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水道 2

 スマートフォンで健一とアンを見ながら、ソフィアは里芋の皮を金たわしで擦っていた。


「とりあえず着手は出来たみたいですね。では次は、と…」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


“事業に着手した際に真っ先に行うべきは水源の選定です。水源には山地の湧き水が適しています。水質調査を行いましょう。まずは複数の水源から水を汲んできて、目検を行い――”


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ローデシア王都を出て2週間。健一とアンの二人は魔王上付近の荒野改めニサヤランドに到着した。

 荒涼とした大地は乾燥した土で覆われ、緑といってももっぱら草で、樹木は非常に少なく、また有ったとしても灌木である。

 その北端には山脈が広がっており、山脈を越えた向こうは氷雪地帯になっている。

 旧魔王城はその山脈に面しており、前面を幾重もの城壁に、後背を山脈に守られた堅固な平山城である。

 その旧魔王城も現在ではブランタイヤ城と名を改めており、人類側の拠点として人類連合軍が駐屯していた。


「新しく出現した記述にふさわしい地のようですね、ケンイチさま。」

「そうだな。これで水源もなさそうだったらやばかったぜ…」


 ブランタイヤ城を前に、ひとまずの安堵を得ている二人の元に、一組の男女が近寄ってきた。


「お久しぶりです。アン王女殿下、勇者ケンイチ殿。」

「嫌気がさして都落ち?難儀よねぇ、貴方達も。」


 堅い口調の男性騎士はバートン。ローデシア王国の騎士団長の地位にあり、王国随一の剣の使い手として健一に剣術を指南した人物である。

 魔王討伐の際にも同行し、その剣の腕と沈着さで健一を大いに助けた30前後の筋肉質な長身の偉丈夫である。

 砕けた口調の女性はエリザベスといい、健一をこの世界に召喚した魔法使いである。豊富な知識と強大な魔力を持つ魔法使いで彼女もともに魔王討伐を行った仲間である。

 年齢不詳の妖艶な美女なのだが、貴族嫌いで有名で、凱旋の際にも貴族相手の騒動を起こしたためブランタイヤ城に左遷されていた。


「ばっか。都落ちじゃねえって。縁起でもないこと言わないでくれよ。」


 笑いながらエリザベスに突っ込む健一の目には、もう陰りは見られなかった。


「まあ、確かにそんな顔じゃないわね。じゃあどうしたの?左遷された私たちを慰問しにでも来てくれたの?」


 そういって健一にしな垂れかかろうとするエリザベスの首根っこを?まえ、ハムスターを運ぶように持ち上げたバートンが口を開いた。


「そんなわけがあるまい。して、アン様、ケンイチ殿。何用でございましょうか?」


 真面目な顔でそう問いかけるバートンに、健一が答えた。


「『水道』を作りに来た!」

「『水道』…?それはいったいどのようなものなのですかな?」


 解せぬ顔をするバートンに、道中健一から話を聞き、また『ソフィアの白紙文書』にも目を通していたアンが言を継いだ。


「ニサヤランドの荒野に水をもたらす構造物です。駐屯軍の皆様にもご協力いただければと思っております。」

(そうか…元居た世界の言葉で言ってもダメなんだな。当たり前が違うんだ…)


 アンの伝え方、言葉の選び方を、目から鱗の思いで聞いた健一は水道建設の間に少しでもアンから学ぼうと決意していた。

 しかし、そのアンの言葉にエリザベスは呆れたようにため息をついて問いかけた。


「水を?それができるのならとっくに私たちがしているわ。川は山脈の反対側には多いけど、こっち側に流れてくるのはゼロ。井戸とか湧き水はあるけど、駐屯軍の飲み水でいっぱいいっぱいよ?」


 その言葉に健一は咄嗟に問いを返した。


「山中とか山脈の向こうに泉や湖はあるか?」

「山中にはありませんな。山脈の向こうの氷雪地帯にはいくつかあることを確認しておりますが…」


 そんなバートンの答えに、健一とアンは笑みを浮かべて頷き合い、バートンとエリザベスに言った。


「では、まず水質の調査ですね。ご協力をお願いいたします。」



 翌日から手分けしての水源探索とサンプルの採取が行われた。

 水源は山脈を超えた先にあるとのことだったため、駐屯軍から斥候隊を派遣して山脈を越え水源候補の大捜索が行われた。

 当初は健一が自分で行くといっていたのだが、戦力としての勇者は1個大隊以上であるため、健一はブランタイヤ城で睨みを利かせ、駐屯群の斥候隊で水源探索を行ったほうが効率的であるとのバートンの言が容れられた形となった。

