06 予言の力(物理)
「アタシは人間狩りに遭った子供達を取り戻しに来たの。協会と取引がある前から、少数のブラッドマンは他の魔物から村を守る代わりに人間の血を貰っていたのよ」
話を聞いた三人は目の前のぬいぐるみのような生物が、魔物と死闘を繰り広げる様を思い浮かべた。
間違ったイメージを察したリリガスは慌てて訂正した。
今の姿は敵を欺くための仮の姿で本来のブラッドマンは銀髪で褐色の肌を持つ美しい姿だと。ちなみにブラッドマンの名前の通りに、彼らは男性のみの種族で女性は存在しない。
リリガスが言うには自分達以外にも人間に協力する魔物達が何匹か居て、村人達と貧しいながら平和に暮らしていたそうだ。
おかしくなったのは協会という組織が現れてから。
各地で魔物に生贄を捧げる活動を始めた協会の使者は、ブラッドマンがいるという噂を聞きつけてリリガス達が住む村にもやってきた。
生贄として差し出されたのは年端も行かない少年少女。魔物に両親を殺された孤児や生活苦から捨てられた子供達。
彼らを差し出す代わりに人間を襲わないで欲しいとの要求だ。リリガスを含むブラッドマン達は当然これを断るつもりだった。
今のままでも十分やっていけるし、ここで築いてきた人間との関係を気に入っていた。
だが断ってしまったら子供達はどうなる。きっと他の魔物の生贄にされる運命しか道は無い。
不憫に思った村長とリリガス達は相談し、生贄はこれだけで十分と協会の者に伝え子供達を引き取った。
初めは恐怖に怯えていた子供達も村人達とブラッドマンとの自然な態度を見て、徐々に打ち解けていった。酷い話だが、中には無理矢理両親と引き裂かれて連れられた子もいた。
そういう子供はブラッドマン達が親の元へ送り帰し、残った子供を村で育てる事にした。
決して余裕のある生活ではなかったが、彼らと苦難を共にして何とか乗り越えていった。
中には種族間の垣根を超えて恋に落ちる者もいたという。
「でも、そんな暮らしは長くは続かなかったわ」
生贄を与えられながらも人間と共存を選んだのはリリガス達だけだった。
何もせずに食料が供給されると知れば、わざわざ人間を助けてやる必要も無い。ちょっと町で暴れてみせるだけで向こうから降伏して餌を運んできてくれる。ある程度の知性を持つ魔物は喜んで生贄を受け入れ、人との暮らしをあっさり切り捨てた。
見捨てられた町や村は他の魔物に襲われ無残な姿へと変わった。
犠牲者が増えるにしたがって孤児の数も跳ね上がり、また生贄として魔物に差し出されるという悪循環が続く。
リリガスの住む村からも誘惑に耐えられないブラッドマンが次々と去っていった。
村人達もいつ裏切るか分からない魔物と同じ場所には居られないと一人、また一人と村を後にした。
残されたのは親のいない子供達と、リリガスを含む変わり者のブラッドマン二人だけとなった。
「もう一人のブラッドマン、アタシの友達なんだけど変わっててね。子供達の中で一番年上だった女の子に惚れちゃって。あの子を幸せにするまでは村を離れないって言うの」
しょうがないから一緒に残ってやったのよ、と語るリリガスに「お前の方が変わってるだろ」という視線が三人分注がれた。
「とにかく協会が余計な事をしなければ最初からうまくいってたの。占い師とか予言者とかのせいで大分力も失っちゃったし、踏んだり蹴ったりよ」
「悪かったな」
夜衣の言葉には全く感情がこもっていなかった。
基本的に彼は他人がどうなろうが関係無いと思っている。敵対している協会や魔物に対しては特に。
「じゃあブラッドマンでも倒せないような強い輝士団に襲われて、子供達を連れて行かれたんですね」
「え?うん、まあ」
真剣な面持ちで聞いてくる破切果にリリガスは言葉を濁した。
最強の魔物であるブラッドマンを蹴散らす程の実力が輝士団にあるのなら、とても自分達では対抗出来ないと思ったのだろう。
実際は一人が食料集めに出払っている時に数人の輝士団が来ただけ。こんな寂れた村に輝士団が来るとは夢にも思っていなかったリリガスは、木の上で昼寝をしていて夢の中だった。
