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外伝・つまりこの話は外伝なわけだ  作者: タリ
カインの怪冒険
6/6

巨人の腕(ギガントアーム)

4万字を超えています。

お読みになる際はある程度時間が拘束されることをご了承ください。

 三日月が見下ろす夜の世界。

 広がる光景は闇に包まれた黒一色に染められている。

 そんな暗闇の世界にあって、それに逆らうかのように轟々と燃える炎が存在した。

 炎が燃えているのであれば、そこには燃えるための何かが必要となる、例えば木材や、この世界であれば魔力という燃料が。

 周囲一帯をいっそ眩いとさえ言えそうなほどに燃えるその場所にある燃料は、1つの村であった。


 燃える村と、空の闇の中から見下ろす三日月。

 その2つを背にしているせいで、逆光となっている巨大な黒い影が炎の中を悠然と歩いてくる。

 向かう先にいる1人の男は、そのあまりの異様に恐怖し、思わず声を荒らげていた。


「な、なんなんだよ。

 お前は一体なんなんだよぉ!?」


 黒い影、まるで人間の下半身に頭の無くなった巨人の上半身を無理矢理くっつけたかのような異形の姿を持つ存在。

 モンスターだとしても尚異形と表現するに相応しいその影は、胸のあたりにまるで人間のような2つの目を光らせた。



 ――――――――――



 時は遡り、とある村に一台の馬車が向かっていた。

 2頭の馬によってゆっくりと草原を進む馬車は、布で荷台を覆った人と物資を運ぶための運搬車輌のような形状をしている。

 中々に立派なサイズの馬車には、御者台に1人と荷台に6人もの人物を載せているせいか、非常にゆっくりとした速度で草原を進んでいる。


 そんな馬車の荷台、一番後ろの出入り部分の布を開け放たれ、外の景色を一番堪能できる場所にある人物が座っていた。

 軍服の裾部分を長くしたような独特の服装をし、整ってはいるものの特徴が無いのが特徴といった顔をした妙に気配の薄い男。

 ある特殊部隊の隊長を勤めていた筋金入りの暗殺者、カインである。


 同乗している冒険者らしき5人の人物達が、布を捲ることで外を見れるようになっている窓のような部分からチラチラと外を見て警戒していることを確認し、自分も担当している後方の景色を確認する。

 特に異常無し、という馬車に乗ってから軽く10回を超えた作業を終える。

 それぞれが思い思いに時間を潰しているのを尻目に、カインは再び何度目になるかもわからない確認作業に入る。

 今現在の自分の任務と、の任務を確認するために腰につけた小さな袋に手を伸ばした。


 暗殺集団のトップという立場をしていたカインは、ある男を殺すという任務を受けた。

 後に悪魔騎士と呼ばれるその男は、正に悪魔の化身では無いかと思われれるほどの強さを持つ存在である。

 当然のように任務は失敗し、その報告を受けたカインの上司は回り道のような任務をカインに言い渡した。


 それは「伝説の武具を捜索せよ」というある意味馬鹿げた命令である。


 子供に話して聞かせる御伽噺レベルの、存在の有無すら疑わしいものを探せ、という任務だ。

 自身にかけられた「首輪」の呪いが無ければ、あるいはそれすら意に介さないほどの自我を持っていれば、鼻で笑って命令書を破り捨てていただろう。


(……まあ、その伝説級の魔道具を渡されれば信じもする、か)


 腰につけていた小さな、カインが握り拳を入れればそれだけでパンパンになってしまいそうなほど小さな袋に無造作に手を突っ込む。

 すると袋は入口こそ伸縮したものの、袋そのものは全く変化することなくカインの手をすっぽりと包み込んだ。

 まるで手品のような光景である。


(異空間収納袋、か。

 小さな屋敷1つ分の材料を入れてまだ物が入ると言うんだから、なるほど確かに伝説級の魔道具だ)


 カインには市場経済のことなどわからないが、もしどこぞの商人あたりがこれを手に入れたらそれだけで一儲けできるだろう。

 何せ輸送のために今乗っているようなご大層な馬車など要らなくなり、伴って余計な護衛も要らなくなるのだ。

 しかも運べる量は馬車よりも遥かに多いとなれば、商人の常識が覆ること請け合いだろう。

 その価値を正しく理解できる者がこれを見たならば、全財産を投げ打ってでも手に入れたいはずだ。

 ただ、そのあまりの高性能ぶりに逆に懸念を覚える部分もある。


(一体どこで手に入れてきたんだか)


 これを自分に渡してきた上司は、確かに有能ではあるし長期的な視野も持った優秀な人物だ。

 だからこそ、言ってしまえば頭は固く、こんな道具があること自体まともに信用するとは思えない。

 そんな人物が突如として手に入れ、任務のために自分に渡してきたことがどうしても不安を覚えさせる。

 かと言って、どこで入手したのか等聞いたところでカインの任務が終わるわけでもない。

 外に情報を漏らさないために「死」という違う意味で終わってしまう可能性が高いとなれば、カインがそれを聞くわけにはいかなかった。

 ある理由から、生きることに少なくない執着を持つことになった現在のカインとしては、自分の不甲斐なさに苦笑いが出てきてしまう。


 余計なことを頭から振り払うため、明らかに入るとは思えないくるくると丸めた紙を袋から取り出し、改めて今回の任務を確認する。

 丸められた紙を広げると、そこにはA4サイズ程度の紙に依頼書と題名が書かれ、その内容が記載されていた。

 内容を要約すると、ある村にゴブリンが異常発生しているので掃討と原因の究明をし、可能であれば解決してほしいというようなことが書いてある。

 報酬の欄は何行かに分かれており、討伐のみをした場合や原因の究明までした場合、全て解決した場合等といった条件分けと、それぞれの判定は依頼主の判断によるという注意書きがされていた。

 ちなみに全て解決した場合の報酬額はそこそこのもので、人数割りをしても贅沢をしなければ向こう一週間は宿暮らしができそうな金額だ。

 もちろん冒険者、という稼業であれば、その程度の金額は日銭と言えてしまうような金額でしか無いが。


(暗殺者が冒険者の真似事か……俺も落ちたものだ)


 そう、現在のカインは冒険者の一人として行動していた。

 理由としては、上司から経費としてもらった資金は決して多くは無く、到底生きていけるわけもないので収入を得るためである。

 さらに冒険者という立場を取っていれば、手続きこそあるものの世界中のどんな場所に行ったとしても不思議に思われることは無いからだ。

 冒険者同士の情報ネットワークから伝説の武具に関する情報が集めやすいと判断したのも理由の1つだったりもする。


 余談だが、カインが軽く落ち込んでいる理由として暗殺者崩れの再就職先は冒険者かどこかの貴族のお抱えと相場が決まっているからである、ちなみにそれ以外の選択肢は大体死ぬ。

 そして対人を想定した暗殺術はモンスター相手では役に立たないことも多く、意外に死亡率も高いということもあって、どちらかといえばダメなほうの選択肢なのだ。

 そんなことを考えながら、依頼書の内容を軽く流す程度にしか読んでいなかったカインに声がかけられる。


「よお兄ちゃん」


 声のしたほうに顔を向けると、厳つい顔つきをしたガラの悪そうな逞しい体つきの男がカインのほうを向いていた。

 本人は笑顔のつもりなのかもしれないが、ガラが悪そうな顔つきのせいで悪役がニヤリと笑っているようにしか見えない。

 肩に柄を乗せるようにして立てかけている太めの長剣が獲物のようだ。


「……何か?」


 カインの特徴の無い顔つき体つきはどうも貧弱なヤツという印象を与えるらしく、冒険者になってからというものカインは見下されることが多い。

 実際服の下にある肉体は圧縮された肉体美があるので「私脱いだら凄いんです」を地でいっているため、カインはそれほど気にはしていない。

 気にしてはいないのだが、こうやって絡まれることがよくあるため、今回もまたそういった理由だろうと思ってぶっきらぼうな対応をとってしまっていた。


「そう怖え顔しねぇでくれよ、今だけは同じ仕事をする仲間だろ」


 言ってることは優しいというか真っ当なことなのだが、顔つきのせいで全てが台無しである。

 怖いお兄さんが軟弱な男と肩を寄せ合って「俺たち仲間だろ……な?」と言って脅しているように見えて仕方が無かった。

 その男がどう、というよりもその隣で笑いを必死に堪えている糸目の女剣士を見て、どうやら脅し文句等ではなく本当にそう思っての発言であるとは予想できるのだが。


「……悪いな、質の悪い輩に絡まれることが多かったものでね」


 男の言う通り若干失礼な態度であったかと思い、一応謝っておく。

 冒険者として行動している以上、余計な諍いを起こして行動しにくくなっては本末転倒だ。


「だろうな、パッと見て軟弱そうに見えるからなお前さん」


 が、どうも相手のほうが余計な諍いを起こしたいような台詞を吐いてくる。

 これはケンカを売られているのだろうかとカインが考え始めた時、隣で笑っていた女性が割って入ってきた。


「あんた悪気が無いのはわかるけどもうちょっと言葉選びなさいよ。

 ごめんなさい、コイツ口は悪いし頭も悪いし性格も良くはないけどそこそこまともだから、大目に見てやってくれない?」


「おい、全部悪いじゃねえか」


 この漫才のような流れでやっと少しだけ気を許すことになるカインであった。

 少なくとも男のほうは言動のせいで色々勘違いされる残念な男である、ということだけはよくわかるというものだ。

 女性剣士が苦労している日常が簡単に想像できてしまった。


「ああすまねぇ、実はお前さん以外は全員仲間でな」


 言われてから改めて他のメンバーに目を向けてみる。

 出発前に確認した通り、目の前のガラの悪い男、男にフォローモドキをした紺色の髪の軽装備の女剣士、緑色の髪をした惜しいところでイケメン一歩手前の弓使い、人の良さそうな回復魔法の使い手らしき金髪の巨乳女性、赤い髪の魔法使い魔法使いした格好の魔法使いらしき女性という、非常にバランスのとれた構成のチームだ。

 付け足すとすれば斥候や罠の発見解除等を担当するトレジャーハンター的な立ち位置の者か、戦利品の回収や荷物持ちがメインなサポーターがいないことだろう。

 ちなみに全員がガラの悪い男の発言に笑いを堪えていたことにカインは一応気づいている。


「……そのようだが、それが?」


 言われることは何となくわかってはいるものの、一応相手の反応を伺ってみる。

 するとガラの悪い男は、すっと手をあげてカインの持つ袋を指さした。


「そいつ、異空間収納袋ってヤツじゃねぇのか?」


 ギラリと睨むように光る男の視線には、ある種の殺気に近いものが込められていた。

 悪気は無いと女性剣士が言っていた通り、恐らく考えて出しているものではなく勝手に出てしまっているものなのだろう。

 殺気の放出でさえ意のままに操るよう訓練されてきたカインからすれば、二流にしか見えない態度である。


「……だったらどうするつもりだ?

 奪い取ろうとでも言うなら……」


 この手の話題も散々言われてきたことである。

 袋の有用性に関してはカインもわかっていることであり、できるだけバレないように使ってきてはいる。

 だがそれでもバレる時はあっさりとバレるもの、そして奪い取ろうとしてきた者たちを撃退したことも何度もあったことだ。


「いや、いや、いや。

 さすがにそんな危ねえこたしねえ」


 と気構えたところで向こうから否定の意見が飛んでくる。

 特徴らしき特徴を持たない見た目をしているカインを、雰囲気や纏う気配等から実力者であると判断しているようだ、それも自分達よりも格上だと。

 カインとしても冒険者として行動する手前、同業者や依頼主に舐めた目で見られないよう、そういったものに関しては隠すことをやめている。

 場合によってはむしろ自分から見せつけるような態度をすることもあり、その程度のことを感じ取れるくらいには実力がある者たちのようであった。


「いやな、そんな伝説みてえな魔道具を持ってるってこたお前さん相当な実力者なんだろ?

