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輸血 1

「今日の晩御飯は何にしましょうか。昨日が和風だったから今日は洋風?それとも中華にしましょうか…」


 そんなことを口走りながら、昼食のトーストをかじっているソフィアの前に、再び本が現れた。


「!?――この仕様はちょっとビックリしちゃいますね…。変えましょう。このままだとお外にいる時に書き込まれたら大変ですし。」


 そういうとソフィアは本をスマートフォンの画面に当て、気合一声押し込んだ。


「えい!」


 すると本はスマートフォンの画面に吸い込まれた。


「ふう。これでいいですね。あとは着信音の設定を…あれ?どうやるんでしたっけ…」


 トーストを食べることも忘れて、ソフィアはスマートフォンの設定に没頭していった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


“輸血とは血液成分の不足を自分や他の人の血液で補う治療のことです。しかし、輸血に伴う副作用や合併症の危険性も存在するため――”


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「しないで済むならしない方がって当然の考え方よね。確かC型肝炎とかって輸血だったような…」


 『ソフィアの白紙文書』の第1章に現れた「輸血」の概説についてのページを読みながら、唯はつぶやいていた。

 そんな彼女の傍らには当然のような顔をしてカモミールが控えている。

 しかも後ろから覗き込むように一緒に読んでいるので普通ならば気になろうものだが、カモミールは幽霊で気配が極々薄いため、全く気にせずに唯は読み進めることができた。


「う~ん…枕席輸血ねぇ…その方法だと血を失敬出来ないからパスね。これはなし。飛ばして…」


 導入したい技術は「輸血」だが、「輸血」の導入が目的ではないのだ。なんとも自分勝手な事を呟く唯。


――すると目的は全血輸血の普及ですね?


「そうそう。って言うか全血輸血?どういうこと?輸血って血を入れるんじゃないの?」


 読解と思考に没頭している唯も、初めて知る知識と不思議な本に気を取られているカモミールも、謎の声が話しかけていることに気づかない。

 そして、唯の疑問に答えるようにページが勝手に後ろへと捲れていき、血液製剤について記述された章が開いた。


「血液製剤…?うえ。成分別か~。いずれ試してみても良いかもしれないけど、なんかダメっぽい気がするわね。」


――そうですね。では。


 そして再び本が独りでにページを繰り、全血輸血の問題点についてのページが開かれた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


“当初はもっぱら用いられていた全血輸血ですが、現在はあまり一般的ではありません。なぜなら血液成分それぞれが保存条件が異なるため、分離しないと極端に保存期間が短くなってしまい――”


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「なるほど。じゃあまずは保存方法ね。カモミール。ちょっと聞いてもいいかしら?」

「はい。仰せのままに。」



 カモミールと、事態の進行に気づいてやってきた他3人に聞いてみたところ、魔法によって時を止める事は可能であること、そしてその効果が付与された金庫は普通の町ならば冒険者ギルドに1つはあることが分かった。

 そういった金庫のような魔法が付与された道具のエネルギー源として、モンスターの心臓にあたるコアが使用されていることを聞き、多少の思うところを得つつ、ひとまず唯はその金庫を一つ入手してみることにした。


「というわけで、その時を止める魔法?のかかった金庫と、とりあえずその中に保存してみる血とかがほしいんだけど…」

「ならば某にお任せ下さい。お望みの品、見事入手して御覧に入れましょう!」


 そんな唯の要望に応えたのは八本腕の骸骨、タイヤンだった。


「町を襲撃とかはダメよ。私は平和を愛してるの。」

「ご心配めさるな。姫様が厭われる事にはなり申さん。」


 そして唯の許可を得たタイヤンは、子飼いのデュラハンたちと共に出陣していった。



 タイヤンが向かったのはアシュリ城からはるか東方にある自らの故郷。三日三晩駆け続けてたどり着いた故郷には自らの子らもすでになく、仕えた王朝は戦った王朝に滅ぼされ、その敵たる王朝もすでに廃されていた。

 そんな彼の故郷たる地の宿痾に汚職があった。汚職に走る官吏がとにかく多いのだ。

 もちろんまっとうな官吏もいる。ただ、汚職官吏の多さから、汚職官吏に賄賂を贈った汚職官吏の出世がどうしても早くなってしまう傾向にあった。そして、汚職官吏たちには必ず彼らの頂点に君臨する時のトップが存在するのである。


