第8話前編 『粛清の覚悟』
1 嵐の予測とカイルへの特命
議会での苛烈な法廷闘争から帰還したリュートは、隠れ家の執務室のデスクに腰を下ろした。
無傷での完全勝利。だが、リュートの表情に慢心はなく、むしろ盤面のさらに先を見据える冷徹な思索の色が濃く表れていた。
「……兄様」
そこへ、リーゼロッテが静かな足取りで近づき、数枚の精緻な書類をリュートのデスクに滑らせた。
「先ほどの議会で兄様の刃を躱した若き官僚――彼が次にどう動くかを見越して、事前にお渡ししておきたい資料がありますわ」
「これは?」
「第一王子派に属する中央貴族の家門に埋もれている、実務能力に長けた優秀な子弟たちのリストです。親の威光に隠れがちですが、実際に領地経営や実務の泥を被って回している者たちの、生々しい評価が記されています」
リュートが目を落とすと、そこには家柄や身分といった無価値な装飾を一切削ぎ落とし、個人の処理能力や論理的思考力、危機管理能力だけを客観的に抽出した完璧なリストが羅列されていた。
「私個人が全責任を負って運用している『絶対の腹心』からの情報です。中央のあらゆる裏帳簿や人事記録にアクセスできる、最高の情報庫が弾き出した正確な数値ですわ」
リーゼロッテは胸を張り、一人の為政者としての誇りに満ちた優雅な笑みを浮かべた。
これまで兄の用意した盤面の上で動いていた彼女が、自らの手と責任だけで獲得した確かな「力」。その誇らしげな同志の姿に、リュートは確かな成長を認め、満足げに口角を上げた。
「素晴らしい。君の情報庫の有能さと、それを完璧に使いこなす君の手腕に感謝するよ、リーゼ」
「光栄ですわ」
リュートは改めて書類に目を落とし、議場での光景と照らし合わせて冷徹な分析を下す。
「……今日の議会で見せた異常なまでの判断速度。あのエドワルドという男は、極めて優秀な『調整型の官僚』だ。感情で動く老害たちとは違い、組織の損害を最小限に抑える術を完全に心得ている。……彼は間違いなく、グラクト兄上の地に落ちた威信を回復させるための手を打ってくる」
「どのような手でしょうか?」
「保守派の官僚が考える典型的な『品位回復』だ。派閥とは、何よりも『数の論理』によって成り立つ。今回暴落を招いた中抜き貴族たち(マイナス)を切り捨てるのが一番手っ取り早く見えても、それは自らの手足を切り落とし、派閥の力そのものを削ることを意味する。だから、保守派の人間である彼に、組織の血を流すという過激な手段は『選べない』」
リュートは、論理と組織論に基づいた極めて合理的な予測を立てる。
「おそらく、民の不満から目を逸らすための大々的な催し物(祭典)や、一時的な給付金など、『プラスの提案』を兄上に進言して盤面を上書きしようとするはずだ。……その動きに合わせて、我々も外部に対する『公式見解』を徹底しておく必要がある」
リュートはそこで一度言葉を切り、黒髪から覗く真紅の瞳を静かに細めた。
「今後、王宮やエドワルドが接触を図ってきた際、我々の建前はあくまで『今回の手痛い敗北から、愚かな兄上に為政者としての痛みを学んで成長してもらいたかった』だ」
「なるほど。あくまで身内を想う『厳格な弟の教育的指導』というわけですわね」
「ああ。あの有能な官僚のことだ、内心では我々のそんな建前など微塵も信じないだろうが……それでも、我々が『王家を重んじる枠組み』の中で動いていると彼に誤認させることができれば、今後の盤面はさらに操作しやすくなる」
真の目的(旧体制の完全な破壊)を隠蔽し、敵の有能な参謀に対して高度な印象操作を仕掛ける。その冷徹な外交戦略を共有した後、リュートは部屋の隅で控えていた巨軀の側近、カイルを呼び出した。
