表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/27

07 輝士団だって頑張ってる


 一方その頃、破切果は地下の保管庫を目指して内部へと潜入していた。


 協会行きの荷物の一つに潜り込み、地下へのリフトで運ばれていく。 周囲に人目が無いのを確認した破切果は荷物から飛び出した。


 慎重に辺りを観察すると、大きな看板がいくつか目に入る。


 特に目立っていたのは「天国への架け橋」「試練の祠」「天使の庭」の三つ。

 破切果にはどれがどの施設なのかさっぱり分からない。


 夜衣がいれば輝士団のネーミングセンスに文句を言いながらも、すぐに目的地が分かっただろうに。とりあえず破切果は人間の匂いが多く集まっている場所を目指した。

 天国の架け橋の方からは人間の他に鉄と蒸気の匂いがするので汽車があるのだろう。破切果は近くにある試練の祠に向かった。


 破切果の役目は夜衣達が外で輝士団を陽動している隙に生贄を解放。更なる騒ぎを起こし、兵達を混乱させるというもの。

 事態の収拾のために占い師を投入しても、ブラッドマン襲撃と生贄の逃走に汽車の強奪。三つ全てに対応するのは難しい。


 夜衣達と合流した後にリリガスが子供達を連れて帰る。

 全ての生贄を助けている暇は無い。根源である協会を何とかしなければ。



「よいしょ」


 破切果は天井に続くパイプによじ登り、試練の祠を上から調査する事にした。

 ブラッドマン討伐のため兵の多くが出払っているが、入り口正面から向かうのは軽率だ。どこに見張りがいるか分からない。


 幸い天井から覗く丁度いい場所を発見した。中からは人と薬の匂いが漂っている。破切果は少しだけ顔を入れて中の様子を観察した。


 広い部屋の中で大きな水槽に人間達が一列に並んで入っていた。水は薄い緑色でここから強い薬の匂いがする。

 列の先にはシャワーが設置され薬品の入った水が上から人々に浴びせられていた。


 驚く事に人間のほとんどが少年少女。大人の姿は少ない。子供が売られているというリリガスの話は本当だったのだ。


「これが浄化ですか?何だか洗濯みたいですね」


 聖なる儀式の様なものを期待していた破切果は少し残念な気持ちになった。ここで浄化を終えてから保管庫に運ばれるのだろう。

 破切果は元来た道を戻り、残る一つの天使の庭を目指した。



 先に進むと明らかに怪しい門が見えてきた。鋼鉄の門には門番が二人と見張りが四人。

 町の入り口よりも物々しい警備は、何か重要な物があるとしか思えない。土がむき出しの地面には大きな車輪の跡がある。


 破切果は柱の影に隠れると懐に大事にしまっていた夜衣の筆、天我涼清丸を取り出した。


 鉄板で覆われた床に大きな四角を描き右端に丸を加え、空いたスペースに「保管庫への抜け道」と記入。

 すると黒い線で描かれた四角がノブの付いた扉へと変化した。


 破切果は錆び付いた扉を両手で開けて飛び込んだ。

 落ちるというよりは、ふわりと浮かび上がるような妙な感覚に包まれる。扉から出ると広い場所に辿り着いた。


「うわぁ」


 破切果は白い服を着た人間達のど真ん中に出た。多くが女子供の中、わずかに大人も混じっている。


 鉄の檻に詰め込まれた人間達は拘束されてはいないものの、皆暗い顔で下を向いている。突然現れた破切果にも気付いていないようだ。

 檻の外にいる見張りも同様だ。もし見つかっても人間の子供にしか見えないので違和感は無い。


「これだけ多いとリリガスさんの探している子供達がどこだか分からないですね」


 大きな檻はいくつも設置されている。全てを確認している時間は無い。


「え?何かいい考えがあるんですか」


 破切果は一人で首を傾げたり頷いたりしている。幸い見張りがいる位置までは声が届かない。

 檻に入れられた人間達は反応する気力も無く、抵抗しても無駄だと諦めた様子だ。


 人の波をかき分けて破切果は扉まで移動した。


 生贄達を監視しているのは武器を持った二人。銃ではなくナタのような大きな刃物を持っている。反抗的な者だけを始末するために銃を使っていないのだろう。大事な生贄をうっかり殺してしまわないように。