「さて、当代の汚職王は誰であろうか。」


 彼とその子飼いたちは早速調査を開始した。



「ふむ。州知事の地位が欲しい、と。ならば――」

 時の王の腹心、ジャンピンはその日もいつものように買官を望む者との面談を行っていた。


(金を持たない愚民は儂の事を悪しざまに罵るが、金のある者を引き立てて何が悪いというのか。金を稼げぬ愚物を上につけるよりよほどましであろうにな。)


 空き時間に魔法の金庫から珍味を取り出し食しながら、ふと内心で考えた事に、背後から答える声があった。


「他者を踏み台にせぬのならばそうであろう。或いは親の七光りなくとも同じ結果になる者ならばさにあらん。なれどそうではないであろう。ならばこそ、うぬ等は罵られるのよ。」

「何者じゃ!」


 咄嗟にジャンピンが放った抜き打ちは、汚職官吏の頂点に立つ者には不相応なほどの鋭さを持っていた。それはジャンピンがこの地位に上り詰めるだけの人物であることを証明していた。しかし――


「欲に眩んだ剣よ。そのように濁った剣では某は切れぬ。」


 侵入者たる偉丈夫に通じなかった。


(名のある武将か?儂の剣を受けるとは…。だが!)

「者ども出会え!侵入者じゃ!――さて、直ぐに儂の手勢が駆けつけるぞ。死にゆく者よ。名を、聞いておこうか。」


 泰然とそう問うたジャンピンに、侵入者は髭をしごき、答えた。


「タイヤンという。100年ほど前に死んだ将である。」


 そういう偉丈夫の体が透けていき、ついには骨だけになった。


「すでに死した身ゆえそなたらに殺されることは出来ぬ。また、そなたの手勢が駆けつけることはない。」


 タイヤンはそう言うと、両の手に持っていた大剣で壁を切り裂いた。その向こうには、壁に手足を磔にされ、頸動脈を切られてその血を盃に溢している、ジャンピンの手勢の姿があった。


「な――」

「案ずるな。うぬもすぐにああなる。」


 そういったタイヤンの剣が、ジャンピンの体を壁に縫い付けた。


 その日、ジャンピンの一族は族札された。数多の汚職の証拠が寝入り端の皇帝の寝所に血塗りの大剣と共に届けられた。

 また、ジャンピンの屋敷の前にはその非を糾弾する高札が立てられ、その財貨は屋敷の門前に積み上げられた。

 人々は財貨に我先にと殺到したが、その財貨を持ち帰った裕福な者が、翌朝首を斬られて発見され巷間をにぎわすこととなる。富者の怪死の一方、財貨を得た貧者はあるいはそれを日々の糧にし、あるいはそれを元手に再起を期していった。

 この事件は犯人不明の未解決事件なり、天罰が下ったのだと囁かれ、しばしの間汚職を抑制したのである。

 そしてジャンピンが珍味を保管していた時を止める金庫が失われた事は誰にも気に留められることはなかったのであった。



「姫様、タイヤン只今戻りまして御座います。お望みの品は此れに。」

「お疲れ様。どうやって手に入れてきたのか、一応後で聞かせてね。」


 そういって金庫を差し出したタイヤンをねぎらった唯が早速金庫を開けると、中には血が満ちた盃がいくつも収められていた。


「…これ、何?」

「副産物に御座います。ささ姫様、一献如何ですかな?」


 そう言って盃の一つを差し出してくるタイヤンを無碍にもできず、その盃を受け取ると唯はその血でのどを潤した。


「あら?かなり上質じゃない、これ?」


 唯のその言葉に、カラカラと笑いつつ、タイヤンは答えた。


「お褒めに預かり光栄の至り。なればしばしお傍に居させていただいて宜しゅう御座ろうか?姫様のお傍が一番心地が良い故に。」

「ええ、いいわよ。さて、じゃあ都合よくたくさんの血も手に入ったし、次の段階に移りましょうか!」


 タイヤンの願いを聞き届けた唯は、傍に控えていたリリとカモミールにそう声をかけ、次の段階に移った。

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