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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

襲われ執事と悪役令嬢

作者: ぶちゃこ

「お止めくださいお嬢様!!」

いかにも貴族、といった淡い栗毛の高価なフリルを沢山あしらえた少女は止める使用人に耳も貸さず、一つの扉の前に 立った。この屋敷の若旦那の部屋である。


ドアノブを捻るが鍵がかかっていて開く気配がない。


「エリザベス様!坊ちゃまが中に居らしております!これ以上の無体はお婚約解消になりますわ!」

「構わないわ。鍵を開けなさい。」


中年の侍女頭を冷たく一瞥し、エリザベスは一層目尻を吊り上げる。視線で物が燃えるとしたら、きっとこの重厚な扉はあっと言う間に燃え尽きていただろう。


このままでは坊ちゃまが殺されてしまうのではないか、そんな不安が侍女頭の頭によぎる。それが実現されないことを神に祈りつつ彼女は恐る恐る固く閉ざされた鍵穴にそっと差し込んだ。



「どうして逃げようとするんだ!僕よりもアイツが良いって言うつもりか!!」

「うっ、やめ、て。あ゛ぁっ……いやだ……ぐぅ…げほっ…」




開かれた扉の先には首輪と足枷に繋がれ、両手を縛られた青年と、その青年を組敷き殴るこの屋敷の若旦那、ケビンの姿があった。

何度も殴られ、何度も涙を流したのだろうぐちゃぐちゃの顔の青年は恐怖で引きつっている。まさかこんな光景が広がっているとは……、侍女頭の想像を遥かに越えた痛ましい様子に、彼女は青年に駆けつけようとした。


「待って」

それを制すのはエリザベスである。


「貴女は屋敷の人間を集め子爵様に連絡を。」

「しかしあのままではあの青年が!!」

「“アレ”のことを思うよりも先に、貴女は“坊ちゃま”の心配の方が先でしょう?」


ケビンは明らかに犯罪を起こしている。監禁と暴行罪、奴隷のような扱いをすることは、自由を賛美するこの国では重罪、死刑にも繋がるのだ。

蒼白する侍女頭は直ぐ様言う通りに動いた。彼が捕まればこの屋敷に雇われている使用人は路頭に迷う。それは、彼女も同じだった。戸惑いながらも走り出す彼女をエリザベスは一瞥もせず眼前の二人に目を向けた。


今にもエリザベスに刃を向けようとするケビン、その瞳は驚愕も殺意に満ちていた。社交界で持て囃された凛々しい瞳は見る影もない。


何故婚約であるエリザベスがここに居るのか、何故余裕でいられるのか。その疑問に答えるものは誰もいない、しかし、このままでは自分から愛しい彼を取り上げられるだろう。憎しみによる殺意の炎はケビンの心を激しく燃やし、明らかに力量の違うエリザベスに今にも襲いかからんとした。


「何故邪魔をする!!僕らの仲を認めるといったのは君だぞエリザベス!!」



激しい剣幕だ、箱入り娘の令嬢には見せられないような顔だがエリザベスにとっては子犬の虚勢に過ぎない。鼻で笑うエリザベスにさらに挑発されたケビン。青年の上から立ち上がり、壁に立て掛けられた剣を取るとその剣先をエリザベスに向ける。


「ええ、わたくしは確かにこの子が“幸せ”なら執事の任を辞め、男同士であろうと蜜月を過ごしても良いと言いましたわ?」

「なら何故僕らの邪魔をする!!」

「……“嫌だ”といっても、その瞼を赤く張らして泣いても、殴られて青くなった頬や縄の跡がある首筋があってもっ。貴様は愛と語る気か!!バードンっ!コイツの愛情とやらは全てを捨てて終えるほど美しく尊きものか!?」



バードン、と呼ばれた青年はびくりと肩を震わせた。溢れる涙を拭いながら目の前の希望が幻ではないか頬をつねる。痛い。ああ、これは夢でも幻想でもないのだと思いバードンは溢れる涙を止めることができなかった。


捨てられたかと、思った。祝福というか、呪いといった方がいい体質のせいでエリザベスにいつも迷惑をかけていたから。だからケビンの「役立たずだから解雇されたよ」という言葉をバードンは信じてしまった。