 雰囲気とかからして多分速さを重視したトレジャーハンターとか……或いは暗殺者あがりってとこか?」


 暗殺者という言葉が出た瞬間、カインの体から殺気が一瞬だけ漏れる。

 それは冒険者が放つような、モンスターを相手にする気迫に近いそれとは全く違うもの。

 陰湿で、ドロドロとした沼に引きずり込まれるような、下手な逆らい方をすれば逆により深みへとハマってしまう底なし沼、そんな錯覚さえする暗い殺気だ。


「……正解だ」


 カインはごく自然に腕を組む、恐らく腕が動いたことでさえそのへんの冒険者では気づくこともなかっただろう。

 それくらいに当たり前で自然で、一瞬だけ放たれた殺気の影に隠れてしまうほどの行動でしかない。

 それが袖の下に隠したナイフをいつでも投げられるように握った、という事実を隠すための行動だとしても。

 ごく自然な行為の中で暗殺のための一段階を終え、武器を構えてさえいない相手よりほんの少しだけ有利な立場になる。

 もはや癖になってしまっているカインの行動であった。

 だが、どうやら相手の実力は想定していた以上だったようだ。


「おいおい、物騒なこと考えねえでくれよ。

 さっきも言っただろ、仲間だってよ」


 どうやら目の前のガラが悪い男は、カインがナイフを構えたことに気づいて、それでもなお自分は武器を構えなかったようだ。

 少なくともそれだけで「仲間である」という言葉を彼が本気で言っている、ということは理解できた。

 もちろんカインがそんな風に考えるだろう、ということまで計算した心理戦という可能性も無くは無いが、目の前の男はそういったことが苦手そうに見える。

 何より、ナイフのことに気がついたのはガラが悪い男だけだったようで、周りの仲間達は「お前何言ってんの」的な視線を男に向けている。


「……今は、とも言ったがな」


 別段バレても構わないくらいの気持ちでとった行動だったが、それでも暗殺者としてのプライドが若干傷ついたカインは軽く嫌味を言ってみる。

 どうにもこの男、先ほどからの言動がカインの記憶にある人物ととてもよく似ているのである。

 ガラは悪いし言動も勘違いされるしだらしないかと思えば妙に鋭い、それはまさに彼が敗北した悪魔騎士その人のことだ。

 顔つきは天と地ほどの差があるというか向こうは人間かと疑いたくなるくらいに美形で整った顔なのだが、まるでその顔は仮面でその下にはこの男のような顔が潜んでいるのでは無いかと思えるほどガラも言葉使いも悪いので妙に似ていると感じてしまう。

 実際かなりイイ線をいっていて悪魔騎士の本当の姿はガラが悪い顔をしている、整ってはいるのだが、色々と怖いのだ。


「そうそう、今は仲間なわけだ。

 回りくどい言い方は嫌いだからはっきり言っちまうが、俺としてはこれが終わっても仲間と呼びてえなと、そう思ったわけよ」


 カインが僅かばかりのイラつきに任せて言った嫌味、それを全く理解していない辺りもそっくりだった。

 周りの仲間達は嫌味にも気づいているのだが、それと同時に気づいていない男に気づいて面白がるような顔をしている。


 そして改めて発言の内容を考えてみると、これは同じチームとして一緒に行動しないか、という勧誘ということだろう。

 メンバー同士のバランスが取れているとは言え、これ以上メンバーを増やせば各人の取り分や対人トラブル等が増える可能性があるはずだ。

 それでもカインを誘った理由としては、やはり異空間収納袋の存在が大きいだろう。

 基礎能力は暗殺者あがりということで、トレジャーハンターの真似事だったり斥候のような役割も任せらる。

 尚且つサポーターいらずの異空間収納袋があれば、彼らのチームは役割分担上は完璧にバランスのとれた状態になる。

 カインの側にも様々なメリットデメリットは発生するので、二つ返事で了承できることではないのだが。


「少し、考えさせてくれ」


「おう、なんなら俺らの仕事ぶりを見てから決めてくれ」


「……そうだな、そうさせてもらえるとありがたい」


 彼らを見る限り、仲の悪いチームでは無いだろうし、カインの実力を把握し、今回の仕事にも自信がありそうな男の様子からして実力もあるのだろう。

 カインは自分の任務にとってのメリットとデメリットを考え、何より自分がどうしたいかをもう一度考えながら馬車に揺られ続けるのだった。



 ――――――――――



「では、よろしくお願いします」


「おう、任せといてくんな」


 到着した村の村長宅、古びてはいるが決して汚くはない木製二階建て、日本で言えば大きめログハウスのような屋敷の中。

 そこの応接室に置かれた木をスッパリと切って横に置いたようなテーブルを挟み、その上に置いた地図を見ながらガラの悪い男とカイン、向かい側には村長が座っている。

 三人は非常に簡略的に描かれた地図を見ながら、ゴブリンの群れがどの辺にいるか等の情報共有を行っていた。

 それらが一段落し、あとは現地に向かうだけということになったのでカインと男が村長に挨拶をしたところだ。

 村長宅を出て、待ち合わせ場所である村の奥、入った瞬間から存在感をバリバリに放っていた巨大な石像の前に向かう二人は、今後の行動について話しながら歩いていく。


「どうする、すぐに出発するのか?」


「いや、あと数時間もしたら日が暮れ始めちまう。

 思ってたよりゴブリンの規模もでかそうだし、下手に手を出してこの村まで追っかけてこられたら面倒だ。

 今日は準備と、居場所の確認に一人か二人で軽く偵察に行ってもらう程度にしとこうぜ」


「了解した、偵察は俺も行ったほうがいいか?」


「そうしてくれると助かる。

 俺らん中じゃ俺の隣にいた女と弓持ってるヤツいただろ、あいつらが一番まともに偵察できるんだが、やっぱ本職には敵わねえからな」


「……暗殺者も本職というわけではないんだが」


 どうやら男の中で暗殺者とトレジャーハンターは似たようなものらしい、人が相手かダンジョンが相手か程度の違いしか思っていないのだろう。

 実際問題としてカインも暗殺対象の屋敷へ侵入したり、ダンジョン内での暗殺等も行ったことがある、そのため似たようなことができてしまうので強く言えないのだった。


(それにしても)


 待ち合わせ場所に近づくにつれ、殺風景とも言える平凡な木製の家に囲まれた、目印でもある違和感を出しまくった巨大な石像が近づいてくる。

 そこにあった年月を雰囲気だけで感じ取れてしまうような、威圧感さえ感じられる不思議な石像だ。

 その石像を眺めながら、カインは本来の任務に考えを巡らせ始めた。


(まさかあれが【巨人の腕(ギガントアーム)】だ、なんてことは無いだろうな)


巨人の腕(ギガントアーム)

 それは探している「伝説の武具」の1つであり、カインにとっては相手にもならないゴブリン退治を受注した理由。

 この村に遥か昔から伝わる御伽噺には、その武具らしき存在とこの巨大な石像が伝わっているのである。

 この情報をもたらした事前調査チームも発見こそできなかったようだが、この村か周辺地域のどこかには存在する可能性が高いのではないか、という報告をしている。

 とはいえ、御伽噺は詳細な情報が非常にデフォルメされた状態で伝わっており、発見のヒントは無いに等しい状態なのだが。


 改めて石像の形状をじっくりと観察してみる。

 ちょうどカインの肩幅くらいの太さをした石柱が中心にあり、手作業で削り出したかのような凸凹の曲線で人間の上半身のような曲線を作り出している。

 石柱の頂点、人間でいえば顔にあたる部分には何もなく壊れているかのような状態になっているが、村人によればこれが正しい状態だというので何か意味があるのだろう。

 地面には石柱が人間の体を模しているとして、腰から下が突き刺さっている土台、そして少し手前に恐らくは足を模しているのだろうと思われる2つの石段がある。

 子供専用の石で作った階段のようなもので、正面から真っ直ぐ見ると石柱の分だけ離れて配置されているのがわかる。


 そして肝心の腕、これだけは他の部分と違って恐ろしく精巧に作られていた。

 巨人用に作り出したと鎧の肩から腕部分と言われても信じられそうな、はっきりと鎧と分かる構成がされている。

 楕円を真ん中で半分に切ったような形状の肩当て、なんの飾りもない円筒系の二の腕部分、そして何枚もの板を蛇腹のように組み合わせたガントレット部分。

 石ではなく鉄で作られていれば、それは正に鎧だっただろう。

 使える者がいるかどうかはまた別問題ではあるが。

 例えばこの石像が動き出したりすれば、それは正しく巨人と呼べるものだろう。


 だがそんな造形の歪さも【巨人の腕(ギガントアーム)】の伝説を知れば納得もできるというもの。

 この村に伝わっている限りなく本来の話に近いものを要約すると、過去にこの村を作った開祖とも呼べる人物は神からこの腕を授かり救われたのだという。

 モンスターに襲われかけていた開祖を、遥か空の上より神がこの腕を授けることで救った。

 開祖は巨人の腕を使ってモンスター達を倒し、救いを得たこの地を聖地としてここに住み着いたことがこの村の始まりとのこと。

 そして開祖が死んだ後も、村が危機に陥る度に巨人が姿を現し、危機を救うとどこへともなく消えていくのだとか。

 現れる巨人は毎回姿形が違うものの、必ず腕だけは同じ形をしており、これこそが開祖が神から授かった腕だと伝えられている。

 つまり村人の信仰対象はあくまでも「腕」であり、それ以外の石像部分はその腕を装着しておくだけの石柱に過ぎなかったのだろう。

 過去の職人や信仰する人物達が腕だけは全力で必死に作り上げ、本体は後でちゃんとやろうと思って適当に作ったのかもしれない。 作業を半端にして放置するなんてよくある話だ。


(……あれが本物だったら話が早くて助かるんだが、さすがにそれだったら調査班が回収しているだろうな)


 少なくともあの石像はただの石像でしかない、と事前調査チームは報告している。

 石像にしては妙に精巧にできている部分もあるが、過去にそれだけ熱心な職人がいたのであればできなくは無いし、この地域は比較的弱いモンスターが多いため、そういった仕事を専門にする人間がいてもおかしくは無い。

 実際に村の中には石材加工のようなことを行っている家もあった、調査チームによれば付近に良質な石材を採掘できる場所もあるので、間違った話ではない。


(参ったな、本当に何の手がかりも無いじゃないか)


 とりあえず依頼をこなしてしまい、何か理由をつけてこの周辺をしばらく調査するしかないと判断し、不自然な点が無いか調べながら任務を遂行するべく、他の冒険者達と合流するカインであった。

 目の前の違和感を出す石像と、自分の本来の任務のこと、この2つがカイン本来の認識力を低下させていることに、カインは気づいていなかった。

 それが察知できたはずの事を見逃すことになるなど、カインはもちろん誰も気が付くことは無かった。



 ――――――――――



 鬱蒼と樹木が生い茂る森の中。

 女剣士の紺色をした髪がなびき、月明かりが生み出す木の影に吸い込まれていく。

 偵察を行うため、カインと共に森に入った女剣士は思いのほか森が深く、ゴブリンの群れを発見するまでに日が落ちてしまったことに内心舌打ちをしていた。

 さすがに不用意な音を出してゴブリンに気づかれる危険性を無駄に増やすようなことはしない。

 とはいえ、一緒に来たはずのカインがあまりにも気配を断ちすぎているせいで、彼女でさえ見失ってしまう事態になっていることにはさすがに焦りを覚え、思わず舌打ちをしそうになってしまうのは仕方がないだろう。


 木の影から顔を少しだけ出して周辺を見渡し、近くにいるはずのカインを目で探す。

 ゴブリンに見つかる危険性を減らしたい状況では、少しとはいえ顔も出したくないのが本音ではあるのだが、気配から探すことが全くできないためこうして目で探す以外に手段が無いという状況だった。

 やがて彼女の目が人影らしきものを捉え、カインの位置を確認したと思い彼女は意識を向ける。

 だがその人影は、人間の男性のものにしては随分と小さく、何より無警戒すぎることに違和感を覚える。


(しまった、ゴブリンだ。

 もう巣の近くまで来ちゃってたんだ)


 ゴブリンは、決して単独行動をしたりはしない。

 例外はあるが、それは冒険者にとっての常識的な知識である。

 1匹見つけたら10匹はいると思え、というまるでゴキ○リの教訓のようなものが初心者冒険者に叩き込まれる知識である。

 そしてゴブリンは群れの規模が大きくなると巣を作り、簡易的な集落を作り出すという傾向がある。

 そこまで大きな群れになっている場合、周辺の警戒にあたる部隊等の何かしら役割を持たされたゴブリン達が生まれることも教えられることだ。

 そして今回の依頼では、その群れはそこそこの規模になっているだろうと予測されている。


 常識に従い、無警戒なゴブリンの周囲をさらに観察し、同時に気配も探っていく。

 カインに気を取られて確認できていなかったが、視認したゴブリンの向こう側に5体から6体程度の数がいる気配がしていた。


(私としたことが、迂闊に奥まで入りすぎた……って、あれ?)


