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俺「漫画を描いてみたんだが」女「読ませて!」

作者: 北田啓悟

[帰宅路]


俺「いや……そうはいっても四コマ漫画を一個描いただけだぞ。しかもとても下らない……」


女「自分で話振ったんじゃん! いいっていいって! ねぇ読ませて!」


俺「むう……うーん……」


女「どうしたの?」


俺「すまん。やっぱり恥ずかしい……」


女「えーーーー!? なんでーーーー!? 読みたいよぉーー! いいじゃんかっ!」ジタバタ


俺「こんなところでジタバタするな。はしたない」


女「むー。なんで読ませてくれないの?」


俺「なんでって……絵も稚拙だし、面白くもないし。その場のノリだけで描いた下らないものなんだ。だから……」


女「何でもいいんだってば。私が漫画好きなの知ってるでしょ? 漫画ってだけですっごい読みたいのっ!」


俺「……………………」


女「ねっ! 誰にも言わないから! ちょっとだけでいいから、ね!?」


俺「…………わかったよ。じゃあ一回だけな」


女「やった!!」




俺「プリントの裏に描いたやつだが……」スッ


女「おおーー! これがっ!」パシッ「それではさっそく読ませてもらいますかねー」


俺「……………………」


女「……………………」


俺「…………くぅ……やっぱり……恥ずかしなってきた……。顔が熱い……。すまん、もう返してくれないか」


女「……うん」スッ


俺「……………………」パシッ


女「…………」


俺「ごほん。あぁ、その……どうだった?」


女「え、えぇっと……うん、面白かった!」ビシッ


俺「完全に演技だろ」




女「い、いや! ホントに面白かったって!」


俺「顔が引き攣ってるぞ」


女「え!? ウソ!?」


俺「はぁ……。まぁつまらないってのはわかっていたことだ。気にするな」


女「え、えぇっと……なんかごめんね」


俺「いや、別に……」


女「でも! また漫画を描いてくれたら、また読みたいなとは思った! これは本音!」


俺「はぁ? またって……別に漫画家になる気なんてないぞ」


女「んー。まぁ趣味としてでもいいし……とにかく描いてくれたらまた見せてよ。いいでしょ?」


俺「それなら……まぁいいが……」


女「うんっ。じゃあ帰ろ?」


俺「ああ」




[教室]


俺(授業退屈だな……塾でやったとこしかやってくれないから時間が無駄すぎる……)


俺(……………………)


俺(なんか、描いてみるか)


俺(えーっと……とりあえずカッコよさそうなキャラクターを……)カキカキ


俺(……………………)


俺(ん? んん……いまいちカッコよくないな……。どうしてだ。今流行りの漫画のキャラを参考に描いたつもりなんだが……)


先生「おい。何をしている。授業中にお絵かきか?」


俺「うわっ。先生いつの間に」


先生「立て。黒板にいって問題を解いてみろ」


俺「わかりましたよ。……………………」サラサラ「はい。これでいいですか?」


先生「ぐぬぬ……。正解だ。座ってよし」


俺「はい」(……本当に授業は退屈だな……)




友「よぉ。おめぇ授業中に何を描いてたんだ?」


俺「は? なんのことだ」


友「とぼけんなよ。さっきの授業で先生が言ってたじゃねぇか。見せてみろって」


俺「はぁ……。どうしてこうも人の描いたものを見たがるんだお前らは」


友「お前ら?」


俺「昨日、女にも見たいとせがまれたんだ」


友「へぇ。そうなのか。意外だな、お前にお絵かきの趣味があったなんてよ」


俺「趣味って程じゃない」


友「まぁいいよ。見せてくれって。な? 俺たち友達だろ?」


俺「……まぁいいが。ほら」スッ


友「おう! サンキュ!」パラッ「どれどれ……」


俺「……………………」


友「……………………」


俺「…………おい。どうなんだ。黙ってないで何か……」


友「お前……絵、下っ手くそだな……」


俺「!!」


友「あ、ごめん。あまりの下手さにびっくりして……なんかごめんな」


俺「き、気にするな……俺も気にしてないことだ……。そうさ、俺は別に漫画家になるわけじゃない……漫画の絵が下手だろうと……別に……」ブツブツ


友「お、おーい? 大丈夫か?」


俺「はっ! だ、大丈夫だ。……ノートを返してくれ」


友「お、おう」


俺(…………くそ)




[自宅]


俺「ただいま」


母「おかえりなさい」ニコニコ


俺「…………?」


母「どうしたのよ! テストの返却日は今日でしょ?」


俺「ああ……。はい」スッ


母「あらぁ! また百点!? もー、どうしてこの子はこんなに頭がいいのかしら! お母さんも鼻が高いわ!」


俺「別に。これくらい普通だよ」パラッ


母「あら? プリントが落ちたわよ? これもテストの……」


俺「ッ!!! それは違う!!!」バシッ!