協会のやり方を知っていた子供達は抵抗もせず大人しく連れて行かれた。
仲間のブラッドマンに叩き起こされてようやく目覚めたリリガスは、隠れていた子供に話を聞いて皆が輝士団に連れ去られた事を知った。
村の警備を仲間に任せ、子供達を救出する為に単独で輝士団本部に乗り込んだという訳だ。
「そいつは気の毒だな」
依然夜衣の言葉に労いの感情はこれっぽっちも含まれていなかった。
この間抜けなブラッドマンが戦力としてあまり役に立たないと知ったためだ。
「なぁんだ。やっぱりブラッドマンなんて大した事ありませんわね」
会話能力を解禁された離津留はこれでもかとリリガスを批判した。
「何よ!あんな風に全部の行動が読まれてたなんて思わないじゃない。壁を乗り越えようとしたら罠があるし、地面を掘ろうとしたら鉄の板で固められてるし。おまけに裏口を開けた途端に一斉射撃と大砲よ。用意周到にも程があるわよ!」
「そりゃあ占い師がいればそうなるだろ。輝士団本部に魔物が入り込むなんて大事、真っ先に予知されるに決まってる」
向こうも必死だろう。簡単に侵入され子供を奪還されたとあっては協会と輝士団の威厳に傷が付く。
「でも、汽車を奪われて協会に落書きされる方も大事件じゃないですか?」
破切果の言い分にも一理ある。輝士団の母体である協会を襲撃される方が遥かに大事だ。
こちらを油断させるための協会の罠か、それとも占いでは夜幻秘密結社は脅威ではないと出ているのか。
「とりあえず間違い無いのはこいつの動向は全て予知されている。今は俺の作った安全地帯に入っているから察知されないが、ここを出たらすぐにまた追っ手が来るだろうな」
夜衣はこの状況を利用できないかと考えた。うまく事を運べば潜入も汽車の強奪も短時間で行える。
彼は言い争いをするリリガス、応戦する離津留、最後に破切果を見る。
リリガスは純血のブラッドマン。今は丸い生物でも元の姿に戻れば血液を操って戦える最強の魔物。
人間に化けて敵を欺ける。ただし一歩でも安全地帯から出れば全て輝士団に行動が筒抜け。
離津留は色々と便利な能力を持つ合成生物。変身しなくとも伸びる体を生かして様々な事が出来る。開錠も可能だろう。
破切果。自称予言者見習いの合成生物。今の所分かっているのは力が強いのと腹に収納スペースがある事。未知の変身能力を持つ。
ポイントは何と言ってもブラッドマンのリリガス。こいつの動かし方で戦局が左右する。
何の役に立つか分からない破切果の変身は暇が無かったのでまだ一度も試せていない。
「おい破切果」
「はい!何でしょう」
真面目な表情で肩を掴まれ、緊張した様子の破切果に続きリリガスにも声を掛ける。
「そしてオカマ。お前ら二人に聞きたい事がある」
名前を呼ばれなかったリリガスはくねくね動いて抗議したが無視された。
数分後。建物の上に立っていたのは長身の予言者夜衣と、ブラッドマンのリリガス二人だけだった。
離津留の代わりにリリガスを肩に乗せ、コンクリートに書かれた文字に×印を加えると安全地帯の円と文字はみるみると消えてゆく。
「さて、俺らは堂々と正面から行くとするか」
彼は三階建ての建物から飛び降り、通りの真ん中へと着地した。
付近を捜索していた兵士達はすぐに夜衣の存在に気付き、銃を向ける。
この辺りでは見ない変わった格好の男が、一般人の立ち入り禁止区域に突如出現した。それだけでも十分怪しいのに更に目つきの悪い男の肩には、不気味な肌色の魔物とおぼしき生物が鎮座していた。
「何者だ!」
一人が近付き、残りの者は男を囲むように散開した。
ブラッドマンが化けている可能性もある。一般人だとしてもこんな所で何をしているのか。
禁止区域に入る事は重罪だ。処刑されても文句は言えない。
銃を向けられた男は意外にも素直に両手を上げた。油断させる演技かもしれない。
銃を突きつけたまま仲間へ本部に連絡するよう促す。射殺許可が下りれば尋問の手間が省ける。
