10 あなたの力になりたいの
同じ頃、夜衣は客室を物色していた。
役立つ物があれば利用してやろうと棚や引き出しの中身を全て確認し、カーペットまで剥がして念入りに調べた。
見つけたのは血魂銃と数発の弾丸、危機管理マニュアル、積荷の管理台帳とペン一本。
血魂銃など使った事も無いが、何かの役には立つかもしれない。ホルダー付きのベルトに入っていたので、そのまま腰に巻きつけた。
危機管理マニュアルには緊急時の無線連絡番号と自動運転への切り替え、防壁に内蔵された対魔物用兵器から身を守るための避難位置が記載されていた。
どうやら緊急無線連絡をすると、トンネルのように配置された防壁から魔物を排除するための兵器が一斉に飛び出すらしい。
所定の位置へ移動すれば被害を受けずに済む。
もしかしたら協会や輝士団が遠隔操作でこの兵器を動かせるかもしれない。
夜衣は避難場所を頭に叩き込んだ。
運転席には被害が及ぶ事は無さそうだ。魔物を退治しても汽車の稼動部や運転機関を破壊してしまっては元も子もない。
客室にある避難スペースはテーブルの下。ただし人一人がやっと入れるような大きさだ。
小さい破切果なら無理矢理一緒に入れるかもしれない。
一体どんな兵器が内蔵されているか少し見てみたい気もする。
「演出か」
座り心地の良くない椅子に腰掛け、積荷の台帳を開きながら夜衣は作戦を考える。
積荷を乗せる前に汽車を襲撃したので物資はほとんど入っていない。火薬でもあれば派手に線路や防壁を破壊して協会にダメージを与えられただろう。
夜幻秘密結社の名を大々的に広めるデモンストレーションだ。半端な事ではあの夢流が納得するはずがない。
なるべく協会に乗り込む前に力を使いたくないが手を抜けば命が危ない。輝士団への予言が解けるまで残り一時間余り。何とか良いアイディアを捻り出さなくてはならない。
どっぷりと思考に沈んだ夜衣は、戦闘の疲れと精神の消耗で次第に瞼が下がってくるのを感じた。
戻って来るのが遅い破切果の事などすっかり忘れて。
ドアを隔てた先では、刺客に捕まっている幼児の姿があった。
「ブラッドマンと手を組んで汽車を奪うとは、とうとう悪の本性を現しましたね」
破切果を捕らえていたのは毎度の二人組。ロベオとライーザだ。
彼らは輝士団ではないため予言の効果を受けず、夜衣達を追う事が出来た。汽車が今まさに出発するという瞬間に乗り込み、倉庫に潜んでいたのだ。
「今度こそ我々の手で正義の鉄槌を下すのデス」
「正義は人質を取らないと思う」
水晶玉と破切果を片手に宣言するロベオに、花を持つ少女は的確なツッコミを入れた。
「大丈夫、子供を傷付けるような卑怯な手段は使いません。ただ奴の動きを封じる為にちょっとだけ一緒に居てもらうだけデス」
それを一般的に人質と呼ぶのではなかろうか。
ロベオの小脇に抱えられた破切果はどうしたものかと考えた。夜衣に勝手な行動はするなと言われている。だからといってただ大人しく捕まっている訳にもいかない。
相手は夜衣とは違って普通の人間だ。武器も持っていないようなので変身しなくても十分対処出来る。
だったらこの二人が何をしようとしているか突き止め、未然に阻止するのが今取るべき行動だ。
夜衣の身を守るのが己の使命。人質にされそうになったら逃げればいい。指一本食いちぎれば戦意を失うだろうと、破切果は外見に似合わない恐ろしい事を考えていた。
抱えているのがただの子供ではなく魔物の合成生物だとは知らずに、ロベオは大人しく捕まっている破切果に満足していた。
「今度こそ秘密兵器を奴に食らわせてやりますよ。ねぇ、クリスターちゃん」
彼が水晶玉に話し掛けると、透き通った玉の表面にぴょこりと顔が浮かび上がった。
つぶらな瞳にタラコ唇と爪楊枝の様な手足が付いている。離津留とリリガスを足して二で割ったような姿だ。