母「えっ!? な、なに? どうしたの?」


俺「い、いや……別に、何でもないよ。何でもないんだ」


母「そう。ならいいけど……」


俺「……………………」(母さんにもあれを見せてみようか? ……いや、それはダメだな……)


母「どうしたの?」


俺「なんでもないよ。部屋に戻る」




[自室]


俺「なぜだ? 美術の教科は5なのに、どうしてみんな下手だというんだ?」


俺「デッサンだってちゃんとできているじゃないか。空間を把握して絵を描けている。それなのになぜ……」


俺「わからん……」


俺「…………漫画にも才能があるものなのか? 俺には漫画の才能がないというのか……」


俺「……………………」


俺「……ふん。漫画が描けなくてなんだというんだ。こんなものただの娯楽じゃないか。勉強や仕事に比べたら娯楽なんて……」


俺「……………………」


俺(くそ……なんだってこうも落ち着かないんだ……)イライラ




妹「お兄ちゃーん。いるー?」コンコン


俺(こんな時に……)ガバッ「ああ、なんだ」ガチャ


妹「えへへ! お兄ちゃんのためにお菓子作ってみたの! 妹特製クッキー!」


俺「ああ。そうか」


妹「今回は上手く出来たからきっと美味しいはずだよ!」


俺「そうだな。今まで幾度となく失敗作を食わされてきたんだ、上手くなってもらわんと困る」


妹「もうっ! お兄ちゃんひどいよー!」


俺「冗談だ」


妹「部屋に上がっていい?」


俺「ああ」


妹「お邪魔しまーす」トテテテ「ん? お兄ちゃんさっきまで勉強してたの? 机の上にノートが開きっぱなし……」


俺「うおおおおお! 待て! 見るなぁぁぁぁあぁ!!」


妹「あ」


俺「あ」




妹「……これ、お兄ちゃんが描いた絵?」


俺「……そうだが」


妹「へ、へぇ……」


俺「……なんだ。言いたいことがあるならはっきり言ってみろ」


妹「……な、なんていうか……げ、芸術的な絵だね! うん、私おバカさんだからよくわかんないけど現代芸術っぽくて……」


俺「妹よ、それは下手くそというんだ」


妹「う……」


俺「自分でわかっていることだ。お前が気にすることはない」


妹「ごめん、お兄ちゃん……」


俺「だから謝るなよ……」


妹「え、えっと……! クッキー食べよ? 美味しいから!」


俺「ああ……そうだな。どれどれ。本当に上手くなったか確かめてやろう……」サクッ「む……! こ、これは美味しいぞ!」


妹「えへへ! でしょ? 今日のは奇跡的なくらい上手くいったんだー!」


俺「奇跡なものか。お前はずっと努力してきたんじゃないか。このうまさは努力した証だ」


妹「えへへへへ……照れちゃうな……」


俺「最初のころはオーブンを爆発させていたのになぁ……」


妹「も、もぉ! 昔の話をほじ繰り返さないでよぉ!」


俺「すまんすまん。いや、成長したんだなぁとな……」サクサク


妹「どんどん召し上がれー!」


俺「……………………」サクサク(本当に、成長したよ。あそこからよくぞここまで……)




俺「人は結局のところどれだけ努力したかで価値が決まる」


俺「俺はずっとそう考えてきた」


俺「今まで勉強し続けてきたのはそのためだし、だからこそ俺は学校一の優等生にまで上り詰めた」


俺「だが、しかし」


俺「思えば、最初から難しいことなど何もなかったように思う」


俺「先生や講師がいったことをそのままやれば、その人たちは褒めてくれる。俺にとって勉強とはそれだけのことだった」


俺「与えられた問題を解くのは造作もない。非常に簡単なこと……他の人たちがどうしてできないのかを疑問に思うほど簡単で、そしてつまらないことだった」


俺「だから初めてのことかもしれない、下手くそなどと言われたのは」


俺「この俺に下手くそなことがあったこと自体が驚きなくらいだ」


俺「このもやもやはそれが原因なんだろう」


俺「ここで問題だ。俺はそのもやもやを解消すべきか否か……言い換えれば、漫画の絵を描くことに努力するか否か」


俺「決まりきっている。努力こそが俺の人生だ……漫画の絵でもトップを取ってやる」


俺「俺にできないことなんて、何一つないんだ」




俺「ふふん。どうだ。漫画の参考書をこんなにも買ってきてやったぞ」ドサァァァ


俺「結局こういうものにはノウハウがあるものなんだ。その通りにやれば簡単にできる」


俺「どれ、一番分厚い本から読んでやるか」


俺「ふむふむ……『自分が面白いと思うものを描けばそれでOK!』? ずいぶんざっくりした内容だな。もっとタメになることは書いてないのか……」パラパラ


俺「デッサンや人体の構造は把握している……ここは飛ばして、と……」パラパラ


俺「……………………」パラパラ


俺「……………………」パラパラ


俺「……………………なんというか」パラパラ


俺「漫画は、感覚によるところが大きいのだな。理論こそあれど、それの行き着く先は感情論や印象論か……」


俺「道徳の授業を思い出すな。道徳の授業には模範解答があったものだが……しかし、これは…………」パラパラ


俺「…………まぁ気長にやるか」




[学校の屋上]


俺「おい」


女「んが? どうふぃたの?」


俺「んがじゃない。それにパンを食べたまま喋るな」


女「自分ふぇ話振ったんふゃんっ!」モグモグ「……んで、どうしたの?」


俺「漫画を描いてみたんだが」


女「え!? 本当に!?」


俺「ああ。読みたいって言っていただろう? だから仕方なく描いてやったんだ」


女「うん! 見せて見せて!」


俺「ほら」スッ


女「どれどれ」


俺「……………………」


女「……………………」


俺(どうだ! 一週間前の俺とは訳が違うぞ! なにせ参考書を五冊も読み込んで、その通りに描いたんだからな!)


