風邪ひいたっ!
「あ゛でででで!」
また足がつった!
アパートの玄関でロングブーツから足を引き抜き、ひょこひょこと部屋にはいる。
ソファにどかっと座り、右足の裏を伸ばした。
一息つき、コートを脱いだ。
ソファの下に置いたスーパーのビニール袋から白桃サワーの缶を取り出し、プルタブを起こして一口飲み込んだ。
テレビを付けると外国人が入り乱れてお国自慢をしている。
司会はマルチなアナウンサー。今日もダークグレーのスーツがびしっと決まっている。
話題は休暇の過ごし方らしい。
コートをハンガーに掛けて、部屋着に着替えた。
白桃サワーを飲み、スーパーで買った惣菜を食べる。
手抜きな晩御飯を終え、お風呂の準備をする。
湯を張る間、ほろ酔いでスーパーで買ったものを冷蔵庫に入れた。ビニール袋のまま。
野菜とハムと紙パックの豆乳だから問題ない。
お風呂から上がり、寝支度をして寝た。
翌日。
ガシャン。帰宅。
玄関でショートブーツを脱ぐ。
「あだだだ!」
今日も足がつった。また右足。
よく足がつるなぁ…とほほ。と某アニメ風にぼやいた。
その時、ふと思い出した。
あれ!そういえば昨日、バナナ買ったじゃん!
どこやったっけ…
…あ。冷蔵庫か。スーパーの袋に入れっぱなしだ…
今日の足のつりは軽度だったので、そのまま歩くことができた。
部屋に入り、コートを脱いでハンガーに掛ける。
そのまま冷蔵庫に向かい扉を開けた!
無造作に突っ込まれたビニール袋を開くと
真っ黒なバナナが三本、帯シールに巻かれて鎮座している。
「やっちまったぁぁ!」小声で絶叫する。
バナナは風邪をひいていた。みごとに真っ黒。漏れ無く全員。
帯シールを取って一本をもぎとる。
あぁ。吟味してこのバナナを選んだのに。
アタリが無くて、黒い点がちょっと出てて、太くて実がつまってそうなやつ。
残念に思い、もぎ取った風邪ひきバナナを眺めていた。
ん?なんか聞こえる?
「ゴホッゴホッ!」
咳?耳をすませていると、また咳が聞こえた。
どうやらバナナの辺りから聞こえる。
いや、バナナからだ。
「ゴホッ!サムイデス!カゼヲヒイテシマッタノデス!」
バナナが高音の細い声で訴えてきた!
「…おーぅ。大丈夫デスカ。」片言に聞き返した。
「サムケガシマス!アセガデテキマシタ!」
確かに室温に触れて黒いバナナは汗をかいていた。
「つらそうですね。」
「アナタガ、サムイトコロニ、オクカラ!
セキニントッテ、ハヤクタベテ!」
早口に話しかけてくる。
「見たところ非常に苦しそうだけど、私に君の風邪がうつる心配はないですかね?」
「ワタシノカゼ、アナタニハ、ウツラナイ。
アンシンシテ、ハヤクタベテ!」
う~ん。黒いバナナはせっかちだ。
ちょっと焦らしてみようか。
「でも風邪ひいちゃったんでしょ?縁起悪いなぁ。」
「ワルクナイ!
ギャクニ、ワタシヲタベレバ、イイコトアルヨ!」
「へぇー。どんな?」
「アナタノアシガ、ツラナクナル。
ワタシハ、カリウムヲ、モッテイル。」
「はい。カリウムの効用は知っています。
君を食べることで、他にはどんないいことがある?」
「アナタハ、ワタシヲタベテ、シアワセニナル。
ワタシハ、オイシイカラ、アナタヲシアワセニ、デキル。」
そうですか。そこまで言うなら食べましょう。
ひとつ頷き、黒いバナナを掴んだ。
頭に手をかけ、皮を剥くその時、聞こえた。
「God bless you!」
一気に、なか程まで皮を剥いて食べる。
冷たいバナナは少しだけ若いがおいしかった。
「You make me happy. Thank-you.」
もぐもぐと口を動かしながら英語でお礼を言ってみた。
最後の一言がとても流暢だったから英語が堪能だったんだろう。
残りの二本ともしばらく対峙してみたが、無言だった。
恥ずかしがりやなのか、物凄く具合が悪くて言葉もでないのか。
翌朝二本食べて出勤した。
帰りにまたバナナを買ってきた。
もう冷蔵庫にはいれない。風邪をひかせるのは申し訳ない。
あれから足もつらなくなった。
些細なことだが、その点も幸せだ。
バナナ。シュガースポットで埋め尽くされるぐらい完熟が好き。