トアル夏ノ日ノ噺 ―死ヌカ死カ―
さて。
この小説は、夏のホラー ―怨涼小噺― の参加作品です。
もしかしたら、そこの予告をみてこの小説を読もうかなー、と思ってくれた人がいるかもしれません。
しかし、予告の段階ではああいう結末だったのが、書いてる途中に結末が変わって、主人公の四肢欠損はなくなりました。
五体満足です。
あの予告だから読みたかったんだよ!
という方、もしいたらすいません。
「ねえ君、嫌いな人間がいるね?」
やけに舌っ足らずな声で話しかけられた。
いや、人ではないのかもしれない。
むしろ、その確率の方が高いだろう。
だって、十五階建てのビルの屋上の転落防止の柵を越えている俺に、前方から話しかけてきているのだから。
「黙ってても、わかるよ。君は暗い情念にとりつかれている」
そいつの声は、喋るたびにだんだんと鮮明になっていく。
最初は錆びた扉を無理やり開くような耳障りな音がしたのに、今ではやや甲高いものの普通に聞き取れる声にはなっている。
ただ、一貫して変わらないのはその声が舌っ足らずであるということである。
「ね、きみ、hqなwhんt……? あれ? どうして一人称が発音できないんだ?」
言葉の一部にひどく聴きづらいノイズが混じる。
聞くに堪えない。
これはきっと死ぬ間際の幻聴だ。
だから、無視してさっさと飛び降りてしまおう。
「まあ、いいか。えーっと、この世界の一人称はー、と。……お、あったあった。ボクは、君みたいなのを見つけて人を殺す手伝いをするんだ」
さあ、飛び降りよう。
すぐ飛び降りよう。
そう思っているのに、体が前に進まない。
そいつの声にはまるで麻痺毒でも入っているかのように、俺の耳から入る言葉は体を締め付ける。
「敵討ちのために人間を殺したいけど証拠がない。あてはあるのに証拠がない。いっそ断罪できないなら自分が死ぬ。そんな人間が生み出す強いpzmんでるもqksんmdふぃc……くそ、またか。まあ、黒い情念とでも言い変えておこうかな。それを触媒にボクみたいなのは呼び出されるんだ」
耳に入る舌っ足らずな声がどこか遠くのことに感じられるのに、内容だけは理解できる。
「ボク達はね、人間を殺さないと生きていけないんだ。生命を奪わないでいるとだんだんと衰弱していって消滅してしまう。でも、自分たちの世界で殺戮を繰り返すわけにはいかない」
コイツは一体何の話をしているんだ意味がわからない。
「だからね、異世界の人間を殺そうという結論に至ったわけさ。別世界の人間なら殺してもボクの世界には関係ないし、呼び出した人間には感謝されるし、一石二鳥だね」
やめろそれ以上しゃべるな飛び降りられなくなるだろ!
「せっかく呼び出してもらったんだ、君の殺したい人間を最初に殺してあげるよ。この子であってるよね?」
そう言って写真が目の前に差し出される。
その子はッ!
「うんうん。合ってるみたいだね。可愛いね。何されたの?」
思い出したくない思い出したくない思い出したくない。
「ふーん、両親も殺されたのか。しかも完全なアリバイと密室を作って」
やめろ心の中を読むな読まないでくれ!
「ねえ、きみ、この子のこと殺したいでしょ? 僕が代わりに殺ってあげようか」
「……や……メロ……!」
「うん? 初めて喋ってくれたね。希にあるボク達の声が聞こえない世界に来ちゃったのかと思っちゃったよ」
「お前は誰だ! 誰なんだ!」
市街の明かりさえもほとんど落ちる時間で真っ暗になった世界に、俺の声が遠くまで響く。
まるで俺の心みたいに真っ黒だ、と自嘲気味に思う。
声は何もない空間を通り抜けた。
そして耳をくすぐるようなウィスパーボイスが背後から。
どうやらそいつは移動していたらしい。
「やっと話してくれたね。これでボクも完全にこの世界に顕現することができた」
「お前は、誰なんだ」
ぐるり、と。体が自分の意志とは関係なく半回転する。
目の前。
眼前数センチのところにフランス人形じみた美しく整いすぎた顔があった。
「ひぁ!」
腰を抜かす。
腰を抜かすということはつまり後ろに落ちるということで。
耳元をビョウビョウと風が通り過ぎ、無限の浮遊感が俺を蝕んでいく。
「うわぁぁぁぁあああ!」
直後、俺は夏の強い日差しで焼け、尚熱を保つアスファルトに脳天から叩きつけられた。
▼▲▼
「うわぁぁぁぁあああ!」
と、いうところで目が醒めた。
「あ?」
なんだ、夢か。
しかし妙にリアルな夢だった。
まるで本当のように落下する恐怖を思い出すことができるし、地面に叩きつけられた時のぐちゅり、という果実が潰れるような音も思い出すことができる。
「あれ? 俺、いつパジャマに着替えたっけ……?」
昨日の記憶に靄がかかっているようなので頭を振り覚醒を促す。
そうだ、昨日近所のビルの屋上に登って、それで飛び降り自殺をしようとしたら――あれ?