女「……………………」


俺(ククク……驚きで声も出ないか。仕方ない。俺の方から感想を聞いてやるか)


女「……………………」


俺「おい。どうだ? 面白いか?」


女「…………なんか、前回よりひどくない?」


俺「!!!?!!!?!?!?」




俺「な、な、な……なんだと!? 前回より……ひどい、だと!?」


女「え? う、うん……」


俺「なぜだ! いったいどこがひどくなったのか言ってみろ!」


女「えっと、うーん……どこがって言われちゃうと答えづらいけど……」


俺「ふ、ふざけるな! 答えるんだ! どこが悪いのかを言わんと帰さんぞ!」ブンブン


女「うおううおう。肩を揺らさないで」


俺「す、すまん……」


女「うーん。なんていうかねぇ……作り物っぽくなっちゃったって気がするの」


俺「はぁ? 作り物っぽくなった? それはどういうことだ」


女「えっとね、例えばこのセリフ。主人公が『俺はあいつが好きだ。なぜなら俺の命を救ってくれたからだ。あいつのために何かをしてあげたい』っていうセリフあるじゃない?」


俺「ああ。主人公の気持ちがヒロインに惹かれた時のセリフだな」


女「ここがなんだかすごく嘘くさいって感じるの」


俺「嘘くさい……? 何を言っているんだ。作者の俺がそう描いたんだから、嘘のわけあるか」


女「だから……そうじゃなくって……」


俺「?」


女「あー。どう説明していいかわかんない」


俺「なんだそれは! ちゃんと説明するんだ! 自分の気持ちなんだから自分でわかるだろう!」ブンブン


女「うあぁぁー。だから揺らさないでってばー」


俺「いいから答えろ!」


女「…………自分の気持ちなんてわからないもんだよ? 私はそう思うな」


俺「ッ! バカが……そんなわけないだろう。人間は自分で思ったように動く生き物なんだ。自分で思ったことがわからなくなったら、動けなくなるだろうが」


女「だから今私は答えられないんじゃない。……俺くんは頭いいからわからないかもしれないけど、私たち一般人には……」


俺「頭がいいならわからないことなんてあるはずないだろう!! いい加減にしろ!!」


女「……………………」


俺「く……」フーフー「もういい……」


女「…………なんか、ごめんね」


俺「……………………黙れ」




[廊下]


俺(意味がわからん……なんなんだ……。あいつはあそこまでバカな人間だったのか……!?)


俺(俺の描いた漫画が嘘っぽいだと? ふざけるのも大概にしろ。そんなこと言いだしたら漫画なんてすべて嘘っぱちじゃないか)


俺(……………………。いったい何が……何が足りないというんだ……)


友「うおぉ!? 愛すべき我が母校に鬼がいる!?」


俺「…………あ?」


友「っと……なーんだ、お前だったのか。鬼と見間違えたぜ」


俺「…………消えろ。殺すぞ」


友「な、なんだよ。軽い冗談だろ? 笑って流せよ」


俺「はぁ…………。そうだな。落ち着くことにするよ」


友「なんかあったみたいだな」


俺「……丁度いい。お前も読んでみろ」


友「え?」


俺「漫画だよ漫画。描いてみたんだよ。ほら」スッ


友「お!? マジ!? 見せてくれよ!」パラッ


俺「感想も聞かせてくれ」


友「アイアイサー! どれどれ……」




俺「……どうだ? 面白いか?」


友「おう! 思ってたよりおもしれーじゃん!」


俺「!? ほ、本当か!?」


友「ああ! 特にヒロインが可愛かったぜ!」


俺「そ、そうか……そうだよな……」ホッ


友「あ? どうしたんだ?」


俺「いや……。実はその漫画、女にも見せたんだがな。嘘っぽいと一蹴されたんだ」


友「嘘っぽい? あー、確かにそれはあるかもなぁ」


俺「な、なんだと」


友「あ、いや。でも面白いは面白いぜ?」


俺「……嘘っぽいとはどういうことだ? 教えてくれると助かるんだが」


友「どういうことって……うーん、いざ説明するってなると難しいけど……。なんだろうなぁ」


俺「……………………」


友「強いて言えば、感情がこもってないって感じかな」


俺「感情がこもってない、だと?」


友「ああ。なんつーのかな。優しくされたら好きになるってこの漫画では言ってるじゃんか?」


俺「ああ。当たり前のことだ」


友「でもよ、現実じゃ優しくされても好きにならねーことだってあるじゃん」


俺「…………? そんなことはないぞ」


友「いや、あるだろ……。命を助けてくれたからって、お礼も言わずにさよならする人間はごまんといるはずだぜ」


俺「そんなひどい人間は悪役だけだろう」


友「普通のことだと思うがなぁ……」


俺「じゃあ、なんだ。主人公がヒロインを好きになるその理由が嘘っぽいというのか?」


友「そんな感じだな。人を好きになるってのはもっと突然なことで……ホント、ふっと好きになるもんなんだよ」


俺「理由もなしにか?」


友「理由もなしにだ」


俺「ありえん。この世界に存在する様々な事象には必ず理由が存在する。因果関係が存在しているに決まっているんだ」


友「……そんなことねーと思うけど」


俺「いや、そうに決まっている」


友「……まぁお前がどう思おうと勝手だけどよ、自分の考えを押し付けるやつは煙たがられるぜ。女にもその剣幕で言ったっていうんなら、謝っておいたほうが無難だと俺は思う」


俺「……………………」


友「まぁまぁ、ヒロインはガチでカワイイと思ったしよ、また漫画を描いたら読ませてくれよ。んじゃな」


俺「お、おい。待て……。あぁ、行ってしまった……」


俺「……………………」


俺「…………くそっ!!」ガンッ!




