04 追う者追われる者
一行は無事に町の入り口を通過した。
離津留を破切果が飲み込み、門を通過後に人目の無い所で吐き出すという妙技で。
破切果の話では自分は食物を必要としないため、体内が空洞になっているという。同じように予言者と疑われそうな札の束と筆も飲み込んで検問を逃れた。
「使う時に言ってもらえればすぐに出しますよ」
にっこり笑う破切果に、お前はアイテムボックスかと心でツッコミを入れる夜衣だった。
「それで夜衣様、これからどうするつもりですの?」
破切果の体内から解放された離津留は速やかに定位置に戻った。いいかげん肩の重みにも慣れてきた夜衣は何も言わなかった。
「輝士団本部を潰しに来た訳ではありませんよね」
「まさか、そんな面倒な事はしねぇよ」
夜衣の答えに破切果はほっと胸を撫で下ろした。いくらナンバー5の予言者だとはいえ、たった一人で武装集団と戦うのは危険過ぎる。
相手には占い師のバックアップもあるのだ。合成生物の自分達が二人がかりでも、重火器で武装した大勢を相手では分が悪い。
夜衣はこれからの作戦を二人に説明した。
輝士団本部には生贄用の人間が各地から集められ、地下にある保管庫へ収監される。
地下で洗浄を済ませた生贄は汽車に乗せられ、協会で血魂銃の弾丸のため血液を搾り取られるという訳だ。
協会に送られた者は二度と戻らない。
「いくら魔物から身を守るためとはいえ、ひどい事しますね」
協会も魔物から作られた合成生物には言われたくないだろうに。大真面目な破切果に夜衣と離津留は揃って微妙な表情をしていた。
「俺達はこれから生贄の保管庫に潜入する」
夜衣の発言で破切果の表情がぱっと明るくなる。
「分かってると思うが、俺の任務は世界征服だからな」
「はい!」
元気に返事をする破切果からは期待と尊敬の眼差しが消えていない。本当に分かっているのか。
「そこで汽車を乗っ取り協会へ向かう。なるべく秘密結社を派手に宣伝するようにとの注文だ。お前達にも色々手伝ってもらう」
「協会に落書きでもするんですか?」
破切果の脳内には「夜幻秘密結社夜衣参上!夜露死苦!」と落書きされた協会のイメージが浮かんだ。夜衣のガラの悪そうな雰囲気が前面に出され、違和感が全く無い。協会も塗装的な意味でダメージを受けそうだ。
「割といいな。候補に入れておく」
夜衣のイメージも破切果のものとほぼ同じだった。別に予言者でなくとも出来そうな地味な嫌がらせだ。
「それだけですの?」
「ついでに協会も潰す」
夜衣の答えに合成生物達の動きがぴたりと止まった。
考え方においてはあまり似ていない二匹だが、この時ばかりは思考も行動も完全にシンクロした。
えぇー!と驚きの声を上げそうになった二人の口は同時に塞がれた。他ならぬ発言者、夜衣の手によって。
彼もこの反応は予想済みだったようだ。
人気の無い裏路地で女子供の悲鳴が聞こえれば、たちまち巡回中の輝士団に見つかってしまう。不審者と分かれば警備体制は倍増。汽車を奪うどころか保管庫への侵入も困難になる。
集落で空気の読めない発言はしても、この大事な局面で馬鹿をする夜衣ではなかった。
「ついでの方が大変ですわよ」
指の隙間から口だけを伸ばして会話する離津留は、化物と呼ぶにふさわしい不気味さだった。
この現場を見られたらどうあっても言い逃れは出来ない。仕方無く夜衣は騒ぐなと念を押して二人を解放した。
「離津留さんの言う通りです。いくら人々を救うためとはいえ、僕達だけで協会と戦うだなんて無謀すぎます。夢流様や他の秘密結社の方々と協力するべきです」
夜衣は他のメンバーが任務に協力などするはずがないと知っている。
予言者はあまり他人との関わりを持ちたがらない。本名は元より素性を他人に知られる事は予言者にとって致命的なものだ。
秘密結社の面々も例外ではなく、同じ塔に住んでいても顔を合わせる事は滅多に無い。
