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リーガル・レジスタンス 〜法治国家を目指して〜  作者: ムササビ-モマ
第2章『人知の世』
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第5話 『魔力なき革命』

1 リュートの解析:西の「至宝」と「構造的困窮」


 海運事業が軌道に乗り、東の海から莫大な利益が流れ込み始めてから一年。

 十二歳になったリュートは、王宮の奥深くにある大書庫で、分厚い歴史書と格闘していた。傍らには、すっかり「影の執行者」としての風格を増したカイルが控えている。


「……カイル。事業の第一段階、『資金と物流の確保』は完了した。次は第二段階、『独自技術の独占』だ」

 リュートは本を閉じ、埃っぽい匂いの中でカイルを見上げた。

 その赤い瞳は、すでに次なる獲物を定めている。


「ターゲットは西の雄、クロムハルト公爵家だ」

「クロムハルト……。代々、王国の魔導技術を支えてきた名門ですね」

 カイルが頷く。


「ですが殿下、彼らは王家への忠誠が厚く、取り込むのは難しいのでは?」

「忠誠? ……違うな」

 リュートは冷ややかに笑い、机の上に一枚の系図を広げた。


「彼らは王国の心臓(技術)だ。だが、その血管(物流)と財布(予算)は、完全に王家に握られている」

 リュートは系図を指でなぞった。


 クロムハルト家の歴史は、輝かしい「技術的勝利」と、惨めな「経営的敗北」の繰り返しだった。


 彼らは圧倒的な技術力で数々の魔導具を発明してきた。だが、開発に没頭するあまり、権利管理を疎かにし、製造コストを度外視したオーバースペックな製品を作り続ける悪癖があった。


 結果、慢性的な資金不足に陥り、常に王家からの「追加予算(借金)」という首輪で飼い慣らされているのだ。


「彼らは優秀だが、致命的に『脇が甘い』。技術者としては一流だが、経営者としては三流以下だ」

 リュートは、カイルが集めてきた調査報告書をめくった。


 当主ディーゼル・ボルト・クロムハルト。王国一の魔導工学者。だが、王宮での予算交渉能力は絶望的に低い。研究のためなら、王家からの理不尽な要求も「予算さえくれれば」と丸呑みする悪癖がある。


 長男クラヴィア・クロムハルト。「〇・〇一ミリの守護者」の異名を持つ。妥協を知らない完璧主義者で、既存の設備を勝手に改造しては王家から罰金を食らうトラブルメーカー。