[グラウンド]


俺(わからない。わからない。……こんなに考えてもわからないなんて、生まれて初めてだ。何故だ。どうしてなんだ……)


生徒A「おい! あいつをマークしとけって言っただろ!」


生徒B「違う! あいつに追いつけねぇんだって!」


生徒C「いいからボール奪えよ! また点を取られちまうだろうが!」


俺(俺の描いた漫画は完璧なはずだった。起承転結はしっかりしていた。絵だって漫画の絵に合わせた。矛盾点だってどこにもない。なのにどうして嘘っぽいなんて言われるんだ……)


生徒D「くっそ! キーパー絶対止めろよ!!」


生徒E「えぇっ!? そ、そんなぁ!」


生徒F「五回目もゴールを許したら承知しねぇからなぁ!!」


生徒E「あぅぅぅ……! お、お願い! 止まってっ!」


俺(何が『止まって』だ。『止まって』といって止まる選手がどこにいるんだ。意味がわからない……どうして無駄だとわかっているのにそんなセリフが口から出るんだ……)


 ドシュゥゥゥーーッ!!


生徒A「あぁあぁぁーーーー! またかよ!! もういい加減にしろよ!」


生徒F「キーパーのせいだ! あいつが守らねぇから俺らが負けたんだよ!」


生徒E「えっ! そ、そんな……」


生徒C「本気でやれよお前!! 手ぇ抜いてんじゃねぇぞ!」


俺(違う……キーパーのせいで負けたんじゃない。お前らが俺からボールを奪えていればそれで済んだ話だ。お前らのプレイスキルが低かったからだ。……なのにどうしてそれに気づかない?)


生徒A「こいつ……! マジ、ふざけんなよ! クソが……!」ブンッ!


生徒E「ひっ!?」


俺「……やめろ。見苦しい」ガシッ


生徒A「いてぇっ!? な、何しやがる! お前には関係ねぇだろ!」


俺「……イラつくんだよ。目の前でたかるな、ハエが」


生徒A「てめぇ……」


生徒C「お、おいやめとけよ……こいつに勝てるわけないだろ……」ヒソヒソ


生徒A「…………! くっそ! 覚えてろよ!」スタスタ


俺「やれやれ……。殴って問題が解決するわけでもあるまいに……」


生徒E「あ、あの!」


俺「ん?」


生徒E「あ、ありがとうっ、ございました……っ! 助けてくれて……!」


俺「助けたんじゃない。目の前で暴れていたのが鬱陶しかっただけだ」


生徒E「そ、そうですか。……で、でも、嬉しかったです! 本当にありがとうございます!」ペコー


俺(大げさな……)




[廊下]


俺「……………………」テクテク


生徒E「…………っ…………っ」トテトテ


俺「……………………」テクテク


生徒E「…………っ…………っ」トテトテ


俺「チッ」タッタッタッ


生徒E「あっ……」タッタッタッ


俺「なんなんだお前は! さっきから!」グルッ


生徒E「あうっ!?」


俺「何をこそこそ付きまとっているんだ! 言いたいことがあるならさっさと言え気持ち悪い!」


生徒E「き、気持ち悪い!? そ、そんな……」ガーン


俺「これくらいでショックを受けるな!」


生徒E「うぅ……ごめんなさい……」


俺「はぁ……いったいなんなんだお前は……」


生徒E「えっと……その……。べ、別に用ってわけじゃないんですけど……」


俺「あ?」


生徒E「その……お話とか、してみたいなって……」


俺「話? なんのだ」


生徒E「べ、別に何をってわけじゃないんですけど……その、世間話、とか……」


俺「そんなことをして何になる」


生徒E「あうっ!」ガーン「で、ですよね……そうですよね……ごめんなさい……」


俺「はぁ……。別に暇だからいいが」


生徒E「ほ、本当ですか!?」


俺「ん。そうだ。丁度いい。お前に見てもらいたいものがある」


生徒E「え、僕に見てもらいたいものですか?」


俺「ああ。自作の漫画なんだが……」


生徒E「え!? ま、漫画を描くんですか!? す、すごい! 初めてだ!」ピョンピョン


俺「初めて?」


生徒E「僕も漫画描いてるんですよ! っていってもイラストが大半なんですけど……」


俺「な、なに。それは本当か?」


生徒E「はい! ……僕以外に漫画を描いてる人がいたなんて、驚きです! 嬉しいなぁ……」


俺「……参考までに聞くが、お前は将来漫画家になりたいと思っているのか?」


生徒E「はい! プロの漫画家を目指してます!」


俺「そうか……。なら俺の描いた漫画を書評してもらうことも可能だな」


生徒E「えぇっ!? そ、それはどうだろう……僕もそんなに上手いわけじゃないからなぁ……。で、でも感想くらいなら言えると思います!」


俺「ふむ。ならさっそく読んでもらおう。俺の教室に来い」


生徒E「きょ、教室にですか?」


俺「当たり前だ。俺の机に入ってるんだから」


生徒E「わ、わかりました! ついていきます」トテテテ




[教室]