夢流だけは他のメンバーとも気軽に接する。己の実力に絶対の自信を持っているからだ。
「話を最後まで聞け。あと任務にお前の希望を盛り込むな」
世界征服の意味を理解していない破切果の発言をとりあえず訂正する。
「潰すにしろ潰さないにしろ協会には損害を与える。これは変わらない」
「はい」
「ですわね」
二人が相槌を打つのを確認して夜衣は話を進める。
「協会は夜幻秘密結社を敵対組織として認識し、総攻撃を仕掛けるだろう。実行犯の俺は捕まれば公開処刑だ。もちろん捕まる気は無いがな」
「愛の逃避行ですわね」
軟体生物の戯言は聞き流された。
「協会を潰せば残る敵は輝士団だけだ。占い師は協会が潰れたら自然に離れるだろうから問題無い。むしろ圧力をかけられていた連中はこちらに寝返る可能性も高い」
元々占い師達は無駄な争いを避けるため従っているにすぎない。
中には野心を抱いて協会に取り入った者もいるが、成功した話は聞かない。協会の人間は特別な力を持った者を恐れているからだ。
「だが協会に出向きながらわざわざ引き返した場合はどうだ。協会は輝士団と占い師をフル活用して俺達を追い詰めるだろう。いくら俺でも輝士団と占い師のタッグが相手じゃ捕まるのも時間の問題だ」
今この瞬間にも協会の手は広がりつつある。追っ手が少ないのは敵がまだ本腰を入れていない証拠だ。
素早く行動を起こさなければいずれ身動きが取れなくなる。
昨日の今日でいきなり本部が襲われるはずがないと油断しているこの時こそが最大のチャンスだ。
「でもきっと夢流様が助けてくれますよ」
ありえない、と彼は思う。
夢流は無関係を決め込み、協会に対して知らぬ存ぜぬで押し通すだろう。
あるいは失敗したと分かった途端に塔を引き払い、輝士団が襲撃する頃にはもぬけの空という間抜けな展開を引き起こす。
どちらにしても協会の怒りの矛先が向けられ、一番被害を受けるのも自分だ。
夜衣は破切果をちらりと見た。どうしてそこまであの野郎を信頼しているのか。同じ合成生物の離津留はこちらの心境を察している様子だというのに。疑う事を知らない馬鹿なのか。
説得するのを半ば諦めた彼は破切果に目線を合わせ、ぽんと肩を叩いた。
「分かった。お前がそこまで言うなら協会は無理に攻めない」
「本当ですか!」
「ああ。生贄になっている奴らの救出を最優先にする。協会が妨害をしてくる場合のみこちらも反撃をする。いいな?」
「はい!」
破切果は感動していた。お師匠様が自分の意見を尊重し、人々を助けようとしてくれている。自らの危険も省みず人を救おうとする姿勢はもちろん、敵対する組織に対しても慈悲の心を向けている。
なんて素晴らしい人物なのだろう。自分も僅かでも役に立てるよう命を賭けてお守りしなくては、と。
「行くぞ」
先に歩く夜衣にこれまで以上の尊敬の念を送る破切果だった。
「やっぱり馬鹿だ」
ぽつりと洩らす夜衣の言葉は離津留だけに聞こえていた。
彼女は幻滅するかと思いきや「腹黒い夜衣様も素敵!」と恋の炎を燃え上がらせていた。
三人がいなくなってから路地裏のゴミ箱ががたりと音を立てて開いた。中から若者二人がひょっこり顔を出す。
「ふっふっふ。聞きましたよ。ここで張り込んでいて正解でしたね」
例の占い師二人組。ロベオとライーザである。占いで夜衣達一行の行き先を調べたロベオは、ライーザと共にゴミ箱に潜み彼らの会話を盗み聞きしていた。幸いゴミは燃えないガラクタだったため彼の愛用するスーツに染みは付いていない。
ゴミの中から二人は華麗に飛び出した。
「奴らの恐ろしい計画を食い止めなくては」
ポーズを決めるロベオに対し、ライーザは何か言いたげな表情を向けている。
目立ちたがりで注目される事に敏感な男はすぐに視線を感知。くるりとターンして相棒へと向き直る。
「どうしましたライーザ。早く追いかけないと」
いちいち無駄な動きの多いロベオと違い、表情も言葉も少ない少女はぴっと元来た道の方を指す。
「教えた方がいい」
