03 占い師はつらいよ
翌日。平原を歩きながら三人は目的地を目指していた。相変わらず夜衣は軟体生物を肩に乗せた怪しい姿のままで。
いくら昨日は追っ手が無いと確定していたとはいえ、あそこまで堂々と言い切る必要があったのか。正反対のように見えて、お師匠様も夢流さまと同じ予言者なのだと破切果は妙に納得していた。
「しかし離津留。お前があんな可愛い女になるとは知らなかったな」
夜衣は彼女の変身後の姿を思い浮かべた。監視されるならやはり軟体生物より美少女の方がいい。むしろ人間の姿の方が一緒にいても不自然ではないし任務に対するやる気も違ってくる。
彼の言葉に離津留はぽっと頬を赤らめた。
「いけませんわ夜衣様、そんな事をおっしゃっては」
「?何でだよ」
夜衣は離津留のおかしな態度に首を傾げた。彼女は熱い眼差しで彼を見つめ返す。
「だって、恋に落ちてしまいますわ!」
「破切果、お前も変身出来るのか?」
離津留の叫びを夜衣は意図的に無視した。いくら美人でも骨格の無い軟体生物は恋愛の対象外だった。
彼の冷たい反応に恥ずかしがりやですのね、と離津留は前向きに捉えた。
「はい、できますよ。でも離津留さんと違って一日に一回しか変身できませんけど」
破切果は野獣型の合成生物。
そういえば数週間前に夜幻秘密結社開発部担当、ナンバー3の男が言っていた事を夜衣は思い出した。
新型の合成生物を作るからリストの中からどれがいいか選んでくれ、と。
①変身すると理性を失い大型の野獣になって暴れる
②獣耳の童顔で巨乳美女に変身し何でも言う事を聞く
③怒りで金髪になりエネルギー弾を撃ちまくる
突っ込み所満載の選択肢にインパクトがありすぎて、あの時自分が何を選んだのか覚えていない。
まさかあの時の合成生物が目の前にいる破切果なのか。
「変身しましょうか」
「いい。いざという時のために取っておけ」
②番はともかく他の二つの場合試すのは危険過ぎる。断られた破切果はそうですか、と残念そうな表情だ。
夜衣は時が経つほどに不安が増加してゆく気分だった。
今日からは協会の占い師がこちらの動きを察知し、追っ手を差し向ける可能性が高い。目的地には輝士団を大勢派遣して万全の準備を整えているだろう。
夜衣としては二人が役立つかの判断材料が早く欲しい所だ。
彼の願いはすぐに叶う事になる。
なぜなら彼らの進む道には既に協会の刺客が潜んでいたからだ。夜衣達の後方、大きな木の根元に隠れる二人の影があった。
一人はサングラスを頭に乗せ、黒いスーツに身を包んだ派手な男。手には布に包んだ水晶玉がある。
もう一人は金髪に真っ黒いワンピースを着た中性的な顔の少女。長い髪の間からは特徴的な尖った耳が見え隠れする。
男の名はロベオ。輝士団からの命を受けた若き占い師。もう一人は花占い師ライーザ。こう見えてもれっきとした人間だ。
世界征服を企む悪の秘密結社が活動しているとの情報が砂漠で見つかり、すぐに近隣の占い師達に正体を探るよう命令が下った。
しかしどんなに占っても相手の正体を掴むことはおろか、行く先さえも分からない。
輝士団が情報を協会本部に伝えようとしても、機械の不調が発生し情報を送る事が出来なかった。
予言者の妨害工作と判断した占い師は翌日に全てが回復すると導き出し、砂漠周辺に人員を配置し夜明けと共に追跡を開始。
最も早く辿り着いたのがこの二人というわけだ。
「見つけましたよ。飛んで火にいる夏の虫とはこの事デスね」
ロベオは気付かれないよう慎重に後を追い、ライーザも無言でそれに続く。
「ワタシの占いによれば今日この時が最も彼らが油断している。襲撃をするのは今をおいて他にありません」
ちなみにこの占い師二人が夜衣達を真っ先に発見出来たのは実力ではなく、たまたま一番近い場所に配属されていたからだ。
人海戦術に駆り出された彼らは協会に所属していない一般の占い師。輝士団は元より協会に所属できるのはエリートだけ。