 抵抗の素振りを見せない大人しい相手を見張るのは退屈らしく、二人は雑談をして時間を潰していた。

 檻の方など見向きもしていない。


 破切果は首に下げた予言札を一枚取り出すと、天我涼清丸を使って「ますたぁきぃ」と書き込み扉に貼り付けた。札は正しく発動しカチリと錠が外れて扉が開いた。

 見張りの二人もさすがに気付いて檻を見る。


「おい、誰だ。鍵閉め忘れたのは」


「知らねえよ」


 扉が開いても逃げようとする者はいない。見張りの二人にも慌てた様子は見えなかった。

 これでは生贄を大量に逃がして混乱を起こす計画は不発に終わってしまう。予定外の事態に戸惑った破切果だが、とりあえず隠れて様子を見る事にする。


 扉を閉めようと一人が近付くと、唐突に悲鳴が響いた。


 刃物を持った男が近付いたからではない。悲鳴は次々に檻の中に伝染。他の檻の人間達も何事かと目を向け、事態に気付くと同じように恐怖の叫びを上げパニックに陥った。


「はァい」


 ポーズを取って人垣から姿を現したのは流れる銀髪、褐色の肌を持ち白いマントを羽織った最強の魔物。

 オカマブラッドマンことリリガスだった。

 突然の侵入者にそれまで大人しくしていた生贄達は狭い空間の中で逃げ惑った。


「馬鹿な!ブラッドマンの次の襲撃は表門からのはず。こんな所に現れるなんて聞いてないぞ」


 恐慌状態になった人間達は扉が開いている事に気付くと我先にと押し寄せる。この勢いでは再び施錠するのは間に合わない。


「檻から出た者は処刑だ!分かってんのかてめえら」


 立ちはだかった兵士に一瞬怯むも、魔物に捕まれば確実に殺される。武器を持った人間と人の血をすする化物。どちらがより恐ろしいかは一目瞭然だ。

 それに後ろからどんどん押されて止まる事は出来ない。大量の子供達に突き飛ばされ、兵士の壁は簡単に突破された。


「止まれ!あいつは偽物だ。ブラッドマンなんかじゃない」


 もう一人が壁に掛けられた銃を取り、逃げ出そうとする者の足元を狙った。一人でも撃たれれば足を止めるだろう。

 引き金に手をかけたところで、何かによって銃が跳ね飛ばされた。


「!」


 後ろの壁に突き刺さったのは赤黒い血のようなナイフ。リリガスが指を鳴らすと溶けて地面に染み込んだ。


「誰が偽物ですって?ボウヤ」


 いつの間にかリリガスが檻の上に足を組んで座っている。

 片手で同じ血のナイフを持ち、もう一方の手から流れる赤い雫から二つ目のナイフを作り出した。いくら似せようとしてもこのような芸当、人間はおろか他の魔物でさえ出来ない。