俺、飛び降り自殺をしたはずだ。
なんで生きてるんだ?
とその時、決して自分以外には開けられることのない自室の扉が開く。
「ねえ君、朝はご飯派? パン派?」
「え? えーっと、ご飯派だけど……」
「そう、それは良かった。ボクも丁度ご飯派だったんだ。朝ごはん作ったから、降りておいで」
降りておいで、というのは一階のリビングに、ということだろう。俺の部屋は二階だ。
そして激しい違和感に襲われる。
なぜ、アイツが家にいる?
昨日夢で見たはずのアイツがここにいる!
ダタタタタタタッと階段を駆け下り、リビングに。
「おい! どうしてお前がここにいる!」
そいつは、人畜無害そうな顔で言い放った。
「え? だってボク、君の嫌いなこの子を殺さなければならないし」
「は? 昨日のアレはやっぱり夢じゃなかったのか……?」
「うん、そうだね。ね、一回死んだ感想はどんな感じ?」
「俺、一回死んだのか?」
「ううん。落ちる前にボクが拾い上げたから実際に死んではないよ。ただし、精神が一度死にかけてる」
「どう言う意味だ?」
「tcjfんzhそvs……。うまく言葉にできないな。この世界の言葉はどうやらかなり貧困らしい」
「まあいい、お前は結局誰なんだ」
「ああ、改めまして。ボクの名前はdfユキリjぁxfh……。ああ、もう! ユキリでいいや」
「あ、そう。で、ユキリ? お前は何なんだ?」
その美しすぎてむしろ不自然な美貌や、非現実的な気配で、味噌汁をすするという日常的な行為をすることでむしろ逆に恐怖が感じられる。
「ボクはね、第23世界γ線に住む人間。この世界の言葉で言うと殺人鬼。人を殺さないと生きていられないのさ」
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「へー、あの中に君が殺したいほど大嫌いな人間がいるのかー。早速殺っちゃっていい?」
「待て、それは俺が殺すわけにはいかないのか?」
「ダメだよー。ボクが殺すから気持ちいいのに、君が殺しても何も意味がないでしょー?」
朝。
普通に中学校に登校する。
それにしても視線が突き刺さる。
そしてその視線はこういっている。
誰だよその金髪美少女は、と。
そして俺のことを知っている人間はこうも言っている。
おい、一昨日彼女が死んでしまったのにもう新しい彼女か? とも。
「なあ、俺以外の人間からは見えないというご都合主義的な能力はないのか?」
「ん? そんなのあるわけないでしょー? だってボク一応人間だしね」
「なら、せめて周りの人間にバレないように行動してくれ」
「うん、そっちのほうが何かと都合がいいかもね。じゃね、バイバイ」
そう言ってユキリは歩いていってしまった。
▼▲▼
ユキリが歩いていってしばらくしたあと。
とある女子生徒が走り寄ってくる。
俺の両親を殺したと睨んでいる女、霧崎四季乃だ。
コイツが俺の両親を殺した。
また、俺の彼女である霧崎雪乃の双子の妹。
俺は殺人現場にいたわけではない。
その時俺は部活で学校にいて、誕生日に俺を驚かせようと両親が誕生日パーティの準備をしていたそうだ。
そしてその間に四季乃が侵入。
俺は遠目だが四季乃が真っ赤な包丁を持って俺の家から出てくるのを見たし、その後、家で三体、死体が発見されてもいる。
被害者は俺の両親二名。
表向きでは、そうなっているはずだ。
四季乃が犯人である証拠は見つからなかった。
だが、捕まったらダメだ。俺が絶対にこいつを殺す。