生徒E「うー……他のクラスに入るって緊張する……」


俺「あった。これだ。読んでくれ」


生徒E「こ、ここでですか!?」


俺「なにか文句があるのか?」


生徒E「え、えっと。な、ないです、はい……。じゃあ、失礼して……」ペラペラ……


俺「……………………」


生徒E「……………………ふむ、ふむ」


俺「……………………」


生徒E「…………なるほど」


俺「なんだ? なにか気づいたことでもあるのか?」


生徒E「え!? い、いや……何でも……大したことは……」


俺「何でもいいから言ってくれ。とにかく感想を聞きたいんだ」


生徒E「感想……そうですね。えっと、じゃあ……失礼を承知で言わせてもらいます」


俺「ああ。言ってくれ」


生徒E「まず……絵はとても上手いと思います。僕よりも全然上手いし、デッサンもできてると思います」


俺「ああ。そうだろう」


生徒E「でも……なんていうか、固いですね」


俺「固い? 絵が固いと?」


生徒E「はい。生を感じられないというか、どこか人形じみている感じがしますね……」


俺「作り物っぽいということか……」


生徒E「あ、いやそういうわけでは…………いや、そうなっちゃうのかな…………」


俺「他の人にもそう言われたよ。作り物っぽいだの嘘っぽいだの」


生徒E「そうなんですか……」


俺「なぁ、どうして作り物っぽくなってしまっているのかわかるか?」


生徒E「え!? ど、どうしてか、ですか……それは…………」


俺「お前も漫画を描いているんだろう? わかることがあるなら言ってくれ」


生徒E「…………うーん……でも……僕の考えがあってるかわからないし……」


俺「いいから言え!」バンッ!


生徒E「ひっ!? わ、わ、わかりましたっ! わかりましたから……っ!」


俺「……すまん。カリカリしててな。それで?」


生徒E「あ、はい。えっとですね……これはあくまで僕の意見なんですけど、絵が固くなってるのは、『こう見せたい』っていうイメージが強すぎるからなんじゃないかなって……お、思います」


俺「『こう見せたい』……? ふむ。確かにそういったイメージならあるな。ヒロインは可愛く見せたいと思って描いたし、主人公も尊敬される人物であるようにと描いた。……しかしそれがいけないとは思わないぞ。なにせ漫画の参考書にはそのように書いてあったんだ」


生徒E「えっと……そ、それ自体はいいと思うんです。でも、強すぎるとダメなんじゃないかなって……」


俺「…………強すぎると、ね。なら強いと強すぎるの境を言ってみろ」


生徒E「それは……んと……。……………………」


俺「どうした?」


生徒E「ご、ごめんなさい……僕もそこまではちょっとわからなくて……」


俺「なんだそりゃ!!」


生徒E「ごめんなさい! たぶん感覚的な問題だと思いますから……言葉にはしづらいんです……」


俺「はぁ…………。まったく」


生徒E「で、でも! その……なんていうか、さりげない感じがいいんじゃないかなとは、思います!」


俺「さりげない感じ?」


生徒E「はい。たぶんですけど……」


俺「…………よくわからんが、まあ吟味しておくことにしよう」


生徒E「お役に立てたようで何よりです!」


俺「いや、微妙なところだぞ」


生徒E「そ、そんなぁ!」ガーン!




俺「ところでお前も漫画を描いているんだったな。よければ読ませてくれないか」


生徒E「ぼ、僕のですか!? えぇっと……は、恥ずかしいけど……いいですよ!」


俺「ほう? てっきり『自作を読んでもらうなんて恥ずかしいですー!』と言うと思ったんだがな」


生徒E「えへへへ……。僕も、漫画家志望の端くれではありますからね。読んでもらうために描いてますから」


俺「ふぅん……」


生徒E「じゃあ、その……ネットで上げてるやつなんですけど、いいですか?」


俺「ネ、ネット!? 自分で描いた漫画をネットに上げているのか!?」


生徒E「あ、はい。ブログで細々とですけど」


俺「ブログ!?!?!? 漫画のためにブログを立ち上げたのか!!? は、恥ずかしすぎるぞそれは!!」


生徒E「えぇ? でも読んでもらわないと意味がないですし……」


俺「ま、まぁそうだな。お前は漫画家になるのが夢だったか。多くの人に読んでもらう必要があるんだな」


生徒E「えっと、ブログのURLはですね……ここですね。このブログから読めます」


俺「ふむ。では読ませてもらおうか。どれどれ……」




生徒E「ど、どうでしたかね?」


俺「……………………」


生徒E「…………? あ、あの…………」


俺「…………すまん、一人にしてくれないか」


生徒E「あ、え……? でも感想…………」


俺「頼む……今は一人にしてくれ…………感想なんて言える気分じゃない…………」


生徒E「う…………わかりました。じゃあ、その……クラスに戻ってますね。それじゃあ、また」


俺「ああ…………」


俺(ク…………)


俺(劣等感か……。ああ、この感情の正体は劣等感だな……)


俺(そうか。ということは……俺は、あいつの漫画のほうが上手く描けているのだと認めてしまったということか。そういうことになるな……)