「ワタシの秘密兵器、クリスターちゃんは触れた相手を不幸に陥れる力を持っています。これをあの男にぶつければ全ての行動が裏目となり、何をやっても失敗する。即ちワタシ達の勝利が確定するのデス!」
自ら敵に秘密を全て話してしまっている事にロベオは気付いていない。
布越しに水晶玉を持っているので効果は表れないはずなのにとライーザは首を傾げていた。
「させません!」
ここまで聞かされて黙っている破切果ではない。
思い通りにはさせないとロベオが持っている水晶玉、もといクリスターちゃんを渾身の力で弾き飛ばした。
「あ」
ライーザが声を上げた。球体は扉とは反対方向に飛ばされ、鉄の車体に叩きつけられた。突然の出来事に二人は反応出来ず、ただ破切果の行動をを見ているしかなかった。
見事に敵の陰謀を阻止できたと破切果は確信する。
さて、ここでいくつか問題があった。
水晶玉はクリスターちゃんへ変化した時点で、壁に叩きつけても砕けない物体へと変わっていた。ただそれだけでは問題にはならない。重要なのは破切果が行った行動。
すなわち、素手でクリスターちゃんに触れた事だ。
強い力で飛ばされた玉は衝撃で跳ね返り、真っ直ぐに客室の扉へと飛んでいった。
更に偶然にもロベオが扉を開こうとドアノブを回していた。
結果。
「あー!」
破切果の行動はロベオの言うように完全に裏目になり、開かれた扉から夜衣の後頭部にクリスターちゃんが直撃した。
ぶつかる瞬間、がつんと重い音が響く。思ったよりも固かった玉と破切果の力が合わさり予想外に威力があったようだ。
普通の人間なら頭蓋骨陥没。死んでいるかもしれない。
「や、やりましたよ。これで勝負はついたも同然デス」
良く分からないうちに作戦が成功しているのをロベオは素直に喜んだ。コロコロと転がってきたクリスターちゃんを布で包み回収すると、すぐに元の水晶玉へと戻った。
「お師匠様!」
破切果に呼ばれた夜衣はゆっくりとこちらに振り返った。
さすが肉体派予言者。鼻血が流れているが特に大きな怪我は無さそうだ。袖で血を拭うと人を殺せそうな目つきでロベオを睨んだ。
「ふふん、悪の陰謀もここまでデス。アナタ達二人は逃れられない呪縛を受けました。汽車を止めて大人しく捕まりなさい。無駄な抵抗は不幸を招きますよ」
気圧されながらもロベオは口上を述べた。こちらの勝利は最早確定している。運を失った予言者など敵ではない。
しかし夜衣はロベオの言う事を無視して予言札を取り出し、何かを記入している。
「えーと、人の話聞いてます?」
「ロベオ」
呼ばれて振り向くと相棒の少女が何か言いたげな顔をしている。
無口な彼女は意味も無く邪魔をするような性格ではなく、きちんと筋の通った助言をしてくれる。タイミングがちょっとだけ遅いのが難点だが。
「何ですかライーザ」
ライーザがのんびりと夜衣を指差す。不幸の呪いを受けた者に花占いで更に追い打ちをかけようというのか。
少しやりすぎだとロベオは彼女を止めようとした。
ところが、ライーザの口から飛び出したのは予想外の言葉だった。
「効いてない」
花も持たずに紡がれた言葉を、ロベオはすぐには理解できなかった。
「それは一体、どういう意味デスか」
「だから、効いてない」
恐る恐る、といった感じで問いかける彼に、平淡な表情のままの少女は同じ言葉を繰り返した。良く分からない展開に破切果も疑問の表情を浮かべる。
すると当事者でありながら会話に全く参加していない夜衣が、書き終えた札を破切果に向けて飛ばした。
「えっ?」
間抜けな声を出すロベオを通り過ぎ、予言札は破切果の頭にぺたりと張り付いた。
書かれていた文字は「解呪」。予言札が光るとカシャン、と鎖が落ちたような音が響いた。
「ええっ?」
一体何が起こっているのか理解出来ない。
