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09 恋の特急列車


「あの~、ちょっとだけお願いがあるんだけど」


 タラコ唇の丸い生物と化したリリガスが夜衣に纏わりついていた。嫌な予感がするシチュエーション。

 彼は答える代わりに無言で踏みつけた。


 笑顔で馬鹿にするチャンスだが、夜衣の機嫌が悪い事に気付いている離津留は口を出さない。事情を察したユニアはリリガスが止める間も無く恩人に突撃してしまったため、気まずさて黙っている。


「どうしたんですか?リリガスさん」


 結果、空気の読めない破切果が靴跡の残ったリリガスを拾い上げて話し掛けた。


 抱き上げられたリリガスは夜衣を上目遣いで見つめた。対して夜衣は思いっきり視線を逸らす事で拒否の態度を示した。

 彼の固い意思表示にもめげず、リリガスは話を切り出した。


「思ったよりパワーを使っちゃったみたいなの。子供達と無事に帰るために手を貸してくれると、アタシとしては非常にありがた」

「行くぞ、破切果」


 リリガスの話を遮って夜衣はスタスタと駅のホームへ向かった。


 奴を利用して輝士団本部を欺いたとはいえ、自分がこれ以上面倒を見てやる義理は無い。

 敵を足止め出来るのが二時間程度。早く出発しなければせっかくの予言が無意味になる。


 協会へ向かう間にも派手な演出をしろというのが夢流の要望。協会を潰すための力も温存しなければならない。任務の助けになるために合成生物二匹が与えられた。

 はずなのだが、一匹が服の裾を引っ張って邪魔をしているというのはどういう事だ。


「待って下さい。お師匠様~!」


 ずるずると引きずられながら破切果は必死に夜衣を止めようとしていた。


 無理に汽車に乗り込もうとすれば、ダメージを受けた服は容易に裂けてしまう。速攻で任務を終えるつもりだったので着替えは用意していない。

 このままでは間抜けな格好で協会に降り立つ破目になる。


 何より破切果を説得する説明を考えるのが面倒だと彼は思い、動きを止めた。途端に破切果の拘束は解け、期待の眼差しを寄越してくる。

 嫌なガキだ。意図的じゃない分余計に性質が悪い。

 次に邪魔をしてくるようなら鉄拳制裁を加えて送り返してやる、と夜衣は心に決めた。


 にこにこしている破切果から乱暴に札を取り上げると、ユニア達に向かって声を掛ける。


「おい。お前らの名前と目的地を教えろ」


「えっ」


 声を掛けられたユニアは、てっきり無茶な要求へ文句を言われると思っていた。輝士団相手に時間稼ぎをするのは容易ではなかったはず。そのうえ無事に送り届けて欲しいというのはいくら何でも調子が良すぎる。

 文句どころか悪態をつかれてもおかしくない。


「無事に帰れるように予言してやるから本名を教えろ。無駄に力を使うのはご免だからな」


「ありがとう夜衣ちゃ」


 どさくさに紛れて再び夜衣に抱きつこうとしたリリガスを、無慈悲な正拳が襲った。ついでに変身した離津留が突風で吹き飛ばす。

 見事なコンビネーションにより化物は撃退された。


 いきなり軟体生物が美少女に変わっても、腹の据わった子供達は特別驚かない。

 しかしユニアはなぜか気まずそうに視線をさまよわせている。


「教えたくないならそいつを連れてとっとと行けばいい。強制はしねぇよ」


 予言者に名を知られるという事は己の運命を握られるに等しい。

 夜衣が子供達をどうこうしようなんて思っていなくとも、相手も同じように考えるとは限らない。


 本名を明かすのを渋っていると夜衣は思っていたが、彼女の真意は別のところにあった。わざわざ自分達のために予言をしてくれると言った夜衣に対し、失礼な態度になってしまったと慌ててユニアは否定した。


