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水道 序

 田中健一は異世界に召喚された勇者である。いや、正確には勇者であった、といったほうが正しいかもしれない。

 1年前にこの世界を脅かしていた魔王を倒し終わっているのだから。


 魔王軍との戦いにおいて、彼の力は人類を率いるにふさわしいものであった。

 この世界で修練を尽くしてきた騎士たちをも凌駕する身体能力と、強力な雷属性の魔力…

 県立高校に通う高校生であった彼は、召喚されてから1週間の訓練で騎士団長と互角の剣術と、召喚の儀式を行った宮廷魔法使いも舌を巻く魔法の腕前を披露するに至った。

 また、彼を召喚した王国の王女から回復魔法も教わり、多少とはいえ回復魔法まで会得したのである。


 さらに1週間の時を準備に費やし、召喚から2週間後に満を持して旅立った後は、彼に同行した王女、騎士団長、宮廷魔法使いとともに快進撃を続けた。

 各地で魔王軍を撃破するとともに人類の希望の象徴として人類を一つにまとめ上げ、2年にわたる冒険の末に人類連合軍の旗頭となり、その先頭に立って魔王城を攻略。

 ついに最深部で魔王を倒したのである。


 冒険の中でお約束として王女と恋仲になっていた彼は帰国後すぐに王女と結婚。

 魔王を倒し人類を救った勇者と王女の結婚は国中の祝福を受けた。


 こうして次期王として執務に携わるようになった健一だが、それからの1年は彼にとっては失意の日々となった。

 色々なことが彼の知識と違いすぎるのである。政体、文明、科学と魔法…

 勇者としてチートな能力を与えられてはいたが、召喚前の彼は所詮普通の高校生。いろいろな文明の利器の作り方や、現代社会を構成する制度の成立への道筋などはわからないのだ。当然のように享受していたそれらを使うことは出来ても、作ることは出来なかったのである。

 こうなると魔王を倒した勇者も、治世では赤子も同然である。

 官僚に言われる通りに公務をこなし、時に反駁すれども結局はあやすように説得される日々。反駁の度に厄介者を見る目で見られるようになっていき…そしてついに健一は政務から外された。

 彼に任せられるのは慰問や弔問、外交使節の応対などの公務だけになった。

 勇者は緩やかに摩耗しつつあった――



「『インベントリ』」


 その日の公務を大過なく終えた健一は、久しぶりに自分の所持品を眺めることにした。

 海魔侯の鱗、空魔公の羽、獣魔公の牙…

 2年にわたる冒険の中で得た数多の戦利品が、彼の栄光の日々を主張していた。


(旅の中でこの世界の現状も見た。王女と結婚してゆくゆくは王になって。勝った後の世界ももっと良くしてやろうって思ってたのによ…)


“この世界ではそういった考えは受け入れられませんぞ”“なるほど。ではどのようにすればにそれは実現できるのですかな?”“魔法で済みますな”

 かつていた世界の常識、かつていた世界にあった便利なモノ…

 それらを提案し、現状に異を唱える度に彼に浴びせられた言葉は、彼の心を萎縮させていった。


(奥さんがいなけりゃ帰りてえって喚き散らしてたかもな…)


 妻である王女はまだ政務から帰ってこない。

 鬱屈した感情をもてあましながら所持品を眺める彼の目に、あるアイテムが飛び込んできた。


(何だこりゃ?こんなアイテムあったか?)


 違和感とともに取り出されたアイテムこそ『ソフィアの白紙文書』。神様が今まで送ったすべての魂にも与えたおまけだった。


(胡散臭せー本だなおい。保険とかの注意書きみたいナノが書いてあるぜ…)


“この本の表紙にあなたが欲する技術・制度を「一つ」書いてください。

あなたが元いた世界のそれらの技術・制度についての記述が自動的にこの本に現れます。

ただし、あまりにあなたが今いる世界の水準から遠いものだと、あなたにのみ使用可能なものになります。”


「マジか!」


 思わず叫んだ彼は慌てて周囲を窺った。


(一つでも実現すれば厄介者扱いもされねえはずだ!何にする?何がいい!?)


 そして彼は表紙に『水道』と書いた。

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