昨日一度死にかけたことで自分が死ぬことに恐怖を覚えた。
俺は、死にたくない。
「なんの用だ」
「あの、えっと、どうやって話したらいいカナ? えーっと、放課後校舎裏に来て!」
そういうと四季乃は走り去ってしまった。
雪乃と同じ顔、同じ声。
精巧な人形でさえもここまで似せることは不可能なぐらいに、彼女たちはよく似ている。
校内に入る。
そのまま教室ではなく体育倉庫に向かう。
うちの体育倉庫は、いつもは門扉が南京錠により固く締められ出入り不可能だが、夏休み直前に行う体育祭の準備のために、学校に人間がいるうちは開いている。
そして体育倉庫に入って、金属バットを持つ。
これで殴れば、四季乃は死ぬだろう……。
金属バットを校舎裏に隠し、俺は何食わぬ顔で教室の自分の椅子に座り始業のチャイムを待った。
▼▲▼
「ねえ、この金属バットは何? ボクのためにわざわざ用意してくれたの?」
「違う」
「だよねー。だってボク、素手でも人間ぐらい殺せるし」
「というわけでバット返せ」
「やだよ」
「どうして」
「だってさ、君、僕の楽しみを奪うつもりだろう? それなら先に君を殺すよ?」
「ぐっ」
言葉につまる。
どうやら、俺は死ぬことに対しての恐怖心が極端に過敏になっているらしい。
バットは諦めることにする。
ここに1,2ミリのボールペンがある。これで刺し殺す。
「うーん、そのボール……もういいか。もう行ってくるね!」
「待て! 少し話をさせてくれないか」
「いいけど、殺さないでね。アレはボクのモノだから」
目線だけで肯定。
校舎裏でおそらく俺のことを待っているであろう四季乃のもとに歩を進める。
「……ちょっとついてきて欲しいの」
そう言って四季乃は背中を向けて歩いていってしまった。
▼▲▼
「どこここ?」
「知らない。廃工場?」
四季乃についていくと、町外れの廃工場に来た。
四季乃はすたすたと中に入っていってしまう。
俺も慌ててあとを追う。
ガチャ……バタン
「おい! どうしてドアを閉めた!」
「え? だってほら、ほかの人に――――
――――邪魔されたくないし」
そういって。四季乃は無機質な笑顔を見せた。
「お前も、わたしのために死んで? ね?」
そういって四季乃は暗がりの中のドアを開ける。
「……雪乃!」
ドアの中にいたのは、雪乃だった!
「ちゃんと生きてるよ? ほら、この通り」
四季乃が雪乃の腹を蹴り上げる。
「グフ……!」
蹴られた雪乃が蠢く。
生きているようだ。
だが、身動きを取れないところを見るにもう体力が残っていないのだろう。
そして四季乃は、倒れた雪乃の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。
耳元で囁く。
「ねえ、今からお前の知り合いを殺すよ? よく見てて?」
と、そこでようやく脳が今起こっていることに追いついた。
「おい……。おい! どうして! どうして雪乃が生きているんだ! だって、だって雪乃は俺――――」
「――の目の前で殺されちゃった? 違うよ、あの時に死んだのは四季乃とキミの両親」
だとしたら。
「だとしたら、お前は誰だ!」
「私が誰か? 名前はないよ。この世界の言葉で発音できないんだ」
この世界の言葉で発音ができない?
「お前も殺人鬼か!」
「アレ? 私のことをどうして知ってるのカナ? ……それに、も、ってことは他にもいるんだ、同族が」
しまった、アレ? しまったのか?
よく考えたら別にユキリのことを隠しておくことはないよな?