「そういうつもりじゃありません。私達の名前を教えるのは構いませんが」


 ただ、ちょっと。と呟く少女の視線はジーリと手を繋ぐカーテスシアンに向けられていた。背丈は破切果と変わらないごく普通の幼児だ。


「この子、すごく名前が長いので小さな紙に書ききれるかどうか」


 言われて夜衣は札を見た。四人分の名前を書いたとしても十分余裕がある大きさだと彼は思っていた。

 予言の文面を加えても普通は収まるはずだ。


「とりあえず言ってみろ」


 夜衣は筆を持ちユニアを見る。先に幼児の名前を書き、余白が少ないようなら文面を削ればいいと判断し少女に先を促す。


「はい。ええと、ボイス・クロロ・ロイヤルサード・イスタンソウル・レオキキアライブ・カーテスシアンです」


 指を折り確認しながらユニアはカーテスシアンの本名を夜衣に告げた。

 さすがに自分の本名よりは短いだろうと高をくくっていた夜衣は、書き連ねた文字が札の半分以上を占拠した所で筆を止めた。


 これでは他の者の名前を書いただけで終わってしまう。彼は札にバツ印を付け破り捨て、無かった事にした。


「書き損じた。もう一回」


 あえて突っ込む勇気を少女は持ち合わせていなかった。再びカーテスシアンの名前を一から告げる。

 今度はかなり小さな字で書き込んだので十分に余裕が出来た。


「そのガキ、親は占い師か?」


「はい」


 こんな長い名前を子供に付けるのは予言者か占い師、それか予言者を恐れる協会の関係者ぐらいだろう。

 人間狩りに遭っていたのだから三つ目の選択肢は無い。


 本名を予言者に知られても、これだけ長い名前なら一度聞いただけでは覚えられない。

 相対している状況なら、名前を言っている時間を利用して予言を食い止める事も可能だ。


 夢流に本名を言われた事を思い出した夜衣は、カーテスシアンのようにもっと長い名前が良かった、と今更どうにもならない事を思った。


「私はユニア。この子はジーリです」


 夜衣は他の二人が短い名前だったので内心ほっとした。幼児と同様に長い名前だったらまた札を破り捨てる破目になっていただろう。

 目的地を聞き、文面をほぼ完成させた。


「よし。これで後は予言を加えるだけでいいな」


 さりげなくリリガスの存在は無視された。木箱に突っ込んでいたリリガスは勢い良く飛び出した。


「ちょちょちょ、ちょっと!アタシは?」


 力を失っているとはいえ、やはり魔物は立ち直りが早い。忌々しい奴だと彼は舌打ちを隠そうともしなかった。


「お前は別に書く。ほらよ」


 夜衣はユニア達三人の名前と予言を書いた札を少女に渡した。

 予言札には三人が何の問題も無く今日中に村に辿り着けるといった内容が書かれていた。


「帰るまで無くすなよ」


「ありがとうございます」


 予言札を受け取ったユニアは丁寧に頭を下げた。年下の二人も揃って礼をする。

 うちのガキや軟体生物もこのくらい素直ならと一瞬思ったが、だからといって状況が変わるわけでもない。


 夜衣は人間関係に恵まれたブラッドマンに対し、怒りが湧いてきた。ふと彼は何かを思いつき、予言札に文章を書き込んだ。


「じゃあアタシには、ついでにお説教されないで済むって書いてくれれば」


 破切果は夜衣の持つ予言札が光るのを見た。すると同時に天井に吊られたランプから電球が音も立てずに落下。

 リリガスの脳天を直撃した。


「ぎゃあ!」


 落ちてきた電球は意外と丈夫だったらしく、リリガスに当たっても割れず地面に転がった。


「本名か」


「聞いてよ!試す前に」


 ぽつりと呟いた夜衣にリリガスが猛烈な勢いで抗議した。


「悪い悪い」


 謝罪の言葉や表情に全く気持ちが入っていない。

 ぺちぺちと短い腕を振り回すリリガスの姿に、最強の魔物の威厳はひとかけらも感じられなかった。


「やっぱり、人間と魔物は相容れない定めなのかしら」


「ちょっと違うと思いますよ」


 二人の争う姿を見てしみじみと語る離津留に破切果が答えた。彼は気付いていた。夜衣は魔物以上にオカマが大嫌いなのだと。

 リリガスに対する嫌悪感は離津留よりも遥かに大きく、拒絶も激しかった。


 賢明な少女はこれ以上関わらない方がいいと判断して、二人を連れてそそくさと帰っていった。


 リリガスを納得させて汽車に乗れたのは、それから三十分後だった。




「これで全員だな」


 夜衣は汽車に残っていた乗組員の最後の一人を放り出すと車内に乗り込んだ。警備はほぼ出払っていたので、構内に残っていた者を片付けるのに大した手間は掛からなかった。

 戦闘員以外はブラッドマンが現れたと同時に逃げ出し、汽車の中に隠れていたのだ。