俺(……どうしてなんだろう。絵は俺のほうが上手いはずなんだがな……なにか、なんというか……あいつの絵は…………そう、『自然』だった。違和感なくすんなり見れる絵をしていた…………デッサンやパースはところどころ間違っていたのに……何故だ……)


…………チラッ


俺(…………なんだ、俺の絵ときたら……。この感じ……。確かに俺の絵は、さりげなくない。なにかあざとさを感じさせる……。構図といい表情といい……いかにもオーバーで…………そう、まるで演劇のような絵だ……。見る人の目を気にしているような違和感がある)


俺(漫画のストーリーもそうだ。あいつの漫画は、気兼ねなく読めるといった感じだった……。まさしく娯楽とでもいうような…………。一見無意味に思えるのだが、なんとなく笑えるという…………今まで意識したことなんてなかったが、こういうものを人は面白いと言うものなのだな…………)


俺(ああ……くそ…………。自分の作品を読み返すのが嫌になってきた…………。あいつの作品に比べれば、俺のなんてゴミじゃないか……。ただのゴミ…………こんなものを俺は多くの人間に読ませてきたのか? ……なんて恥ずかしい)


俺「くそ……くそ…………」


女子A(俺くん、なんかブツブツ言ってるなぁ……何を考えてるんだろ……///)


俺「こんな…………つまらない作品…………」


女子A(き、聞こえないなぁ。もっと近くに寄ってみよ……///)


俺「いっそのこと燃やしてしまうか……」


女子A「えぇっ!?」ビクッ!


俺「…………あ?」


女子A「なななな、なんでも!!」ドキドキ




[帰り道]


俺「…………おう」


女「あ」


俺「…………」


女「……どうしたの? 一緒に帰らないの?」


俺「一人で帰りたい気分なんだ」


女「……そう」


俺「それじゃあな」


女「あ、待って。……一緒に帰ろうよ」


俺「……? 一人で帰りたいと言っただろうが」


女「うん。だからこそ、だよ」


俺「……? 何を言っているのかわからんな」


女「大丈夫、お昼のことなら怒ってないから」


俺「……………………」


女「ね? 一緒に帰ろうよ」


俺「……わかったよ」




女「ねぇねぇ」


俺「なんだ」


女「ジュース買っていかない? 自販機で。寄り道とかしてさ」


俺「…………家にはまっすぐ帰るよう親から言われている」


女「…………そうなんだ」


俺「…………どうしてそんなことを?」


女「ん……。なんでだろうね。一緒にいたいからかな」


俺「……そうか」


女「……………………」


俺「……俺の描く漫画は」


女「ん?」


俺「どうしてつまらないんだ」


女「…………さぁ。私にもわからないよ」


俺「どうすれば面白くなるのか……それがわかれば俺は描けるはずなんだ。……俺はずっと努力してきた。努力することで道を切り開いてきた人間なんだ。だから努力の仕方さえわかれば……」


女「…………固く考えすぎじゃないかな」


俺「『固く』……?」


女「うん。もっと気楽に向き合ってもいいと思うけど……。ほら、別に漫画家になりたいってわけじゃないんでしょ?」


俺「それはそうだが……」


女「だったらさ……」


俺「それはそうだがな、この俺にできないことがあるのが許せないんだよ。何でもできて当たり前なのがこの俺なんだ」


女「ほへぇぇ……こりゃまたすごいことをおっしゃる……」


俺「お前には俺の…………いや、何でもない」


女「?」


俺「とにかく俺は……下手くそなどと言われたまま何もやり返さないのは癪なんだ。俺を甘く見た人間には必ず見返してやりたいんだ」


女「……………………」


俺「俺は……俺は、…………くそ」


女「…………はぁ」


俺「……………………」


女「俺くんのそういうとこ…………ちょっと、怖いよ」


俺「怖い? どこがだ」


女「……そういうところがだよ」


俺「…………そうか。……そうだな」


女「まぁ……まっすぐだとは思うけどね」


俺「…………ありがとう」


女「うん」


俺「……………………」


女「……………………」


俺「寄り道していくか」


女「……え?」


俺「ふだんと別なことをすれば道が切り開けるかも知れないからな……たまには親の言いつけに逆らってみるのも悪くない」


女「……クスッ。うん。そうだね」




[川原]