「あー、もう、どうして君はボクの存在をそんなに簡単にバラしちゃうの、っさ!」
ユキリが四季乃の頭上から飛び降りて、飛び蹴りを放ちながら言う。
いつの間にいたのかなんてもう気にしない。
「あなたが私の同族カナ?」
「うーん、なんか違うな。君、どこの世界から来たの?」
「第23世界α(アルファ)線だけど?」
「ああ、どうりで何かが違うわけだ。君たちは殺した人間と同じ容姿を得て入れ替わるタイプだろう? ボクたちは直接転移するのさ」
会話の間にもユキリと四季乃の激しい攻防は続く。
「でも、自分の体かコピーの体か、どっちが強いかといえば自分の体を持つボクなんだよね」
ユキリが、四季乃の首を手刀で貫いて、四季乃の体が動かなくなる。
「終わったけど、俺が殺したかったのに、とか言わないんだね?」
「ああ、四季乃が犯人じゃないのはわかったからな」
「あ、そう。恨みの方向が変わったわけか」
そしてユキリはボクの方に近づいてくる。
「さっきのα線の殺人鬼はね、異世界の人間を殺して、それと入れ替わってこの世界に顕現するんだ」
「お前たちとどう違うんだ?」
「ああ、一緒にしないでくれよ。あいつらは、人間を殺すことで生命を維持するんじゃなくて、近しい人間を殺されて得る感情――例えば、怒りとか悲しみ――を糧に生命を維持するんだ。あいつらは愉快犯だよ」
「ユキリは違うのか?」
「ボクは生きるために嫌々やってるのさ」
「嘘つけ」
そこでユキリは、つい、っと視線を放置されたままの雪乃に向ける。
「じゃあ、あれ殺してくるね」
なんでもないことのように言ったユキリの言葉を、一瞬脳が理解できなかった。
数瞬遅れて脳が指令を送る。
「待て! ユキリ!」
「なにさ。彼女だから殺さないでくれとかいうのかい?」
「いや……」
「いや、君。自分の彼女ならよく見ればわかるだろう? これは雪乃じゃなくて四季乃さ。ボクがさっき殺したのは四季乃のコピーの殺人鬼」
理解を、放棄した。
「じゃあ、これはもう殺すよ? いいね?」
そういってユキリは四季乃の首を折った。
思わず俺は目を背けたが、ごきゅり、という嫌な音が耳に絡みついた。
「さて。この辺りにもう人間はいないようだし、君を殺してボクはもう次の世界に行くことにするよ」
「ちょっと待て!」
「もう憎き仇は殺したんだからもうこの世に未練はないだろう?」
「違う! 後ろだ! もう一人いる!」
「うん?」
雪乃――いや、四季乃か――がいた暗がりの奥に、折り重なるようにしてもう一人人間が隠れていたのだ。
「ああ、本当だ。人間の気配なら確実に気づくことができるボクとしたことが、いることに気づかなかったとは」
そういってユキリはもうひとりの人物に歩いていく。
そして首を掴んで無理やり立たせ――
「驚いた。さすがのボクでも驚いた。コレ、ユキノじゃないか! 君の愛しの、ね?」
言葉が出なかった。
口は言葉を忘れたかのように何の音も出さないし、脳は何も考えない。
どうして。
どうしてここに雪乃がいる!
「なんで雪乃がいるんだ! 雪乃は、あの日、俺の、俺が――」
▼▲▼
二日前の話だ。
その日は、降り続いた雨が上がる、いわゆる梅雨明けの季節で、嫌にジメジメして汗がとめどなく噴き出したのを覚えている。
そうだ、あの日、俺が部活のあと家に帰り、家まであと300mってところで俺は家から出てきた四季乃を見たんだ。
何故か真赤な染みのある服を着てたっけ。
その後帰宅した俺を待っていたのは「おかえり」の言葉ではなく物言わぬ死体で――。
っていうのが、先日起きた事件だ。
犯人はまだ見つかっていない。
▼▲▼
「俺の? 俺が? 一体どうしたのさ」
「違うんだ。あの日、……あの日、雪乃は――」
ユキリが雪乃の体を支えて立たせている状態だ。
そのまま顔だけがこっちに向く。
雪乃もまだ息をしているようだ。
一体何故!?
どうして雪乃が生きている!?