 そして――。

 長女ヴィオラリア・オルネ・クロムハルト。

「……この娘だ」

 リュートの手が止まった。彼と同い年の、十二歳の少女。


 先日、カイル経由で西から極秘に入手した、新型の魔導部品(旋風機関の試作品)。その構造を見た時、リュートは戦慄した。


「カイル、この部品を見てくれ。魔力伝導率の効率化、パーツのモジュール化、そして何より……『規格化スタンダード』への異常な執着だ」

 この世界の職人は「一品物」を作るのが常識だ。だが、この部品は違う。

 誰が組み立てても同じ性能が出るように設計され、大量生産を前提とした「工業製品」の思想で作られている。


「……彼女だ。彼女だけが、この世界の常識とは違う『異質な知識』……前世の記憶を持っている可能性がある」

 リュートは報告書を閉じた。


「放っておけば、彼女の才能は王家に搾取され、使い潰されるだろう。……王家に喰われる前に、僕たちが確保する必要がある」

「接触しますか?」

「いや、まだだ。彼らの『脇の甘さ』が致命的なミスを引き起こすのを待つ。……そう遠くない未来、彼らは自滅する。そこを救う。いや、拾い上げるんだ」

 リュートは予言するように呟いた。


 西の空には、技術という名の狂気が渦巻いている。

 天才技術者一家の没落は、秒読み段階に入っていた。




2 真面目すぎる破産:クラヴィアの「デバッグ」


 平穏な朝食の時間が終わろうとした時、屋敷の玄関ホールからドタドタドタッ! と、貴族にあるまじき足音が響いてきた。


「ただいま戻りましたッ!! 父上ぇぇぇ! ヴィオラぁぁぁ!!」

 バンッ! と食堂の扉が勢いよく開かれ、一人の青年が飛び込んでくる。


 長男、クラヴィア・オード・クロムハルトだ。王家の依頼を終えて凱旋した彼の姿は、凄まじかった。


 金色の髪は逆立ち、衣服には青白く発光する高濃度魔力液のシミが飛び散り、全身からキラキラと舞い落ちる「銀色の粉末」で、まるで歩くミラーボールのようになっている。体からは、限界まで魔術を行使し続けた証である、焦げ付いたオゾンの匂いが強烈に漂っていた。


「おお、クラヴィア! 無事だったか!」

 公爵が椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がる。


「予定より三日も早い帰還じゃないか! どうだ、検問所の更新は!?」

 クラヴィアはニカッと歯を見せて笑い、充血した碧眼をギラつかせた。


「完璧です、父上! いや、究極と言っていいでしょう!」

 彼は食卓に一枚の羊皮紙(完了報告書)をバァン! と叩きつけた。


「王家指定の仕様書通りに組めば、反応速度は〇・五秒でした。……ですが父上、見てください、既存の銅配線を! 伝導ロスが三パーセントもあったのです! 許せますか!? 犯罪者が逃げる隙を作るなど、技術者としての美学に反します!」

「許せん! 三パーセントだと? ドブに魔力を捨てているようなものではないか!」

 公爵が激昂してテーブルを叩く。

 ヴィオラも身を乗り出し、兄の服についた銀粉を見て目を見開いた。


「お兄様、その粉……まさか!?」

 クラヴィアは妹に向かって、誇らしげにVサインを作った。


「そう! その『まさか』だヴィオラ! 僕は決断しました。検問所の全長二キロに及ぶ配線を、全て『深海銀ディープ・シルバー』で再構築したのです!!」


「なっ……!?」

 公爵とヴィオラが同時に息を呑み、そして次の瞬間、歓喜の悲鳴を上げた。


「し、深海銀だとぉぉ!? あのミスリルの五倍の伝導率を誇る、幻のレアメタルか!?」

「ええ! さらに識別術式を多重並列処理に変更し、魔力炉を『直結』させました! その結果、反応速度は――〇・〇〇二秒!!」

「ぜ、ぜろてん……!?」

 公爵は感動のあまり膝から崩れ落ちそうになった。


 彼は駆け寄ってきた息子を、魔力液の汚れも厭わずにガシッと抱きしめた。

「〇・〇〇二秒!! 瞬きより速いではないか! 神の領域だ! そこまでの精度を出せるのは、世界広しといえど我が息子しかいないぞ!」


「ええ、我ながら最高の『デバッグ』でしたよ父上! これなら、たとえ『風の勇者』が全力疾走で突っ込んできても、瞬時に障壁が展開され、鼻をへし折ることができます!」

「素晴らしい! よくやった! これぞクロムハルトの仕事だ!」

 食堂は熱狂に包まれた。


 父と息子、そして妹。三人は手を取り合い、技術的勝利の美酒に酔いしれた。王宮では絶対に見せない、技術バカたちの素顔。互いの才能を認め合い、最高傑作を生み出したことを称え合う、世界で一番幸せな家族の姿がそこにあった。


