公爵様の独占溺愛が限界突破してしまった件
◆〜第一章:社交界の氷壁、陥落す〜◆
帝国最高位の貴族であり、若き軍帥としても名を馳せるアルフレッド・フォン・ヴァレンタイン公爵。
彼は「心臓の代わりに氷を詰めて生まれてきた」と揶揄されるほど冷徹で、どれほど美しい令嬢が誘惑しても、視線一つ動かさないことで有名だった。
だが、そんな彼の”絶対零度”の仮面が、一人の没落令嬢──私、ヴィオラの前でだけは、跡形もなく融解し、執着の炎へと変じてしまう。
その異常なまでの変貌ぶりを、社交界の人々はまだ、真の意味では理解していなかった。
そもそも、貧乏くじを引いた没落令嬢に過ぎない私が、なぜ”帝国の至宝”に執着されているのか。
すべては、一年前の雨の夜にまで遡る。
父の借金により家財を差し押さえられた私は、冷たい雨の中、泥にまみれながら母の形見を売るために震えて立っていた。
そこに通りかかったのが、戦地から帰還したばかりのアルフレッド様だった。
「……汚いな。どけ」
当初の彼は、噂通りの氷の男だった。
けれど、私が泥に足を滑らせ、彼の軍服にしがみついてしまった瞬間、運命の歯車が狂ったのだ。
「申し訳ありません! すぐに、すぐに拭きますから……っ!」
焦って彼の胸元を拭った私の手首を、彼は鉄の枷のような力で掴んだ。
凍てつく瞳が私を射抜き、次の瞬間、見たこともないほど熱く、どろりとした色に染まる。
「……見つけた。この温もり、この鼓動。戦場という凍土で、私が唯一欲した”生”の体温がここにある」
彼はその場で実家の借金を全額肩代わりし、呆然とする私を馬車へ強引に放り込んだ。
「今日から、お前の人生は一秒残らず私が買い取った。ヴィオラ、お前の涙一滴、皮膚の一片まで、すべて私の管理下に置く」
あの日以来、私の「自由」という概念は、彼の過剰な愛によって塗りつぶされたのだ。
「ヴィオラ、また三歩離れた。……私の隣から離れていいと、誰が許可した?」
華やかな夜会。
背後から響いた低く、熱を帯びた声に肩を揺らす。
振り返る間もなく、腰に鉄の鎖のような腕が回され、アルフレッド様の逞しい胸板に背中を押し付けられた。
「あ、アルフレッド様。ここは会場です! 皆が見ていますわ……!」
「見せればいい。お前が私の所有物であると、全人類の網膜に焼き付ける良い機会だ」
公爵様の独占欲は、今夜も最初から限界を突破していた。
◆〜第二章:公爵様の”異常な”日常〜◆
アルフレッド様の溺愛が”限界突破”しているのは、なにも夜会に限った話ではない。
私が彼の屋敷で保護──という名の軟禁──を受けるようになってから、彼の献身……もとい、常軌を逸した執着はとどまる所を知らなかった。
特に、日常における彼の「マイルール」は凄まじい。
【視界の独占】
執務机のすぐ隣に私専用のデスクを作らせ、五分に一度は私の顔を覗き込んでくる。「ヴィオラ、私を見て。活字より私の方が美しいだろう?」と、真顔で業務を妨害してくるのは日常茶飯事だ。
【 物理的距離の消滅】
屋敷内での移動は、基本的に”抱っこ”か”おんぶ”である。「ヴィオラの足が汚れる」という名目だが、実際には単に私を地面に下ろしたくないだけなのを、メイドたちは皆知っている。
【 全方位の検閲】
私宛の手紙はすべて彼が先に開封する。「お前の目に不愉快な文字を入れたくない」と言いつつ、差出人が男であれば、即座にその家門を経済的に潰しにかかるのが恐ろしい。
「ヴィオラ、今日の紅茶は私が淹れた。……お前の唇に触れるものは、私の手によるものだけでいい」
最高級の茶葉を使い、一滴の狂いもない温度で淹れられた紅茶。私は自分でスプーンを持つことさえ、彼に”禁止”されつつあった。
【ドレスの検閲と宝石の呪縛】
衣類に関しても、彼の支配は及んでいる。
ある日、仕立屋が持ってきたデコルテの大きく開いたドレスに、私は少しだけ胸を躍らせた。
けれど、背後から冷気のような気配が忍び寄る。
「……却下だ。その布地はすべて燃やせ」
いつの間にか現れたアルフレッド様が、私の肩を抱き寄せ、首筋に残る彼自身の指の跡を愛おしげになぞる。
「流行など知るか。ヴィオラの柔らかな肌、鎖骨のライン、背中の曲線……。それを私以外の不特定多数の目に晒すなど、正気の沙汰ではない。仕立屋、ドレスはすべてハイネックにしろ。手首まで隠せ。──ただし、私の手だけが潜り込める隙間は作っておけ」
「ええっ、それではまるで修道女のような……」