「だが、彼らがどうごまかそうと、今回の暴落で全財産を失った特権貴族たちが破産したという事実は変わらない。カイル、海運組合の本部へ向かい、警備の全権を握れ。……近日中に、保守派に見捨てられ、資金繰りがショートした連中が、我が組合にかけていた失業保険の不当な適用や損失の補填を求めて泣き喚きながら押し寄せてくるはずだ」
「はっ」
「身分を振りかざそうが、例外なくすべて追い返せ。『相場の暴落による投機の失敗は自己責任であり、当組合の保障する家職喪失の要件には該当しない』と法的に突っぱねろ」
一切の情を挟まない防衛の指示。だが、リュートはそこで、リーゼが持ち込んだリストを指先で軽く叩いた。
「……ただしだ、カイル。リーゼの腹心が構築したこのデータが示している通り、親の負債に巻き込まれて家を失い、路頭に迷うことになった貴族の子弟たちが、必ずその絶望の群れの中に紛れ込んでいるはずだ」
「……」
「無能な親とは違い、事態を正確に把握し、無価値なプライドを捨てて『下働きでもいいから雇ってくれ』と頭を下げるまともな実務能力を持つ者がいれば。そいつらだけは、恩を着せてお前の部下(末端従業員)として拾い上げろ」
リュートはカイルを真っ直ぐに見つめ、実力主義の陣営としての絶対のルールを告げる。
「我が陣営は、血統や過去の栄光などという無価値なものは一切見ない。個人の『実力』と『意思』のみを評価すると、お前の手で彼らの骨の髄まで叩き込んでやれ」
自身もまた、理不尽な社会の底辺で腐りかけていたところを拾い上げられた過去を持つカイル。
彼は主のその命令に込められた、極めて合理的でありながらも深い慈悲の思想を誰よりも正確に理解し、獰猛で頼もしい笑みを浮かべた。
「……御意。使える者は泥水からでも掬い上げ、俺の部下として徹底的にしごき抜いてみせます」
カイルが深く頭を下げ、防衛と人材登用の任に就くべく部屋を後にする。
官僚の限界を見切った知将と、独自の独立を果たした妹。二人が仕掛けた冷徹な搾取の盤面が、静かに回り始めていた。
2 王の器と冷徹なる損切
本宮の第一王子執務室。
次期国王として確固たる地位を築いているグラクトは、執務デスクに積み上げられた書類――財務省から突き返された『大オセロ大会』の予算案――を前に、深い疲労と苛立ちの混じったため息を吐いた。
「……またしても、宰相からの差し戻しだ。国家の財政難を理由に、大会の規模縮小を求めてきている」
かつてのグラクトであれば癇癪を起こして終わっていたかもしれない。だが、側近エドワルドから『泥臭い実務と根回し』の重要性を説かれ、自ら各機関との調整に奔走し始めた彼は、行政機関の壁がいかに厚いかを身をもって学んでいる最中であった。
グラクトは窓の外、王都の街並みへと視線を向けた。
彼の威光に群がる特権貴族たちが品位を忘れて強欲に走り、引き起こした食糧高騰。しかしその混乱は、国王ゼノンの『特権状』を受けた海運組合の手によって見事に収拾されつつあった。
「……さすがは父上だ。愚か者どもの不始末を見事な手腕で断ち切られた。……次期国王たる私も、父上に倣い、なんとしてもあの頭の固い宰相を頷かせるだけの気概を示さねばならないな」
グラクトの声には、父王の偉大さに対する純粋な称賛と、それに追いつこうとする次期国王としての強い向上心が滲んでいた。
「殿下。その予算の件ですが……宰相の首を縦に振らせずとも、殿下の望む莫大な資金を即座に、かつ『合法的に』捻出し、さらには父君に並ぶ圧倒的な威光を手にする策がございます」
意気込むグラクトの前に静かに進み出た若き官僚、エドワルドが冷徹な声で告げた。
「ほう? どこから金を持ってくるというのだ」
「……殿下の威光に群がり、今回の混乱を招いた愚かな特権貴族たちからです」
エドワルドは眼鏡の奥の瞳を細め、極めて合理的な、恐るべき政治的打算を口にした。