俺「こんなところで二人でいると恋人に見間違われるかもな」ペシッ


女「ふふふっ。そうだね」ペシッ「俺くんコーラ飲むんだ。なんか意外」


俺「そうか?」


女「てっきり水しか飲まないと思ってた」


俺「どんなイメージだ」


女「なんとなくね、なんとなく」


俺「わけがわからんな……んくっ」ゴクゴク


女「んく……」ゴクゴク


俺「ぷふぅ…………」


女「ん、ふ…………。はぁ、夕日が綺麗ですねぇ」


俺「そうだな」


女「遠くの山がオレンジ色に染まっててさ、ずーっと見ていたいって思う」


俺「そうだな……」


女「うん…………。俺くんとずっと見ていたい」


俺「……………………」


女「……………………」


俺「…………離れろ」


女「照れちゃってー」


俺「俺に恋愛感情などない。鬱陶しいだけだ」


女「『俺に恋愛感情などない。鬱陶しいだけだ』」


俺「声マネするな!!」


女「あはははは! だって~、小学生みたいなこと言うんだもん~」


俺「誰が小学生だ」


女「えへへへ…………俺くん、もうちょっと素直になってもいいんじゃない?」


俺「素直? 俺が……?」


女「うん。なーんかいつも張り詰めてるって感じでさ……見ていて息苦しいよ」


俺「これが俺の生き方なんだがな」


女「そうだけどー! そうなんだけどー……」


俺「まぁワガママがいけないってことくらいはわかるよ」


女「ワガママっていうか……」


俺「なんだ」


女「…………頭を空っぽにする、みたいな」


俺「はぁ」


女「夕日を見て綺麗だなって思える気持ちでいるようなさ」


俺「夕日を見て、か」


女「もう、日が落ちちゃうよ」


俺「そうだな」


女「なんだか寂しい」


俺「……………………」


女「でも、なんとなーく、美しいなぁ……みたいな、さぁ」


俺「…………なんとなーく……」


女「そう、なんとなーく」


俺「…………なんとなーく、なぁ」


女「うん」


俺「…………」


女「……………………」


俺「……………………」


 カァァーー カァァーー


女「…………カラスが鳴いてるよ」


俺「帰らなくちゃな」


女「そうだね」


俺「……帰りたくないな」


女「…………そっか」


俺「お前は?」


女「帰りたくない」


俺「…………そうか」


女「うん」


俺「…………」


女「……………………」


俺「……………………」




俺「今の気持ちを……」


女「うん?」


俺「漫画で描けることができたら、きっと面白くなるんだろうな」


女「そうだね」


俺「なんとなーくだが、わかるよ」


女「うん。私も、なんとなーくわかる」


俺「悔しいな。自分の技量のなさが。この気持ちの正体がわかれば……」


女「わからないから、じゃないかな」


俺「どうだろうな。それでも俺は知りたいよ、この感情の答えを。ものを美しいと思える心、面白いと思わせることのできる何かを……俺は知りたい」


女「知れたらいいねぇ」


俺「俺は諦めんぞ」


女「おお」


俺「絶対に諦めるもんか。諦めないことで道を切り開いてきた俺の人生だ。この気持ちの真実だって暴いてみせる。……たとえ邪魔が入っても、何かを失おうとも、俺はこの気持ちを追い続ける。それだけのために生きてやる。それだけのために……死んでやる。絶対に、絶対に、掴んでみせる」


女「……あっはは、カッコいいなぁ。やっぱ俺くんのそういうとこ好きかもしんない」


俺「勝手に惚れてろ」


女「はーい」


俺「ふん……あ、いや、待てよ……」(ッ! そうか……)


女「俺くん?」


俺(そ、そうだ…………わかったぞ、漫画を書く上で大事なことが……。なるほどな。勘違いしていた……そうだ。意味じゃないんだ。意味で描くのではない……それではなく……まさに今のこの気持ち、この、強力な意志こそが、漫画を描くために必要なものなんじゃないのか?)


女「お、おーい、俺くん…………どうしたのー? 固まっちゃってる……」


俺「待ってろ。ちょっと本気を出してくる」ダダッ


女「え!? どういう……あっ、行っちゃった……」




[自宅]


母「こんな時間までどこに行ってたの! ちゃんとお母さんに理由を教えなさい!」


俺「母さん、遅くなってごめん。けど理由を説明してる余裕はないから」


母「ちょ、ちょっと! 待ちなさい!」


父「母さん」


母「あなた! あなたからもなにか言ってよ! 今までこんなことなかったのに!」


父「俺にも俺の事情があるんだろう。意を汲んでやるのも親の務めだ」


母「で、でも……もし悪い子とつるんでたりしたら……」


父「その時はその時に叱ってやりなさい。悪いことをしてもいないのに叱ることはない」


母「……………………」


父「俺。父さんも事情は知らないが、何かあったらちゃんと言うんだぞ」


俺「……うん。ありがとう、父さん」


父「男の意地を見せるんだぞ」


俺「ふっ……。ああ。本当にありがとう、父さん」




妹「お、お兄ちゃん」コンコン


兄「…………」


妹「お母さんからお話聞いたよ。む、無理だけはしないでね? 私、お兄ちゃんがいなくなるのだけは……嫌だから」


兄「心配するな! 俺を誰だと思ってる!」


妹「………………」


兄「お前の兄だぞ! この俺だぞ!」


妹「…………そうだね! お兄ちゃんならきっと大丈夫だよね!」


兄「そうだ。俺は俺なんだ。何も心配することはない」


妹「うん、頑張って! お兄ちゃん!」


兄「任せとけ!」




俺(努力ってものは……)


俺(決して人に見せるものじゃない。孤独との戦いだ)


俺(報われる保証もなければ、褒められる保証もない。徒労に終わる恐怖に立ちすくみながらも、取り残される焦燥感が後ろから責め立てる苛烈な二律背反)


俺(だけど俺は戦わなければならない。何のために? それは俺のためだ。過去の俺に決着をつけるためだ)


俺(なぁ、下手くそなんて言われたままでいいのか? 嘲笑されたらやり返さず我慢を決め込むのか? 違うよなぁ。本当は自分の力を見せつけてやりたいだろう、大勢の人間に。それも最高の、とびっきりの力を)


俺(いいんだよ、それでいいんだ。止まることはない。自分の欲望に素直になれ。その先にある栄光を手に入れろ。俺のものは俺のものだ。栄光は俺のためにあるものなんだ。だから…………)


俺(勝て。勝つんだ。勝って、成功するんだ。素晴らしい未来を手に入れるんだ。賛美と褒美も忘れるな。この俺を褒め称えろ。俺を、俺だけを…………俺のためだけの世界になれ!)


