村など?」
「『アルト』様のお祖父様も不便さ故、辺境伯に押し付けた 。。。」
(母上の目を気にして、話を止めた)
「ゴホン、辺境伯に譲渡した村です。ただ、20年ほど前に『ミスリルの鉱床』が見つかった為、現在では重要な拠点になっています。」
「その割には、ミスリル鉱を積んだ馬車とか、この村を通っていないんじゃないんですか?」
「ああ、それは」
「それは?」
聞けば、山頂から辺境伯側の谷底まで、ロープが渡してあり、それを使って下ろしているのだそうだ。
当家領を通ると関税もかかるとかもあるそうだ。
「アルト、問題はそこではありません。」
母上が怖い顔をする。
「問題なのは、この屋敷近くの村に『ダンジョンが出来て』、『魔物が溢れ出て来ている』というところです。」
「取り敢えずディール伯が来られた時に詳細を伺われては如何でしょうか?」
※※※※※※
その後屋敷内での話し合いの結果、ディール伯の一行が来られるにあたり、急遽晩餐が開かれる事になった。
(『ディール伯』は武勇に優れた方と聞く。
お会いするのが楽しみだ。『ダンジョン』についても、色々聞きたい。)
しかしその思いは母上の一言により、砕かれた。
「アルトは、伯が来られている間、部屋で待機していなさい。」
「挨拶はさせて貰えるのですか?」
「必要ありません。」
そう言うと目を背けられた。
(何かあるのか?事情を知っていそうな人、家令のムラーノか使用人頭のセス辺りに聞いて見よう。)
※※※※※※
結果として、家の者の口は固く
何故自分が、家で開かれる公式の場に出られないのかは分からなかった。
(意外とこの世界では、成人するまでは一人前として、カウントされないのかな。早く大人になりたい。)
屋敷の2階より、到着した辺境伯軍の精鋭400騎が当家前に整列しているさまを眺め寂しく思った。
その日の歓迎の晩餐は夜遅くまで続き、
伯を含め数名の幹部はそのまま逗留したらしい。
あくまで、参列すら許されなかった為、食事を持ってきたメイドに聞いた限りであったが。
部屋からも出られず、する事も無かった為、早めに修行することにした。
そして目が覚めたのは夜明け前だった。
窓から外を見ると庭に人影があった。
幸い部屋付きのメイド(監視)は寝ているようだ。
そっと部屋を抜けでる。
庭に出ると2人の男が剣を打ち合っていた。
金のプレートメイルアーマーと赤のチェーンメイルを着た2人だった。
(重い鎧を着ていても剣ってあんなに早く振れるものなんだな)
二人とも体格はかなり良い。おそらく部隊長と副隊長であろう。
しばらく見つめていると視線に気がついたのか手を止めこちらを見た。
「おいっ小僧」
(俺のことか?)
「喉が乾いた。水を持ってまいれ」
(偉そうだな)
「嫌だ」
「無礼な」
赤いチェーンメイルの男が、詰めよってこようとする。
「まあ、待て。何故だ?」
「どのような身分の方か分からないが、人の屋敷での傍若無人な振る舞い、客人とはいえおかしいだろう。ディール伯の名前を汚すことになると思うが。それに、『小僧』ではなく私には名前がある。」
多少怖かったが、一気にまくし立てる。
「無礼な」
切りかかろとする、赤いチェーンメイルの男をプレートメイルの男が手で制す。
「失礼した。お名前聞いて良いかな?」
「嫌だ。」
「重ね重ね無礼であろう。」
赤いメイルの男が噛みつく。
「待て話を聞いて見よう。」
話を促された。
「人に名前を聞く前に名乗るのが普通だろう。鎧を着たまま、他の家の敷地で、年端もいかぬ我に剣を向けた上で名前を聞くのが辺境伯家の流儀ですか。」
切りかからんばかりの気迫で
チェーンメイルの男は俺を睨んだ。
(ヤバい切られる。でも、ただで切られるのも嫌だ。)
ありったけの魔力を集める。
「はっーはっは、お前の負けだ、『トーラス』」
愉快そうな声が響く。
そして、プレートメイルの男は兜を外し
小脇に抱えた。
「プレートメイルは流石に脱ぐ訳にいかないので、これで勘弁して欲しい」
メイルを取り、真っ赤な髪をかき分け
ニヤリと笑った。
「俺は『マート ディール ラインハルト』と言う。こちらのイノシシは『トーラス』。部下が失礼した。それで貴方の名前は?」
「『アルト オーガ二クス ラファス Jr』です。
知らぬ事とは言え、ディール伯 無礼のほど失礼致しました。」
頭を下げた。
「君がラファスの忘れがたみか。会いたかったぞ」
横ではイノシン?が声も無く真っ青な顔をしてる。
鎧を着た上、刃を潰した模擬刀で
打ち合いしていた筈にも拘わらず、
つーっと血が垂れている。
(ふう)
「ヒール」
傷は一瞬で治った。
「それは?」
「『ヒール』と言う治癒魔法です。」
「『ヒール』は何か知っている。
ただ、アルト様は病弱で寝込みがちな為、この別邸にて療養していると。。。
それ故、王都の魔法学園の入学も辞退されたと聞いているが。。。なのに白魔法とはいえ使えるのだな。」
イノシシは怪訝な顔をした。
「俺、いや私が病弱に見えますか?」
「いや。。。」
ふと見ると日が登りかけている。戻らないと部屋付きのメイドが母上に怒られるかな。
「そろそろ戻らねば、なりません。お会い出来て嬉しかったです。水はすぐにお持ちさせます。」
そう言って、俺はその場を離れた。
アルトがあわただしく去って後には
大笑いをしている二人が残った。
「トーラスどう思う?」
「世間で話されている話と随分違いますね。マート様」
「考えてみれば、あいつの息子がひ弱なわけわぁないな。」
「あの魔力の高まり、何をしようとしていたか分かりませんが、少し冷や汗をかきました。」
「そのまま爆発させてみるのも、一興だったかもな。」
「やめて下さい。万一負けたら物笑いどころじゃあすみませんよ。ディール軍は11才の子供にも負ける弱軍だと王国中に鳴り響きますぜ。おやぶん」
「ちっ。負ける気なんて全然ないくせに。相変わらず、からかいがいのない奴だな。で、本当のところは?」
「得体の知れぬ魔力があるとしても、まだ敵じゃあありません。あくまで『まだ』ですが。」
「しかし、きな臭いな。他領のことだから捨て置いても良いが、ラファスの忘れ形見を見捨てたとなると目覚めが悪い。トーラス誰かに背景を探らしておけ。」
「はい。」
「8時には出立。夕方には『ヴォーザル』に入るぞ。」
こうして慌ただしい来訪者は、去っていった。