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承 2/2

ふたりは施設の奥の小部屋に入った。この施設には、いつか博士が訪れたときのために、コップや皿、古い製法で作られた保存食が備わっているのだという。1000年前の人々が残したもので、未来人は水とクッキーを出してくれた。彼自身は、自然な手つきで左腰にぶら下がった星をひとつ、収穫して食べた。


今【この未来】が果たして理想郷かというと、実は判断が難しい、と未来人は言った。

「たしかに、食糧問題は解決しました。これは人類が文明を持ち、食物連鎖の頂点に立って以来の大進化でしょう。加えて、未曾有の危機を乗り越えた経験、そして【最初の星の子】が残した巨大な平和思想によって、争いは消え失せました。開発拡大や文明の発達は、交通手段にのみ特化され、ご覧のとおり環境に溶け込むような生活になりました」

「十分理想郷に聞こえるよ。たしかに、僕を不当に拘束、洗脳しようっていう輩がいるって話だけど、それは僕に限った話…つまり君の話ぶりからして、今僕の存在が、唯一の不安の種、ということだろう」

「あなたが、あがめるべき神でありながら、同時に恐怖の大王でもある、それは事実です」

未来人は苦笑した。同時に博士も笑った。


「けれど、唯一の不安、というのは正しくありません」

未来人は大学で史学を専攻していたと言った。

「1000年前の大転換期から始まったものですので、先ほどのお話どおり、そこには生物学や、思想学も多分に含まれます。ここからは生物学の話です。単純に、大転換期以前と現在を比較すると、寿命が3分の1程度になっている」

3分の1?

「1000年前当時の先進国の寿命をイメージしてください」

「90歳くらい。…では、今は30歳くらいで死ぬと?」

「そうです。これは徐々に短くなりました。700年前で60歳くらい。200年前に30歳。その後は横ばい。これ以上は短くならないと思われます。しかし、30年は短いでしょう?知恵がなかなか蓄積されない」

そうか、と博士は思った。乗り物や施設、服装、文字など、文明の発達が、当時イメージしていた1000年後ほどではないと感じた。文明とは「いかに楽に長生きするか」の追求だ。食糧問題が解決した上に寿命が縮まってしまったのでは、研究する間も、考える欲も生まれないだろう。

「…あなたは今?」

「25歳になります」

あと5年で死ぬのか。僕と同じ年になったら、死ぬ。

未来人は続ける。

「出産可能年齢は少ししか下がりませんでした。10歳くらいから、まあ、死ぬまで。死ぬまで元気ですから。その結果、今の総人口は、約10億人。1000年前に【最初の星の子】たちが救った人数の4分の1程度でしょうか」


博士は腕を組んだ。

「たしかに、我々の価値観で幸福度を測ってしまうと、理想とは言い辛いかもしれない」

未来人は「でしょう?」と笑った。屈託のない笑顔だ。

(あと5年で死ぬのに)

自分よりも若い、それも大進化を遂げた人間が、そんなに早く死ぬのか。

「星は人々に平和をもたらした代わりに、寿命を奪っていったと?まるで果実に意思があるみたいだ」

博士は思ったことをそのまま口にした。

「500年前、寿命が縮まっていることに深刻な不安を覚えた時期に、そういう論調があったようです。悪しき星を捨てよ、命を取り戻せと、声高に叫んだ一派がいた。しかし結果はこのとおりです。平和が勝ったんですよ。人類史上初めて、ケンカのない世の中をむさぼるように味わっていた時代でした」

そこにはきっと、【最初の星の子】による平和思想が強く影響していたのだろう。しかし、未来人は言わなかった。あざとい【この未来】アピールはやめたということか。博士は未来人に好感を抱いていた。


「結局、今も星の正体は分からないまま。別の未来から持ち帰った果実なんて、神話の世界です。今は寿命の短縮化が落ち着いているので、本当に平和そのものです。しかし、それが今後も続くのか。1000年経っても、人類の平和思想は保たれているか。あるいは星が作用して新たな進化をしてしまってはいないか…不安、いえ、」

未来人は深呼吸をした。

「興味は尽きません。死ぬ前に、私も未来が見てみたいんです。これは、非常に個人的なお願いです」

最後の最後で、未来人は再び正直になった。

提案は、上の意思を代弁したものではなかった。

「未来が幸福に包まれているかどうか、判断は創造主たるあなたにお任せします。私は、あなたが行動を起こすために必要なあらゆる手助けを約束しましょう。たとえ【この未来】を捨てる、結論を出されたとしても」


タイムマシンは片道分のエネルギーしか残っていない。2000年後の未来からとんぼ返りするために、【この未来】で充電を行うことにした。およそ1日半。その間、博士は気さくな未来人に連れられて、あらゆる歓迎の催しに出席した。

「救世主!」

「【最初の星の子】のお父上!」

「我らの父!」

ある人は大声で歌い、ある人は泣いて祈った。上、と呼ばれていた人々とも挨拶を交わした。現代とさほど変わらない。ただ、酒もご馳走もなかった。博士は水とクッキーでじっと空腹に耐えた。

夜になると、タイムマシンの中で寝る。緑のホテルは、落ち着かないからと断った。博士がタイムマシンへ戻ることについて、上の連中はおそらく胸中穏やかではなかっただろう。若い未来人が強く取り計らってくれたのだった。まあ、上、とは言え、年齢は彼とさほど変わらないのだ。すべてが若いと感じた。その若い空気は、早すぎる死が運んできている。


タイムマシンが十分にエネルギーを溜めるまで、結局2晩、泊まった。妻を見失った【あの未来】では、丸一日過ごすことも適わなかった。あのつかの間の幸福な時間が、懐かしい。


どうすれば良いのか、博士は決めかねていた。

「正直になること」と妻は繰り返し言った。しかし、自分のなにに従うことが、正直と言えるのか。すべては明日、2000年後の未来を見れば、すっきりと答えられるだろうか。



(つづく)

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