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08 企業秘密です


 天国の架け橋へ続く通路。


 ユニアがカーテスシアンを背負い、ジーリと共に柱の影に身を潜めている。通路は赤い霧で覆われ先が見えない。


 少し経つと先行していた破切果が姿を見せ、来ても大丈夫だと合図した。

 二人は急ぎつつも慎重に霧の通路へ進む。所々に銃を持ったまま眠る兵士が転がっている。


 彼女らから血液を補充したリリガスが睡眠効果のある霧を発生させ、次々と敵を戦闘不能にしていった。薬品による洗浄を受けていても弾丸用に精製されていなければ魔物を封じる効力を持たない。

 この血の霧は破切果のように魔物の力を持つ者には通用しない。子供達はブラッドマンと暮らしているので霧に対する耐性を持っていた。



 通路を抜けると霧が晴れ、彼らの目の前に大きな鉄の乗り物と、機能性のみを重視した無骨な形の駅が姿を現した。

 装飾も塗装も無い鉄でできたターミナルに人影は見えない。緊急事態のため戦闘員以外は退避しているのだろう。


「お師匠様はまだ来ていませんね」


「あら、ちょっと早過ぎたかしら」


 ひとまず危険は無いと判断したユニアはカーテスシアンを降ろし、ジーリに手を繋がせた。


「それで、これからどうするの。その子も魔物?」


 霧で眠らない事から少女は破切果がただの人間とは思っていなかった。リリガスと行動を共にしているので敵ではないと理解していたが、疑問を解消して子供達の安全を守るのが年長者としての務めだ。


「多分そうじゃない?アタシも逃げてる時に仲間っぽい気配を感じてこのコ達に会えたし。ちょっと破切果ちゃーん」


 リリガスは物珍しそうに汽車を見ている破切果に呼びかける。

 珍しい汽車を夢中で観察していた破切果は、呼ばれると素直に返事をして戻ってきた。


 こんなに理性的で可愛い魔物がいるのだろうかとユニアは首を傾げた。彼女達と暮らすブラッドマンや村を襲う魔物とは明らかに違っている。


「何ですか?」


「破切果ちゃんって人間じゃないわよね」


 リリガスの問いに破切果はにっこりと答えた。


「はい、合成生物です」


「ごうせいせいぶつ?なにソレ」


 全く聞き覚えの無い単語にリリガスとユニアは揃って疑問符を浮かべた。

 二人に説明しようとして破切果がはっと口をつぐむ。


 今回は秘密任務だ。自分達が何者か、何を目的にしているかを一般人に知られてはならない。


「企業秘密です。残念ですけどこれ以上は教えられません」


「え~、アタシと破切果ちゃんの仲じゃない。ちょっとくらい教えてくれても」


「駄目です」


 きっぱりと断られリリガスは「アタシは教えたのに」と口を尖らせた。


 お師匠様の許可無く秘密をばらしてしまっては、秘密結社幹部の弟子としてふさわしくない。いくら協力関係にあってもこの部分はハッキリさせなくては、と破切果は自分に言い聞かせた。


「企業って?」


 同じく疑問を投げかけてきたユニアに、彼は胸を張って答えた。


「夜幻秘密結社です」


 秘密結社の名を知らしめるのが今回の任務で一番の目的だ。これは答えてもいいだろう。

 お師匠様達の偉大さを世界に広めるいい機会だと破切果は思った。


 破切果の答えを聞いても二人はピンときていない様子だ。


「夜幻って布団屋さんか何か?」


「破切果ちゃん、従業員なのかしら」


「布団は間に合ってます」


 ジーリは押し売りに対する牽制の言葉と不審な眼差しを送っていた。


「違います!夜幻秘密結社は予言者の頂点に立つ五人が所属する秘密組織です。予言と科学を融合したアイテムの開発。天候操作と地殻変動によって生み出す無限食糧庫。そして分散した神の力を集約し、発動させるための超巨大システムの構築。お師匠様はこれらの極秘プロジェクトを遂行するため選ばれた、最も優秀な幹部の一人です」


 妙な誤解をされてはいけないと破切果は必死で弁解した。


 秘密結社が寝具の押し売り業者だと勘違いされてはたまらない。自分のせいで間違った情報が広まってしまえば、尊敬するお師匠様や他の幹部に迷惑がかかってしまう。それだけは避けなければと思って。