ここで手柄を立てて輝士団に認めてもらい、協会へ紹介してもらおうという魂胆だ。
町へ戻れたとはいえ規制は厳しく、占い師の生活は質素なもの。豊かな暮らしをするには協会直属の占い師になるしかない。
ライーザと力を合わせてあの悪者を退治すればきっと素晴らしい未来が待っている。
今こそ占い師の素晴らしさを世に知らしめる時。
「ライーザ!」
「おー」
呼ばれたライーザの手には一本の花が握られている。ロベオは遠くを歩く夜衣の背を指差す。
「頭上に石を落としてやりなさい」
感情の乏しい金髪少女が夜衣をすっと指差す。表情と同じくらい平淡な声で彼女の占いが始まる。
「あの人に石が」
夜衣を指していた指を白い花びらへ移す。花占いを発動するために。
「落ちる。落ちない。落ちる。落ちない」
無表情でぷちぷちと花弁をむしっていくライーザ。花びらは全部で七枚。ロベオは占いの成功を確信した。
花占いの術者が前もって数を数えてはいけない。他の者が意図的に花びらの数を変えても占いは発動しない。
それが花占いをするうえでの絶対的なルール。
少女が最後の花びらに手をかけた。
「落ちる」
締めの言葉を合図に、近くの岩場に亀裂が入り大きな石が崩れ出す。
転がった石はライーザの占い通り正確に標的に向かい見事命中した。
離津留の頭の上に。
夜衣を指した時に彼の頭からほんの僅かに位置がずれていたようだ。石が命中した離津留は夜衣の肩から転がり落ちた。ダメージは受けていないものの、驚いて手を離してしまった。
衝撃が吸収されたので夜衣には全く被害が無い。奇襲に失敗した二人は慌てて茂みに姿を隠した。
「何デスかあのマスコットは」
男の頭に直接岩を落とす事は出来なかったが、それでも襲撃としては成功していたはずだった。
ピンクのゴムボールのような物体が無ければ相手を負傷させられたのだ。あれが悪の秘密結社の秘密兵器という物か。
ライーザがどうするのかと目で問いかける。ロベオは考えた。相手は世界征服を狙う悪党の中の悪党。おまけにバックには強力な予言者がついているという情報だ。
正面からまともにぶつかっては返り討ちの可能性が高い。ロベオは地面に伏せ匍匐前進での逃亡を決定した。ライーザも彼に続く。
「おい」
たった三十センチ進んだ所で低い男の声が降り注いだ。びくりと体を強張らせたロベオは恐る恐る振り向いた。
「何だてめえ。俺に用か」
速攻で見つかってしまった。しかも怒りを滲ませた男は大層恐ろしい顔でこちらを見下ろしている。
どうする?今のは自然現象だと誤魔化そうか。いや駄目だ!自分が占い師だというのは手に持った水晶玉でバレバレだ。
ライーザは見つかっていないようで、体を小さくして隠れている。
「やるならとっととかかって来いよ」
敵は殺る気十分。この体勢から状況を打開するにはどうするべきか。
自分は普通の占い師。肉弾戦をする力は無い。輝士団のように武器を持って戦う者と組むことで占い師は真価を発揮する。
ここは切り札を使うしかない。
ロベオは必殺の秘密兵器を使用する決意をした。
一方夜衣は目の前の占い師をどうすべきか考えていた。先程の攻撃もこの男の仕業だろう。
恐らく砂漠でパラシュートを発見した輝士団からの追っ手。簡単に姿を現すとは陽動かもしれない。
夜衣は警戒しつつ男に近寄った。良く見ると妙に派手な格好をしている。白百合の占い師は皆坊主のローブ姿で辛気臭い集団だったが、今はこれが流行りなのか。少し見ない間に占い師も随分変わったものだ。
とりあえず一発殴っておこうと歩を進めると、男の持っていた水晶球がぴかりと光った。
「ふふふ、油断しましたね」
にやりと笑うロベオ。
「これこそがワタシの秘密兵き」
決め台詞を言おうとしたロベオは有無を言わせぬ右ストレートで殴り飛ばされた。