 ――そう、ここまでは。

「……コホン。旦那様。クラヴィア様」

 氷点下の冷静さを保った老執事が、音もなく背後に忍び寄っていた。


 銀の盆の上には、王宮の紋章が入った分厚い封筒が、まるで墓標のように鎮座している。

「……材料費の請求書、および王家からの『督促状』でございます」


「ん? おお、見せてみろ」

 公爵は上機嫌のまま、鼻歌交じりで封筒を開けた。


「ふふん、王家もさぞ喜んで……ん?」

 公爵の動きがピタリと止まった。

 彼の碧い瞳が、紙面の一点に釘付けになる。みるみるうちに、その血色の良かった顔からサーッと血の気が引いていき、青ざめ、やがて土気色になった。


「ち……父上?」

 クラヴィアが不安げに声をかける。

 公爵の手が震え始めた。カサカサと羊皮紙が鳴る。


 そして、彼はゆっくりと顔を上げた。その目は、先ほどの「誇り高き技術者」の目ではない。借金取りに追われる「破産者の目」だった。


「ク、クラヴィア……」

「は、はい」

「き……貴様ぁぁぁぁぁッ!!」

 公爵の絶叫が屋敷中に響き渡った。

 彼は請求書を握りしめ、頭を抱えてその場にうずくまった。


「深海銀の相場を知らんのかこの大馬鹿者ォォォ!! 国家予算だぞ!? 検問所ごときに国家予算を溶かしたのか貴様はァァァ!!」

「えっ!? だ、だって父上、最高のものを作れと……」

「限度があるわッ!!」

 公爵は涙目で請求書の追記事項を指差した。


「見ろこれを! 『重要軍事施設を許可なく改造し、王宮魔導師団でも解析不能なレベルにブラックボックス化した罪による罰金』だと!? 王家がお前の術式を理解できなくてブチ切れてるじゃないか!!」

「あ、あれ? おかしいな、美しく組んだのに……」

 クラヴィアが冷や汗を流しながら視線を泳がせる。公爵はガックリと項垂れ、魂が抜けたように呟いた。


「……終わりだ。我が家の金庫は空だ。いや、空どころか、マントルまで穴が空いたぞ……。来期の予算まで、ネジ一本……いや、紙くず一枚買えん……」


「そ、そんな……」

 クラヴィアの笑顔が引きつる。

 栄光から絶望へ。〇・〇〇二秒の反応速度で地獄へ叩き落とされたクロムハルト家。


 技術的には大勝利だが、社会的には完全敗北。この家では、常に「優秀すぎる技術」が、家族の幸せ(資産)を食い荒らすのだった。




3 ヴィオラの絶望とおねだり


 食堂に、冷たい風が吹き抜けたような静寂が戻った。


 先ほどまでの「技術的勝利」の熱狂は消え失せ、残ったのは「財政的敗北」という焼け野原だけだ。公爵は魂が抜けたようにテーブルに突っ伏し、クラヴィアは視線を泳がせて柱の木目を数え始めている。


 そのお通夜のような空気の中で、ヴィオラだけが、まだ諦めていなかった。

 彼女は自分の研究プロジェクト――「新型魔導内燃機関」の開発が、あと一歩で完成することを思い出していたのだ。必要なのは、あと一つの高価な魔石だけ。


『……待って。お兄様が予算を使い果たしたってことは、まさか私の分も?』

 ヴィオラはゴクリと唾を飲み込んだ。

 正面突破では無理だ。父は今、絶望の淵にいる。ならば、娘としての最強の武器――「可愛さ」という名の精神攻撃で、隠し予算を吐き出させるしかない。


 ヴィオラは席を立ち、突っ伏している父のそばに寄った。そして、その最高級シルクの作業着の袖を、ちょこんと掴んだ。


「……ねえ、お父様?」

 ヴィオラは上目遣いで父を見上げた。

 碧い瞳をウルウルと潤ませ、小首を傾げる。前世の記憶にある「あざとい女子」の仕草と、現世の美少女スペックをフル活用した、渾身の「おねだり」だ。


「私の新型エンジンのための『深紅の魔石クリムゾン・コア』の予算は……残っていますわよね? 私、あれがないと実験が進まないの。……お父様なら、可愛い娘のために、こっそり残してくれていますよね?」