「破切果ちゃん、隠す所間違ってるわよ」


 秘密結社の秘密を一息で喋り終えた破切果にリリガスは呆れ、ユニアは冗談交じりで呟いた。


「まさか世界征服でもするつもり?」


 ユニアは本当に冗談のつもりだった。協会の支配下にあった場所で生まれ育った彼女は、実際に予言者を見た事が無い。

 予言者がどれだけ恐ろしいものかなどは話に聞いた事はあっても、あまりに非現実的すぎて作り話にしか思えなかった。


 夜幻秘密結社の最終目標をあっさり言い当てられた破切果は、表情を変えずに心中では大きな衝撃を受けていた。


 こんな一般人に見抜かれてしまうなんて。

 いや、まだばれてはいない。動揺を見せなければうまく流せるはず。


「そんなまさか。ちょっと協会に挨拶するだけです」


 今のは心の乱れを一切感じさせない完璧な態度だったと破切果は確信した。

 しかしリリガス達はなぜかこちらを哀れむような微妙な表情をしている。何かおかしな点があっただろうか。


「破切果ちゃん、アタシ達はコッチなんだけど」


 破切果はリリガス達がいる方向ではなく、反射して姿が映った鉄の壁に話しかけていた。動揺するにも程がある。


「とりあえず予言者が経営する布団会社にしておきましょうか」


「すみません。それでお願いします」


 見かねたユニアが出した助け舟を素直に受け取った。これ以上足掻いても傷を広げるだけだろう。

 少女の優しさに、人間もまだ捨てたものではないと破切果はしみじみ思った。


 人情を噛みしめる破切果の様子を見ながら、リリガスは考えた。


 駅に来てからのんびりと会話をしているが、追っ手がなかなか来ない。霧の攻撃に異変を感じて一人か二人は応援の要請をしていてもおかしくないというのに。


 保管庫には応援が到着している頃だ。武器も持たない女子供を捕まえるのに手間取っているとも思えない。


 輝士団表門が陽動だと気付き、本部の一斉捜索が始まっているのであればすぐにここも見つかるはずだ。きっと夜衣が何らかの予言を仕掛けているのだろう。

 つくづく予言者とは便利で恐ろしい能力を持っているものだ。


 そう思った矢先に彼らが入ってきた扉が大きな音を立てて開いた。


「お師匠様!」


 現れたのはまさしく夜幻秘密結社幹部にして予言者の夜衣だった。


「おう」


 今までの心細さから感激して駆け寄る破切果を彼は適当にあしらい、扉をくぐった。

 肩にはもれなく軟体生物の離津留を乗せている。夜衣の側に落ち着いた破切果は彼の姿を改めて見て驚いた。


 白い服の所々に赤茶色の染みがあり、切り傷を負っている。

 良く見ると顔にもいくつか小さな傷と痣が残っていた。袖には焦げ跡と穴が開いている。


「どうしたんですか、それ」


 予言を駆使して輝士団と戦ったなら銃弾はもちろん、傷など負うはずが無い。


「やっぱり輝士団だけあって骨のある奴が多いな。さすがに手間取ったぜ」


 疲れた様子を見せつつも夜衣はどこか楽しげな様子だ。逆に離津留はげんなりとした雰囲気を漂わせている。表情ではあまり分からないが同じ合成生物の破切果にはそう感じられた。


「予言を使って戦ったんですよね?」


「あぁ、使ったが途中で面倒になったからやめた」


 破切果の問いに夜衣はとんでもない事実をさらりと言いのけた。


 つまり、彼は重火器で武装した輝士団を相手に己の拳と刃物だけで立ち回りをしたというのだ。軽傷で済んでいるからいいものの、一歩間違えば大怪我をして死んでしまう。一緒にいた離津留が妙に疲れた様子なのも頷けた。