 殴り倒された人々を気の毒だと思いつつ、破切果も夜衣の後を追って中に入った。


 汽車の内装は極めてシンプルで余計な装飾は無い。小さな客室が一つ。残りは全て荷物を積み込むための倉庫になっていた。

 倉庫には夜衣が繰り広げた争いの形跡が残っている。


 客室を抜け、破切果は運転室の扉を開けた。


「よし、出発だ」


「アイアイサー!」


 運転席には四方八方に腕を伸ばした軟体生物、離津留が座っていた。


 彼女は掛け声を上げるとブレーキを解除し、汽笛を鳴らして汽車を発車させた。他の腕は炉に燃料をひっきりなしに放り込んでいる。

 車輪がゆっくりと回り、汽車が動き出す。


「どうです、わたくしにかかればどんな乗り物も自由自在ですわ」


 腕を伸ばしながら胸?を張る離津留。

 見た目は単細胞生物でも美少女になって風を操ったり、汽車を運転したりと彼女の能力は驚くほど多彩だ。


「まさか本当に運転できるとはな」


 夜衣は離津留の運転技術を目の当たりにして素直に感心していた。破切果も離津留の知識が豊富だという事は知っていたが、初めて見た汽車を運転できる程だとは思いもしなかった。


「離津留さん、すごいです」


 破切果から尊敬と羨望の眼差しを向けられても、離津留はあまり嬉しそうではない。

 彼女が褒めてもらいたい人物は、目の前にいる予言者の男ただ一人。


「どうです夜衣様、惚れ直しまして?」


 禁断の愛は報われないと知りつつも、離津留は夜衣に言い寄った。

 腕を作業に集中しているので体は伸ばせない。代わりにウィンクを送る。


「ああ、見直した」


「えっ?」


 いつものように冷たくあしらわれると思っていた離津留は、意外な言葉に驚きを隠せなかった。


「お前がここまで有能だったとは知らなかった。変身後の姿といい、夢流の手先じゃなければ惚れていたかもな」


「えええっ?」


 夜衣の言葉は本心だった。はっきり言って離津留の美少女形態は直球ストライク。

 顔、プロポーション、声のどれをとっても水準以上。露出度の高い格好で迫られれば彼とて本能には逆らえないだろう。


 たとえ元の姿がゼリー状の軟体生物だったとしても。


 彼の理性が鉄壁にガードされているのは、任務を放り出せば死という追い詰められた状況。そして離津留が最も忌み嫌う人物である夢流の手先だからだ。

 手を出したら最後、どんな罠が飛び出すか分からない。


 逆に幼児の破切果に対しては何のリスクも無いので気軽に接している。


 夜衣が離津留への態度を軟化した理由は、大嫌いなオカマに付きまとわれたため。

 アレに比べたら口うるさい軟体生物など可愛らしいマスコット。


 深層心理の判断で無自覚に彼女への思いやりが生まれたのだ。


「運転は任せていいな。俺は少し休んでから作戦に入る」


「も、もちろんですわ夜衣様」


 運転席から出て行く夜衣の背中を見送った離津留は、高鳴る鼓動を抑え一旦冷静になった。

 今のは聞き間違いではない。確かに彼は自分に好意を持っているという発言をした。聞き間違いではない。


 離津留は体から新しい腕を生やして顔をつねってみた。しかし軟体生物の体は伸びるだけで痛みを感じない。


「どうぞ」


 手渡されたのは辺りに転がっていたであろう重厚な工具。差し出したのはまだ部屋に残っていた破切果だった。


「やっぱりいいわ。破切果君は夜衣様についていなさい」


 子供に妙な気を使われて恥ずかしくなった離津留は破切果を部屋から追い出した。

 扉を閉めるとしばらくして奇声を上げながら軟体生物がのたうちまわっていた。



 窓から見える景色は橙色に染まり、夕闇が覆っている。協会を目指す線路には強固な防壁と蒼い外灯が延々と続く。


 地平線の先にぼんやりと浮かぶ光。あれこそが人類の英知を集めた砦、協会だ。

 今回の秘密任務の目的地であり、夜幻秘密結社や予言者の宿敵が住まう場所。この先はどんな危険が待ち受けているか分からない。


 破切果はお師匠様を絶対に守り抜こうと気を引き締めた。


「?」


 破切果は視界の先に違和感を覚えて立ち止まった。じっと目を凝らしてみるが特におかしな点は見当たらない。


 気のせいだったのだろうか。

 安全を考えるなら徹底的に調べた方がいいかもしれない。


 だがこれがもし自分を引き離す罠だったとしたら、安易に近付く訳にはいかない。

 ここは客室へ行き、自らの使命である護衛に専念するのが正解だ。


 彼は倉庫へ通じる扉を凝視しながら客室のドアへ手をかけた。そのため気付かなかった。背後から忍び寄るもう一つの気配があった事に。



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