 血液から武器を生み出すという行為はブラッドマンにのみ与えられた能力だ。


 リリガスに気を取られている間にも残りの檻から次々と人間達が飛び出している。

 一人目の兵士が突き飛ばされて踏まれている隙に、破切果が札を使って扉を開けたのだ。


「丁度お腹がすいてたの。まずはあなたから頂いちゃおうかしら」


 舌なめずりする魔物を前に、男はどうすれば状況を打開できるか考えた。


 逃げ出した奴らは外の見張りによって制圧されるだろう。ブラッドマンが出たと知ればすぐに応援も駆けつける。

 応援が来るまで生き延びる事が出来れば自分の勝ちだ。


 ここには対魔物用の武器が揃っている。戦力さえあれば相手が最強の魔物であろうと撃退出来ると一回目の襲撃で証明済みだ。


「おい起きろ。すぐに迎撃隊に連絡するんだ」


 倒れていた仲間を蹴り起こすと男は無線機を渡し、銃を拾って反撃した。

 しかしただの銃弾などブラッドマンにはオモチャも同然。体内を流れる血液が盾となり、体には傷一つ付いていない。

 やはり血魂銃でなければ通用しない。ナタで斬りかかっても結果は同じだろう。


 それならば、と男は武器を捨てて構えを取った。銃や刃物が駄目なら打撃か関節を攻めるしかない。


「あぁら、ブラッドマンを相手に格闘を挑むなんて正気?切り刻んじゃうわよ」


 リリガスがマントを翻して着地すると片手で檻を薙いだ。鋭い爪によって鉄の檻が両断される。人間など簡単に引き裂かれてしまう威力だ。

 兵士は逃げ出したい気持ちをぐっと堪える。


「平和を守るため輝士団が負ける訳にはいかない。かかって来い!化物」


 生贄という犠牲を出しながらも輝士団には彼らなりの正義感があるようだ。破切果は思わず感心してしまったが、夜衣なら問答無用でぶっ飛ばしただろう。何しろ自分の命が掛かっているのだ。輝士団の言い分などに構っている余裕は無い。


 自分達の家族を奪われたリリガスからすれば、自分勝手だと逆上するところだ。


 普通は。


「え、やだ何。カッコいいじゃない~」


 不真面目で弱そうだと決め付けていた男が見せた凛々しい態度に、リリガスはときめいていた。

 頬を染めくねくねと妙な動きを見せるブラッドマンに、兵士達は違う意味で恐怖を感じた。


「駄目よ、アタシ達は敵同士。結ばれちゃいけない運命なのよ。禁断の愛なんていけないわ~」


 リリガスが妄想したシチュエーションに酔っている隙に、もう一人の兵士は無線で連絡を取っていた。


「こちら天使の庭。緊急事態だ!ブラッドマンが侵入して生贄が逃走した。至急応援を頼む」


『何だって!くそっ、どういう事なんだ』


 無線機の向こう側が騒がしい。予想されたブラッドマンの襲撃がこちらに来たのなら、迎撃隊は手が空いているはず。それなのに騒音の間から爆撃や悲鳴が聞こえるのは一体なぜだ。

 何と戦っているのだ。


『こっちも予想外の事態で手が離せない。妙な魔物と予言者が』


『馬鹿な!巨大化しただと?』


『隕石だー!』


『今こそワタシの秘密兵器を使』


 爆音と怒号の中通信は唐突に切れた。最後の声に破切果はなぜか聞き覚えがあるように感じた。


 本部の入口でもただならぬ事態が起こっている。騒然とした現場の雰囲気から何が起こっているかは不明だ。

 ただ一つはっきりと聞こえたのは予言者という単語。それだけで全ての原因に説明がついた。


 迎撃隊が完璧にブラッドマンを追い詰めながらも姿を見失ったのも、現れるはずのない場所にこいつが出てきたのも、予言者が関わっていたのが全ての元凶だ。


 協会から通達された予知の内容が予言によって書き換えられてしまったのだ。


 しかもその予言者が今輝士団本部を攻撃している。予言者が世界征服宣言を行ったと今朝聞いたが、まさか一日も経たずに攻め込まれるとは誰も予想していなかった。

 数日前から予知されていたブラッドマンの襲撃の対策に、協会も輝士団も掛かりきりだったのだから。


 この分では応援部隊をこちらに回す余裕は無い。無線を持った兵士は通信本部へとチャンネルを変えた。


「こちら天使の庭。通信本部、ブラッドマンだ!奴がここに現れた。応援を寄越してくれ。すぐにだ!」


『了解した。無理はするな』


 幸い通信本部にまでは予言者の魔の手は及んでいなかった。

 ここから一番近い天使の架け橋、協会への駅には血魂銃の装備を持っている兵士が大勢いる。重要設備のため迎撃部隊には兵を割いていないはずだ。


「貴様の悪行もこれまでだ。我ら輝士団の力を思い知るがいい」


 通信を終えるともう一人の兵士も同じようにリリガスの前に立ち塞がった。味方がすぐに駆けつけるという安心感もあり、二人はほんの少し余裕を取り戻した。


 しかし、もう少し早く平静を取り戻していれば気付いたかもしれない。

 予言者とブラッドマンの出現のタイミングが同じだという事。そしてリリガスが増援の通信を妨害せず黙って見ていた理由が、兵力を分散させ護りを薄くさせるためだという事を。