 腰に挿した剣に手をかけ、いつでも戦闘に移れるようにと構えた瞬間のこと。

 暗闇の向こうで視認できない場所にいた気配が1つ、消えたような気がした。

 もちろん気配で探ったとはいえ、彼女のそれは勘に近いものもあるため、その距離ではいるような気がする程度にしか感じていなかった気配だ。

 気のせいかとも思うが、未だに完全に居場所のわからないカインがそこにいたのかもしれないと思い、再び完全に気配を消したことで退くことにしたのかと考えを巡らせた時だった。


「グ……」


 ほんの少しだけ、聞き漏らしてしまいそうな僅かな音量で、暗闇に何かの声らしきものが響いた。

 それと同時に、彼女の認識する気配から最も遠いものが1つ、生きている気配を消した。


(何かいる?)


 ゴブリン達も何かに気がついたように、声のした方向へと体を向けたことを彼女は木の影から顔を出して確認する。

 視界に入っているゴブリンは3体、もし最初の気配が間違いで無ければ6体、そして生きた気配が消えたものが2体。

 自分の視界に入っていない場所にもう1体がいる、それを探そうとさらに目を凝らしていると、再び声が響いた。


「ゲギャッ!?」


 彼女から見て右側から、叫び声をあげながら何かが宙を舞った。

 それが何かと彼女も、ゴブリンさえもが上を見上げた瞬間、彼女の耳に風を切るような音が聞こえた。


「ギ……ガ……」

「グゲッ」


 宙を舞うゴブリンから視界を戻し、確認していた3体のゴブリンへと目を向けると、そこには首と頭に1本ずつ、合計4本の何かが刺さり、絶命して倒れていく2体のゴブリンが見えた。

 だがそれは最初に確認したゴブリンも同時に確認していたらしく、2体のゴブリンからバックステップをとって大きく距離をとる。

 奇しくも下がったその場所は女剣士に近い位置へと来ることになっていた。

 この奇怪な状況はカインの仕業だとあたりをつけ、腰の剣で奇襲をかけようと剣を握り締めた時、最後のゴブリンは声もなくグラリと俯せに倒れていった。


「……?」


 女としては何もわからない。

 ゴブリンの集団を発見して観察しているうちにその集団が次々と倒れていき、目の前に来たかと思い迎撃しようと思えばそれさえも倒れてしまった。

 カインの仕業だろうと予測しつつも、もしそうでは無かったら自分の手に負える相手ではないと、すぐさま逃走できるように警戒だけは怠らない。

 何よりカインの気配が未だに見つけられないことに、もしやもう殺されてしまったのではないかという嫌な考えさえ頭に浮いてくる。


「……どうした、何か見つけたのか?」


 そしてそんな考えを一気に払拭してくれたのは、目の前に突然現れたように見えたカイン本人であった。

 彼女の予感は正しかったらしく、これはカインの仕業のようだ。

 カインは手に持った2本のナイフを軽く振り、刃についた血を振り払う。


「い、いえ、なんでもないわ」


 本当になんでもなかったかのように自然に歩いてくるカインの姿に、女剣士としては頬を引きつらせた微妙な笑みを浮かべるしかない。

 あまりにもモンスターを殺すことを自然に行い、そしてその行為の全てがあまりにも気配がなかった。

 何かを殺すということはどうあっても何かしらの感情を伴うものだ、そしてそこには気配や気概といった何らかのものを普通は感じ取れるもの。

 しかし一連の行動を全てカインがやったのだとしたら、何も感じとることができなかったというのは不自然すぎる。

 まるで息を吸うように、歩くように、そうすることが自然であるかのようにモンスターを殺したということだ。


(暗殺者崩れかと思ってたけど、何でこんなヤツが冒険者やってんのよ!)


 彼女の考えは決して悪いことではない。

 暗殺者の再就職先は大概が冒険者か貴族のお抱えになり、そして優秀な暗殺者は貴族のお抱えになるか優秀すぎるが故に確実に始末される。

 結果として冒険者になるような暗殺者は見習いレベルのような者であったり、始末する必要も無いと思われた特に優秀でも何でもない者ばかりだ。

 それでも冒険者の中で見れば優秀なほうになる場合も多いが、カインのような一流よりもさらに上の超一流の暗殺者が冒険者になっていることはほとんど無い。

 少なくとも、何かを殺すことに何の躊躇いもなく、気配を消したまま全てを行える者など、彼女は知らなかった。

 まあ普通の人間がそんな人間に会うのは、自分に向けた暗殺者が来た時くらいしかなさそうではあるが。


「……そうか、こちらは合計で9体のゴブリンを始末した。

 警備のゴブリンとしては数が多い、相当な規模の群れになっていそうだな」


「あ、え、そんなにいたの?」


 どうやら彼女の知らないところでさらに3体いたようだ。

 全く気づいていなかったことに驚くと共に、1人で9体も短時間で始末してしまったカインにさらに恐れを抱く女剣士であった。


「この先に集落があるのだとすれば村長の情報と一致する。

 どうする、今日はこの辺で戻っておいたほうがいいと思うが?」


「そうね、もう真っ暗だし

 一応集落だけ確認してきたほうがいい……」


 女剣士の言葉は、森が急にざわきだし夜にも関わらず鳥達が急に騒ぎながら飛び立つ音に遮られた。

 何かが起こったと考えるには十分すぎる、異常事態だ。


「……ゴブリンの集落で何かがあった、と考えるのが自然だな」


「うわー行きたくなーい……はぁ」


 思わず彼女の本音が出てしまったのは、決して彼女がカインのあり得なさに疲れていたからではない。

 ないったらない。



 ――――――――――



「……どういうことかしら」


 ほどなくしてゴブリンの集落に到着したカインと女剣士は、ゴブリンの集落のど真ん中を堂々と歩いていた。

 別にこれは彼女達が不用意なわけでも、もちろんゴブリン達を全滅させたからというわけでもない。


 いないのだ。


 集落の設備や柵のようなものが取り付けられている範囲から考えて、100体以上のゴブリンがいたことは簡単に予想ができる。

 200体までは届かないだろうが、普通のゴブリンが作る集落が30体から大きくて50体程度の規模であることを考えれば、相当巨大な群れであったのだろう。

 ここまで大きな規模であれば、ゴブリン達を統率する【ゴブリンロード】や将軍的な立場の【ジェネラルゴブリン】等が出現していてもおかしくない規模である。

 どういった原理でそれらの個体が生まれるのかはよくわかっていないが、大規模な群れに突如として出現することからゴブリンのどれかが突然変異するのではないかと思われている。

 そしてそういった個体は、ゴブリンというカテゴリに分類していいのか迷うほどに強い。 少なくとも「ゴブリンを倒して一人前」と言われる新人冒険者には間違っても倒せるようなレベルではない。


 だがそれらの特殊な個体は愚か、ただの1体もゴブリンはいない。

 恐らくはいたのだろうと思われる痕跡や、何なら今しがたまで食事でもしていたかのような状況の場所さえある。

 倉庫にしまうために運搬していたのであろう武器類が、集落の奥にある洞窟に向かう途中で散乱している。

 まるで、抗う時間どころか認識することさえできず突然消えたかのような、不思議な光景がその集落に広がっていた。


「誰かが異空間収納袋にしまっちゃった、とかじゃないでしょうね」


 雰囲気に耐え切れなくなった女剣士が冗談めかしてそんなことを言ってくる。

 暗に「お前の仕業じゃないだろうな」と言っているようにも見えるのは、決して気疲れをさせてくれたお返しではないだろう。

 カインはそれをわかっているのかわかっていないのか、淡々と答えを返すだけだ。


「これはそんなに便利なモノじゃない、生きている存在は虫だろうと入らないからな」


 ちなみにその仕様は防虫対策となっておりノミダニ等を気にしなくていいという、物品の維持管理という視点からはとても素晴らしい性能だったりする。

 逆に例えば光る生物を利用した照明等といった地味に便利な道具は入れられないということもあり、一長一短ではあるのだが。


 二人は村に戻ることも考えたが、どうせゴブリンはいないのだからと洞窟の中へと向かう。

 そして入口から数メートルほど進んだところで、カインは洞窟に違和感を感じ始めていた。


(自然に出来たように見せかけてあるが……)


 それはまるでこの洞窟が人工物であるかのような雰囲気をもっていたためだ。

 自然にできた洞窟というものは、当然ながら人間が中を進めるようにはできていない。

 ゴブリン達が多少手を加えることをしたのだろうが、それにしてもおかしい。

 まるで「巨大な何か」が通ることを前提としているかのように、通路は大きく開き地面は傾らかに奥へと続いている。

 枝分かれした横穴こそ洞窟らしい状況にはなっていたものの、とてもゴブリンが掘り進めたとは思えない巨大な通路となっていたのだ。


「……うっ……うう……」


 違和感を感じながら二人が奥に進んでいた時、横穴の1つから誰かの呻き声が聞こえた。

 掠れてはいたものの、女性のような声だ。

 ゴブリンの性質上、その正体に二人はすぐに気づいたため、その横穴へと向かう。


「大丈夫ですか!」


 横穴の中にいたのは、両手を柱に縄のようなもので縛り付けられ、暴行されたような跡が残る裸の女性だった。

 ゴブリンは人間の女性を相手に性行為が可能なため、大きめの集落ではよく見られる光景だ。

 人間とゴブリンの間に子が生まれることは無いが、性欲の捌け口として身も心も壊れるまで玩具にされる場合がほとんどのため、運よく救出できたとしても元の生活に戻れない可能性がある。

 そのため救出できるのであれば、出来る限りすぐに救出することが冒険者の中では暗黙の了解となっている。


 女剣士が女性の縄を切って助け、その様子を見ている間にカインは異空間圧縮袋に入れていた変装用の服を取り出し、女剣士に渡した。

 なぜか女性用の服だったのが、彼がどんな変装にも対応できるというレベルの高さを表している、決してそういう趣味があったわけではない。

 あったわけではないのだが、女剣士の中でカインの評価が1段階落ちたことは間違いないだろう。


 女性の深い青色の眼は光を失ったようにボンヤリとしていて視線は虚空を泳いでいるが、青色をした肩まで伸びる長髪はツヤがいくらか残っており、体も多少の衰弱が見える程度。

 どうやらここに捕まってから日が浅いようで、意識が朦朧としているのは精神的な理由が大きいのだろう。

 ゴブリンに捕まった者は暴行されようがされていまいが、抵抗できず助けがくる可能性も低い状態で死がゆっくりと迫ってくる、という状況には気が狂う者が多い。

 彼女は行為をされたかされていないかはわからないが、少なくとも今はちゃんとした受け答えができることは無いだろう。

 実際に彼女は呻くように声を出しはするものの、それは言葉になるようなものではない。

 女剣士が持っていた水筒から水を飲ませると、彼女の顔を確認して安心したのか意識を失ってしまった。


「気絶しちゃったみたい、どうしよう」


 今後の行動はわかりきっているものの、自分よりも実力者であるカインに一応確認をとってみる。

 もしかしたらカインレベルの人間であれば、別の行動をしたほうがいいと考えるかもしれないと思ってのことだ。

 まあこの状況で選べる選択肢はそう多くは無いのだが。


「その女性を連れて一度戻ろう。

 明日またここに来て、このままゴブリンが消えたままならばそれで良し、復活していれば改めて討伐すれば良い。

 異変を調査するにしても全員でやったほうがいいだろう」


 洞窟自体はかなり奥まで続いているが、女性のような人の気配をカインは感じていない。

 もしいたとしても相当奥まで進んだところであり、そこまで進んでしまえばもし罠だった場合に取り返しがつかないと判断したようだ。

 すでに片足突っ込んでしまっている、ということに気がついたのは、二人が入口近くまで引き返してきた時だった。



 ――――――――――



「おーっと、ここは行き止まりだぜ。

 行くなら洞窟の奥かあの世のどっちかだ」


 洞窟の入口からカイン達を見下すように、数人の男達が立ちふさがっていた。


「女は素っ裸で踊りゃあ命は助けてやってもいいけどなぁ、ヒヒッ」


 どうやら何かの罠であったらしい。

 普段のカインであれば問答無用でナイフを投げていただろうが、生憎と今は女性を背負っているため両手が塞がっていた。

 男達もどうやらすぐに手を出してくるつもりは無いようで、入口からカイン達を見下しているだけだ。

 男のうち1人が持っている魔物の目玉のような赤い宝石を見せびらかすように持っていることから、恐らくあれが男達の策なのだろう。


「……お前たちは何だ?」


 カインが女性をゆっくりと床に横たわせながら、軽く質問をして時間を稼いでみる。

 言葉の応酬をしてくれれば、彼女から手を放し立ち上がりながら、振り返りながらナイフを投げる準備くらいはできる。

 相手は数人、隠れている者もいるだろうが、こちらを見ているのは6人ほどだ。

 カインが一度に投げられるナイフの数は8本、十分に一息で彼らを殺せる数だった。


 だが、次の瞬間にその考えは覆されることになる。


「てめえにゃ聞いてねえんだよ!」


 唐突に怒りの声をあげながら、1人の男が手に持っていた宝石を目の前に掲げ、何かを起動させるかのように魔力を込める。

 宝石が赤い光を放ち、涙を零すかのように黄色い光が地面に音もなく垂れる。

 すると光は突然膨張し、人のような何かの形を作ると、すぐに光は別の物質に変化していった。


 ゴブリンである。


 武器である棍棒を手に持ったゴブリンが5体、虚空から突然出現したのだ。

 カインも女剣士も、さすがにこの状況には驚いて声を出すことができなかった。

 魔物を使役する術はあるし、それを専門にしている冒険者も存在する。

 だが目の前の男はどちらかといえば強盗団の類に見え、そういった術を習得しているとは思えない。

 何よりあの宝石からゴブリンが現れたということは、あの宝石を持っていればどこでもゴブリンを召喚することができるということになる。

 そんな魔道具の存在など冒険者の情報にはもちろん、カインの本来の任務で渡された伝説の武具に関する情報にも存在していなかった。


「ヒャハハ! 驚いたか? 驚いただろ!?