「――俺が、殺したんだ」
▼▲▼
二日前の話だ。
その日は、降り続いた雨が上がる、いわゆる梅雨明けの季節で、嫌にジメジメして汗がとめどなく噴き出したのを覚えている。
俺と雪乃の所属する部活――陸上部――が丁度休みで、俺は雪乃と二人、教室に残って談笑してたんだ。
部活生以外が学校に残れる最終時間、五時になった。
俺と雪乃も帰ることにして、お互いカバンを持って立ち上がった。
そして帰り道だ。
俺、丁度その時砲丸を持ってたんだよ、二つ。
陸上の専門が砲丸投げだったんだ。
週末は学校じゃなくてセントラルパークっていう場所で練習するから、砲丸を持って帰ってたんだ。
それで次の学校の日に返せ、ってわけだ。
だが、あいにくの雨で、三日間部活が中止。
それで、やっと晴れた今日砲丸を学校に持ってきたんだけど……。
今日は先生同士の会議があるとかで急遽部活が中止。
つまり何が言いたいかっていうと、俺、砲丸を持ってたわけだよ、その時。
で、重たいカバンを持ちながら、学校が高台にあるがために必然的に坂道を下ってたんだ。
坂道を下り降りるまであと50m、ってとこで事件は起きた。
砲丸を入れてた袋が破けたんだ。
こう、ビリッ、と。
一つは落ちてからすぐのところで止まったから、俺が走って追いついて拾い上げた。
でも、もう一つはすごい速度で坂道を転がっていたんだ。
それを、雪乃が追いかけてくれた。
彼女は短距離走者なので、みるみるうちに砲丸に追いつき、そして拾った。
拾った、が。
坂道の一番下のところは、上から見れば『T』の形をしていて、曲がり角には両方とも塀があり、すごく見晴らしが悪い。
でも、交通量は少ないために事故なんか起きたことがない。
だから。
油断していたのか、雪乃は曲がり角から飛び出してトラックにぶつかって、そして死んでしまった。
そう。
これが俺、銘歌陸が背負う咎――――。
だが、警察の事情聴取等からやっと解放され家に帰った俺を待っていたのが一家惨殺事件だ。
今俺の家には両親と、そして誰かの死体がある。
さっき四季乃はユキリが殺した。
雪乃は俺が殺した。
なら一体。
目の前にいる雪乃は誰なのか。
そして。
俺の家にある死体は一体誰のものなのか。
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「ねえ? 一体どうしたのさ、って聞いてるんだけど?」
「―――俺が、殺したんだ」
「は? じゃあ、これはだ」
ユキリの言葉が急に途切れたのを不思議に思い、俯いていた顔を上げる。
“雪乃”が自力で立っていて、ユキリは飛び退いていた。
「……ねえ、コイツ、人間じゃないよ。妖物とかあやかしのたぐいだ。ねえ、リク。これは――なんだい?」
「わからない」
雪乃はこちらを見るや、笑顔を浮かべた。
「リク! 会いたかったよ!」
そう言って抱きついてきた。
「雪乃か? 本当に雪乃なのか?」
「うーん。一回死んでから何回も殺されて、私が雪乃なのかはよくわからない。――でもお願い。私を殺して。何回も何回も死ぬのは嫌」
「でも、その話だと俺が殺してもまたよみが……ッ!」
貫かれた。
ユキリに、背後から。
なにか鋭利なもので俺の腹部を貫いて丁度雪乃の心臓を貫く形で。
「ありが、と、リク」
そう言って、雪乃が笑顔のまま消えた。
「大丈夫だよ、彼女、君が殺してくれたと思ってたわけだし。めでたしめでたしさ」
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「ねえ、今度は誰を殺したらいいの?」
雪乃が成仏(?)してからしばらく経った。
俺も今日からもう高校生だ。
「もう俺を殺さなくていいのか?」
「いや、いいよ。人間なんかより、“バケモノ”を殺す方がはるかに面白い」
「そうですか」
ユキリは、雪乃を“殺して”からか、“バケモノ”を殺すことにはまってしまったらしく、俺を殺すことはやめて“バケモノ”を見つけては殺す、を繰り返している。
もう、自分の居た世界へ帰るのもやめたようで、すっかりこの世界に馴染み、今もユキリは俺と同じ高校の制服を着て隣を歩いている。
どうやったか知らんが、俺の同級生になったらしい。
「はぁ」
「ため息なんかついてどうしたのさ」
「お前が原因なんだけどな」
「えー? ちゃんとお腹の傷はふさがったでしょ? だったらいいじゃん」
「そうじゃないんだけどな」
「お!? 向こうから“バケモノ”の匂いがする! 行ってきます!」
「おい、お前、高校は!?」
「今日はお休み!」
お休み、って……。
入学式なのに。
俺は一体、いつまでこの“殺人鬼”様に振り回されるんだ?
ユキリを一人にしてほっておけないので、俺も走りつつ、思った。
ああ、大目玉だな。
「入学早々教師から目をつけられるのは確定だな。ユキリ! お前も一緒に怒られろよ!」
人類の限界に迫るユキリに追いつくために、俺はギアを上げた。
えーっと、主人公の家に両親と誰かの死体がある、ってありますが、アレは、遺骨があるっていう意味だと思ってください。
あと、最後の行は、走る速さについてです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
感想、お待ちしております!
ではまた!