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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

にせび

掲載日:2026/01/10

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 不安定こそ安定の種である。

 ちょっと前に、亡くなった祖父がそう言っていた。

 祖父いわく、安定というのは我々の頭が無理やり生み出した天国であり、逃げ場であるのだと。現実を見てみれば、体調、精神、入ってくる仕事の量などなど……いずれも、ひとところにとどまることなく、大小の変化を続けている。不安定の塊だらけだ。

 その不安定があるから、我々はぶれない自分の軸が欲しいと思ったり、逆にどのよう流れにも臨機応変に乗っていける適応力が欲しいと思ったりする。

 もし不安定がなくなれば、心は安心するだろうけど安定はしない。あぐらをかいて腐っていき、やがては立つことも、自分を支えることもできなくなってしまうだろう。そいつは結局、ぐらつきという不安定につながる。

 だから不安定はなくさず安定を求め続けることが、結果的に安定する……とね。

 そのせいなのか、祖父は家にいる時間が少なくて、よく外を散歩していた。僕もそれについて回るときがあってね。この間、久々に実家へ帰ったときに祖父の散歩コースを歩いてみたんだけど、ちょっとした発見があったんだ。

 ちょっと、その話を聞いてみないか?


 祖父がかつてよく回っていたコースは、全体で7キロほどある。せかせか歩いても一時間はかかってしまう距離だったなあ。

 長さはほぼ同じでも、コースにはいくつかバリエーションがあって、幼い僕が地元の地理を覚えるのにとても役立った。けれども、それらの中で祖父が共通して通る道が、ちょっぴりあったんだよ。

 そこは県道を横にそれていく大きな一本道で、約300メートルの間は曲がり道がひとつもなく、もっぱら一軒家や駐車場や田畑などがごっちゃになりつつ、点々と並んでいる。

 で、その田畑が広がるあたりに来ると、縦だけでなく横にもでっぷりと長い一本の木がおいでなさる。十数メートルほどの幅はある、その木の前を通り過ぎると、決まって祖父の足取りが怪しくなってしまうんだ。


 祖父は大の酒好きで退職してからは昼夜を問わず、よく酒を呑んでいた。それでいて、全然酔っ払った様子を見せない酒豪で、散歩に行くときも歳にそぐわないしっかりとした姿勢でもって道をずんどこ歩いていく。されど、その地点においては別だ。

 千鳥足になりかけながら、右へ左へフラフラリ。歩道と車道を分けるものは路側帯しかないものだから、ヘタに車がやってきたら危ないところだっただろう。

 そのまま数十秒から数分ほどすると、ちょっと頭をおさえて立ち止まったかと思うと、また元の足取りに戻るんだ。はたから見てると不審者のそれだし、何があったのかと祖父に尋ねると「『にせび』の確認をしているんだ」と返される。

 にせびとはなんぞや、というと馬酔木あしびと呼ばれる植物にならって、そう呼ぶようにしているという。

 馬酔木は馬がその葉を食べると、酔ったように足がしびれてしまうことから漢字があてられ、もとは足のしびれからくる「あししび」からきているとされる。

 にせび、というのは人酔木と呼ぼうとするときの、あえての呼び名だという。それがあのでっぷりとした木なのだとか。


「あれは、アルコールが入った人間に対して、更に酔わせんとする特殊なやつでな。もう何十年もワシが面倒をみている。へたに切り倒したり、燃やしたりしようとすると、この一帯のものをたちまち酩酊させ前後不覚の状態に陥らせることが、過去の事例から知られている。

 この交通手段が発達した現代では、なおさらそのような乱暴はできまい。こいつももう老齢。3年もたてばケリがつこう。だがひょっとすると、じいちゃんのほうに先に限界が来るかもしれないからな……お前にあらかじめ、頼んでおくことがある」


 そういう祖父が僕に渡してくれたのは、中身のない注射器のようなものだった。

 もし、じいちゃんが酔っ払いを抑えきれないときがあったら、使えと。こいつの栓をとり、針を刺せばいい。

 どこに刺せば? 専門知識のない身でなど危なくて、このような道具は扱えない。そう訴える僕に、祖父はにんまり笑ってみせた。

「大丈夫だ。そのときになれば分かる。『そこ』へ刺せ」


 そして、僕が使ったのはちょうど1年後のこと。

 再び、にせびの前でふらつく祖父の右腕に変化があったんだ。長い袖が内側から破れていき、「新しい腕」が現れてくる。

 いや、袖が破れて見えたその姿は、元あった腕からおおいに「さかむけ」するようにして出てきたようにも思えるが、その先にはしっかりと五本の指がそろっている。

「やれ」という祖父の声がして、僕はあの注射器をその分かれた腕に刺し、ぐっと吸い上げる。

 するとどうだ。祖父の元の腕ほどもある質量が、多少の手ごたえと共に注射器の中へ凝縮されて、たちまち詰まっていく。後には、皮がむけた祖父の元の腕だけがあったんだよ。

 あまりにあっさりと済んだから、幻か錯覚かと思ったくらいさ。


 出番があったのは、その一度だけ。

 にせびは、祖父の話したように3年後には自然と枯れ落ちてしまい、祖父も役目を終えたかのように、一か月後になくなってしまったんだ。

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― 新着の感想 ―
どことなく持ちつ持たれつみたいな感じだったのでしょうかね。 面白かったです。
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