 この集落にいたゴブリン共はぜーんぶこの宝石の中にいるんだぜ!

 もう一回だけ聞いてやるからちゃーんと答えろよ?

 ゴブリン共に犯されるか、俺達に犯されるかどっちか選びな!」


 まずい、カインと女剣士は同時にそう思った。

 今出現しているのはたかだかゴブリンが5体程度でしかなく、二人であれば容易に突破できる。

 まずいのは今男が口走ったこと、すなわち「この集落にいたゴブリン」という発言である。

 集落には【ゴブリンロード】や【ジェネラルゴブリン】がいた形跡を二人は確認しているのだ、それ以外にも特殊なゴブリンがいる可能性だってある。

 おまけに宝石から出てきたゴブリンは彼らの命令に従うような素振りを見せていることから、特殊な個体も命令に従うと考えたほうがいいだろう。

 特殊な個体は、ゴブリンとは比較にならないほどの強さを誇る。

 単体ならばともかく、それらを同時に出されれば二人がかりでも突破は容易ではないだろう。

 突破できるとすれば、相手が油断している今この瞬間しか無い。


「……俺がスキを作る。

 急いで村に行って、このことを他の仲間に伝えるんだ」


「……っ!」


 この男達は近くの村を遅かれ早かれ狙うことが予想できる。

 しかもここで姿を現したということは、村に来ている仲間たちのことにも気がついているということだろう。

 仲間が戻らないことを心配して、森に探しにきたところを不意打ちするにしても、どちらかを捕まえて人質として扱うにしても、近いうちにことを起こすことは間違いない。

 200体近いゴブリンに襲撃されれば、準備をしているとはいえたった4人の冒険者と村人ではとても対抗できるとは思えない。

 カインであれば生き残ることはできるが、他の冒険者達は逃げる準備をしておかなければそれも難しいかもしれない。


 そこまでを理解した上で、カインは自分だけなら死にはしないと判断した。

 そして女剣士を逃がし、村人を含めた全員に事態を伝えることが先決だと考えたのだ。

 女性に関しては女剣士が連れて行っても足手まといになるだけで、それが原因で村に事態が伝わらなくなってしまっては元も子もない。

 最悪見捨てることになるが、それはそれで仕方がないと割り切っていた。


 というかカインとしては別に冒険者を含めた全員を見捨てて逃げ出しても構わない程度にしか考えていない。

 ただし村が襲撃されて無くなってしまうと、伝説の武具に関する情報がただでさえ少ないのに本格的に何も情報が無くなってしまう。

 見つけられなければ見つけられないで他の武具を捜索しに行くだけだが、どうせならば一番色々と知っていそうな村長あたりには生き残ってほしいな、という自分勝手な理由から彼女を逃がすと決めたに過ぎない。


 まあそれを女剣士が知ることは無いのだが。

 何かを考え、返答が無いことに焦れ始めた男が再び声を荒らげようとした瞬間。


「……どうか死なないでっ」


 言葉と共に、女剣士は入口に向かって走り始めた。

 それと同時に、彼女の真横をバタフライナイフのようなものが高速で飛翔していく。

 距離があったため、ギリギリで気づいた宝石を持つ男は一瞬でゴブリンを一体出現させ、それを盾にしてナイフを避けようとしていた。


(やはり一瞬で出現させられるのか。

 最初にゆっくりと出現させたのはわざとか……あるいは複数体を同時に出す場合は時間がかかるといったところか)


 一瞬の攻防の間にもしっかりと相手を観察していく。

 カインは目立つように左右の腰に1本ずつナイフを持っていて、体のあちこちに隠してある他のナイフから意識を逸らすようにしている。

 とはいえ、ナイフの主な使い方は切る・突く以外に投げるという選択肢が実用的なレベルで実行されるため、少しでも戦闘の知識があるものであればそれを警戒しないということはありえない。

 にも関わらず、男はナイフを投げてくることを全く警戒していないように見えたことから、気がつきさえすれば防御する手段がある、という自信から来ているものだとカインは判断していた。

 とはいえ、投げナイフには気づくことができても、悪魔騎士のようにナイフの種類にまで気づくことはできなかったようであるが。


(まあ、ボンバーナイフが効くだけアイツよりはマシか)


 投げられたナイフがゴブリンに吸い込まれ、肉を割いてズブリという音と共に突き刺さる。

 ナイフに込められた魔力と魔法回路がその衝撃により作動し、正しくその機能を発動させる。


「ぐおあぁっ!?」


 次の瞬間、響き渡るのは爆音。

 ナイフの内側から小規模ながらも強力な爆発が吹き出し、ナイフの突き刺さったゴブリンはもちろん周囲のゴブリンも吹き飛ばす。

 盾にしたはずのゴブリンから驚くほどの爆発が起こったことに混乱した男は大きく後ろに吹き飛び、周りの男達も近い者は同様に吹き飛び、離れていた者は咄嗟に防御の構えをとったことで硬直した。


「……こ、殺す気かっ!」


 カインの理不尽さをわかっていたつもりで、全くわかっていなかった女剣士がその隙に男達の脇をすり抜け、集落へと飛び出していった。

 幸いなことに目に見える範囲に男達の仲間はおらず、村のある方角に向かって一目散に走り出す。

 爆風にビビって転びそうになったことをカインが気づいていませんようにと、どこか見当違いなことを考えていることには誰も気がつかなかった。


 女剣士が転びそうになっていたことをしっかりと確認しつつ、カインは女性を抱き抱えて洞窟の奥へと逃げ出した。

 これで男がゴブリンを引き連れて追ってくれば女剣士が逃げる時間を稼ぐことができ、女剣士を追えば自分達が安全にここから脱出できる。

 最も厄介なのは手勢を分断して両方を追うことだが、洞窟はかなり奥まで続いているようなのでどうとでもなるだろうと楽観していた。

 ついでに違和感のあるこの洞窟を調べることも考えている辺り、実は余裕のあるカインであった。


「ぐおおぉっ、このクソ野郎!

 てめえらアレを出せ! あの野郎をぶっ殺す!」


 意外なしぶとさを発揮した男はすぐに立ち上がり、入口へと戻りながら不穏な言葉をのたまう。


「おい、女はどうすんだよ」


「放っとけ!

 どうせあの寂れた村に行くしかねえんだ、後でまとめて捕まえりゃ済むだろうが!」


 男の勢いに押された周りの男達は、どこに仕舞っていたのか男が持っているものと同じ宝石を取り出し、カインを追って洞窟の中へと入っていった。




 ――――――――――



(……迂闊だったな、予想できた事態だ)


 自分の認識の甘さを悔やみながら、カインは洞窟の内部を奥へ奥へ、不自然に整備された通路を時折横穴に入り、追いかけてきた男達の気配を探りながら進んでいた。

 もしそんな魔道具があるかもしれない程度でも考えていれば、突然消えたように見えたゴブリン達を異空間収納袋のようなものに封じ込めたのでは、という可能性を僅かにでも考えていただろう。

 しかしカインはその可能性を自ら否定してしまった、その結果逃げ場の無い洞窟の内部まで侵入してしまい、挙句この状況である。

 背中には女性を背負ったままのため、いつもであれば仕掛ける罠の数々も時間が足りずに設置できていない。


(あの女剣士に異空間収納袋の例えを出された時点で気が付けただろうに。

 この袋が生物を入れられないだけで、逆に生物だけを入れられる魔道具があってもおかしくはない。

 しかし……あれほど大っぴらに使っていて調査班が見逃すものだろうか)


 カインの見立てでは、あの強盗団はお世辞にもレベルが高い集団とは呼べないだろうと見ている。

 そもそも強盗団だろうがなんだろうが、レベルの高い集団だったら強盗などやらずに冒険者として生きたほうがよっぽど稼げるし、それなりに地位や名誉ももらえる世の中である。

 強盗団をやっている時点で、よほどの特殊な事情でも無い限り烏合の衆なのだ。

 それを考えると、彼らが持っていた魔道具は異常だと言える。

 カインが持っている異空間収納袋でさえ、国という枠組みの中にあってやっと手に入れたような代物だ。

 それをたかだか強盗団が持っている、という時点でおかしな話だし、彼らの様子からして何度か使っているか誰かから使い方を学んだような様子をしていた。

 町や村に残る伝説・伝承や御伽噺から伝説の武具に関する報告書をあげてくるような調査チームが、そんな魔道具の存在を見逃すというのは違和感が強すぎる話だ。


(……背後に黒幕がいる、ということか。

 あいつらを実験台にして使った感じを確かめている、といったところだろう。

 黒幕……については大体の検討はつくが、今はどうでもいいな)


 後ろから強盗たちの声と、ゴブリン達の独特な甲高い叫び声が響いてくる。

 声の響きにはさらに違う獣の唸り声のようなものが混じっているが、カインはそれを確認することもなくさらに奥へと進んだ。

 目的はもちろん伝説の武具に関する情報が無いか探すためである。


(この辺までゴブリン達が集落として利用していたようだな)


 カインの考え通り、この場所にたどり着くまでゴブリンが設置したらしき粗末な作りをした灯りの松明が壁に取り付けられていた。

 それ以外にも何かしらの道具であったり、血であったり、彼らが来ている布切れの切れ端のようなものが僅かに散らばっている。

 しかしほんの少し先にある通路から先には、松明やそういったものが無いことから、この先はゴブリン達にとっても未知か普段は全く使わない領域ということだろう。

 そしてやはりというべきか、その通路はまるで巨人・・でも通れるかのように広く、大きい穴になっている。


(そろそろ一度反撃をしておくべきか?)


 通路の奥あたりに捕まっていた女性を置いておけば、奥に逃げる時に捕まえていけるだろう。

 そう考えながら通路へと足を向けた時、カインの背後から猛獣の咆哮が鳴り響いた。


「ガオオオンッ!」


「ヴォルテクスライガーだと!?」


 男達が追ってきているはずの後方の通路から、全身が黄色の大型獣が飛び出してくる。

 模様のように体中に黒いラインが入っている場所があり、その姿を現代人が見れば必ずこう言うだろう、虎だと。

 性格に言えばベンガルトラと呼ばれるタイプに近い種類で、現代でも普通に人を殺せる猛獣だ。

 この世界でもそれは例外ではなく、大きい個体で3メートル近くになる巨体と200キロを超える体重から繰り出される暴力はそれだけでも軽々と人間を死に至らしめる。

 さらにこの場合、名前の由来でもある電圧を示すヴォルトの名を持つ通り、特殊な魔法を扱う非常に厄介なタイプのモンスターだ。


 虎の豪腕から放たれる前脚の振り下ろしをバックステップで避け、一瞬だけ落下して女性の体がほんの少し浮き上がった瞬間、袖口に隠していたナイフを虎目掛けて投げつけ、再び女性を支える位置に手を戻す。

 投げられたナイフは真っ直ぐに虎の眉間に空を割いて進むも、黒塗りにした目立たないナイフではない通常のナイフであったため、松明の灯りが反射した光に反応した虎は頭を地面近くまで下げることで回避する。

 ほんの僅かとはいえ生まれた空白の時間、カインはすぐさま踵を返し、洞窟の奥へと走り出していた。


(……チッ、俺としたことが油断しすぎだ。

 ゴブリンを操れるなら他のモンスターだって操れることくらい予想できただろう!)