クリスターちゃんは確かにこの男に触れた。仲間の子供の手によって景気良くぶち当たった。呪いの効果で予言を使おうとしても、行動が裏目に出てうまくいかないはず。
なのに、今男が放った札は効果を発揮した。文字が示す通りなら呪いを解くもの。
「小僧、てめえに一つ教えてやる」
予言者の言葉は、うろたえたロベオの心に深く響き渡った。
「中途半端な不運の呪いはな、それ以上に不幸な目に遭ってる奴には効かねえんだよ」
「なっ、なんデスと!」
現在進行形で死と隣り合わせの予言を受けている時点で、夜衣にとってこれ以上の不幸は無い。
もしも夜幻秘密結社ナンバーワンの実力者、夢流の予言を打ち消す程の力がロベオにあったとしても、真の名を使わない呪いの効果など高が知れている。
夜衣が任務を達成しない限り、新たな呪いを彼に掛ける事は不可能なのだ。
だがロベオは諦めない。
せっかく掴んだチャンス、まだ手は残っているはずだ。そう、この手には奴の仲間がいる。
「呪いが効かなくてもまだ勝負は決まっていませんよ。こいつの命が惜しければ大人しく負けを認めなさい」
思いっきり悪役の台詞を吐くロベオは、大切な事をもう一つ忘れていた。呪いが解かれるというのがどういう意味を持つのか。
例えば丑の刻参りという呪術がある。相手に見立てたワラ人形に髪の毛などを入れ、毎夜五寸釘を打ち込むというポピュラーな呪いだ。
この呪いをしている姿を見られてはいけない。もし他人に行為を見つかってしまったら、呪いのパワーが自身に跳ね返ってしまうからだ。
同様の事がロベオの秘密兵器、クリスターちゃんにも当てはまる。
不運の呪いが破られれば、全ての行動が裏目に出る効果は術者に逆流する。更に夜衣は破切果の呪いも解いた。
つまり、二人分の不運をロベオが請け負う形になる。
破切果を盾にした行為が彼に不運を呼ぶ。
「変身しろ」
たった一言、彼が下した命令に破切果は目を輝かせた。
「はいっ!」
返事をした破切果の体が光に包まれ、側に居たロベオは目が眩んだ。
何事かと驚く間も無く彼はいきなり頭を鷲掴みにされ、客室の窓に顔を押し付けられた。
暴力予言者にやられたかと思ったが違う。夜衣はロベオの様子を椅子に座ったまま眺めている。
身動き出来ない彼は視線だけを動かし、窓に映る敵の姿を視界に入れた。
自分を片手で軽々と持ち上げていたのは、獣耳に金髪で童顔の少年だった。金髪少年の瞳にはやけに嬉しそうな表情が浮かんでいる。
一瞬で形勢逆転のピンチに陥ったロベオは、パニックになりそうな頭を必死で働かせた。
こんな目立つ格好の人物が奴の仲間にいただろうか。そういえばこの手に捕まえていた子供の姿が見えない。
もしかして、と想像を働かせた彼の予想は金髪の少年が発した言葉により確信に変わった。
「お師匠様、どうします?邪魔出来ないように手足を千切っちゃいましょうか」
ようやく訪れた活躍の機会に、変身後の破切果はとんでもない事を言いのけた。
護衛としての役目を与えられ同行したのに、相手は護る必要が無い程に強かった。輝士団に攻め込むと聞いた時に反対しながらも、心の底ではこれで活躍出来ると少し期待していたのだ。
それなのに護るべき人は最強の魔物も素手で撃退し、おまけに陽動作戦で相棒として選ばれたのは離津留だ。
自分の存在意義に疑問を感じそうになっていたところに、初めて与えられた戦力としての命令。テンションがマックスになって思わず魔物としての本性が出てしまっても仕方が無いというものだ。
「部屋が汚れるから外でやれ」
暴走気味の破切果を夜衣は止めなかった。むしろ後押ししている。疲れとストレスが溜まっているところに三度目の妨害。最早ロベオにかける慈悲など夜衣には残っていなかった。
破切果は良い子の返事をしている。このままでは彼に未来は無い。