自分の夢は恩ある伯爵家の自慢の執事として、エリザベスの頼れる存在になることだ。それがどうした。今は年下のエリザベスに助けられる立場だ。いや、こういうことで助けられるのは何時もの事だが、余りにも無様だ。


「……っ。ひめ、さま。」


戻りたい、叶うのならば、あの屋敷に。


そんなバードンの思いが伝わったのかエリザベスは淑女にあるまじき笑みを見せる。まるで商人が無知な客に割高で吹っ掛けた商品を無事売り飛ばした時のような、魔女が新しい薬を作り効果が思い通りに発揮したときのような凄まじい笑みを。


「答えなさいバードン!お前は今“幸せ”か!!?」

「いい加減にしろ!お前の洗脳が漸く解けそうだと言うのに!殺すぞ!!」


ケビンの向ける剣先が、エリザベスの白い喉触れ赤い筋を残す。それにも同様にしないことにすこし怖じけつくが、どうせ虚勢だと剣を下ろさない。


「言いなさいバードン!わたくしのことなど構わず、己の意思を!!」

「…俺は、いや私は……!ランドルフ家の執事です!!姫様!!」


バードンの瞳に希望が宿った。今までなぶり殺されようが構わないといった無気力で失われた光がエリザベスの叫びで再び戻ったのだ。


「バードン!!僕を裏切るのか!!!」


勢いよく降り下ろさそうになる剣。そしてエリザベスの細い首が撥ね飛ばされそうになるその時、何処からともなく表れた短剣がそれを阻む。


甲高い音が響き、火花が両者の間で瞬く。怯むケビンに対し淑女の嗜みである高く鋭いヒールが的確に鳩尾を食い込む。エリザベスは剣が降り下ろされた瞬間、袖口に忍ばせていた短剣を取りだし凶刃を防ぎつつ、軽やかな身のこなしで鋭い蹴りを食らわせたのだ。


エリザベスの瞳が猛獣の様に爛々と輝く。吹けば飛びそうな箱入り娘の皮を被った野獣は、倒れはしなかったが噎せるケビンを嘲笑った。


「この程度かしら?」

「ぐっ……この、化け物がっ!!」


再び向かってくるケビンを薙ぎ払い、ふっと小さなため息を溢す。


「バードン、後ろへ。すぐに終わるわ。」

「姫様……」

「大丈夫よ。“いつもの”ことでしょう?」


エリザベスはバードンを背に隠し(といっても身長差で全く隠せていないが)、哀れな恋の奴隷に一瞥する。

愛の女神の祝福は強力だ、この男もバードンの蠱惑的な魅力に抗えなかったのだ。一応婚約者だったので少々残念に思う。こんなやつでも儚い初恋相手だったと言うのに、ほんと私男見る目無いなぁ。と、未練のみの字さえない乾いた自分に自嘲し笑った。


その一瞬の微笑が挑発と受け取ったケビンは狂気に満ちた叫びをあげる。走り出せば、目の前の化け物に対する遠慮はなくなっていた。

年下のか弱い少女に簡単にあしらわれる苦痛、憤怒、憎しみ、嫉妬。吹き上がる黒い炎に身の内を燃やしながら渾身の一撃を奮う。


「お前さえっお前さえ居なければぁ!!!」

「その薄穢ぇ欲望をわたしくしの執事に向けないでくださいなっ!」


剣と剣は交差し、先程よりも一層強い火花が散る。カランカランと音をたて、ケビンの剣は折られてしまった。


勝負は決まった。


「僕が……負けるなんて」


座り込み呆然とするケビンをエリザベスは見下ろした。情けない。見ていて酷く胸が痛くなる顔だ。


帰るわよ、踵を返すエリザベスの後を追うバードンに、背後から声がかかる。


「待ってくれ!バードン!」

「ケビン様……」

「ひとつだけ聞かせてくれ……君は、今幸せか?」


バードンはそれを聞くと今まで見たことのないような穏やかな笑みを浮かべる。


「そうか……。」


何だ最初から勝ち目はなかったんじゃないか。ケビンは床に仰向けで横たわりながら、目から零れる汗に眉を寄せた。




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