秘密主義者はエビが好き
最近気づいたことだが、俺は秘密主義者だ。まぁそんな大層なものではないと自分では思う……のだが、なにか自分のことについて知られそうになると緊張する。というか恥ずかしい。ん?隣の席から声がした。
「ねぇ、金崎くん」
自分の名前を呼ぶこの女子は、俺を秘密主義者と言うなら、オープン主義者と言ってみようか。何でも知りたがる人間だ。悪い人ではないのだが…。
「好きな食べ物はなんですかー」
女子…坂中あかりは、秘密主義者の天敵である。
「特にないかな」
呪文『ベツニナイヨ』を唱えた。たとえあっても無いものは無いと言やぁいいんだ。
「えーなんかあるでしょ。教えてよー」
じゅもんは うちやぶられた! 馬鹿な。何だこの謎の知りたがり度。こっちが退いたらそれ以上押すなよ。他に呪文なんて覚えてねぇよ。
「んじゃ当ててみよっかな」
すると、坂中は難しい顔をして考えだした。わかるわけがなかろう。
「今日の給食!」
「はっ、突然何を言い出すかと思えば…」
「まずエビフライでしょー」
「ま、まじで!」
しまった。墓穴をほった……。そう思った時にはもう遅かった。
「え?もしかして好きなのー」
「そそそそんなわけがないじゃろ」
噛んだ。
「そうかー意外とお子様っぽい趣味してるのね」
さぁショータイムだと言わんばかりに坂中は一気に畳み掛けた。
「まぁいいけどさぁ。ふーん。えっとねぇ、私の好きな食べ物はななんと!エビフライなのでしたー! 一緒だねー」
恥ずかしさがピークまで来た。そもそもの時点で声が大きい。そして好きなもの同じ発言。秘密主義者の俺を倒そうとしているのかこの女は。しかし好きだというのはあくまでヤツの机上の空論!
「いや、俺が好きなのは」
大人っぽい食べ物……ないか?子供っぽいって言われたからな。えっと、えーっと。
「もずく」
しまったああああああああああ!嫌いな食べ物言っちゃったよ。
「ふーん」
む?やけにあっさりしてるな。まぁいいが。
「私も好きだけどー金崎くんが好きならー進呈しようかと思ったんだけどなぁ。いやーもずくなんて意外だなー」
押してダメなら引いてみない?と偉い僧が言った。なんて昔聞いた気がする。
「えっ…でもそれは…」
「す・き・じゃ・な・い・ん・で・しょ」
なんてやつだ。末恐ろしい。ここまで俺を困らせる奴がいるのか。坂中がにまぁとした。俺が困惑する様がそんなに面白いか。あともずくを進呈されるのもそれはそれで困る。
「お、俺はーいらないけどぉーそんなに阪中が言うならー」
「私そんなに言ってない。あとが口調、伝染っているよ―?」
あれだけ言っておきながら何言ってる。
「そんなこと言って本当は欲しいんじゃないの?」
くそおおお! 思った何倍か彼女は強敵だ。
「お前らなにエビフライについて語ってんだよ」
気づけば昼食の準備時間。先生に一言言われた。嫌な汗が落ちる。しかし今オレにそんなこと気にする余裕はない。ただ目の前の敵に焦り、見透かされて恥ずかしくなっているという事実がたまらなく苦しかった。
配膳が終わり、闘い(そう思っているのは俺だけかもしれないが)は最終局面を迎えた。
「あげよかな」
エビフライを阪中がニヤニヤしながらちらりと見る。
「やーめよ」
向かい合わせになった席。眼の前のエビフライは今ここの局面で認めたくはないが、たしかに自分の好物だった。しかし耐えろ。家でママに頼めばいいさ、エビフライなんて。
「あのさぁー」
他の話か? もしかして…勝った? しかし! ここで終わらないのがオープン主義者たる由縁。
「気付いてないかもしれないけど金崎くんエビフライから目が話せてないからね」
まさか…。奴めどこまで俺を追い詰めれば気が済むんだ。心臓がドクンと脈打った。
「やっぱ好きなんでしょ」
「いや、ちが…」
「じゃあなんでそんな見てたの」
「え? あーえっと…」
「好きなんでしょ―認めちゃえよー」
「え、エビフライってさぁ、すっげぇかっこ良くね? 何かの槍的な武器みたいでさぁ」
教室がシーンとなる。なんかもう精神状態が不安定過ぎてどうしようもなくなった。なんですか。武器って。
「まったく」
エビフライを頬張る。うむ、美味いな。
静まり返った教室の中でもやはり好物は美味かった。やはり……
「エビフライってすげー美味いわ」
こちらを阪中が見た。まだなにか言うことがあるのか。顔から炎が出そうになった。その上に穴があったら入りたいというあわや穴の中で焼け死んでしまいそうな気持ちに人をさせておいて一体何だ。
「やっぱり好きなんじゃない」
誰か教えてほしい。さっき、声出てた?
エビフライは僕も大好きです。