彼女が指し示す方向は町の入り口、輝士団が常駐する関所だ。夜衣達を追う前に輝士団に知らせ協力して追うべきだと言っているのだ。
輝士団本部に連絡が伝われば敵を追い詰めるのが容易となる。
「ノンノン」
彼女の意図を読み取ったロベオは首を横に振った。
「ここは我々だけで賊を討ち取り、世間と協会に占い師の力を知らしめるのが正解デス。そうすれば皆占い師の力を認め協会も処遇を改善せざるを得ないでしょう。これは我々だけでなく同胞全員の未来を賭けた大いなる使命なのデス!」
使命感たっぷりに言い切ったロベオはライーザの肩を抱き、天を指す。
「さあ、悪の秘密結社の幹部を打ち倒しに参りましょう」
自分の熱演に満足したロベオはすたすたと歩き出す。
彼女は長い付き合いからこれ以上何を言っても無駄だと解っていた。仕方無く彼の後をのんびり歩いていく。
裏路地で騒ぐ若者二人は目立ち、当然人々の注目を集めていた。
彼らは「やはり占い師共は何を考えているのか分からない」と口々に言い、関わり合いにならないようそそくさと離れていった。
無論こんな馬鹿げた話を輝士団に通報しようとする者はいなかった。
夜衣達は建物の屋根を伝い輝士団本部へ向かっていた。
本部へ近付くにつれ輝士団の警備は厳しくなり、余所者の自分達は嫌でも目立ってしまう。
上から見ると分かるが、途中から一般人の姿が極端に少なくなってゆく。
道を歩くのは武装した隊員ばかりだ。協会へ向かう汽車が配備されているとはいえ、警備が過剰すぎやしないか。
「もうばれている可能性があるな」
輝士団か協会、もしくは両方に優秀な占い師がいるのかもしれない。普通に突破するのは難しい。
予言札を出そうと破切果に声を掛けようとした瞬間、銃声が響いた。
反射的に身を伏せ辺りを見回す。銃声は離れた場所から聞こえた。自分達が見つかったのではない。
夜衣に習い破切果も身を低くして寄って来た。
「離津留。見つからないように下の様子を確認しろ」
「お任せ下さい」
軟体生物の少女は体の一部分を伸ばし、屋上からほんの少しだけ覗かせ目を移動させる。口のある本体は夜衣の肩に乗ったままなので小声での会話も可能だ。
「本部の入り口が騒がしいですわ。輝士団が交戦している模様ですわね」
自分達の前に賊が入り込んだのだろうか。付近を巡回していた隊員の無線にも通信が入った様子だがここからでは良く聞こえない。
「何があったのか分かるか?」
「本部の方は良く見えませんわね。ちょっとお待ち頂けます」
離津留は伸ばしていた部分を建物の下へと降ろしていく。
柱の影になるよう注意しながら地上に近付くと、隊員の無線を聞き取る為に耳の形へと変化する。宙に浮かぶ巨大な耳という不気味な光景に気付けば隊員は卒倒するかもしれない。
彼女がふむふむ、えっ!などと一通りリアクションを取るとしばらくして伸ばした部分が戻ってきた。
各パーツが本来あるべき場所に戻り、ようやくファンシーな軟体生物の姿を取り戻した。
「大変ですわ夜衣様。輝士団本部でブラッドマンが暴れているそうです」
「ブラッドマン?何だってこんな所にいるんだ」
夜衣の記憶が正しければ魔物の代表格であるブラッドマンは予言者と占い師のタッグに破れ、力を失ってほとんどが姿を消した。
生き残っているのは協会が生贄を与えていた者だけだと聞いている。
そいつが協会の傘下である輝士団を襲撃するとはどういう事だ。
「みんな向こうに行ってしまいましたよ」
顔を出して確認する破切果を見て夜衣も立ち上がった。
向こう側では激しい銃撃と爆発音が聞こえる。大砲まで持ち出しているようだ。砲撃されるたびに振動がここまで伝わってくる。
大砲などすぐに用意できる代物ではない。襲撃を予測して配備されていたのだろう。
周到に用意された武器と人員は、このためにあったのだ。
協会の占い師が予知したのは自分達の侵入ではなく、ブラッドマンの襲撃だったという訳だ。