 暗闇の中へ消えようとしていくカインの僅かに見える後ろ姿を確認した虎は、すぐには追いつけないと判断した。

 だがそれは攻撃する手段が無いというわけではない。

 全身の毛が逆立ち、静電気が虎の体表をパチパチと音を立てながら何度も走る。

 やがてそれは咆哮と共に、カインに向けて放たれた。


「ゴアッ!」


 虎の周囲にあった空気が瞬間的に膨張し、空気が弾ける雷鳴が鳴り響く。

 光が周囲の尽くを真っ白に染め上げ、光が晴れたころには雷光がカインへと到達し、感電という結果をもたらしていた。

 熱によって焦げたように服が煙をあげ、カインはその場に倒れていく。

 その背に、女性を背負ってはいない。


 風船が割れるようなボンという軽い音と共に、カインであった何かは内側から弾け、光の粒子となって消えていく。

 カインの持つスキル『分身アザーセルフ』による文字通り分身体だったようだ。

 本体は女性とともに、洞窟の奥へと消え去っていた。


 洞窟の奥が暗くなっていることを確認し、虎は魔力の使い方を放電から帯電へと変える。

 虎の黄色い毛は青白い光を帯び始め、周囲を明るく照らし始めた。

 遠くを見渡せるほどではないにせよ、明るさを得て視界を多少良好にした虎は、カインを追うため洞窟の奥へと歩を進めていった。



 ――――――――――



 首から僅かに光る不思議な石をぶら下げ、カインは洞窟の奥を進んでいた。

 普通の人間であれば全く足りない光の量だが、生憎とカインは暗殺を生業としていた人間である以上、夜目は普通以上に遥かに効く。

 さすがに完全な暗闇で先が見えるほどの性能ではないが、このように僅かでも光を放つものがあれば数メートル先くらいまでは状況が把握できる。


(ヴォルテクスライガーとは厄介なものを……)


 先ほど襲ってきた虎は【ヴォルテクスライガー】と呼ばれていて、この地域周辺にはもちろんカインの所属するグリアディア王国の領地内では非常に珍しい種類のモンスターだ。

 隣接するノモルワ帝国との境目にあたる山中には群れがいるとされているが、しょっちゅう戦争を仕掛けようとしてくる帝国のせいで山に進む冒険者は滅多にいないので、群れ自体は確認されていない。

 だが極稀に単体で山を降りてくることがあり、その場合には例外なく相当な被害を出すため、国境に直接領地を持つラウという領主には頭の痛い問題だったりする。


 その驚異は肉体能力はもちろんのこと、電撃を放つという特殊な魔法を使うことにある。

 電撃の魔法自体は使える人間もいるにはいるのだが、扱いが難しいらしく強力な電撃の魔法を扱える者はいないのが現状だ。

 そして【ヴォルテクスライガー】は、その強力な電撃を放ってくる恐ろしいモンスターなのである。


 電撃の到達スピードはまさに光速、人間が認識できるころには攻撃が到達しているのである。

 放たれてから着弾するまでのタイムラグがほぼ無いと言ってもいいくらいに。

 近距離においては強靭な肉体に打ちのめされ、遠距離においては電撃によって焼き尽くされるという死角の無いモンスターなのだ、それは被害も出て当たり前ということだろう。

 唯一の救いは、やはりというべきか放電には相当なエネルギーを消費するようで、連発はしてこないうえに放てる回数にも制限があることだろう。

 そこまでは分かっているので、ほとんどの場合には被害を覚悟で放電させ続け、遠距離から魔法や弓の連発で倒すしか無いというのが一般的な騎士達の対応だ。

 ちなみに冒険者は出会った瞬間にとっとと逃げる、が常識。


 もちろんカインもそれは例外ではない。

 さすがに瞬殺されてしまうというわけでは無いものの、勝てるかと言われれば正直微妙なラインだ。

 しかも今はその後方からさらにゴブリンや強盗達が迫ってきており、今までの状況から予想するに2体目、3体目の【ヴォルテクスライガー】がいるかもしれない。

 さすがにそうなっては逃亡さえできるかどうか怪しい話になってきてしまう、それこそ女性を囮に使うといった非道な手段でもとらなければならなくなるだろう。

 想定していたよりも遥かに奥へと続いていた通路を走りながら、女性をどこで見捨てるべきかを本気で検討し始めたとき、カインの視界にその光景が映った。


(……崩落でもしたのか?)


 通路のある一点から先が、唐突に消え去り崖のような状況になっていた。

 崖の下に広がる暗闇は、光源が無いことも合わさって地獄の底まで繋がっているような錯覚さえさせてくる。

 付近に横穴は無く、例の不自然に整備されたような通路を真っ直ぐに進んできたため道を間違えたという可能性も低い。

 どちらにせよ、ここから先に進むことはできないと判断し、来た道を引き返そうと振り返った時だった。


 カインが通ってきた通路の曲がり角から青白い光が明滅している。

 パチリパチリと時折響く音は、静電気が生まれ消えていく時の音だ。

 同時に獣の唸り声も聞こえてくることから、これは間違いなくヴォルテクスライガーがそこにいる状況だった。


(チッ、思っていたより早い。

 思い切ってここを飛び降りてみるか……?)


 よくよく見れば出っ張りのようなものが何箇所かあるのがわかる。

 とはいえこの暗闇でその場所を正確に捉えられるわけもなく、どのくらいの出っ張りなのかもカインでさえわからない。

 うまく着地できなければ死亡、出っ張りが想定より小さくても死亡、うまく飛べても【ヴォルテクスライガー】の視界に捉えられないほど深いところまで行けなければ、それもやはり死亡だろう。

 ギャンブルのような行動でしか無いため、やはり女性をここに置いて囮にするべきかと考え始めた時、カインの背中から声が響いた。


「……う……ここ……は?」


 ゴブリンに捕まっていた女性が目を覚ました。

 カインとしては嬉しいような困ったような微妙なところだ。

 気絶していれば囮にしても文句も言わず、簡単に隠れられたというのに。


「……ゴブリンの集落にあった洞窟の最深部だ」


 とはいえ、さすがに寝起きの女性に何の説明もなく放置して騒ぎ立てられても迷惑なため、努めて冷静に言葉を返す。

 ついでに声のトーンを下げるのと見えはしないが顔を神妙な状態にすることで、危険な状態であるという雰囲気を出すこともしてみる。

 どうやら女性は空気が読める人物であったようで、カインの答えと態度から無駄に大声を出すこともなく、周囲の状況を冷静に観察し始めた。


「……最深部……まさか……。

 あの、お願いします、私を祭壇に連れて行ってください!」


 観察の途中で何かに気がついた彼女は、自分の身に起こった状況を思い出したのか落ち込んだ後、すぐにハッとした表情で何かに気がついた。

 意味深な言葉に伝説の武具の存在を感じ取ったカインは、詳しい話を聞けるかもしれないと判断して彼女を捨てることを辞めた。

 さらなる情報を聞き出すためにこの女性を生かしておく必要がある。

 となれば、戻り道にいるあの【ヴォルテクスライガー】を何とか始末しなければ、と考えて再び通路の奥へと視線を戻した時、そこには最悪の光景が広がっていた。


 通路から【ヴォルテクスライガー】が飛び出し、青白く輝く自身の肉体でこちらを睨んでいた。

 そしてその後方両脇に、2匹の【ヴォルテクスライガー】が普通の姿で、黄色い体毛を逆立ててパチパチと電気を体に纏っている。

 もはや放電するだけという状態で、行動できる猶予は一瞬だけだろう。


(クソッ、さっき2体目3体目がいるかもしれないと予想したばかりじゃないか!

 帯電と放電は同時にできないと思って油断した!)


 複数体の【ヴォルテクスライガー】に驚いたカインの反応に、女性もさすがに危険性を理解し、カインに向かって咄嗟に叫ぶ。


「下に!」


「っ!?」


 彼女の言葉を信用したわけではない。

 ただ、そこ以外に回避できる場所が無かったというだけにすぎない。

 出っ張りに向かって飛ぶつもりのカインだったが、飛んだ瞬間に雷光が迫り、空中に浮いたばかりのカインを襲う。


 首から下げた光る石が、カインの目の前に浮かぶ何かにその光を反射させた。

 それは全くの偶然、無理な姿勢から飛び上がったせいで、隠しナイフの一本が宙を舞ったというカインとしてはありえないミスだ。

 だがそのミスが、カインと女性の命を救うことになる。


 カインと電撃の間に入り込んだナイフに、電撃は電気誘導の法則に従って誘導され、カイン達より先にその威力をナイフに叩き込んだ。

 魔力によって無理矢理再現された電撃はその瞬間に衝撃波を伴い、眩い電光とともにカイン達を吹き飛ばす。

 予定のルートを変更させられたカインは、地獄の底にも見える暗闇の中へと落下していった。


「うお、おおおおお!」

「きゃああああああ!」


 奇跡的に電撃を回避したカイン達であったが、空を飛ぶ能力を持たない以上、自由落下に抗う術は無い。

 3匹の【ヴォルテクスライガー】が崖に近寄るころには、カイン達の姿は闇の中へと消えていた……




 少しして、【ヴォルテクスライガー】に追いついた強盗団のリーダーらしき男は崖の下を見下ろしながら呟く。


「さすがにここから落ちちゃ助からねえだろ。

 ここはもういい、村のほうに向かうぞ」


 踵を返し、女は少しだけ惜しかったなと考えながら、村を襲えば好きなだけ女漁りができると下品な考えを巡らせ、男達は崖下には振り返りもせずに入口へと戻っていった。



 ――――――――――



「……村長」


 それから少しだけ時間は過ぎ、女剣士は無事に村へと戻り事の顛末を仲間達に報告していた。

 緊急事態と判断したリーダーのガラの悪い男はすぐさま村長に連絡し、村民を今すぐ避難させるように打診しているところだ。

 木を切っただけのようなテーブルの上で手を組んでいた村長は、同席していた村の古株衆からの問いかけにも答えずじっと何かを考えていた。

 やがてポツリと、零すようにして口を開く。


「女子供や老人がこの村には多すぎる、逃げ切ることは恐らく出来まい。

 ……巨人を……巨人を目覚めさせるしかないだろう」


 村長の言葉に古株の住人達はどよめき、そしてすぐに渋々納得という表情へと変化していく。

 何か隠していることがあると冒険者達はすぐに気がつき、打開策があるのであればと内容を問おうとする。

 避難をするにしろしないにしろ、住民の数はたかだか5人の冒険者で守りきれる人数ではないのだ、どうにかできる手段があるのであれば迷ってなどいられない。


「お願いします、冒険者の皆様。

 巫女を、巫女の一族の娘を探してください。

 あの子はほんの数日前に、我々の制止も聞かず巨人を目覚めさせるために祭壇へと向かったのです。

 うまくいっていればもう巨人を連れて戻ってきていてもおかしくはありません。

 巨人さえ連れてきていただければ、きっと何とかなるはずです」


 聞きたいことは沢山あるし、不確定要素が多すぎる話だ。

 もし巫女を見つけることができたとして、巨人とやらを連れていなければ?

 村人の様子からして人間の味方をするモンスターか、あるいは兵器の類のようだが、それで本当にゴブリン達の軍勢を相手にできるものなのか?

 巫女を見つけて、強力な力を持っていたとして、それを連れてくるまで村が耐えられるのか?

 そもそも巫女を見つけることなどできるのか?