 その結果、わずか1週間で5つの河川湧水地と、12の湖、1つの熱水泉が見つかった。


(すげえ…俺一人じゃこんなに早く、こんなにたくさん見つけられなかったろうな…)


 この結果も、勇者として結局自分が一番だと思っていた健一に一つの変化をもたらそうとしていた。

 水源地の探索が終了したので、サンプルを採取しての水質調査が始まった。

 城内の井戸水は今まで飲用水として問題がなかったため、城内の井戸水が基準になった。


 まずは目視で

・水は澄んでいるか

・色はついていないか

・不純物は入っていないか

がチェックされた。


 次に沸騰させて、泡が立たないかどうかや、不純物が浮かび上がってこないかも調べられた。

 最後にそのまま水甕にいれて数日間放置し、腐りやすい水かどうかの確認が行われた。


 最後の確認をしている間に、アンがエリザベスを伴って水源地付近の調査を行うことになった。

 これは魔法使いとしての知識と、癒し手としての能力からなされた人選であり、この時健一は自分が行くと言うことはなかった。

 ただ「この段階で失敗したら全部一からやり直しになっちまう。だから、頼む。ニサヤランドはしっかり守っとくからよ、二人とも気を付けてくれよ」とだけ(主にアンを見つめて)言って、送り出したのである。



「で?いったい何があったの?異世界人様に。」

「エリーは相変わらずケンイチさまに辛辣ね…」

「この世界の勇者としては評価してるし嫌いじゃないわよ?仲間だしね。でも異世界人としての色が出てきたらもうダメ!元居た異世界がどんだけ進んでたんだか知らないけど、あれだけ上から目線の異世界自慢をされちゃあね。」


 水源調査の道中に話題になるのは当然健一のことになる。とは言ってもエリザベスのトーンにはかなり皮肉なものが混じっている。 


「でも、具体性も実現性も無い夢物語ばっかりだったと思ってたんだけど?」


 希代の智者にとって、健一の故郷の話は自らの世界を遅れ劣った世界であるかのように論じる不愉快な話だったようだ。

 あるいは健一を揶揄し嘲弄している人々もこういった感情を持ってしまったのかもしれない。

 その言い草にムッとしたアンはエリザベスに反論した。


「夢物語ばっかりではなかったでしょう!?私たちの考え方が古いから出来ない制度のお話もなさっていたはずです!確か…義務教育や、普通選挙といったことを!」


 そんなアンの怒りも暖簾に腕押しとばかりに受け流し、エリザベスは答えた。


「でも、それは現実に即していない上に、私たちの世界には必要のないご高説よ。そう思わせない提案の仕方とか、必要性のアピールとかが出来てれば違ったんでしょうけどね。」

「ならどうしてそれをケンイチさまに言って差し上げなかったの!?」

「言ったさ…流石にね。でも話題がよくなかったんだろうねぇ…ケンイチは自分の正義を疑ってない感じだったし、私は現実味がない、良くないだけじゃ説得力もない、馬鹿言うな!ってなっちゃってねぇ…その後すぐに私が左遷されたからそのまま、ね。でも成長は感じてるんだよ、私も。あの事も水に流してくれてるみたいだし、やり方もちょっとは賢くなってるし。」


 そのエリザベスの言葉に、アンはエリザベスをしばし見つめた後、クスリと笑みを零した。


「そうね。ケンイチさまも私も、少しずつ進歩しているのでしょうね。」


 そんなアンをバツが悪そうに見て、エリザベスも言った。


「なら、今回の『水道』とやらがうまく言ったら、私ももう少し歩み寄ろうかしらねぇ…」

「もう協力してくれているじゃない。ありがとう、エリザベス。」


 正面から見つめられてアンにお礼を言われたエリザベスは、顔を背けて前に出た。


「仕事が遅いなんて思われちゃ嫌だわ。早く行きましょう。」

「エリー?」

「何よ?」

「耳、真っ赤よ?」



 エリザベスとアンが行った水源地調査は以下のようなものだった。

・水源地付近の草木の生長状態

・水源地付近の土壌の色など

・付近の動物の健康状態

 それとともに、浄化魔法や解毒魔法等も使って魔法的な調査も行ったのである。



 そして、アンとエリザベスが持ち帰った調査結果と腐敗試験の結果を元に、ブランタイヤ城駐屯軍の軍議で最終選定が行われた。

 結果。約20km北東にあるルクワ湖が水源に選ばれた。

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