輸血 序
満月の晩にだけ現れるダンジョン、アシュリ城。その最上階のバルコニーから下を見ながらで、足集利唯は頭を抱えていた。
(なんでこうなったの…)
唯は直近の記憶を思い起こしていた…
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唯は受験生である。滑り止めで受けた私立大と、第二志望の私立大には無事合格したものの、第一志望の国立大は前期日程試験では不合格だった。
そして、今日は第一志望の後期日程試験結果発表日である。
「3番は…ない!?なんで!センターの結果だと80%だったのに!だから小論文はイヤなのよ!どうせ息の臭そうな禿親爺が偉そうに採点してるんでしょ!……う~~そういうやつらが好きそうな内容にしとけば良かったかな…」
色々と失礼なことを言っているが、前期日程試験は学科試験である。単純に点数が…いや、縁が無かったということにしておこう。
だが、泣こうが喚こうが不合格の結果は動かない。もう一度人だかりの中に行き、未練がましく掲示板を眺めても無いものは無かった。
そんな唯の後ろでは大学のラグビー部っぽいガタイの良いお兄さんたちが、合格したと思しき喜びの声を上げていた受験生を胴上げし始めた。
「はぁ…不毛だわ。帰ろ。」
合格者の歓喜の表情の中をイライラしながら抜け、泣き崩れる不合格者を蹴っ飛ばしたくなる衝動と戦いつつ、唯は構内のバス停へと歩いていった。
(ハイハイ合格オメデトウ!って感じだし、第二志望受かってるから泣き崩れて悲劇のヒロイン気取る気にもなれないし…はぁ、なんか損してる気分…)
考え込みならがら歩いていた唯の後ろから、脱輪したバスのタイヤが猛スピードで――
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「ねえ君。異世界に行くならどんな加護が欲しい?」
「もっと美人になる事と殺されないだけの力かな。」
「じゃあカインの加護だね。いってらっしゃ~い。」
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目が覚めたらここに居た。
(う~ん…なんか咄嗟に欲望丸出しな事を誰かに言っちゃった気がしたけど…ま、まあいっか。今ここには私しかいないし。気のせい気のせい。)
いつまでも下を見ていてもしょうがないし、と思いなおして踵を返した窓ガラスには、金髪紅眼で、唯の目鼻立ちをくっきりさせた感じの美女が映っていた。ただし犬歯付きで。
「はい?」
困惑し、窓ガラスの現身を見ながら顔に手を這わせている彼女の横に、悪魔のような羽のある、中学生くらいの裸の女の子が現れて言った。
「無事のお目覚め、お喜び申し上げます。お渇きでしょう?こちらをどうぞ。」
女の子が突然現れた事や、裸な事、翼があることなどを尋ねようと思った唯だったが、差し出された豪華な盃の中に入った赤い液体を見た瞬間に猛烈な渇きに襲われた。
全てがどうでもよくなった唯は、女の子から奪い取るように盃を受け取るとその中身を一気に飲み干していた。
一滴も残すまいと盃を逆さにし、その縁を舐めていた唯がその試みを諦め、盃を女の子に返そうと意識を外に戻すと、バルコニーの中の室内には4体の異形が跪き、頭を垂れていた。
・悪魔のような羽のある中学生くらいの裸の女の子
・所々が腐り、骨が露出したドラゴン
・鎧兜を身にまとった八本腕の骸骨
・髪も目も肌も服も全身が真っ白で向こう側が透けて見える20代後半の女性
「「「「これより我らは御身をお守りし、この城にて人間どもを迎え討ちます。なにか御用がございましたら何なりと我らにお申し付けくださいますよう。」」」」
「待って待ってちょっと待って!」
自分が今いる場所も、ガラスに映る自分の姿も、目の前で跪く異形たちも、何もかもが分からなくなった唯は、どうやら意思疎通ができそうな異形たちに諸々尋ねてみることにした。
結果わかったのは以下のようなことだった。
・唯は新しく現出した不死系モンスター最高位の吸血鬼“夜の女王”である
・今いる場所は唯と共に出現したダンジョン“アシュリ城”であり、唯の力でこの世界に存在している
・“アシュリ城”は唯と同じ属性のモンスターにとって居心地が良いため、自分たちは惹かれてやってきた
・“アシュリ城”の中に入ったモンスターは、唯の支配下に入り眷属となる(ただし唯と対等以上の存在は眷属とならない)
・自分たちは唯の眷属になった種族の中で最も強いため唯の直臣として他の眷属を統べる地位についた事
・それぞれ夢魔、ゾンビ、スケルトン、悪霊の代表者である
・唯の“アシュリ城”のように強大なモンスターによって出現するダンジョンには、討伐のための冒険者がやってくる
非常に喜ばしくない情報だらけだった。モンスターである。美人で強くてもモンスターはよくない。討伐されてしまう。
が、確認してみたところ唯が目覚めていなかったため、眷属たちは活発な活動を控えていたらしい。