 

「輝士団の男も意外と悪くないわね」


 赤黒い重厚なハンマーを頭に乗せて倒れる兵士二人を見下ろすリリガスには、身内を誘拐されたという怒りは微塵も残っていなかった。

 単に面倒臭い役割を押し付けられた不満から、八つ当たり気味になっていただけかもしれない。


「リリガスさん、早くしないと追っ手が来ちゃいますよ」


 隅に隠れていた破切果がぱたぱたと駆け寄ってくる。


「あらそうだった。もう占い師にもばれちゃってるだろうし、急がないと」


 占い師の目を欺くため、破切果はリリガスを飲み込んでここまでやってきたのだ。


 離津留がリリガスに変装し本物が姿を隠したため、ブラッドマンが輝士団本部入口に現れるという予知の映像は変化しない。

 もしも今水晶玉で占いをしていたら一瞬にしてブラッドマンが瞬間移動したように見えただろう。


「ユニア、ジーリ、カーテスシアン。いたら返事しなさーい」


 リリガスは点在する檻に向かって声を掛けた。

 扉が開け放たれた檻には、逃げ遅れていた者や腰を抜かして動けない者達がまだ残っている。


 その間を抜けてセミロングの少女、メガネの男の子、黒髪の幼児、合わせて三人が姿を現した。三人ともあれだけの騒動の中にあったというのに、取り乱した様子も無く至って冷静だ。

 輝士団の兵士と話すブラッドマンが顔見知りだと気付いていたのだろう。


 一番年上の少女がつかつかとリリガスの前に出た。


「あのね、リリガス。どうせなら問答無用で攫って欲しかったんだけど。おかげでブラッドマンと人間が手を組んでるって、ここにいる人達にバレバレじゃないの」


 腰に手を当てて少女は淡々と述べた。まるで同年代の友達と話すように。

 とても最強の魔物と相対しているとは思えないぐらいに自然だ。


 破切果は驚いていた。魔物に怯えない人間を見たのは秘密結社の預言者以外で初めてだ。


「ユニア、アンタ助けに来てやった相手に向かってその言い方は何よ」


 感謝の言葉を言われると思っていたのに開口一番でダメ出しをされ、リリガスは眉根を寄せて反論した。


「そもそもリリガスが見張りをきちんとやっていなかったから、こんな目に遭わされているんじゃない。あたし達が囮にならなかったら今頃全員攫われて行方知れずよ」


 以前生贄として誘拐された経験から、彼女は自分達の村に侵入したのが人間狩りの輝士団だとすぐに分かった。

 連中は抵抗しなければ危害を加えない。生贄を殺してしまっては労力の無駄だからだ。


 ユニアは兵士に捕まっても暴れたりしない聡明なジーリと、人見知りをしないカーテスシアンを連れて囮になり、他の仲間達を逃がしたのだった。


「あのー、積もる話の前に早くここを移動した方がいいと思いますよ」


 放っておくと話が長くなりそうだと判断した破切果は、二人の間に入って仲裁を試みた。


「そうよ!もたもたしてたら追っ手が来ちゃうじゃない。行くわよ」


「この子は?」


 いきなり話に加わってきた幼児にユニアは首を傾げた。生贄達とは違う格好の幼児が一人、こんな所でウロウロしていたら疑問に思うのも当然だ。

 他の二人は大人しく様子を見守っている。


「とりあえず味方よ。破切果ちゃん、夜衣ちゃんと合流するのは駅で良かったわよね」


「はい、早く行きましょう。あとそれはお師匠様の前では言わない方がいいですよ」


 オカマにちゃん付けされたら殴り倒すだけでは飽き足らず、嫌な予言をかけられそうだ。


 破切果達は保管庫から天国の架け橋へと向かった。

 他の生贄を逃がしている暇は無いので、今回は放っておくしかない。破切果は先に逃げ出した人達の無事を祈った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