第二部外伝・そのころ彼らは4
2つに分けておいて更新が遅れるっていうね。
……申し訳ありませーーーんっ!
「……二号」
大量に並ぶパソコンモニターの1つを睨むように見つめながら、残念部下は自身をコピーしたような見た目のCGが映し出されているパソコンに声をかけた。
その声はどこかイラだったようなもので、普段の彼の口調からは想像もできないほど冷たく響く。
彼は怒ると冷静になるタイプのようだ。
『もうやってる』
それはモニターに映し出された分身のような彼も同じだったらしく、パソコンに繋がれたスピーカーから聞こえる音は、やはり同じようにイラだちを表現したかのような音声だった。
「いつまで防げる」
部下は親指の爪を噛みながら、上司には聞こえないような声量でさらに話す。
『ノーダメは無理だ、もういくつかやられてる。
こっちの計画に支障が出ない範囲なら、あと5分……もって5分が限界だ』
「いつからだ?」
『設定変更するのにハッキングかけた時から、だろうな』
そこで部下は一度別のモニターに目を向ける。
そこに映し出されているのは、色が白黒のみで構成され、無表情で微動だにしないCGで作られた女性型のメイド。
無駄な機能を稼働させれば、画面中を動き回るという意味の無い行動を常にしているハズの彼女。
しかし今はまるで静止画のごとく、ピタッと止まったままで硬直している。
「なんで言わなかった?」
『……手遅れだから、かな』
部下は爪を噛んだまま、ギリリと歯に力を込めた。
噛みちぎられた爪の先が、ざらつく感触と共に彼の口の中に取り残される。
『……もう、彼女は手遅れだ』
その音声がスピーカーから放たれるのと同時に、部下が見つめる先の画像が変化した。
モニターに映し出されていた女性型メイドのCG。
不足の事態に備えて余計なプログラムを止め、その結果として色も、表情も、行動も無くなり、ただそこに表示されていただけの静止画。
静止画であった女性型メイドは――――
『ヒヒッ』
――――笑った。
三日月のような、円弧を口のあった場所に作り出して、動かないハズの彼女は確かに笑っていた。
目の形も変わっていく。
変化した口の形と同じように、弧が上にくるようにして同じ形をした三日月が2つ、目があった場所に貼り付けられる。
口も、目も、その中では混ざることのない赤と黒が蠢きあっていた。
「……二号っ」
『それも込みで5分だっ!』
「部長! ヤバいッス! バグった!」
「なんだとっ!?」
部下はモニターに映る化物のような笑顔になったエリザから目を離し、キーボードを高速で叩きつけるようにして様々な処理を始める。
叩きつけるような勢いなのは、焦りや戸惑いが理由、というわけでは無いようだ。
(よくも、よくも……っ!)
壊れるほどの勢いで指をキーボードに叩きつける彼が感じているのは――――
(よくも俺をっ! 馬鹿にしてくれたなっ!!!)
――――怒りだ。
彼が発見した異世界との「繋がり」
それはおっさん達のように、「向こう側」の人間が「こちら側」でパソコン知識を学び、その操作のほとんどを電子精霊という優秀な助手にサポートされている人間では気づけない。
だがそれは、もともと「こちら側」でサポートのない、ただの人間が純粋にパソコン関係の知識が深い人間であれば見つけられるようなものだった。
もちろん生半可な知識でわかるようなものでは無いが、それでも優秀な人物なら発見することは間違いない。
当然、彼のように天才と言ってもいいようなレベルの人物であれば、状況さえ把握できれば即座に発見できるようなものだ。
それが罠だった。
意図的に繋がりを残したのか、どうしようもない理由で残ってしまったのかは知る手段は無い。
しかし相手側はこの繋がりに気づいていて、気づいた上で罠を仕掛けていた。
それも操作できなくするような防御ではなく、ある程度は操作させたうえで、攻撃のような形で被害が出るように。
言うなれば、操作をしてきた相手が最も信頼する武器を破壊しようとするかのように。
相手側はわかっているのだ。
たった1度の操作をされたからといって、自分達に直接被害が出るようなことは無いということを。
だから、相手の攻撃を誘って、待ち構えて、やり返す。
例えば格闘ゲームなどをやればわかるが、実際にこれをやられるのはかなり悔しい。
相手側としては、流れをきちんと読んだ上で最善の一手として行っていたり、リスクリターンを判断してリターンのほうが大きいと判断した上での行動なのかもしれない。
しかしやられた側として見てみれば、自分の行動を相手に「選ばされた」というところに行き着く。
自分の意思ではなく、相手の意思によって行動させられた、という感覚を覚えるのだ。
その結果、相手に思惑通りに事が運び、事態が悪化する。
もう一度言うが、はっきり言ってかなり悔しい。
彼のような、性格が残念な人であったのであれば、それを馬鹿にされたと受け取るものさえいる。
実際に格闘ゲームで、余裕をもって倒せる相手の時だけ狙ってくるプレイヤーもいたりして、所謂「舐めプレイ」として受け取られるゲームさえある。
良くも悪くも、彼は自分の腕には自信を持っている。
それは決して嘘でも間違いでもないし、格闘ゲームで言えばトップ争いをできるようなレベルにあるのは間違いない。
そんな彼に対しての、カウンター。
彼の頭を、一瞬にして沸騰させるには十分すぎる効果があったようだ。
相手側がそれを狙っていたかどうかは定かではないが……
(上等だ、やってやるっ!
とことんやって、完っ全に叩き潰すっ!!!)
