転 2/2
未来人たちは必死に戦った。まず、果実を捨てた。1000年間も味わい続けた星の果実の甘味を捨てるなど不可能と思われていたが、救世主たる博士の言葉が持つ影響力は絶大だった。
「僕と、僕の息子と、星の果実が、みなさんを救えるのは、ここまで。それを伝えるために僕は来た」
シナリオは、救世主の案内役を任されるほどに頭の良い未来人が考えた。
「星が侵略者の撒いたものであることは、隠しておきましょう。こういうことです。
侵略者にとって、エサを用意する必要のない地球の人間は、格好の奴隷対象に見てとれた。それで支配されたと。そして、星はあなたが生み出したということにします。星はもともと、食糧危機を乗り越えるために、あなたが生成した。食糧が復活したならば、本来あるべき生物の食物連鎖の枠組みに戻っていくべきである。なぜなら、星は不完全な食糧だからである。見てのとおり、寿命が縮んでしまった、と」
博士はそのとおりにスピーチしてまわった。
人々は星を捨て、野生の動植物をどうにか口に合わせ、栄養を確保した。博士も研究に携わった。
しかし、たくさん人が死んだ。果実を捨てるか否かという論争の中で数千人が死に、果実を捨てたことによる体調不良で数千万人が死に、動植物が口に合わず、数億人が死んだ。なにより、子どもや赤ん坊が死んだ。星がなければ、育て方がわからないのだ。そこも、博士の出番だった。妻と3年間、食糧危機の最中に、必死で育てた。その経験が、活きている。
たったの1年で、人口は3分の1になった。しかし、生きる道が見えてきた。
そして来るべきときが来た。3人の侵略者は驚愕しただろう。誰も果実を生やしていない。それに、地球上のいたるところで、不快な音が鳴り響いている。鈴だった。
「理由はわからないが、とにかく、この星の連中とは、とんでもなく相性が悪い」
上空に見えていた小さな真ん丸い影は、去った。
「やった!」
博士は、みなと手を取り合った。彼は涙を流して、「今日は美味い飯が食えますよ」と言った。
その数日後、彼は死んだ。少し早い。慣れない食事に、寿命が縮んだのかもしれなかった。ベッド脇のテーブルには、水とクッキーが置いてある。博士が用意して、彼は少しだけ口にした。
「本当にありがとう」
間際、彼は博士に言った。
「こんなに長く付き合ってくださって」
「私たちは幸せだった」
「今度はあなたの番です」
とつとつと落ち着いた口調で語り、2,3度深呼吸すると、「なんの文句もない」と、笑顔で死んだ。
博士は戻ってきた。出発から1分しか経っていない。息子は気にせずに、外であそんでいた。息子の姿を確認し、ほっと安堵すると、すぐにタイムマシンの充電にかかる。同時に修理も始める。この丸い乗り物も、ずい分疲労している。
長い旅だった。
あの未来人に、応えようと思った。
(つづく)