「今回の暴落により、市場を操作しようとしたバルトフェルト侯爵らは多額の負債を抱え、すでに『不良債権』と化しています。もはや彼らは、次期国王たる殿下を支える盤石な土台にはなり得ません」
「……」
「殿下。彼らには、殿下がより輝くための『極上の養分』となっていただきましょう。殿下ご自身の手で、あの愚か者どもを『民を飢えさせた反逆者』として粛清し、その全財産を没収するのです」
エドワルドの提案に、グラクトは目を見開いた。
彼の脳裏に、かつて自らの有能な右腕であったセオリスを喪った痛みがフラッシュバックする。
「待て……! ただでさえセオリスを失っているのだぞ。私を熱烈に崇拝している貴族たちを切り捨てれば、支持の数が減るのではないか?」
「腐りかけの手足を切り捨てた程度で、神の子である殿下の威光は揺らぎません。むしろ、私欲に駆られた悪を容赦なく成敗するその決断こそが、殿下を『完全無欠の王』へと押し上げます。……そして、没収した莫大な財産をすべて大オセロ大会の資金として市場に還元し、王都中を熱狂の渦に巻き込むのです」
粛清による無尽蔵の予算獲得と、大衆の熱狂的な支持。
エドワルドはさらに、プロパガンダの総仕上げを淀みなく提示した。
「加えて、陛下にお願い申し上げるのです。父君の特権状によって動いたあの海運組合の成果を、『すべては次期国王である殿下が事前に暴走を予見し、民を救うために手配させていた』と公式に発表するお許しをいただくのです」
宰相に頼らず莫大な予算を獲得し、不要な手足を切り捨てて英雄となり、父王の偉業を自らの大事業の完璧な権威付けとして引き継ぐ。
官僚としての「根回し」の限界を教えた上で、それを超越する「王の権力行使」を提示したエドワルドの完璧なプレゼンテーションの前に、グラクトの迷いは完全に消え去った。
「なるほど……馬鹿な貴族の死肉を大会の予算へと変換し、父上の手配をも私の光として受け継ぐのだな。素晴らしい。宰相の顔色を窺い続けるより、遥かに王道だ」
グラクトの顔に、底知れぬ傲慢な笑みが広がる。
セオリスを見殺しにしたというかつての罪悪感は、「国家のためには手足(臣下)を切り捨てる非情さが必要なのだ」という歪んだ自己正当化によって完全に上書きされていた。
「手配をしろ、エドワルド。お前の策に乗ろう。私の名において、腐肉を切り捨てる」
「御意に」
グラクトが凄絶な『王の覚悟』を決めた瞬間であった。
『……これでいい』
深々と頭を下げるエドワルドは、内心で静かに思考を巡らせていた。
彼は先日の貴族院議会で、あの海運組合を裏で操っているのが第二王子リュートであることを知っている。だが、グラクトには「国王の認可組合」という事実のみを強調し、リュートの存在はあえて伏せている。
これは、あの議会で恐るべき法廷戦術を見せた知将に対する、エドワルドなりの『踏み絵』でもあった。
『あの第二王子殿下は、間違いなく優秀だ。……もし彼がこの「事後報告(成果の譲渡)」を王家の絶対的な秩序として受け入れ、次期国王の影として従順に実務をこなしてくださるのなら。私は、空気を読めず盤上の戦術しか語れない自称・叡智の同僚などより遥かに頼もしい、共にグラクト殿下を支え合う「真に有能な実務の同志」を得ることができる』
エドワルドは、一介の官僚として、有能な実務家の登場を密かに歓迎すらしていた。
『だが……もし個人の功績に固執し、この国の絶対的な秩序に牙を剝くのであれば。その時は、次期国王の治世を脅かす不確定要素として、我が主君の剣(権力)をもって盤上から排除していただかねばならない』
すべては次期国王の完璧な治世と、国家というシステムの維持のため。若き官僚は、冷徹な理知をもって次なる一手の準備を進めていた。
◇
その日の午後。王宮の最奥にある謁見の間。
一段高い玉座には国王ゼノンが鎮座し、その傍らには、この国の政治的実権を掌握している王妃マルガレーテが冷徹な威厳を纏って同座していた。