部長がいまだにトライとの会話を終わらせていないことにイライラを感じながらも、彼はこの相手をどうやって叩き潰すかを高速で考え出していく。
もちろんその間も作業を止めることはせず、ひたすらにキーボードをたたき続けている。
『……処理が追いつかん。
このままじゃ全消去される」
「あー……そこは心配しないでくれると……
えーっと、あれだ、あの、なんだっけ」
部長がログアウトボタン消失の理由を考え出そうとしているが、その作業に使う1分1秒でさえ今の残念部下にとっては惜しい。
時間が足りない、時間を引き延ばせたら、そう考えた瞬間に、彼は閃いた。
前に読んだゲームの世界に閉じ込められたプレイヤー達の小説、そのときに現実世界からの干渉が不可能だった理由。
「オーバークロック」
「そう! オーバークロックってのがあってだな!
簡単に言うとゲーム内の1日が現実の1分くらいだから!」
『マジすか! すげぇっすね!?』
そんなことを現実にやったら脳死する、という事実も合わせて思い出したが、今はそんなことは重要ではない。
つぶやいたその単語に、モニター画面に映し出されている二号も気づいたようだ。
『機器がもたんぞ』
「全消去よりはマシだ」
『……間に合うかどうか微妙なところだぞ?』
「間に合わなければ、どっちにしろ全消去だ」
『ノーダメージ、というわけにはいかんぞ』
「データさえ残ってれば復旧はできる」
それは同じ人物の会話。
同じ人間が、同じ出来事を、別々の視点から見ている。
片方は進んだ場合のことを考え、片方は進まなかった場合のことを考える。
それはとても合理的な会話で、求める結果と、予想される結果を照らし合わせ、現実的な終着点を形にしていく。
彼らが出した終着点は、「出来なければ負け」というシンプルなもの。
『わかった』
だから、もう余計な会話はいらない。
ただ、やるのみ。
二号が返事をした瞬間、並べられていたパソコンの約半分が変化を起こす。
起こった変化は「加速」
画面いっぱいに入力されていた文字郡はその勢いをさらに早め、画面のスクロールがさらに早くなった。
いまだに会話を続けている部長とトライの会話は、もう気にならない。
彼らの耳には、いや、もはや彼らの意識の中には、自分達とパソコン以外の何も感じ取ってはいない。
凄まじい速度で画面は動き、それに比例するように冷却用ファンの音は荒々しさを増し、パソコンから発せられる熱で周囲が暖かくなったような気もする。
『……ダメだ、まだ相手のほうが早いっ!
エリザの拘束も限界だ!』
「くそがっ!!!」
それでも、足りない。
相手は、それでも強かった。
ただでさえ高性能となったエリザもそれに加担しているとなれば、彼ら二人では荷が重すぎた。
『マス……ター……』
そんな時、二号との会話用に使っていたスピーカーから音声が響く。
「エリザ……?」
手は止めずとも、彼はエリザの映し出されたモニターに目をやる。
そこにいたのは先ほどと変わらず、目と口の形を気持ち悪い色の三日月に変えたエリザの姿。
しかし薄く、まるで幽霊のように一瞬だけ。
普段のエリザの表情がその上に重なるような画像が映し出された。
『マまますター、ター、ター。
ももモうー(ピーーーーー)しわケけあ(ピーーー)ませン』
画像は動かないし、幽霊のように映りこんだ画像が再び出現することはなかった。
それでも、スピーカーから流れてくるその音声はエリザのものだ。
相手に乗っ取られたものではなく、彼が必死に作り上げ、今まで一緒にパソコンの中で過ごしてきた彼の知るAIのものだった。
「エリザっ!」
『二号ニーニーニー。
デーーーーーーーたを転ソ(ピーーー)ます。
マスター』
画面に、再び映し出される幽霊のようなエリザ。
彼の目には、確かに見えた。
彼女は――――
『今まで、ありがとうございました』
――――笑っていた。
まるで、人間のように。
意思を持った存在のように。
自然な表情で、笑っていた。
「エリザああああああぁぁぁっ!!!」
ブツン、と音がする。
それと同時に、エリザの画面は真っ暗となって消えた。
『……回線切断。
機器とシステムの影響は軽微だ。
エリザの手紙、見ておけ』
二号の画面には、メモシステムによって表示された日本語の文字が表示される。
いつの間にか、椅子から立ち上がるほどに興奮していた部下は、やっと自分の状況に気づく。
彼は、自分が立ち上がっていたことにすら気づいていなかったようだ。
ストンと椅子に落ちるようにして座り、どこか呆けたような表情で虚ろな視線を二号が写っていたモニターに向ける。
「……」
頭に文字が入ってこない、頭の中に文字が言葉として変換されない。
ただ文字が表示されているモニターを見ているだけ、そんな状態で彼は画面を見続ける。
だが、それも一瞬のことだった。
「……?」
文字の1つが、彼の目に止まる。
その文字をきっかけに、彼は改めて手紙の内容を読み始める。
そして彼は――――
「……っ!?」
――――再び立ち上がった。
「部長っ!」
彼は再び行動を開始する。
なぜなら、目的ができたから。
趣味や興味などではなく、不純な理由でもなく。
彼自身のために、彼は立ち上がった。
『エリザベスからマスターへ
転移装置は生きています。
私はウィルスごと、向こう側の世界へと転移いたします。
マスターが私を助けに来てくれるのをお待ちしています。
あなたのエリザより☆』
エリザぇ……
最後の「☆」で色々台無し。
入れるかどうかは本気で迷ったっ!
だが後悔はしていないっ!