 冒険者達だけならば、村人を見捨てるという判断をして逃亡の選択肢を選ぶことができる。

 何より依頼内容に含まれていないイレギュラーな事態である現状、彼らには村人を救う義理は無いのだ。

 ガラの悪い男も他の仲間も、それどころか村長や村人達でさえもそれはわかっている。

 わかっていて、それでも村人達が救われる方法はそれしかないと考えているのだ、そしてそのためには冒険者達に運命を委ねるしか無い。

 冒険者達の考えが逃亡に傾き、一緒に逃げるならお守りくらいはするという打算的な提案をしようとした時、女剣士が不意に口を開いた。


「ねえ、もしかしてその巫女って青い髪だったりする?」


 途端にその場にいた全員の視線が女剣士に集中する。

 話しかけようとしていたリーダーに関しては口を半開きにしたまま振り返っている。

 女剣士は全員の視線をあえて無視するように、村長だけをじっと見つめ、さらに言葉を続けた。


「……肩くらいまでの長さで?」


 村長はじっと見定めるかのように女剣士を見つめ、間違えないようにゆっくりと質問をする。

 女剣士の答えは、首を縦に振ることと続けて別の答えを返すことだった。


「ついでに眼は深い青色の」


 突然、村長はガタンという大きな音がなるほど勢いよく椅子から立ち上がり、女剣士のほうへと前かがみになって話し始める。


「か、彼女は今どこに!?」


 そういえばカインが足止めをしていることは話しても、女性のことは話さなかったなとボンヤリ考えていた女剣士だったが、状況を説明するのにバツが悪そうな表情をする。

 村長達はそれを巫女が死んだということなのかと邪推し、一気にクールダウンしていってしまった。


「……カインが見捨てていなければ、彼と一緒にいると思う」


 自分で言いながら、彼なら平気で見捨てそうなのよねとある意味失礼なことを考える女剣士であった。

 実は他の冒険者達も事務的というか効率的な動きを好みそうなカインの雰囲気から、似たようなことを考えていたりする。

 しかしそんなことを知らない村長達は希望を見出したのか、その目に光を宿らせ始めた。


「ならば、我々はここに残り巨人の到着を待つのみ。

 巨人が来るまで時間を稼ぐのじゃ、行くぞ皆の衆!」


 そして彼らはそのまま外に出て行ってしまうという暴挙に出る、どうやら彼らの中では失敗したとか見捨てたとかそういう可能性は無いらしい。

 残された冒険者達は困ったものである、何せ自分達がどうするかという判断をするために相談していたのに、何が何だかわからない状態のまま放ったらかしだ。

 女剣士が空気を打開するため、とりあえずといった感じで口を開いた。


「……で、私達はどうする?」


 とは聞いたものの、彼女に限らず冒険者達はどんな答えが帰ってくるか予想がついている。

 彼らのリーダーである男は、ガラも悪ければ口も悪いし頭も悪いし性格も悪くはないがそこそこまとも程度の男である。

 だが何もかもが悪い男に人望等あるはずがないのだ、特に命のやり取りが多い冒険者という職業において、彼と共に行動しようと考える人間が5人もいる、それだけで彼がリーダーたる何かの資質を持っていることを証明していた。


「どうもこうも、俺達の依頼はそもそもゴブリン集団の討伐だよな。

 おまけに仲間もまだ1人戻ってきてねえわけだ。

 住民達が自分達のこた自分達で守るってんなら、俺達は当初の目的を果たすだけじゃねえか?」


 彼の頭の中ではカインがすでに仲間扱いされていることに関しては置いておくとして、男が選んだのは結局のところ村を救うという選択肢だった。

 そうなるだろうなと思いつつも、言葉にされたことで明確に意思として宿った彼らの心に、もはや逃げるという選択肢は存在しない。

 もちろん戦略的撤退は視野にいれているが、少なくとも彼らは救うべき誰かがいなくなるまで、決してその選択肢を選ぶことは無いだろう。

 彼らはきっと、冒険者としては優秀な部類ではない。

 だが彼らはきっと、人間としてはとても優秀な部類にいるのではないだろうか。


「っつーわけで作戦会議!」



 ――――――――――



「よかったのですか?」


 ゴブリン達の集落があった方向には丸太を縦にして並べたそこそこ頑強な壁のある出入り口に、村の戦える集団を連れてゴブリン達を待ち構えていた。

 戦う決断をしたとはいえ所詮は一般住民に過ぎない彼らには、護身用や農作業に使う者を装備して我武者羅に戦うしかできない。

 そこに戦略や戦術といったものなど無かったはずだったが、さも当然といった風にその集団に参加し、手近な建物の屋根に上って投石を行うグループ等の指導を冒険者達が行い始めたのだ。

 そうして指導を受けた村人達が慣れない早さで隊列のようなものを組み始めた間に、リーダーらしき人物に村長がかけた言葉がそれだった。


「俺達は俺達の仕事をするだけだ、住民がどうなろうが知ったこっちゃねえよ」


 ちなみにその仕事の報酬は冒険者ギルドにこの村の住民が預けたものであって、ぶっちゃけ彼らのお金である。

 その住民を前にして知ったことではないと言い切ってしまうあたり、彼の頭の残念さがわかるというものだろう。

 だが村長は彼のその言葉が照れ隠し等といった、本音を隠すための言葉であると長い人生経験から瞬時に悟ってくれた。

 そして彼の行動のみに焦点をあてれば、結局のところ彼らは自分達のために戦ってくれるということだ、逃げだせば自分達だけは助かるという状況だというのに、である。


 村長の心境を正直に言えば、冒険者達が逃げ出しても仕方のないことだと割り切っていたところがある。

 もっと正確に言えば逃げ出すだろうと思っていたし、その際に心残りができないよう半ば無理矢理に打ち合わせを終わらせ、彼らだけの状況を作り出した。

 自分達には希望がある、少なくとも全滅するような事態を避ける可能性だけはある、だからあなた達は自分達のことだけを考えてくれればいい。

 できれば助けてほしい、という本音もどこかにはあった、それでも村長が起こした行動を、古株衆は何も言わず同調してくれた。

 だからこそ、彼らが共に戦ってくれるという判断をしてくれたことは意外だったが、それ以上に感謝の念が強く彼らの胸中にこみ上げていた。


「……来たみてえだぜ」


 だからこそ、彼らは強く前を見ることができた。

 森の中からギラギラと輝くゴブリン達の目が、村に狙いを定めて今にも飛び出してきそうな状況だとしても、彼らは怯んだりはしない。

 もしかしたら冒険者達がいれば、巨人の到着を待たず討伐できるかもしれない、そんな淡い期待さえ抱いて彼らは武器を手に構える。




 戦いの始まりは一発の魔法からだった。


 人間をすっぽりと包み込めるほどの巨大な炎の塊が、走れば避けられそうな速度で森から入口に向けて放たれたのだ。

 火属性の第三階位に位置する魔法『ブレイズボール』と呼ばれるそれは、第一階位にある『ファイヤーボール』の純粋な上位互換にあたる魔法である。

 威力もサイズも効果範囲も大きくなっていて非常に扱いやすく、習得に必要な条件は『ファイヤーボール』を習得していることのみと緩い条件のため、火属性を主に使う魔法使いはほとんどが習得している。

 だが問題はその効果範囲でも、当たれば住民は即死するであろう威力の大きさでもない。


「おい、一応聞いておくが……」


 隊列の最前線で長剣を構えていたリーダーの男が、いつの間にか隣に来ていた女剣士に問いかける。

 だがその全てを言い切る前に、彼女のほうから返事があった。


「なかったわよ。

 集落も洞窟も、【ゴブリンメイジ】とか【ゴブリンシャーマン】のいた形跡だけは念入りに調べたけど、どこにもなかったわ」


 ふむ、と納得した男は再び前を向き、魔法に驚いて低下し始めた士気をあげるために声を荒らげた。

 ゴブリンの集団に【ゴブリンロード】が出現した場合に最も警戒すべきことは、魔法を使う特殊個体の出現である。

 他の個体に関しては特殊な個体も含めたほとんどが近接戦闘タイプであり、遠距離攻撃は粗末な弓や投石といったものがせいぜいで希に大きめの岩を投げてくる個体がいる、という程度でしかない。

 そこに魔法という致命的な一撃になりえる遠距離攻撃が加わった場合、遠距離から削っていく手段が安全策ではなくなるため、厄介度は一気に上昇することとなる。

 しかも元から近接戦闘タイプの多いゴブリン達の中に割って入り、魔法使いタイプだけを倒してくるというのは犠牲を覚悟しなくてはならなくなるためさらに厄介だ。

 質の悪いことに、彼らを統率する【ゴブリンロード】に至っては、部下の特殊能力を劣化版とはいえ全て扱うことができるというウザったい能力もあるので、頭を潰すという行為の難易度があがってしまう。

 そういう理由から、【ゴブリンロード】が発生した場合には魔法を扱う特殊個体の確認が冒険者達の中では常識となっていた。


 女剣士の報告によれば、今回はそういった個体が混ざっていない。

 それは彼らの基準で考える危険度が一段階下がったことになり、住民も無理をしなければ生き残れる程度だろうと男は判断した。


「お前らビビりすぎた!

 魔法を使ってるヤツは1人か2人だ、俺らが何とかする!

 お前らはゴブリン相手に死なねえようにしとけ!」


 ちなみに1人か2人というのは完全に勘であり、何の根拠も無い話である。

 強盗達の姿を実際に確認している女剣士のほうは、当たらずとも遠からずだろうなとは思っているが。

 しかし彼の根拠も無いのになぜかはっきりと断言するその姿は、言葉の裏を読むということを普段行っていない住民達には十分な効果を発揮した。

 冒険者という後ろ盾を得た住民達は皆己を奮い立たせ、恐怖を胸の奥に押し込める。


「……さて、でかいこと言っちまったし、いっちょ格好いいとこ見せてやらんとな」


「はあ、だからもうちょっと言葉を考えなさいって言ってるのに」


 男の言葉にいよいよ逃げ出すことが出来なくなってしまったことを悟りながら、門の外に出て行く男の後ろをついていく。

 気が付けば他の仲間も1人2人とそれに続き、全員が門の先に向かって歩き始める。

 彼らの表情に後悔の念は、少しも感じられなかった。



 ――――――――――



「ぐおっ、おおおおおっ!?」


 大人の胸ほどまでしかないゴブリンという種族にあって、2メートル近い巨体をしたゴブリンがリーダーに向けて巨大な棍棒を振り下ろす。

 ゴブリンの特殊個体である【ジェネラルゴブリン】がもつ巨体から繰り出されるパワーは、体格のいいリーダーでさえも簡単に吹き飛ばしてしまった。

 民家の壁に衝突したリーダーを追撃するためにジェネラルゴブリンが走り出そうとした瞬間、その顔に向けて数本の矢が飛び込んでいく。

 ジェネラルゴブリンはしかしあせることなく、手に持っていた棍棒と盾替わりにしている分厚い木の板で矢を防ぎながら走ることをやめない。

 だが彼らの狙いはそこにあった、すなわち武器と盾を目の前に置くことで視界が遮られること、その一瞬の隙にジェネラルゴブリンの背後をとっていたいのは女剣士だった。

 両手に一本ずつ持った短めの剣が、ジェネラルゴブリンの背中に十字の傷をつける。

 剣を振った勢いのまま、空中で縦にくるりと一回転した女剣士は華麗に着地を決め、飛び出すようにしてすぐにその場を離れた。

 直後に彼女のいた場所を襲ったのは、炎の魔法『ブレイズボール』による攻撃だ。


「チッ」


 魔法を放ってきた魔法使いらしき人物はすぐに隠れてしまい、ゴブリン達に溢れた現状では気配で追うことなど全くできない。

 先程からずっと同じような状況が続き、畳み掛けるように攻撃をしようとするたびに邪魔をしてくる、そのため再生能力を有するジェネラルゴブリンを倒しきれない状況が続いていた。

 状況の膠着を嫌ったリーダーは戦闘を続行しようとする仲間達に向けて指示を出す。


「剣と弓は魔法のところに行って村人の援護を!

 僧侶はこっちで俺とこいつの足止めだ」


 ちなみに剣や弓と言った名称は彼らの通称というか戦闘時の呼び方であり、当然ながら本名ではない。

 それぞれちゃんとした本名があるのだが数名がちょっと長めの名前をしているため、戦闘中にそれを呼んでいるわけにはいかない、という理由でリーダーが勝手に呼び始めたのが始まりだ。

 ちなみにこの流れでリーダーのことを全員が馬鹿と呼ぶのは完全に余談だろう。


 冒険者達は状況が非常にマズイことを理解していた。

 勇んでゴブリン達と相対したはいいものの、多勢に無勢であったために門前は時間稼ぎに留まり、すぐに撤退の流れとなっている現状だ。

 家具家財を積み立てて各所にバリケードのようなものを設置はしたものの、都市のように住宅が密集していて天然バリケードになっているわけでもなく、家と家の間隔は広く空いている。

 そのため戦線はすぐに後退していき、避難場所である町の中心にある巨人像のところまであと少しというところまで押されていた。

 幸いであったのがゴブリン達の知能がそれほど無く、伴って親玉の【ゴブリンロード】もそこまで知能が発達しているわけでは無いようで、直線的に大通りを真っ直ぐに突っ込んでくる者がほとんどだったことだろう。

