[第五話] 一分で読めるショートショート
「もし願いが100円で叶う店があったら?」という発想から生まれました。
楽をして手に入れた幸せと、自分の努力でつかみ取った幸せ。あなたなら、どちらを選びますか?
少し考えながら読んでいただけると嬉しいです。
学校帰り。
商店街の裏路地で、一軒だけ見覚えのない店を見つけた。
木製の看板には、たった一行。
『願い、一回百円』
「安すぎだろ……。」
店の扉を開けると、小さな鈴が鳴った。
カウンターには白髪の老人が一人。
「いらっしゃい。」
「ここ、本当に願いが叶うんですか?」
老人は静かにうなずいた。
「百円玉を箱へ入れて願いを言うだけです。」
どうせ冗談だろう。
俺は財布から百円玉を取り出した。
「明日の数学の小テスト、満点が取りたい。」
チャリン。
老人は何も言わない。
それだけだった。
翌日。
配られたテストを見る。
100点。
「うそだろ……。」
勘で書いた問題まで全部当たっている。
偶然ではない。
放課後、俺は再び店へ向かった。
「ゲーム機が欲しい。」
次の日。
商店街の福引で一等が当たった。
新品のゲーム機だった。
「すごい……。」
その日から何度も店へ通った。
財布が欲しい。
彼女が欲しい。
部活で優勝したい。
全部叶った。
百円で。
ある日、店の前で泣いている少女を見かけた。
「どうしたの?」
「お父さんが急に仕事をクビになったの……。」
偶然だろう。
そう思った。
しかし翌日。
クラスメイトが落ち込んでいた。
「全国大会、ケガで出られなくなった。」
その翌日。
近所のパン屋が閉店した。
「客が急に来なくなってね。」
幸せな出来事の裏で、不幸な話ばかり耳に入るようになった。
違和感を覚えた俺は、老人に尋ねた。
「願いって、本当に百円だけなんですか?」
老人は少しだけ目を閉じた。
「代償は百円ではありません。」
「え?」
「願いは、どこか別の誰かの幸せを少しだけ使って叶えています。」
頭が真っ白になった。
「じゃあ、俺の願いのせいで……。」
老人は否定も肯定もしなかった。
「世界の幸せの量は、簡単には増えません。」
店を飛び出した。
ゲーム機を見る。
彼女から届いたメッセージを見る。
優勝トロフィーを見る。
どれも急に重く感じた。
数日後。
俺はもう一度だけ店を訪れた。
百円玉を箱へ入れる。
老人が静かに聞く。
「最後の願いですね。」
俺は深呼吸した。
「俺が今まで叶えてもらった願いを、全部なかったことにしてください。」
老人は少し驚いた顔をした。
「本当にいいのですか?」
「いい。」
鈴の音が鳴る。
気づくと店は消えていた。
翌日。
数学のテストは六十二点。
ゲーム機は持っていない。
彼女とも付き合っていない。
大会の優勝もない。
全部元通りだった。
だけど、商店街のパン屋は営業していた。
少女のお父さんは仕事へ向かい、笑顔で手を振っている。
ケガをしたはずのクラスメイトも元気に部活へ向かっていた。
俺は少し笑った。
「これでいい。」
帰り道、自動販売機でジュースを一本買う。
百円で買えたのは願いじゃない。
喉を潤す一本のジュースだけだった。
でも、その百円には誰かの涙は含まれていない。
それだけで十分だった。
空を見上げる。
幸せとは、誰かから奪って手に入れるものではない。
少しずつ、自分の力で積み重ねていくものなのだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回のテーマは「願いには代償があるのか」という昔から語られてきた題材です。便利すぎる力には、見えないところで何かを失っているのかもしれません。
この5話のショートショートを最後まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら、ブックマークや評価、感想をいただけると今後の創作の励みになります。
それでは、また次の物語でお会いしましょう。