男の手には一枚の紙が握られていた。白旗のつもりなのか。
「そんな銃でブラッドマンが狩れるのか?血魂銃なんて相手に餌を与えるような物だろ」
無駄口を叩く男の眉間に兵士は銃を突きつける。輝士団を恐れない所を見るとこの町の者ではない。
協会の手の届かない辺境の地からやってきたのか。ならばこのおかしな格好も輝士団に対する敬意の無さも理解出来る。
「田舎者には分からないようだな。こいつは確かに奴らにとってご馳走だ。何たって穢れの無い者の血を更に清めた極上品だからな。だが代わりにこいつを喰ったブラッドマンは血液を武器として使えなくなる。本当に清らかな血は魔物なんぞには扱えないのさ」
「なるほど」
納得した様子の男を見て兵士は満足した。輝士団に平伏し己の愚かさを知るがいいと。
「だが、俺には通用しないぜ」
黒いバンダナの男はニヤリと笑った。
これだから田舎者は困る。己の立場が分かっていない。
命が握られている事を理解させる為に、足でも打ち抜いてやろうかと引き金に手をかける。
痛みを味わえば嫌でも思い知るだろうと思って。
「俺に、銃は通用しない」
妙に響く声で男が言った。途端に背筋がざわつく。
急に寒気を感じ、同時に言い知れぬ不安感が込み上げてきた。自分だけではなく他の者達も異変に気付き、そわそわとした気配が伝わってくる。
ブラッドマン討伐のために集められた精鋭が、魔物を相手に度重なる勝利を収めてきた猛者達が、目の前の男に気圧されている。
腹の奥から警鐘が鳴り響く。こいつに関わってはいけないと本能が告げていた。
このとてつもなく嫌な予感はいつだったか感じた事があるものだ。新兵でまだ魔物に対する武器が完成されていなかった頃、初めてブラッドマンを相手にした時の恐怖に似ている。
いや、これはもっと心を抉るような。忘れていたトラウマを呼び覚ますような感覚。
「あれを見ろ!」
兵士の一人が男を指して叫んだ。先にあるのは男が持った紙。
何も書かれていなかった白い紙が薄い光を放ち、男の発した言葉が刻み込まれていた。
息を呑んだ。忌まわしい記憶が頭をよぎり、銃を持つ手が震えカタカタという音が響く。男は紙切れを耳に挟むとぐるりと周りを見回した。
「何だ、輝士団ってのは随分と臆病なんだな。ああ、今日は雪が降るから寒いのか」
今は温暖期だ。雪が降るはずなどない。
それなのに、天からはちらほらと白い物が落ちてくる。粉雪はあっという間に綿雪へと変わり、肩へと積もる。
「予言者だ!」
誰かが叫ぶと同時に一斉に弾丸が発射された。だが銃弾が奴の体に触れる寸前でポン、とポップコーンのように弾けた。
悪夢だ。かつて協会と輝士団に恐怖を撒き散らした予言者が今目の前にいる。
男は低く構えると鼻で笑った。
「どうした?男なら素手でかかって来いよ」
予言者の挑発に抗える者はいなかった。兵士達は次々と重装備を捨てる。
爆発物も、ナイフでさえも。自分達の意思ではない。予言によって武装解除をさせられている。分かっているのに武器を捨てた者から奴に向かって殴りかかるしかない。
次の予言をされる前に倒さなければ、今度はどんなえげつない事をされるか分からない。
占い師と同じく予言者に戦闘能力など無いだろう。そう思ったからこそ彼らは勝機を感じた。
しかし男は強かった。無駄に強かった。
地面に伏していたのは自分達だ。更に男は武装した増援部隊をも容易く蹴散らし、そのまま本部へと向かって行った。
やはり予言者は魔物よりも恐ろしい。もう二度と係わり合いになりたくない。
小隊のリーダーは諦めの中意識を手放した。
輝士団本部正面。
先程まで裏口に配備されていた人員の多くがここに終結している。やはりブラッドマンの行動は読まれている。
二手に分かれて正解だった。
「そろそろお前にも活躍してもらうか」
「了解」
丸い物体は夜衣の肩から飛び降りると、姿を変えるため光に身を包んだ。夜衣は予言札をもう一枚取り出す。
「もうひと暴れだ」