 その直線を大火力を持って薙ぎ払う魔法使いが筆頭となり、抜けてきたゴブリン達は住民が必ず多数で取り囲んで戦うという手段によって最低限の被害で済んでいる状況だ。

 とはいえ被害は皆無ではないし、道中にあった家はほとんどが燃えており、村としての機能は失われ始めていた。


 女剣士と弓使いがリーダーの言葉に従い、魔法使いの元へと走っていったのを確認し、ジェネラルゴブリンの動きが無いことを不審に思った男は周囲を見回す。

 二人が完全にいなくなった時、建物の影から数人の男達が現れ、ニヤニヤとした嫌な笑みを二人に向けていた。

 リーダーは彼らの雰囲気から村人ではないとすぐに悟ったが、目の前にいるジェネラルゴブリンが今にも襲いかかろうと構えているせいで動くに動けない。

 それをわかっているのかいないのか、男の1人がリーダーに負けないくらいガラの悪い態度で話し始める。


「ヒヒッ、今日は当たりだなぁ。

 村の女共なんざ大したヤツはいねえが、冒険者共は上玉揃いだ。

 こりゃ後が楽しみでしょうがねえ」


 舐めるようにして無遠慮な視線を僧侶の女性に向ける男達に、僧侶の女性が少しだけ身を竦める。

 しかし彼女が止まってはリーダーの命に関わることを理解しているのだろう、彼女の動きを完全に止めるほどではないようだ。


「さて、と。

 お前らも十分に頑張ったみてえだけどよ、そろそろ飽きたんで終わりにしようや。

 僧侶の姉ちゃんは今すぐ素っ裸にでもなりゃ、命は助けてやるぜ? ウヒヒッ」


 男の一人が手に持っていた宝石を胸の前に持ち上げると、宝石が怪しく赤い輝きを放ち、黄色い光が地面へと溢れるように落ち始めた。

 それは生物のように形をとり始め、冒険者達が今最も会いたくない個体の姿へと変化していく。

 完全に姿を現した時、そこにいるのはリーダーにとって最悪の存在と言えただろう。


「ここにきてゴブリンロードかよっ!」


 現れたのはゴブリン達をまとめあげる存在【ゴブリンロード】だった。

 どこで手に入れたのか頭には簡単な作りなのに歪んでデコボコになっている王冠と、ボロボロで汚れが目立つ足までの長さを持ったマントを羽織っている。

 手に持っているのは隣にいる【ジェネラルゴブリン】と同サイズの棍棒と盾、体のサイズは人間大なせいか、【ジェネラルゴブリン】よりもその異様さが際立っていた。

 気が付けば男達の周りには通常のゴブリンも多数出現しており、あの宝石を持っているのは話していたゲス男だけではなかったようだ。

【ジェネラルゴブリン】だけでさえ苦戦していたというのに、そこに【ゴブリンロード】と通常のゴブリン集団。

 おまけにそれを操っているのは知能の低いモンスターではなく、曲がりなりにも強盗団をやっている人間達。

 しかも場所が最悪だ、この場所でゴブリン達を出されては前線で戦っている仲間達が後ろから襲われることになってしまう。

 冒険者達だけならともかく、村人達にとってはひとたまりも無いだろう。

 そもそもの話、【ゴブリンロード】でさえ収納することができるということは、ゴブリン達を指揮していたのは強盗団だったということだ。

 恐らくこういう状況になるように、あえてゴブリン達を直進させていたのだろう。

 この場で【ゴブリンロード】も【ジェネラルゴブリン】も、他のゴブリンや強盗共も全員始末できなければ、この戦いは負ける。

 そしてそれができる可能性は、限りなく低い。

 もはやこれまで、そんな考えがリーダーの頭によぎる。


 だから、気がつかなかった。


 視界の端っこにいたゴブリンの1体が、目の光を失って棒立ちになっていることに。

 そして近くにいたゴブリン達が、次々と同じような状況になっていっていることに。

 リーダーの男だけではなく、その場にいる誰もが気づくことはなかった。


 自分が死ぬ瞬間まで。


「……カ、カヒュッ」


 強盗達の一人が喉から直接空気が漏れたような音を出しながら、地面にうつ伏せになるようにして倒れる。

 ドサリという音が妙に響いたのを聞いた強盗達は、周辺のゴブリン達が同様に次々と倒れていくのを目にする。

 そして次の瞬間、どこからか急激に発生した殺気に恐怖を覚える。

 伏せろ、避けろ、危ない、そんな短い言葉を放つ暇さえ惜しいとばかりに強盗達は武器を構え、一気に緊張する。

 その緊張は身を強ばらせ、一瞬ではあるが体を硬直させると共に自分の身を守ることに意識を集中させる。

 殺気を放った本人の狙いがそれであるとは、露ほども思うことはない。


 空中を何かが通った風切り音だけが、強盗達の耳に聞こえた。

 それが闇夜に紛れるように黒塗りにされたナイフだと気がついたのは、ゴブリン達の頭や心臓にナイフが刺さった後だった。

 何かがいる、だがどこにいるかはわからない。

 どこに何がいるのかをその場にいる全員が探した時、大きな体躯の【ジェネラルゴブリン】が悲鳴をあげたことで、その何かが上にいることに気がついた。

 声に遅れて全員が【ジェネラルゴブリン】の顔のあたりを見る、だが悲鳴が聞こえてから見上げていたのでは、その何かを捉えるには遅すぎた。

 見えたのは【ジェネラルゴブリン】の首がナイフ1本分の刃渡り程度が切り裂かれ、そこにバタフライナイフのような何かがさらに突き刺された状態。

 そのナイフの正体を知る者は、すぐにどういうことになるかを悟って身を竦める。


 バタフライナイフが光り、爆発と共に【ジェネラルゴブリン】の首を体から引きちぎる。

 再生能力を持つ【ジェネラルゴブリン】と言えど、首と体が離れても再生できるほど強力なものではない。

 冒険者のリーダーが苦戦した相手が、正に一瞬で命を刈り取られた瞬間だ、誰もがその光景に一瞬息を飲んだ。


 その状況で、さらにその上を見上げることができたのは何人だったのか。

 村が燃える炎が赤く視界を染め上げ、月が浮かぶ闇夜の黒へと向かって美しいグラデーションを描いていた。

 赤から黒へと変わる夜の空に突如として現れる三日月、そしてその光を遮ることで逆光となり、ただの黒い存在となっている何か。

 彼らが一瞬だけ早くそれを目撃していれば、それは人間だったことを理解できただろう。

 爆風にのってさらに高く跳躍した、身体能力の高い冒険者だと気がついていれば、すぐに行動することも可能だっただろう。

 だが、彼らが目撃した月の光を遮るそれは、人というにはあまりにも歪すぎた。


 大の大人と同じくらいの横幅を持った巨大な腕は、まるで巨人の如く力強さを感じさせる。

 だがそれを支える足は腕と比較してあまりにも貧弱で、巨人の上半身と人間の下半身を合体させたような不自然な状態だ。

 首から上の無い胴体が、腕と同じくらいにガッシリとした体躯であるだけに尚更不自然さを強調している。

 全員が見上げる歪な巨人の胴体から、人間のような鋭い視線がギラリと光った。


 どうやってそんな高い場所に飛び上がったのかわからないが、巨体を誇る巨人らしき存在は見た目に違わぬ超重量を持って、空中から地上への落下を始める。

 歪な巨人という非現実的な光景に、現実を認識するのが一瞬遅れた冒険者と強盗だったが、すぐさま回避の行動に移る。

 だがゴブリン達は現実に理解が追いつかず、回避をするのが遅れていた。

 特に【ゴブリンロード】は【ジェネラルゴブリン】を失ったことで力の一部が喪失し、重い装備を相手にもたついている。

 当然、巨人がそれを見逃すはずもない。


 一瞬の後、衝撃と破砕音が撒き散らされる。


 巨大な質量が、落下エネルギーを持って地面に衝突する。

 それはあまりにも大きく、あまりにも重く、あまりにも強すぎた。

 衝撃波は大人が丸々一人入り込むほどの小規模なクレーターを作り、巨人の拳が直撃した地面は【ゴブリンロード】の肉体を貫通して陥没している。

 陥没した穴の中にこそ肉片が残っているかもしれないが、衝撃波によって周囲に撒き散らされた肉片にゴブリンであった何かと証明できるものが何もないほどのミンチ状態となっていた。


 三日月が見下ろす夜の世界。

 燃える村と、空の闇の中から見下ろす三日月。

 その2つを背にしているせいで、逆光となっている巨大な黒い影が炎の中を悠然と歩いてくる。

 強盗団のリーダーであった男は、そのあまりの異様と、ゴブリンの特殊個体2匹を一瞬で葬り去った存在を恐怖していた。


「な、なんなんだよ。

 お前は一体なんなんだよぉ!?」


 黒い影は、胸のあたりにまるで人間のような2つの目を光らせ、律儀にも返答をするのだった。


「……通りすがりの暗殺者だ」


 暗殺者という回答に、モンスターではないかと身構えていたガラの悪い男は思い当たる相手がいることを思い出し、思わずといった風に口を開く。


「おい、お前まさかカインか?」


 青く染めた鎧のような姿をしている巨人は振り返らない、正確に言えば振り返ることができないのだが。

 巨大な鎧の中にあって背中はあるのに胸にあたる部分だけがごっそりとなくなっているという、正に腕だけ鎧の中からカインが言葉だけはきちんと返す。


「ああ、遅くなったようだな」


 聞き覚えのある抑揚も特徴も無い、ともすれば聞いたはずなのに忘れてしまいそうな話し方。

 ああ、これは一流の暗殺者だと思ったカインへの特徴がそのまま一致することで、彼は完全に信用して表情を緩める。

 なんとなく理解してしまったというのもあるだろう、これで「終わる」んだと。


「ああ、遅刻は冒険者の間じゃ嫌われるんだぜ。

 罰としてとっとと片付けちまってくれよ、俺はもう疲れたぜ」


 別にそんな罰を与えるようなルールは冒険者には無い。

 だが遅刻そのものが常識的な大人であれば嫌われるのはどこの世界でも変わることはないだろう。


「……ふむ、それは知らなかったな。

 まあここで最後だ、言われなくてもすぐに始末するさ」


 不穏なカインの言葉に気がついたのはガラの悪い男だけではない、強盗達もその言葉に一瞬耳を疑い、聞かずにはいれなかった。


「お、おいおい、最後ってのはどういう意味だテメエ」


 本当はわかっている、ただ納得したくないだけだ。

 この男は【ジェネラルゴブリン】どころか【ゴブリンロード】まで瞬殺してみせたのだ、落ち着いて見てみれば周囲のゴブリンもかなりの数が死んでいる。

 そしてこの村にあの洞窟から向かってくるならば、大きく迂回しない限りゴブリン達を突入させたあの丸太の柵で囲まれた門しか無いのだ。

 迂回してきたのではなく、同じ場所からこの男が来たのであればゴブリン達と遭遇しないはずがない。

 ただでさえ他の冒険者達が足止めをしていて、しかも自分達の命令でここまで直進させていたのだ。

 この男がこの場所にいるということは村の中で回避ルートをとったか、殲滅してきた以外に選択肢は無い。


「文字通りの意味だ、ゴブリンは全て……ああ、そういえば一人魔法使いがいた気がするな。

 まあ魔法を使う前に殺したからどの程度の使い手だったかはわからないが」


 その魔法使いの男は、強盗団の中でも最も注意深く慎重な男だった、という事実を知っている強盗のリーダーは、こいつはヤバイという己の本能に従った。

 今自分が持っている最高戦力で挑まなければ勝てない、もしかしたらそれでも勝てないかもしれない。

 だったらせめて逃げるだけの時間稼ぎをできる何かを、そう考えた男が取り出したのは、やはり例の宝石だった。

 僅か1秒ほどで光から生物へと変化した存在、その名は【ヴォルテクスライガー】だ。


「お前らも出せ!