御前に進み出たグラクトは、絶対的な自信に満ちた声で奏上した。
「父上、母上。今回の王都における食糧高騰の元凶は、王家の品位を忘れ、私欲に駆られて関所を不当に封鎖したバルトフェルト侯爵をはじめとする愚かな特権貴族たちにあります。私は、彼らを王家への反逆者として拘束し、その全財産を没収いたします」
その言葉を聞き、王妃マルガレーテは冷ややかな双眸を細めた。
「自らを崇拝してきた貴族たちを、自らの手で切り捨てるというのですか。グラクト、その莫大な『政治的損失』を、貴方はどう補填するおつもりですか?」
政治の最高責任者であるマルガレーテの厳しい問い。グラクトが一瞬言葉に詰まると、その背後に控えていたエドワルドが、流れるような動作で一歩前へ出た。
「恐れながら、王妃様。グラクト殿下はすでに、その痛みを倍以上の利益に変換する『還元策』をご決断されております。没収した莫大な財産をすべて大オセロ大会の運営資金と賞金に注ぎ込み、平民から貴族までが熱狂する王家主催の祭典を開催いたします」
エドワルドの代弁に続き、グラクトが力強く言葉を引き継いだ。
「愚か者を討ち、その死肉で民を潤します。この決断により、王都の経済は循環し、少数の無能を切り捨てた損失など比較にもならない称賛が王家にもたらされるはずです。……そして父上、もう一つお願いがございます」
「申してみよ」
ゼノンが重々しく促すと、グラクトは真っ直ぐに父王を見据えた。
「今大会に更なる権威を持たせ、民の不安を完全に払拭するため……父上の特権状によってなされた今回の海運組合の偉業を、『私の発案と指示によるもの』として公式に発表するお許しをいただけないでしょうか」
マルガレーテの口元に、深く、満足げな笑みが刻まれた。
「……見事な政治的判断です。己の威光に群がるだけの無能を大会予算へと変換する冷血な錬金術。そして、国王の偉業すらも自らの飾りに使おうとするその強かさ。次期国王として十分な評価に値しますわ」
王妃の賞賛を受け、国王ゼノンが国家の「司法官」としての重々しい口を開いた。
「法と秩序を乱す者は、たとえ己を崇める者であろうと容赦なく裁き、切り捨てる。……そして、余の威光すらも喰らい、次代の王としての盤石な光とするか。見事な覚悟だ。グラクトよ、全権を委ねる。貴様の信じる『王の道』を、余に見せてみせよ」
「はっ。ありがたき幸せに存じます」
両親から絶対的な権限と「手柄の強奪」の許可を引き出し、深く頭を下げるグラクト。
その後方で付き従うエドワルドは、表情一つ変えることなく、次なる一手――第二王子リュートに対する冷酷な『踏み絵(事後報告)』の準備を、すでに静かに整え終えていた。
3 議場での一網打尽
数日後。王国の旧体制を象徴する、重厚な石造りの貴族院議場。
この日の議会は、先の暴落によって莫大な損失を抱え込んだ特権貴族たちの、醜悪な不満と悲鳴に満ちていた。
「我々の損失をどう補填するつもりだ! 王国経済を支えてきた我々が破産すれば、国が傾くぞ!」
「そうだ! 海運組合という得体の知れない組織が市場を荒らしたのだ。あの組合の資産を差し押さえ、我々の損失補填に充てるべきだ!」
議場の中心で声を荒らげているのは、陸路の関税利権を牛耳り、今回の食糧高騰を意図的に引き起こした主犯格であるバルトフェルト侯爵らの一派であった。
彼らは自らの強欲が招いた結果を棚に上げ、なおも特権階級としての手厚い救済が与えられると信じて疑っていなかった。だが、その旧態依然とした熱気は、議場の重厚な扉が乱暴に蹴破られた瞬間に凍りついた。
「――そこまでにしていただきましょうか」
静まり返った議場に響き渡ったのは、極めて理知的で、氷のように冷酷な声だった。
