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水道 3

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“水源地が決まったら、測量士と坑夫、木工または金工職人を集めてください――”


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 まずブランタイヤ城駐屯軍の工兵隊と魔法使い達が集められた。


「ここにいる皆には水路を築いてもらいたい。河から畑に水を引いたりしてるようなヤツだ。」


 健一のその言葉に工兵たちは首肯したが、魔法使い達は一斉に不満を述べ立てた。


「水路ならば工兵隊だけで十分でしょう。何故我らまで集められたのです?」


 魔法使いたちの不満に対して、健一は激昂することも、不貞腐れる事もなく答えた。


「その不満は最もだと思う。話の仕方が悪かった。悪りい。不満だと思うがちっと我慢して聞いてくれ。」


 王都の宮廷魔法使いや文官の知り合いの話に聞く勇者との違いに戸惑いつつ、魔法使いたちはひとまず話を聞くことにした。

 魔法使いたちが席についてくれたのを見て、健一は切り出した。


「水路っつっても既存のヤツとは距離も規模も作りも違う。きっと工兵だけで作ったらかなりの時間がかかっちまう。」


 そういって健一は地図を広げた。


「今回作る水路は厳密には水路じゃない。『水道』だ。初めて作られるものになるな。『水道』ってのは難しく言うと“人工による水の安定供給システム”で、簡単に言うと井戸以上河川湖沼未満の小川だとでも思っといてくれ。」


 わかったようなわからないような表情を浮かべる面々を前に、健一は説明を続けた。


「で、具体的にはここから20km離れたとこにあるルクワ湖の水を持ってくることになる。もっと近い川とか湖もあるが、ルクワ湖のが一番いい水だってことで一応軍議の結果決まってる。」


 その言葉に、軍議に出ていた工兵隊長と魔法使い長が頷いた。


「今回皆に頼みたいのはルクワ湖からブランタイヤ城まで水を持ってくるための特殊な水路『水道』の敷設だ。『水道』の特徴としては、道中の水路には天井が必要な事、地面か地下がメインになることがある。あとは傾斜を厳密にしなきゃいけないとか他にもまあ色々あるが今重要なのは天井が必要になるってことだ。」


 距離の長さと天井までもが必要であるということを聞いた工兵達は俄かに騒然としだした。それを封じるように健一は言を継ぐ。


「普通にやったらとんでもなく大変な工事になるよな!で、エリザベスが防御魔法として土の壁を作ったりしてたのを思い出した。エリザベスにも確認したんだけどあれってそのまま残るんだよな?」


 その言葉に、土属性が得意な幾人かの魔術師が答えた。


「戻るようにすることも可能ですが、それにも魔力を使うので特に必要がなければそのままですね。」


 その言葉に健一は笑みを返して続けた。


「だよな。それって工事に使えないか?俺は使えると思う。だから、魔法使いの皆にも協力してほしい。頼む!」


 そういって頭を下げた健一に、しばらくざわついていた魔法使い達も、やがて静かになった。


「魔法を工事に使うとは…結果によりますが画期的なことかもしれませんよ?『水道』といい魔法を工事に使うことといい…勇者様はとんでもないことを思いつかれるのですな。」


 照れて頭を掻きながら、健一は言った。


「どっちも俺が考えたことじゃないぜ。水道は普通に使ってたものだし、今回提案できたのだって俺の力じゃねえしな。それに魔法を使っての工事なんてのは書いてる小説もあったしよ。」


 その後は必要な道具の確認作業に入った。

 水道は1/3000の傾斜が通常規格になるため傾きを測量する技術が必要だが、これはディオプトラが存在していたため問題なかった。

 また、町の外を走る水道の大部分を構成する導水渠は天井を覆った縦長の楕円形(横約1m弱、高さ1.5~2.5m)の水路だが、水勢を確保するために内部をセメントで滑らかにしなければならない。これもセメントがあったため問題にはならなかった。

 これらの確認の後、具体的な作業手順の検討に入った。

 工兵隊、魔法使いたちが協力を約束してくれたため、健一は『ソフィアの白紙文書』を示して具体的に検討することにした。

 王都にいたままの健一ならば『ソフィアの白紙文書』は自分とアンだけの秘密にしていただろう。だが、皆と協力して、適材適所で事に当たることの重要性を知った今の健一には、『ソフィアの白紙文書』を他者に見せることに躊躇は無かった。



 健一が工兵隊や魔法使い達と水道の町の外の部分について話し合っている時、アンはブランタイヤ城の行政官とブランタイヤ城の城下町、並びに近隣の開拓地を視察。

 城下町の各区画と近隣開拓地の水道計画案を作成し、健一の元にやってきた。


「ケンイチさま。水道の利用案を持ってまいりました…」


 そこでアンが見たのは『ソフィアの白紙文書』を机上に広げて、具体的な工事計画について議論を重ねる健一たちの姿だった。


「お、アンおかえり。どうなった?」

「あ、はい。城下町の発展は各国の総意ということでしたので、現状計画されている城下町の全区画に水道を引くことになりました。残余分が農業用水になります。」

「わかった。それじゃあ…と、ちょっと本借りるぜ。」


 そう断ると健一は『ソフィアの白紙文書』の、町に水を入れる前に設置すべき調整池と、併設の沈殿槽のページを開いて示した。


「こういうものを作る必要があるんだ。お願いしてもいいか?」


 健一にそう言われた行政官は諾意を伝えると健一に許可を取り、熱心にそれらのページを写しだした。


「あとその次に街中の水道管と分水施設についての章がある。そこも参照しといてくれ。」


 健一がさらに行政官に言ったところで、アンは健一に近づき小声で問いかけた。


「あの、ケンイチさま?」

「ん?どうした奥さん。」

「あの『文書』は皆さんに見せてしまってよろしかったのでしょうか?」

「ああ、だって皆で作るもんだしな。俺はあくまで勇者であって『水道』作りに役立つ専門家でもねえし、あっちでもただの高校生だし。専門家に見てもらったほうが早えだろ。」


 そういって笑った健一の表情は清々しく、異世界人ではなく真にこの世界に生きる人になった者の表情であった。

 アンは嬉しくなり、凱旋式よりも誇らしくなって答えた。


「そうですね!流石はケンイチさまです!」



 そうして始まった工事は、初めてでありながら実に順調に進んだ。

 水源ではルクワ湖の横に突き当たる坑道を掘り、水面よりもはるか下の清らかな湧き水が引かれた。

 道中の谷はサイフォン式水路で越え、途中をふさぐ山には坑道を掘って突き進んだ。

 各所にメンテナンス用の竪穴が掘られ、それに蓋がされた様を見て健一が「マンホールだな」と言ったことから、この世界でもマンホールはマンホールになった。

 町付近に来ると水道の高度を維持するために水道橋が作られ、そこから調整池兼沈殿槽へ、さらにそこから分水施設へと水が下り、最後に各水道管へと流れていく形が整えられた。


 そしてすべての施設の工事が終わり、ついに世界初の『水道』が完成した。

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