「ぐはっ……!」

 公爵が胸を押さえて身悶えした。

『なんだこの天使は! 煤けた顔で上目遣いなど反則だろう! 今すぐ国中の魔石を買い占めて足元に積み上げてやりたい!』

 親バカの回路が焼き切れそうになる。


 公爵は震える手で娘の頭を撫でようとし――そして、ピタリと止まった。

 脳裏に浮かぶのは、先ほどの請求書の数字。そして、金庫の中にあるはずの、虚無。


 公爵は血の涙を流さんばかりの形相で、しかし技術者としての冷徹な事実を告げた。


「……すまん、ヴィオラ」

 公爵は娘の手を、そっと、しかし力強く握り返した。

「お前は可愛い。世界一可愛い。だが……無い袖は振れんのだ」


「えっ」

「金庫は空だ。真空だ。完全なる『無』だ。クラヴィアの『完璧な仕事』の前に、お前の魔石代も、来月の食費も、全て事象の地平線の彼方へ消え去ったのだ……!」


「そ、そんな……」

 ヴィオラの手から力が抜けた。おねだり作戦、失敗。物理的に金がない父には、どんな精神攻撃も通用しない。

 ヴィオラの表情から、スッ……と「可愛い娘」の仮面が剥がれ落ちた。


 代わりに浮かんだのは、研究を阻害された技術者の、どす黒い殺意だった。彼女はゆっくりと首を回し、柱の陰に隠れようとしている兄・クラヴィアを睨みつけた。


「……お兄様?」

「ひっ」

 クラヴィアがビクリと震える。


「その無駄な〇・〇〇二秒のために、私のプロジェクトを半年止める気? 私の実験時間を奪うなんて……万死に値するわ」

「で、でもヴィオラ! 回路は美しかったんだよ!? あの輝きを見れば君だって……!」

「うるさい! 輝きでエンジンは回らないのよ!!」

 ヴィオラは頭を抱えて叫んだ。


 終わった。全てが終わった。次の予算が下りるまで半年。それまで指をくわえて待てというのか? 旋盤を止めろというのか? そんなの、技術者にとって死刑宣告と同じだ。


 前世において、合理性を極限まで追求するシステムエンジニアだったヴィオラにとって、「美しい」とは最小のコストで最大のスループットを出すことだ。転生して公爵令嬢という「潤沢なリソース」を持つ立場になったはずが、現実は甘くなかった。


「ああ、もう! どうすればいいのよ! 家は頼れない。王家に泣きつけば『下請け仕事』を押し付けられるだけ……」

 ヴィオラは食堂の中をグルグルと歩き回った。


 金がいる。今すぐ、まとまった現金が。それも、王家の認可や魔導具審査といった面倒な手続きをスルーできて、原価がかからず、馬鹿スカ売れる何かが。


『認可不要……魔力を使わない……原価ゼロ……』

 ヴィオラはブツブツと呟きながら、前世の記憶データベースを高速検索した。

 地球の知識。日本の娯楽。単純で、奥が深くて、暇を持て余した貴族たちが飛びつきそうなもの。


「……あ」

 ヴィオラの足がピタリと止まった。

 彼女の脳裏に、白と黒のコントラストが鮮やかに浮かび上がった。


 あれだ。あれなら、工房の裏に転がっている端材で作れる。魔力なんて欠片もいらない。ルールは子供でもわかる。


 ヴィオラはゆっくりと顔を上げた。その唇に、悪魔的で、かつ極めて合理的な笑みが浮かぶ。


「……あったわ。お父様、お兄様。私、自分で稼ぎます」

「え? 稼ぐって、何を……?」

「ふふふ。見ていらっしゃい。王都の貴族たちの財布から、研究費を根こそぎ回収してやりますわ」

 ヴィオラはドレスの裾を翻し、食堂を飛び出した。


 向かう先は、実験室ではなく「廃棄物置き場」。

 西の公爵家に、新たな(そして余計な)伝説が生まれようとしていた。

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