現れたのは第一王子の側近、エドワルド・シーン・カルネリア。そして彼の背後から、完全武装した近衛騎士団の一個中隊が、雪崩を打って議場へと踏み込んできた。
「なっ……何の真似だ、エドワルド! 神聖な議場に武力など、正気の沙汰か!」
わめき散らす侯爵に対し、エドワルドは眼鏡の位置を静かに押し上げ、懐から国王ゼノンの国璽と第一王子グラクトの署名が入った『断罪の勅令』を突きつけた。
「バルトフェルト侯爵。貴様らは不当に関所を封鎖し、人為的な食糧暴騰を招いた。その結果、何が起きたか理解しているか?」
「な、何を……! 我々はただ、市場原理に基づいた正当な商取引を――」
「黙れ」
エドワルドの冷徹な一喝が、侯爵の言葉を断ち切った。
「貴様らの浅ましい『商取引』の結果、平民の間に王家への不満が渦巻いた。……統治者たる王家の恩寵を疑わせ、その絶対的な完全性――すなわち『王家の品位』を著しく失墜させた。これこそが、貴様らの犯した真の罪だ」
エドワルドは一歩踏み込み、議場全体を凍りつかせるような法理を宣告した。
「関所の封鎖から始まった貴様らの強欲は、巡り巡って王家そのものへの反逆へと至った。王家の品位を削り取った大罪人に対し、もはや貴族としての権利など存在しない。これは第一王子グラクト殿下、並びに国王陛下の裁可を経た決定事項である。弁明の余地はない」
官僚としての事務的な、ゆえに一切の情を挟まない宣告。
エドワルドは、顔面蒼白となる侯爵たちを見下ろし、容赦なく断頭台の刃を落とした。
「王家の品位を汚した『国家反逆罪』により、貴様らの身柄を拘束し、全財産、領地、並びに一切の特権を没収する。当然、貴様らが結んでいたあらゆる保険や損失補填の契約も、反逆罪による公序良俗違反としてすべて『即時無効』だ。……銅貨の一枚たりとも、貴様らの手元には残らん」
「そ、そんな……! グラクト殿下は……殿下は我々を見捨てるというのかァッ!!」
絶叫するバルトフェルト侯爵を、エドワルドは冷たく見下ろした。
「見捨てるのではありません。『使って差し上げる』のです。王家の品位を回復させるための、極上の養分として」
「――拘束しろ」
近衛騎士たちが一切の容赦なく貴族たちを引き倒し、重い枷をはめていく。
悲鳴を上げながら引きずり出されていく特権貴族たちの姿を、残された中立の貴族たちは恐怖に震えながら見つめることしかできなかった。
議場から悲鳴が消えた後。エドワルドは演壇に歩み寄り、完璧に計算し尽くされたプロパガンダを開始した。
「皆様。王家の品位を汚した元凶は、今、グラクト殿下の公正なる裁きによって排除されました。……しかし、殿下の威光はそれだけに留まりません」
エドワルドは声を一段高く、熱狂を煽るトーンへと切り替えた。
「王都の不穏を事前に憂慮されていたグラクト殿下は、あらかじめ内務省に対し、食糧供給ルートの確保を厳命しておられました。国王陛下の特権状を受け、南から大量の食糧を運び込み、市場を正常化させたあの『海運組合』の偉業……あれこそは他でもない、次期国王グラクト殿下の大局的な見地と、慈悲深きご采配によるものだったのです!」
どよめきが議場を包む。リュートが偶然もたらした成果が、エドワルドの冷徹な弁説によって、完全に『グラクトの光』へと書き換えられた。
「殿下は、品位を忘れた悪徳貴族を成敗し、同時に民を救うための手配を完了させておられた。これぞ王の器! これぞ完全なる品位の証明です!」
恐怖は瞬時に熱狂へと変わった。
「グラクト殿下万歳!」
無能な貴族を死肉として喰らい尽くした第一王子は、一夜にして『悪を討ち、民を救う救世主』として、圧倒的な支持を取り戻したのである。
『……盤面は覆った』
熱狂の中で、エドワルドはただ一人冷ややかに思考を巡らせていた。
『残るは……内務省という「影」にいるあの第二王子が、この圧倒的な光の強奪に対して、どう動くかだ』