 あいつをぶっ殺すんだ!」


 男が召喚したのを切っ掛けに、近くにいた強盗の仲間も同様に【ヴォルテクスライガー】を召喚する。

 合計3体となった【ヴォルテクスライガー】が、彼らの持つ最高戦力だ。

 先程までのカインであれば、これは倒しきれないと判断して撤退していたことだろう、それこそ周りの仲間を見捨てることも視野にいれて。


「行け、行けえええ!」


 カインから感じる妙な死の気配を感じ取ったのだろう、強盗団のリーダーは必死の形相をしていた。

 そんな表情をさせているとは気がつかないカインは、至って平常運転の冷静な顔つきで【ヴォルテクスライガー】を見つめる。 それが強盗団のリーダーをさらに恐れさせているとは気づかずに。


 1体目が真正面からカイン本体を狙って走り出しても、カインは動かない。

 2体目が1体目を相手するために行動した時、死角から狙うつもりでやや後方から追いかけていることも理解していて、それでも動かない。

 3体目が隙を作るために雷撃を放とうとしているのを確認したところで、ゆっくりとした動作で片手の掌を前方に向けるという行動をとった。


 雷撃がカインを襲うが、それは巨人の腕にぶつかり、ぶつかるという結果以上のことを生み出しはしなかった。

 雷撃は【ヴォルテクスライガー】の放つ魔法であり、それは魔法に対する抵抗能力によって軽減または無効化が可能であることを意味している。

 そして巨人の腕は、それをほぼ無効化させるほどの強力な抵抗能力を誇っていることをカインは理解していた。

 だが片手をあげたままの姿勢であることを隙と判断した1体目が、腕の下を潜るようにしてカインへと迫る。

 動作が非常にゆっくりしたものであったことから、動きが鈍いだろうと判断し持ち上げている腕で叩き潰されるより早く前に出れると判断したようだ。

 事実として持ち上げた腕に攻撃されることはなかった、いつの間にかアッパー気味の拳が目の前に迫っていたこと以外は間違っていない。

 大質量が思いのほか早い速度で迫り、自身が前に加速していることも相まってお互いの距離は一瞬でゼロになり、接触する。

 地面を陥没させ、雷撃を無効化して尚傷1つついていない強度を誇る豪腕、それを真正面から衝突して【ヴォルテクスライガー】が耐えられるわけもない。

 普通の人間であればハンマーを全力でぶつけられても耐えられるはずの肉体は、まるで風船が破裂するかのような小気味よい音と共に吹き飛んだ。

 2体目はやや後ろにいたおかげで、1体目に拳が向けられているのが見えていた。

 だから下から抉るように振るわれる拳を避けるように、上から食らいつこうと飛び上がっていた。

 その判断自体は間違っていなかったのだろう、相手がカインと、そのカインが操る巨人でなければ。


(流れを読み、流れに逆らわない。

 流れに乗ることがそのまま避けることにつながる、そして時には―――)


 カインは巨人の圧倒的なパワーと超重量を制御しきれていない、そのためアッパー気味に拳を振るった時、体全体を使って無理矢理に近い形で動かす必要があった。

 そうなると当然のことながら、持ち上げていた反対側の腕は体の側面を通り、体の後ろ、頭上には自然と手の先がくることになる。

 そして2体目の【ヴォルテクスライガー】は、カインの頭付近を狙って飛び上がっていた。

 片足を前に踏み込み、重心を軸に体を捻る、あとは上にある腕が重力に従って、地面へと加速を得ながら落下してくれる。

 恐らく【ヴォルテクスライガー】には、死ぬ瞬間までカインの顔しか見えていなかっただろう。

 自分が死んだことを認識するには、それを理解する脳が弾け飛ぶまであまりにも時間がなさすぎた。

 クレーターこそ作りはしなかったものの、やはり地面を陥没するほどの強さで潰された場所には、それが元は何だったのかわからなくなってしまった肉の塊が落ちているだけだった。


(―――攻撃することにもなる、か)


 一瞬のことだった、あまりにも早すぎる展開に、状況を正確に理解できたものはいない。

 冒険者の男でさえ、負けることこそ無いだろうとは思いこそすれ、強者に位置する【ヴォルテクスライガー】が瞬殺されるなど想像できようもない。

 勝てるとまで信じていた強盗達にいたっては、何が起こったのかさえ理解できていないようで放心状態となっている。

 無慈悲なる豪腕の巨人から聞こえた無機質な声が響いて、彼らはやっと自分達が窮地にいることを悟った。


「言っておくが、そこは俺の射程圏内だ」


 打ち下ろした巨人の腕は、いつの間にか最初と同様に掌が強盗達に向けられていた。

 そして反対側の手は、空手の正拳突きのように体の脇に添えられて、今にも解き放たれるのを待っているかのように構えている。

 カインはもはや殺気を隠そうともせず、底無し沼のようなドロリとしたものを一般人でさえ感じ取れるレベルで放出しながら、その力を解放する。


「お前達までの間にある空気でさえ、巨人にとっては拳の一部だ。

 身を持って知るがいい、『ギガンティックフィスト』!」


 いちいち技名を言わなければ発動しないという特性にちょっとだけ残念な気持ちを抱えてしまうカインだが、結果はカイン以外の全員を驚愕させた。

 まさしく正しい正拳突きの要領で繰り出された腕は、ほんの少し動き始めた瞬間から空気の壁を突き破り衝撃波を生む。

 押し出された空気は前方の空気をさらに押し出し、圧倒的な質量と速度によって無理矢理に吹き飛ばされた空気が大砲の如く空間を切り裂いていく。

 向かう先にいたのは、電撃を放った【ヴォルテクスライガー】だ。


 強盗の男がそれに巻き込まれなかったのは、ただの偶然でしか無い。

 危険を感じた【ヴォルテクスライガー】が男と反対側に移動しようとして、それを機敏に察知したカインが逃げる先に向けて軌道を僅かに変化させたから、ほんの少しだけ空気の拳から離れた。

 そのせいで、彼は目の前で【ヴォルテクスライガー】が弾け飛ぶ瞬間を見てしまうことになったのは不幸であっただろう。

 吹き飛ぶとか、体が変な方向にひしゃげるとか、その程度であれば彼もなんとか耐えることはできたかもしれない。

 だが彼が目撃した光景は、まるでその拳を直接ぶつけられた他の【ヴォルテクスライガー】同様に、高い防御能力を持つはずの存在が抵抗もできずに死んでいく姿だった。


「ヒッ、ヒイ。

 に、逃げっ、うああああ!」


 彼が逃げ出したのは、手勢の【ヴォルテクスライガー】やゴブリンの軍団を失ったからではない。

 圧倒的な強者を前にして、そしてそれが躊躇いなく自分を殺す存在であることを知って、修羅場に生きる強盗であることで鈍感になっていたはずの死への恐怖が心を埋め尽くしたからだ。

 もはや彼には、いや彼だけではなく、強盗団の誰もがこの場から一刻も早く逃げ出すことしか考えることができない状態だった。


 そんな彼らの前に、炎に照らされて逆行になった無数の影が立ちはだかった。


「……ここで最後だ、と言ったはずだが」


 気がつけば、彼らは囲まれていた。

 ゴブリン達の集団と戦っているはずの村人達と、それを援護していた冒険者達によって。

 彼らにとって切り札でもあった魔法使いの男の死体が彼らの前に投げ捨てられ、彼らはようやく悟る。

 あの巨人が現れた時点で、何もかもが「終わっていた」ことを。

 自分達はあの時点ですぐに逃げ出すべきだったのだと、全てが終わってから気がつくのだった。



 ――――――――――



「……なるほどね。

 あの洞窟の奥に魔道具が隠されてたってわけか」


「ああ、巫女の家系だけが使い方と隠し場所を代々受け継いでいたらしい」


 強盗団を捕まえ、村の復興は任務外だと強く主張してきた村長の言葉に従い、捕獲された強盗団の回収は別部隊に任せることにしてカインと冒険者達は帰路についていた。

 その帰りの馬車の中で、カインが扱ったあのえげつない【巨人の腕(ギガントアーム)】という魔道具について情報交換という名の尋問を受けることになってしまうのは仕方が無いことだろう。


「でもいいのかよ?

 そんなに大事にされてたのにもらってきちまったんだろ」


 戦いが終わった後、カインは迷う素振りもなく自分の異空間圧縮袋に【巨人の腕(ギガントアーム)】を収納していたことを冒険者達は見逃していない。

 当然村の住人も何人かは気がついていたのだが、村を救ってくれた英雄にも近い人物のため言うに言えなかったのだ。


「問題ない、そういう約束であの村を救ったんだからな。

 それに代わりは置いてきただろう?」


「あー、これな」


 しれっと言ってのけるカインに「ああこいつやっぱ暗殺者だわ」と人情の欠片も無い人間であると再認識する冒険者達であった。

 しかしカインの代わりという言葉を受け、ガラの悪い男が懐から1つの宝石を取り出すことでちょっとだけ考えを改めようと努力してみる。


「モンスターを収納して使役できる宝石、ね。

 うさんくせー魔道具だぜ」


 彼らは強盗団が使っていたこの怪しい魔道具のうち、1つだけを回収して残りは村に置いてきていた。

 中には未だにゴブリンが入ったままの宝石もあり、巫女の女性が扱い方をすぐに理解できたので今後の運用は問題ないようだ。

 おまけにゴブリンで倒せない相手が来ても、相手を収納できるように中身が空になっている宝石も全て置いてきている。

 具体的な原理やそういう魔道具があることを報告するため、1つだけサンプルとして回収してきたのだ。

 まあ普通というかちょっと欲深い冒険者であれば全て自分達のものにしてしまうものだが、今回はただの強盗団がそれを使っていたことや複数個あることから、今後も似たような事件が起こることを考えてきちんと報告したほうがいいという彼らの判断である。

 ぶっちゃけた話をしてしまえば、彼らの人のよさが滲み出る判断であった。 困っている人を見捨てられない勇者気質なのである。


「そんでよ、話は変わるけどよ。

 お前さんの答え、そろそろ教えてくれねーか?」


 答えとは、彼らの仲間にならないか、という誘いに関してだろう。

 彼らの目的はもちろんカイン自身の能力の高さもあるだろうが、それに異空間収納袋と【巨人の腕(ギガントアーム)】を持っているというオマケ付きだ。

 これだけの情報を持っていれば、彼を仲間にしたがる冒険者は相当いるだろう、むしろ勧誘しないほうがおかしいレベルである。


 カインとしても正直に言えばそれも悪くない、とは考えている。

 何事も一人でやるよりは複数人でやったほうが効率はいい、戦闘にしても情報収集にしてもそうだ。

 特に今回のケースのように、彼らと仲良くなっておらず単独で行動していた場合、偵察も冒険者達に任せてカインは洞窟に行かなかった可能性がある。

 そうなれば強盗団の襲撃にあって伝説の武具探しどころでは無かっただろうし、発見どころかカイン以外が全滅していたかもしれないのだ。


「……そうだな」


 だがそれでも、カインは迷う。

 それは目的と手段の違い。

 カインの目的は伝説の武具を探すことではない、伝説の武具を持って悪魔騎士と呼ばれる男を殺すこと、それが彼の目的だ。

 彼に命令を下した上司の考えは違うかもしれないが、彼はそうすることが自分の目的だと思っているし、他の誰にもそれはできないだろうと思っている。

 やらせようとも思っていない。


(【巨人の腕(ギガントアーム)】だけで、アイツを殺せるとは思えない)


 だからこそ、まだ足りない。

 伝説の武具もこれだけでは足りない、何せ相手は全身を【巨人の腕(ギガントアーム)】と同じレベルだろうと思われる装備品で固めているのだ。

 身体能力も全く足りていない、どれだけ強力な装備を手に入れても、それを扱う能力が自分に無ければ相手に届くことは無いのだ。

 必要なことは武具と、何より自分自身の戦闘能力。

 そしてその2つの力を手に入れるのに、果たして冒険者とチームを組むということは正解なのであろうか。


「……俺は、この【巨人の腕(ギガントアーム)】を使っても生き残れるかわからない、そういう生き方をするつもりだ。

 悪いがあんた達がそれについてこれるとは思えないし、ついてこいと言える立場でもない、何より目的が違う」


 はっきりとお前達では足手まといだ、そう言っているカインの言葉に、何も知らない者であれば腹を立てたところだろう。

 だが彼らはその目でカインの力量を見て、そして巨人の振るう猛威を理解している。

 それでもなお、生き残れるかわからないとまで言う彼の言葉に、自分達との力の差を理解している彼らは何も言うことは無かった。

 気まずい雰囲気が漂い始める中、続けられたカインの言葉がある。


「……まあ手が空いていたら、あんた達なら手伝ってもいい」


 ツンデレである、どうやらカインはツンデレだったようである。

 上から目線な発言で顔を馬車の外に向けながらという完璧な態度だ、これをツンデレと呼ばずして何と呼ぶというのか。

 気恥ずかしそうなカインの態度はどこか微笑ましく、和やかな会話に慣れていないということが丸わかりである。

 最初は女剣士が軽く吹き出し、リーダーがそれに続くようにニヤリと笑う。

 気がつけば冒険者達は全員が、カインをニヤニヤクスクスと気持ち悪い笑みを浮かべて眺めているのだった。


「……何がそんなに可笑しい」


 なぜ笑われているのかわかっていないカインだけが、不機嫌そうな視線で彼らを睨む。

 だがそこに暗殺者特有の、底無し沼にはまったような殺気は微塵も含まれていなかった。

 それが自分達に対して、カインがどう思っているかを表しているようで、彼らの笑みはさらに深まるだけだということには気がつかない。


「よおし、そんじゃあ新たな仲間の誕生だ、帰ったら飲むぞ!」


「おい、誰が仲間になると言った」


「フフ、まあいいじゃない。

 任務完了後のお酒は冒険者の醍醐味よ」


「それはわからなくもないが仲間になったわけじゃ……」


「こまけえこた気にすんな!」


「クッ、馬鹿はこれだから……っ!」


 どうやら彼らの中では、カインはすでに仲間になったものと判断されているらしい。

 必死に否定しようとして馬鹿特有の空気の読めなさに、どこかの誰かを思い出して馬鹿は嫌いだと改めて思うカインであった。


 草原をゆっくりと進む馬車は、冒険者ギルドのある町につくまでずっと賑やかなままだった。

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