「その代わり、この世のすべての宝石を縫い付けろ。ヴィオラの美しさに目を奪われようとする男どもの視線を、輝きで焼き潰してやるためにな」
そう言って私の首に嵌められたのは、ダイヤモンドのチョーカー。それは贈り物というより、私を繋ぎ止めるための重厚な”首輪”だった。
【狂った”毒見”】
そして、彼の独占欲はついに私の口に入るものにまで及んだ。デザートの苺のタルトを食べようとした時のことだ。
「待て。……毒見がまだだ」
「毒見? ですが、料理長は信頼できる方ですよね?」
「料理長は信じているが、食材が信じられない。この苺は、どこかの農夫が手で摘んだのだろう? どこの誰ともわからぬ他人の手が触れたものを、お前の清らかな粘膜に触れさせるわけにはいかない」
アルフレッド様は真剣な顔で、すべての苺を自分の口に入れて『洗浄──という名の試食』を始めた。
「……よし、毒はない。他人の指の気配も、私の魔力で消し飛ばしておいた。さあ、ヴィオラ。あーん、しろ」
彼は自分が一度口に含み、甘く噛み砕いた苺を、銀のスプーンに乗せて私の唇に押し当ててきた。
「アルフレッド様……! さすがにこれは、恥ずかしすぎます!」
「なぜだ? 私の愛を直接流し込んでいるだけだ。お前の体の中は、私の選んだもの、私が触れたものだけで満たされていればいい。他人の介在する余地など、一ミリも作らせない」
逃げ場のない食事の時間。
私は彼の指先から伝わる熱と、独占欲にまみれた甘い果実を、ただ飲み込むことしかできなかった。
◆〜第三章:独占欲の”暴発”〜◆
ある日、事件は起きた。
隣国の第一王子が親善大使として来訪し、あろうことか私に「ダンスを踊らないか」と手を差し伸べたのだ。
「お初にお目にかかる、麗しきヴィオラ嬢。君のような花が、この鉄臭い軍帥の隣で萎れているのは忍びない。……さあ、私と共にステップを。私の国に来れば、君を世界で一番自由な王妃にしてあげよう」
王子はそう言って、私の返事も待たずに、無遠慮に私の指先を掬い上げようとした。その指が私の肌に触れようとした──刹那。
アルフレッド様の周囲の大気が、冗談抜きで物理的に軋み、ねじ曲がった。
「……その手を引け。さもなくば、お前の国ごと地図から消去する」
「な、なんだって……!? 私は王子だぞ!」
「王だろうが神だろうが関係ない。ヴィオラの肌に触れる権利を持つのは、この世で私、ただ一人だ」
アルフレッド様は、腰に佩いた儀礼剣を抜き放ち──一閃。
一太刀で王子と私の間の”床”を叩き切った。
凄まじい衝撃音と共に、最高級の大理石に深々と亀裂が走り、火花が散る。
「ひ、ひっ……!?」
さきほどまでの余裕はどこへやら、王子は情けない悲鳴を上げて尻餅をついた。
彼の鼻先数センチの場所では、つい先刻まで彼が立っていたはずの床が、まるで紙細工のように無残に両断されている。
「き、君は狂っている……! 親善大使の私を斬るつもりか!?」
「黙れ。不浄な指でヴィオラを汚そうとした罪は、万死に値する。……これ以上その口からヴィオラの名を出してみろ。お前の喉笛を、その国の王冠ごと叩き潰してやる」
冷徹な氷壁など、どこにもない。
アルフレッド様から放たれる圧倒的な殺気と、獣のような独占欲に、広間の楽団も貴族たちも、呼吸を忘れたように静まり返った。
青ざめてガタガタと震え、醜態をさらす王子を、アルフレッド様はゴミを見るような一瞥で切り捨てる。驚愕する周囲を余所に、彼は私を強引に抱き寄せると、抗議する隙も与えず肩に担ぎ上げた。
「アルフレッド様! 下ろしてください! お仕事はどうされるのですか!?」
「中止だ。お前を不特定多数の目に晒した、私の失策だ。……今日から一週間、いや一生、お前を寝室の奥底に閉じ込めて、私以外の誰の声も届かない場所で愛でてやる」
公爵様の瞳には、かつて戦場を蹂躙した”狂犬”の火が、どろりと妖しく灯っていた。
◆〜第四章:愛という名の”美しい檻”〜◆
連れ戻された寝室で、私はふかふかのベッドに沈められた。
アルフレッド様はジャケットを脱ぎ捨て、私の手首をシルクのリボンで優しく、けれど決して解けない強さでベッドの柱に結びつけた。
「ヴィオラ、怖いか? ……私を、軽蔑するか?」
私の頬をなぞる彼の指先は、わずかに震えている。
その瞳に宿るのは傲慢な公爵の輝きではなく、たった一つの愛に飢えた孤独な獣の影だった。
「……怖くはありません。でも、これでは私、何もできません」