俺(そしてこの手に掴むんだ…………他の誰もが解き明かしたことのない『真実』を……)




俺「……………………できた」


俺「………………………………………………描けた……」


俺「……はぁ……………………」


俺「なんて、きもちいいんだ……最高だ…………このためだけに死ねる……」


俺「あぁ……そうだよ。こうやって描けばよかったんだ…………簡単なこと……なんでもない、当たり前のことだったんだ……」


俺「……涙が出そうだ………………」


俺「…………読んでもらおうか」


俺「俺が成長したってことを、みんなに見てもらおう」


俺「フ……フハハ……待ってろよ。今すぐに見せつけてやるぜ。最高傑作をな……クク……クハハハハ」




[女宅]


女「で、私の家に来ちゃったの……? ふわぁぁ……眠いよぉ……」


俺「寝るな。起きろ。俺の漫画を読め。目をこじ開けて刮目しろ」


女「明日じゃダメなの……?」


俺「ダメだ。今すぐじゃないとダメだ。ほら早く、早くしろ」


女「んん……しょうがないなぁ……」ペラ


俺「……………………」


女「んん……? …………。うん…………」ペラペラ


俺「……………………」


女「…………おぉ…………」ペラペラ「…………へぇぇ、え、すご……すごい…………」


俺「くくく…………」


女「あ…………へぇ……すごい…………ヤバ……ヤバいじゃん…………」ペラペラ


俺(ああ、ダメだ。笑いがこぼれ落ちそうだ。ま、まだ笑うな)


女「……………………………………………………………………」ペラペラペラペラ


俺「……………………」


女「…………いやー……、すごい。すごい……面白かった……」


俺「だろう?」


女「え、すごい! こんな面白いの描けたんだ! わぁぁぁ……すごいぃ……」


俺「俺が本気を出せばこんなもんだ」


女「いやこれは本当にすごいって! っていうかなんで最初からこうしなかったの!? もう普通にすごいじゃん! めちゃくちゃ面白かったよ!」


俺「どこが面白かったか言ってみろ」


女「え!? そりゃ……まず絵がすごかったし……えー? 話も……なんか、すごいよかった。なんだろ…………ああ、うん、どういっていいかわかんないけど、とにかくすごい」


俺「お前さっきからすごいとしか言ってないな」


女「だって本ッ当にすごいんだもん! これヤバいよ! 本当に面白いよ!」


俺「ああ。俺もよくわかっている」


女「あぁぁぁあぁ……なんだろう。今の気持ちを言葉にするなら……『ありがとう』なのかな……」


俺「はははは! 苦しゅうない苦しゅうない」


女「うん……。なんかもう、俺くんのウザい性格も気にならないくらいすごい作品だよこれ……」


俺「おい」


女「ねぇ! これみんなに見てもらおうよ! 絶対読んでもらったほうがいいって!」


俺「…………どうするかな。うん。そうだな。見てもらうとするか」




[屋上]


友「うぉぉ……これはマジですげぇな……。へぇぇ……お前ってこういうの描けたんだな……意外っつーか……」


俺「ああ。俺だってこれくらいは……違うな、俺にできないことはないのさ」


妹「お兄ちゃんってやっぱりすごい! お母さんじゃないけど、お兄ちゃんがお兄ちゃんで本当によかったよ!」


俺「ははは。できた兄を持って幸せ者だなお前も」


生徒E「たった一日でここまで進歩するなんて……化物です…………天才どころじゃないですよ…………すごすぎます……」


俺「何を言う。お前がいてくれたから俺は努力できたんだよ。こっちが礼を言いたいくらいさ」


女「あーあー。なんか気持ち悪いくらい褒めそやされちゃってるなー。私が最初に読んだのに」


俺「何言ってんだ。俺の作品を最初に読んだのは俺だぜ? 出来上がった作品を最初に読める、これは作者の特権だな」


女「はいはい……もう、こんなことならみんなに見せるんじゃなかった……」


俺「どういう意味だ?」


女「なんでもないですよーだ!」


俺「嘘をつけ。本当は俺のことが好きに……」


女「なんでもないったら!! もうっ!」


俺「ははは……本当に感謝してるよ、お前には」


女「…………やれやれ」


生徒E「俺さんは……これからどうするんですか?」


俺「ん? どうする、とは?」


生徒E「こんなに上手い漫画が描けるんですから、漫画家になるのかなって……」


俺「フ……それもいいかもな。初めて人生に深く悩ませてくれたこいつに一生を捧げてもいいが……まぁ、そこは俺の気分次第だ」


女「気まぐれねぇ」


俺「これでいいんだよ、これでな…………そう、これでいい。これで……」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] キャラ名:「セリフ」(擬音)みたいな書き方。 文章になれておらず、さわりに書く程度なら問題ないかもです。 [一言] とりあえず型だけをはめて、それっぽく絵を描いてみたという感じで主人公…
[良い点] いいですね。好きですこの短編。なにがいいかって言われるとあれですけど。
[一言] 本とかを読んでいるとたまーに、自分がうまく言葉にする事が出来ない感情を代弁してくれる話を見つけることがあります。この短編も正しくそれ。自分の胸にストンと落ちてきました。 ただただ今はこの短…
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