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05 NEW COMER

「破切果、札だ」


 はい!と元気に返事をした破切果は口から予言札と筆を取り出す。札の束を首に掛け直すと筆と一枚の札を夜衣に渡す。


「どんな事情か知らねぇが、ちょっくら手伝ってやるか」


 この混乱を利用しない手は無い。夜衣は夜幻秘密結社特製の筆、天我涼清丸を手に取った。

 言葉で札に印字するよりも予言を直接書き込む方が効果的だ。


 彼は大砲を誤爆させるつもりだった。起こりえる可能性が高い程予言は成功させやすい。逆に物理法則や人の感情を無視した出来事を引き起こすには相応の力が必要だ。


「お待ちなさい!」


 今正に夜衣が予言を書き込もうとした時、後方から聞き覚えのある声が響いた。


「悪の手先に好き勝手はさせませんよ」


 正義の使者の様な台詞を吐いたロベオを見て、夜衣は思わず予言札と筆を取り落とした。


 唖然とする夜衣の視線の先には、輝士団の旗の代わりに揚げられてゆく男の姿があった。それだけならまだどんな登場の仕方だとツッコミを入れ、再び殴り飛ばすだけで終わる。

 問題はロベオの姿だ。


 全裸だ。なぜか男は何一つ身に付けていない。頭に水晶玉を乗せた全裸の青年が徐々に上昇していく。

 これには破切果もぽかんと口を開け、離津留は小さな悲鳴を上げながらもしっかりじっくりと見ていた。


「やりましたライーザ。ワタシの占い通り敵の動きを止めましたよ」


 いくら占いの結果を実現するためとはいえ、ここまで体を張った占い師はいなかっただろう。占いのためにプライドを捨てられる男。彼は案外大物かもしれない。

 声を掛けてくる相棒の破廉恥な姿をライーザは目も逸らさずに見上げていた。


「さあ、今こそ奴らを打ち倒す時デス」


 彼は堂々たる態度で彼女に指示を下した。

 ライーザの花占いは予言とは違い、相手の名前を知らなくとも指差すだけで効果を与えられる優れもの。

 動かぬ標的を攻撃するのには絶好の機会だ。


 ただロベオは作戦に関して根本的な間違いを犯していた。


「ライーザ、早くしないとワタシが輝士団の皆さんに捕まってしまいます」


 一応彼も今の自分が法に触れる行いをしていると分かっていた。

 早く決着を付けなければ危険だ。色々な意味で。


 下を向き考える素振りをしていたライーザは再び視線を上へと向けた。彼女は上に居るロベオに聞こえるよう精一杯大きな声で叫んだ。


「落ちるけど、いい?」


 彼女の両腕には旗を揚げるための太いロープが握られていた。

 手を離せばロベオの体重が加わった旗は重力に従って落下する。花占いは両手が自由でなければ使えないのだ。


「なんですとぉー!」


 ロベオは驚愕の雄叫びを上げた。本気で今の今まで気付かなかったようだ。

 敵を止めるために手を尽くした結果、肝心の攻撃手段をすっかり忘れてしまっていた。


「なんという事でしょう。こんな落とし穴があったなんて」


 全裸の変態男はがっくりとうなだれた。やはり我々だけでは悪の組織に対抗できないのかと。


「否!ここで諦めては占い師の名が廃ります。どんな状況でも立ち向かえば道は開くのデス」


 ロベオは頭に乗せた占い師の武器、水晶玉を手に取った。闘志に呼応した水晶玉はうっすらと輝き出す。

 彼の勇姿にライーザも感動しエールを送る。

 ぱちぱちと拍手をして。


「さあ、今度こそワタシの最終兵器を受けてぇえええーっ」


 全裸男は真っ逆さまに夜衣達の視界から消え失せた。続いてドスンという鈍い音。

 念のためと用意していたゴミ箱の中に落ちたため、骨折は免れたようだ。衝撃と生ゴミの臭気を受けたロベオは本日二度目の夢の世界へと旅立った。


 変態の落下音でようやく三人の意識が現実へと引き戻された。


「えーと、わたくし達何をするつもりでしたっけ」


 三人の間に沈黙が訪れた。謎のイベントにより記憶の一部が吹き飛ばされてしまったようだ。


「!」


 突然夜衣が破切果の頭を掴んで姿勢を低くした。数秒して頭上に風を切る音と、コンクリートに鋭い金属音が響く。


 いつの間にか輝士団本部での銃撃が近くまで来ている。人気の無い旧市街の通りから叫び声と靴音が次々と聞こえてくる。

 彼らは口々に逃がすな、撃ち殺せ、などと言っておりブラッドマンを追い詰めている様子だ。


「面倒な事になった」


 夜衣は落とした筆を拾い舌打ちした。妙な邪魔が入ったせいで計画が台無しだ。

 たかが人間の武装集団に後れを取るんじゃねえよ、とブラッドマンに心の中で悪態をつく。


 しばらくすると靴音は遠のいていった。ひとまず自分達が建物の屋上にいる事は気付かれなかったようだ。


「行ったか」


 ブラッドマンが見つからなければ捜索の手はいずれここまで伸びて来る。

 早い所この場を離れるか地下に潜入するかを決断しなくてはならない。奴等が魔物討伐に兵を割いているのはチャンスだともいえる。


 例の二人組の姿は見えない。隠れてやり過ごしたのだろう。いくら占い師といっても今輝士団に見つかればたたでは済まない。

 姿を変える能力を持つブラッドマンが化けていると疑われ、問答無用で蜂の巣だ。

 無論夜衣達にも同じ事が言える。


「ふう、びっくりしました」


「さすが夜衣様。危険への対処には慣れていますわね」


「やれやれ、酷い目に遭ったわ」


 仲間達もほっと一息ついた。これからどうするかを話し合おうと思い立った夜衣は、ふと違和感に気付く。

 今一人多くなかったか。


 始めに言葉を発したのは破切果だ。夜衣が頭を掴んでいた手を離すと起き上がってこちらを向いた。


 次に声を出しながら肩から頬へ擦り寄ってきたのが離津留だ。ぷるんぷるんの体を冷やせば冷房代わりに、暖めれば湯たんぽとして代用できるかもしれない。今は邪魔なだけなので振り払っておいた。