 秘密結社の中では予言の力が一番弱くとも、補って余る程の戦闘力が彼にはある。

 己の力だけで夜幻秘密結社ナンバー5の地位と、夢流の信頼を勝ち取った師匠の姿に破切果はますます尊敬の気持ちを強めた。


 単に夜衣が予言を節約していたのだとは知らずに。


「そいつらで全員か」


 服のほこりを払った夜衣はリリガスが連れた子供達に目を向けた。

 魔物と暮らしているだけあって人相の悪い彼に睨まれても平然としている。リリガスが一歩前に出て答えた。


「ええ、おかげで無事に救出できたわ。それより大丈夫なの?」


「当然よ。間抜けなブラッドマンとは違って、夜衣様とあたしのコンビは無敵なのよ。不細工な生物に化けているストレスのおかげで、ちょっぴり遅れちゃったけど」


 再会して早々に喧嘩を売る離津留に、リリガスはこめかみに青筋を立てながらも踏み止まった。


 ここで大人気無い姿を子供達に見せれば教育に良くない、とユニアから文句を言われるに決まっている。その証拠に先程から彼女の視線を痛いほど感じる。


 今やブラッドマンは数少ない種族だ。滅んでしまった場合、記憶や伝承はこの子達によって語り継がれるかもしれない。

 恐怖の象徴たるブラッドマンが小娘に喧嘩を売られて逆上する、なんて話を伝えられたら死んでも死に切れない。魔物にも意地とプライドがあるのだ。


 オカマなブラッドマンがいる時点で色々手遅れだという事実に、リリガスは気付いていなかった。


「心配しなくとも輝士団の奴らは二時間、ここには近付けないし建物から出る事も出来ない。足止めの予言をしておいた。線路から出れば鉢合わずに逃げられると思うぜ」


「さすが夜衣ちゃん!」


 感激したリリガスはごく自然に夜衣に抱きつこうとした。

 感謝の意味と離津留へのあてつけも多少含まれている。小娘に文句を言われようが放してやらない。たっぷりと見せつければ溜まった鬱憤も少しは晴れるというものだ。

 体を張って働いてくれた人を労う気持ちを止める権利は誰にも無い。


 そう、オカマを嫌っている本人以外には。


 リリガスは恩人の手によって床に叩きつけられ、土足で頭を踏まれていた。人間には反応出来ないはずの流れるような動作だったのにも関わらず、いつの間にかリリガスが密着していたのは冷たい鉄の床だった。


「お礼は?」


「アリガトウゴザイマシタ」


 鋼鉄の床以上に冷たい眼差しと声を向けられ、リリガスはやはり予言者は魔物にとって天敵なのだと再認識した。

 同時に虐げられるのもちょっといいかも?などと心の片隅で感じていた。


 頼りないオカマとはいえ、ブラッドマンを易々と退ける夜衣を見た子供達は、予言者の凄さというものを思い知った。このような予言者があと四人もいるというのなら、夜幻秘密結社は本当に恐ろしい組織だ。

 本気で世界征服を目指していてもおかしくはない。


「ホレ、とっとと逃げろよ。俺らはもう行くぜ」


 踏みにじったリリガスから足をどけて夜衣は汽車へと向かった。慌てて破切果が後を追う。


「あのっ、待って下さい」


 目の前を通り過ぎようとする夜衣をユニアが呼び止めた。面倒臭そうに振り向いた夜衣に少し戸惑いながらも、彼女は彼に頭を下げた。


「助けて頂いてありがとうございます」


「ありがとうございます」


 ユニアに習ってジーリも深々とおじぎをした。幼児のカーテスシアンもぺこりと頭を下げる。

 礼儀正しい子供達を見て、これはもう一人のブラッドマンに教育されたのだろうと離津留は思った。人間に恋をする程だ。気に入られる為に人間について色々と学んだに違いない。


 今まさに恋をしている自分のように。


 離津留の熱い視線を夜衣は完全に無視している。一々反応していたらきりが無い。

 うっとうしいと振り払えば、恥ずかしがりやさんの一言で片付けられてしまうだろう。


 体力的にも精神的にも疲れているのに、これ以上余計な力を使いたくないというのが本音だ。


「別に、成り行きでそうなっただけだ」


 子供相手に恩を売る必要も無いと、適当に話を切り上げた。


「人々を救う第一歩ですね」


「何てお優しいの!夜衣様」


 身内のガキ共が色々ほざいているが気にしない。とにかく早くこの場を去って休もうと足を踏み出したところで、何かが足に触れた。



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