「何もしなくていい。ただ、私の腕の中で呼吸をし、私の名だけを呼び、私の愛だけで満たされていろ。……お前の自由を奪う代わりに、私の全生命、全財産、全霊をお前に捧げる。……いいだろう?」
彼は私の指先に、祈るような、あるいは呪いをかけるような口づけを落とす。
「……ああ、そうだ。ヴィオラ、お前を繋ぎ止めるこのリボンさえ、私にとってはあまりに不十分だ」
彼は狂気を孕んだ微笑を浮かべ、私の首元に顔を埋めた。
熱い吐息が肌を焼き、先ほど王子が触れようとした指先を、彼の舌先が執拗に、そして愛おしげに這う。
「あの男に見られた指先だ……。削ぎ落としてしまいたい衝動を抑えるのが、これほど苦しいとは思わなかった。だが、代わりにお前のこの指、腕、足首……すべてに私の『印』を刻ませてもらう。魔術による『絶対守護の刻印』だ。私以外の男が触れればその瞬間に発火し、お前を奪おうとする不届き者を灰にする呪いでもあるがね」
「そ、そんな……。それでは私は、一生誰とも握手さえできないのですか?」
「握手? 私以外の男と? ……ヴィオラ、お前はまだ、自分がどれほど私の正気を削っているか理解していないようだ。お前が吸う空気の一粒一粒まで、私が検閲し、浄化したものに変えてやりたい。お前の瞳の裏に、私以外の光景を映させたくないんだ」
彼は引き出しから、一瓶の香油を取り出した。
彼の体温と混ざり合い、冷ややかでいて官能的に香るサンダルウッド。
それを指に取り、私の耳の裏、首筋、そして胸元へと、まるで自らの領土を確定させるように深く塗り広げていく。
「これで、お前はどこにいても私の香りに支配される。……逃げようとしても、この香りがお前の居場所を私に教え続ける。お前の存在そのものが、私の愛の牢獄になるんだ」
限界突破した彼の溺愛は、もはや「愛情」という器には収まりきらず、私という存在を丸ごと飲み込もうとしていた。
「……アルフレッド様。私、もう逃げられませんね」
「逃がさない。お前が天国へ行くなら神を殺して連れ戻し、地獄へ行くなら魔王を倒してお前の隣に座る。……お前の運命のすべて、私が買い取ったんだ」
◆〜第五章:終わらない溺愛の極致〜◆
翌朝、アルフレッド様は満足げな顔で、私の隣で眠っていた。
結局、山積みの公務はすべて部下に丸投げされ、彼は私を抱き枕のように抱え込んだまま、一歩も寝室の外に出そうとしない。
「ヴィオラ……おはよう。今日も、お前は私の腕の中にいるな。……ああ、生きていてよかった」
寝起きの掠れた声で、彼はまた、心臓に悪いほど甘い言葉を紡ぎ始める。
「お前の睫毛が揺れるたび、私の心臓は止まりそうになる。ヴィオラ、お願いだ。一秒間に一度は瞬きをして、私に生きている実感をくれないか? お前が眠っている間、あまりに静かだから、死んでしまったのではないかと不安で……。一晩中、お前の胸に耳を押し当て、鼓動を確認していたんだ」
「……一晩中ですか!? アルフレッド様、それではちっとも休めていないではないですか!」
私が慌てて起き上がろうとすると、彼は逃がさないと言わんばかりに、さらに強く私を抱きしめた。
彼の鼻先が私の首筋を執拗にくすぐり、熱い吐息が直接、肌の奥まで染み込んでいく。
「お前の鼓動こそが私の睡眠薬で、お前の体温こそが私の栄養だ。……ああ、いっそのこと、お前と私の皮膚を縫い合わせてしまいたい。そうすれば、片時も離れる苦痛から解放されるのに」
「ま、またそんな物騒なことを……! ほら、もう朝食のワゴンが届いていますよ」
社交界の氷壁は、跡形もなく崩壊した。
あとに残ったのは、一人の女性を愛しすぎるあまり、常識も理政も、距離感さえもどこかへ置き忘れてしまった、過保護な公爵様だけだった。
「さあ、朝食だ。……今日は、私が口移しでお前に与えよう。お前の咀嚼の労力さえ、私が肩代わりしてやる」
「……それはさすがに、やりすぎです!」
「やりすぎではない。お前はただ、私から与えられるものだけを受け取って、甘やかに溶けていればいいんだ。ヴィオラ、お前の喉を鳴らす音も、嚥下する仕草も、すべて私の所有物だ。……ほら、口を開けて。私の愛をお前の血肉にする時間だ」
私の抗議さえも、彼は愛おしそうに笑って飲み込んでしまう。
公爵様の独占溺愛は、今日も、そしてこれからも、元気に限界を突破し続けていく。
〜〜〜fin〜〜〜
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