悪意
まだ続きます。
広々とした女王の間で、大臣のコムイは緊張をあらわにしていた。アーニャの華やかさを目の前にして身を固くしてしまう。
「民ももう限界です。どうか税を軽減して下さい」
アーニャはコムイの顔を覗き込むと、彼にしか聞こえない声でつぶやいた。
「死刑かわらわに従うか、どちらがよい?」
コムイは思いがけない女王の言葉に、国王のローウェンの方へ視線を走らせたが、国王はまっすぐ前を見つめているだけだった。その姿は人形のようだ、と周りの人達は思った。
「い、いえ。そのようなことは・・・」
コムイは流れてきた汗を拭くハンカチをポケットから取り出すと、頬にあてた。
「アーニャの言う通りにせよ」
やっと出した国王の言い方はぎこちなく、官僚達の心には響かない。アーニャは
「国王。愛していますわ」
口調は丁寧だが、どこか暗い声でしめた。
ところで、とアーニャは無理やりともとれる話題の変え方をした。嫌な予感がしたのはコムイだけではないだろう。
(何を言われるのだろう)
女王に差し迫られ、ハートの扇子をぺしぺしと額に当てられ、その迫力に体がふんぞり返る。
「な、なんでしょう」
声が浮つき、顎が震えるのを止められないコムイ。
「義娘のクレドリッヒがいなくなったと聞きました。どこに行ったか知ってるものはおるまいか」
ざわっとする室内で、誰も知らないという声が相次いだ。
「探した方がよろしいわ」
国王の手と自分の手を合わせ、アーニャは目を細めた。しゃきっと手を掲げ、敬礼をし返事をすると、コムイは大きなドアを開け、闇の中へと消えていった。
「目が覚めたら出発いたしましょう」
木陰で眠りこけていたクレドリッヒの肩をミゲルが揺らした。
一頭の馬の前にクレドリッヒ、後ろにミゲルを乗せ、馬は走り出した。1番早い馬を見繕ったのでその足は軽やかだ。
「これからラクリーガを目指します。ここと違って少々暑い国です」
ミゲルの息は寒さで白かったが、
「寒くはないですか?」
前にいるクレドリッヒを心配し、顔を覗き込んだ。クレドリッヒは貸してもらった毛布身を包み、肩をすくませていた。いいえ、と首を横に振ると、安心したミゲルは、やあっ!と力強く手綱を引き、馬を走らせた。
途中にある小さな村に、人だかりができていた。それは宿屋の前だ。リムゾナントの兵士が何かを持って立っている。覗き込むと書状のようだ。
「静かに!」
兵士は声を荒げる。
「我がリムゾナントの星である陛下の娘、クレドリッヒ姫が昨晩亡くなられた」
何だって!?とミゲルは目を丸くした。
「ついては、女王様の実娘のサクラ様が姫の座につかれる。みな心しておくよう」
クレドリッヒは改めてフードを被ると、なるほど、そういうことかと思った。アーニャにとって自分は邪魔な存在。いなくなったより亡くなったことにした方がずっと都合がよい。女王の実の娘であるサクラを王位につけるならばなおさらだ。
「やられましたね」
ミゲルは悔しそうに歯を鳴らした。
「ここを離れましょう。長いすると見つかってしまいます」
やっと悪役登場でしたね。