敵の攻撃を待ってやる程秘密結社の幹部は馬鹿でもお人よしでもない。特に上司に予言で嫌な目に現在進行形で遭わされている夜衣なら尚更だ。
吹っ飛ばされたロベオは落とした自分の水晶玉に頭をぶつけて気絶した。
「先を急ぐぞ」
援護も反撃も無かった事から夜衣はロベオがただの雑魚だと判断した。
踵を返し元の方向へと進む。
雑魚に構っている間にも協会や輝士団がどんな動きをしてくるか分からない。今は先を急ぎ目的を果たすのが先決だ。
後から離津留を抱えた破切果がぱたぱたと追って行く。
「さすがお師匠様。素晴らしい判断力ですね」
「どこかの性悪のおかげでな」
夢流の優越感を込めた笑いを連想した夜衣は、自称弟子の賞賛の言葉を素直に喜べない。
破切果の手から伸びた離津留は再び夜衣の肩へと移動し、定位置についた。今度は離されないようしっかりと腕を二重巻きにして絡みつく。
まるで子供向けのマスコット人形だ。
いい歳の男がオモチャを腕に装着しているなど滑稽を通り越して不気味でもある。子供連れに見えるのが唯一の救いかもしれない。
「くっついてなくても監視は出来るだろ」
迷惑そうな視線を送っても恋する乙女には通用しない。
「もう、夜衣様ったら照れ屋さんですのね」
頬を染めた軟体生物にウィンクされた夜衣は岩壁を蹴りつけた。岩は崩れてこなかった。
三人が離れた時を見計らって隠れていたライーザが茂みからロベオの元へと移動する。
つんつんと顔を突っついてみるが起きる様子は無い。彼女は再び花を取り出し占いを始める。
「起きる。起きない。起きる。起きない。起きる。起きない」
全ての花びらが地面に落ちた。ロベオを見る。起きない。相変わらず目を回したままだ。ライーザは彼の足を掴み、水晶玉を頭に乗せ引きずって行った。
街道をしばらく歩くと目的地が見えてきた。
自然の豊かな集落とは違い、街灯が立ち並び馬車が行き来する都会的な町だ。道行く人々も小奇麗な服を着た上品な雰囲気で、夜衣達の田舎臭い格好では目立ってしまうだろう。ただでさえ丸い不思議物体を連れているというのに。
町から数十メートル離れた位置から三人は町の様子を眺めていた。
「うわぁ、すごい人ですね」
町に入る前から破切果は田舎者丸出しだ。秘密結社の塔から出た事が無い彼から見れば、何もかもが目新しく映る。
破切果より精神年齢の高い離津留は大人しくしている。
夜衣は町の入り口を凝視していた。予想通り銃を持った見張りがいる。魔物に対抗するため生み出されたうちの兵器の一つ、血魂銃だ。
ブラッドマンが血液を操り武器とする事からヒントを得て開発されたと聞く。
弾丸に浄化された血液を混ぜた特別な物で、闇の力を持つ魔物には効果絶大だ。これに必要な血液を集めるため協会は人間狩りをしている。
大勢の人間を守るための小さな犠牲とは言うが、民衆に恐怖を与えて魔物が増えてしまっては元も子もない。
町の人間の表情も決して明るいとはいえなかった。
「確かに、まだあの性悪が支配した方がマシかもな」
呟いた夜衣は破切果を見る。人工的な合成生物とはいえ魔物を元に作られた二人だ。弾丸が掠った位では死なないにしても注意が必要だ。
ただの銃弾でも軟体生物の離津留と違って自分や破切果は怪我をする。予言で前もって防衛線を張っておくべきか。
しかし道中で何が起こるか分からない以上、下手に精神力を消耗してはいざという時に予言が使えなくなる。
「とりあえず行ってみりゃ何とかなるか」
考えるのが面倒になった夜衣は行動を起こしてみる事にした。いくら策を練ってもどうにもならない時もある。
「お師匠様。ここはどういう所ですか」
初めての町に興味津々の破切果は目をぴかぴか輝かせている。何も知らず好奇心いっぱいの様子だ。
町へ視線を向ければ門の辺りにこの町のシンボル、二人の天使が向かい合い槍を交差する彫刻が飾られている。
「通称、天使の門。協会直属の輝士団総本部だ」