 最後に聞こえたのは頭の上から。先程からやけに頭が重いと思っていたのは離津留が乗っていたからではなかった。

 夜衣は無言で頭上にある物体をむんずと掴み、遠くに投げつけようとした。


「いや~ん、乱暴はやめて~」


 大きな口と毛むくじゃらの体、大きな丸い目を持った何かが手に絡みつき声を発した。

 彼は気色悪さに鳥肌が立ちそうになった。


 なぜなら発せられた声は離津留のような可愛らしい女子のものではなく、男のものだったからだ。


「ふん」


 迷わず夜衣はソレをコンクリートに叩きつけた。


 だがやはりと言うか、丸みを帯びた生物は大したダメージを受けていなかった。

 太くて短い手足をばたつかせ、抗議の声を上げた。


「ひどいじゃない、初対面の相手に向かって。あら、でも案外いい男」


 夜衣が踏み潰そうと足を上げたのを破切果が慌てて止めに入る。

 合成生物だけあって力は強い。本気を出せば振りほどけるが、任務の前に余計な体力を消費しても無駄だとひとまず冷静になった。


 ここで騒いで輝士団の連中に見つかるのはもっと間抜けだ。


 先に追っ手への対処をした方が無難だと判断した夜衣は筆を手にした。立ち上がり周りに敵がいないのを確認すると、自分達がいる場所を大きく円で囲み中心に文字を書き込む。


 夜衣は再び地面に座り直すと謎の物体に視線を合わせた。そんなに見つめちゃいや~ん、とデジャヴを感じる反応を示す物体。

 彼は刃物を取り出したくなる衝動を抑えるのに苦労した。


「何だてめえは」


「ブラッドマンのリリガスよ。ヨ・ロ・シ・ク」


 ポーズを取ってウィンクする小動物は最強の魔物と呼ぶにふさわしい気持ち悪さだった。

 輝士団の奴等が血まなこになって始末しようというのも頷ける。


「へー、本物を見るのは初めてです」


 破切果は物珍しそうにリリガスを持ち上げ、小さな爪や牙などを観察している。


 離津留は夜衣にモーションをかけていたのが気に入らないのか、明らかに敵意を含んだ視線を送っていた。

 リリガス以上に単純な顔のパーツなので迫力は無いが、背には黒い負のオーラを放っている。


「で、人間に追われるような間抜けな魔物がどうして輝士団を襲っている」


「夜衣様、きっと力を失って醜い姿になってしまった腹いせですわ」


 元々予言者は民衆の先頭に立って魔物退治をしていた。当然夜衣も戦闘経験があり、ブラッドマンにあまり良い印象は持っていない。言葉の節々に棘があるのも仕方が無いと言えよう。

 一般の人間ならブラッドマンという言葉を聞いただけで震え上がるものだ。


 一方離津留にとっては同族のようなものだが、個人的な感情から非常に分かりやすい対応だ。

 愛しの人を取られないようにと、火花を飛ばすだけでは留まらず溶岩を煮えたぎらせている。


「うるさいわね小娘!こっちも好きでこんな格好している訳じゃないのよ。あんただってアタシとそう変わらないじゃない」


「あ~ら、わたくしの愛らしさと一緒にしないで頂けるかしら。大年増さん」


 言い争う二人を見比べた破切果は困った表情で夜衣を見上げた。女同士?の争いにどうしたらいいのか分からない様子だ。


 先程から何度か輝士団の兵がこの辺りを捜索している。こんなに騒がしい集団が発見されていないのは、先程夜衣が作った防御円陣のおかげだ。

 彼らの周りを囲む円の中心には「安全地帯」と書かれていた。


「黙れ」


 夜衣は地の底から聞こえてくるような声と、人も殺せそうな眼力で二匹を黙らせた。

 生粋の魔物であるリリガスに殺気は通用しなくとも、予言者の言葉には力がある。予言の力で強制的にお喋りを封じられた。


「まずは俺の質問に答えろ。いいな」


 言葉を封じられたリリガスは驚いた様子で夜衣の問いに頷いた。余計な邪魔が入らないよう離津留にかけた予言はそのままだ。


「あなた予言者だったのね。連中の味方じゃないみたいだし、アタシは退治しないわよね?」


 相手が多くの同族を葬った予言者と知って、リリガスはふざけた態度を改めた。予言者の厄介さは昔の経験から知っているのだろう。


 協会に追放されてからは両者に争いは無いものの、やはりそう簡単に打ち解けられるものではない。

 会話で意思疎通は出来ても人間と魔物の種族間の隔たりは大きい。


「お前の態度次第だな。あとそれ以上近付いたら耳を千切る」


 夜衣の言葉を聞いた途端に擦り寄ってきた生物を彼は足蹴にして留まらせた。機嫌を取ろうとしたのか、単に口実が出来たから行動に移したのか。

 魔物の思考回路はどいつも同じなのかと離津留を見れば、負けじと腕を変形させてハートマークを作って主張していた。


「いや~ん!冗談よ、冗談」


 無言で円の外へ二匹を放り出そうとする夜衣の行動に、ようやく懲りたリリガスは真面目に事情を話す事にした。



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