それを幸いに、唯は不必要な侵攻などはせず、城まで討伐に来た冒険者の撃退のみに万全を期すため専守防衛に専念するよう命じた。
しかし、ダンジョンとして城は出現してしまっている。ひょっとしたらもう討伐依頼が出されていたり、討伐隊が結成されているかもしれない。
モンスターとして討伐されたくない唯は、人間の町に行き、様子を探ってみることにした。
「あなた達の中に人間の町に出入りしている人はいる?」
一人で行くのは不安だった唯は、直臣だという4人(?)に聞いてみた。
「それでしたら私めが。ですが、御身の渇きを癒すものでしたら、我らがこちらにお持ちいたしますが…」
(さっき飲んだのってやっぱりアレなの!?はぁ…少なくとももう身は完全にモンスターじゃない…)
何やら意図しない発言で心にダメージを負いつつも、唯は答えてくれた裸の女の子に言った。
「私たちに対する人間の対応を自分の目で確かめたいの。色々わからないまま一人で出歩くのはよくないと思うから経験者が居たら付いてきてほしいな~って思って。」
「なるほど。偵察ですか。畏まりました。お供いたします。」
あまりのモンスター思考に内心頭を抱えつつ、モンスター相手にモンスターになった自分が人間として指摘するのも虚しいと思った唯は誤解をそのままに町に行ってみることにした。
「お願いね。じゃあ、案内してもらえるかしら。」
町へ向かう道中。唯は案内してくれている直臣の夢魔に人間たちについて聞いてみることにした。
「ねえ、人間たちはどんな暮らしをしているの?」
「それについては…直にご覧になられた方が早いかと思います。私は御身と同じく生まれた時から夢魔なので人間の暮らしはよくわかりませんので…お役に立てず申し訳ありません。」
「ううん、そんなことないわ!変なこと聞いちゃってごめんね。え~っと…」
恐縮してしまった夢魔を宥めようとした唯は、名前を聞いていなかったことに気が付いた。
「そういえばあなたの名前はなんていうの?」
「リリと申します。」
名前を聞いた唯は、リリに一番気になっていたことを聞いてみた。
「ねえ。なんでリリは裸なの?」
「夢魔の性といえばよいのでしょうか。食事時はたいてい裸ですね。あとはその…アシュリ城のような心地の良い魔力が満ちている場所でもつい…」
「町にそのままで行ったりはしないわよね?」
「そ、それはもちろんです!」
城を出た後も裸のままだったことに気が付いたリリは一気に茹蛸のように真っ赤になると、慌てて服を出現させた。
「あら、それ便利ね。どうやったの?」
「いえ、どうといわれましても…そう思えばそう出来るものではないでしょうか?」
その言葉を聞いた唯が犬歯を無くそうと思ってみたところ、すぐに効果が表れた。
「あ。消えた。便利ね、これ。」
当たり前のことを聞いてきて、当たり前のことで喜んでいる唯の事を不思議そうに眺めているリリに、唯は自分のような異世界から来た人が他にいるのか聞いてみることにした。
「ねえ。笑わないで聞いてね。」
「はい?何でしょうか?」
「わたしはあそこで起きる前、こことは別の世界で生きてたんだけど、そういう人って他にいるのかしら?」
その言葉にリリは目を見開くと、飛びつかんばかりに唯に聞き返してきた。
「それほんと!?じゃあユイ様ってばあの人間と同じなの!?」
あまりの食いつきに若干引きつつ、唯は会話を続けてみた。
「ええ。地球のっていう星の日本っていう国で受験生…じゃなかった、高校生をしてたんだけど…」
「ジュケンセイ!それってシケンとかいう登用制度を受ける人のことですか!?」
「登用制度って…まあそうだけど。」
そう答えるとリリは唯に飛びついてきた。
「ユイ様が同じ!あの恐ろしく忌々しい人間と!やったやった!ユイ様は私たちの希望です!」
リリのその歓喜を共有できない唯は、彼女にとってはそんなことよりも重要なことをリリに告げた。
「ねえリリ。そんなに喜んでもらえて私も嬉しいわ。お願いだからそのままでいてね?」
「ん?なにが?」
「口調とか態度とか。あんなガチガチにされてると私も肩凝っちゃうから。」
「あっ!しつれ――」
「ダーメ。そのまま。別の世界から来たばっかりで私も不安なの。あの中ではあなたが一番安心できる見た目だし、そのままで私に接して。お願い!」
お願いされてしまうと、リリは困り果てた風でしばらくの間視線を泳がせていたが、やがて決意した表情になると頷いた。
「うん。わかった。…これでいい?」
「ええ。これからよろしくね、リリ。」
唯から手を差し出すと、リリはおずおずと手を取った。そして、2人は手をつないで町へと向かっていった。
「ねえ、リリ?」
「なにー?」
「その、わたし以外の異世界人なんだけど…会えるかしら?」
「あ、それムリ。250年くらい前に死んじゃってるから。」
「……」
輸血の序なのに輸血の輸の字も出てきません。ごめんなさい。
次は「輸血 序(承前)」です。