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僕が貴女の横顔を眺める時

作者: オレオル
掲載日:2026/01/02

大学の課題で書いた作品です。

最近もう一つの作品である「名も無き英雄の冒険譚」の更新が滞ったのはこの作品を書いていたためです。

この作品は私自身(現在は大学生)の経験が土台となって作ることになりました。

是非読んでみてください!

 「はぁ……。」


 電車に揺られたつり革を眺めながら、僕は会社から帰宅する。時刻は十時を過ぎ、辺りを見回すと、僕と同じように残業帰りのサラリーマンが複数人おり、上を向いていびきをかいたり、座席に横たわっていたりと様々だ。


 降りる駅までまだ少し時間があったので短い仮眠を取ろうと目をつぶる。意識がぼんやりと遠のき、もう少しで寝られるというところでスーツの右ポケットから振動が伝わる。渋々ポケットからスマホを取り出してみると、高校時代の同級生からメッセージが届いていた。


『今月末くらいに高三の時のクラスメイトで集まるらしいんだけどお前も行くか?』


 三年生の時のクラスか……。


 社会人となり高校時代の友人とはもう殆どあっていなかった。中には大学時代でも交友関係が続いていた奴もいたが、社会人となり仕事に追われるようになると、自然と交流する機会も減っていった。


 目を瞑り、当時の事を振り返ってみると、今と大して変わらず平凡な毎日だったように思う。当時の僕はアニメや漫画などのサブカルが好きな所謂オタクだった。

 毎日友人たちと教室の隅っこでゲームやアニメ、ラノベや漫画の話で盛り上がっていた。そんな日々を過ごしていた高校生活だったが、唯一特別だと感じる時間があった。それは当時三年生の頃に所属していた図書委員会でのひと時だった。




 図書委員として週に二回、図書室に行き本の貸し借りを管理しなければならなくて、最初は退屈で仕方がなかった。しかし、僕の他にもう一人図書委員として図書室にいた清水さんと話すようになってからは図書委員の当番が楽しみになったのだ。


 「あんた、名前は。」


 「えっと……神田宗介です。」


 清水さんは銀髪でウルフカットが特徴のクールな人だった。切れ長の目に黒いマスクをしていて少しヤンキーチックに見える。よく登校している時に生徒指導の先生に注意されていたのをよく見かけていた。途中から先生も諦めたらしく、三年になる頃には何も言われていなかった。最初は気まずすぎてオワッタと思っていたが少しずつ活動していると打ち解けていき、世間話が出来るくらいには仲良くなれた。僕のようなオタクにも偏見がないのか、サブカル的な話にもしっかり耳を傾けてくれる優しい人だったのを良く覚えている。




 『○〇駅に到着しました。』


機会音声が電車内に響き、ふと目が覚める。どうやら疲れて寝てしまい、高校時代の思い出が夢に出たようだ。自宅がある最寄り駅に到着したのでドアが閉まらないように鞄を持って少し速足でプラットフォームへと出る。


肌を刺すような風が顔を覆い、思わず体が震えてしまう。改札から出るとより一層寒さが増していく。両手に向かっては~と息を吐き、手を擦る。辺りは街灯がぼんやりと照らし人はあまりいなかった。


 最寄り駅から自宅まで歩く。住宅街であるからか、車は殆ど通らないので自分の足音だけがコツコツと響いた。一〇分も経たないうちに、マンションの自宅へと到着した。


 階段を上り、玄関にたどり着きドアを開けると、暗い玄関から冷気がこちらに吹いてきた。肌を刺すような冷たさとは違い、体の内側から冷えるような寒さだ。十二月にもなって寒さに少しずつ慣れてきたはずなのに、この冷気だけはなぜか慣れない。


 玄関に明かりをつけて、鞄をベッドに置き、少し横になる。早く寝たい気持ちに駆られるが、何とかこらえてシャワーを浴びに浴室へと向かう。スーツをハンガーにかけてワイシャツを乱雑に脱ぎ、シャワーを浴びる。本当は湯船に浸かりたいところだが、この疲れだとそのまま眠ってしいそうで少し怖かったので、体を洗うだけでとどめて置いた。


 体を洗い終わり、さっぱりとした気持ちで浴室を後にする。準備しておいたパジャマに着替えてリビングへ向かう。少しお腹が空いていたので、冷蔵庫の横にある袋からカップ麺を取り出してお湯を注ぐ。器から湯気が漂い、少しいい匂いがして益々お腹が空いてしまう。


 三分待っている間に、電車に乗っているときに来たメッセージに返信することにした。スマホのトーク画面を開き、友人に返信する。


 『僕も行くから日程決まったら教えてくれ。』


 返信して三分経ったカップ麺の蓋を開ける。途端に湯気が顔にかかり、カップ麺特有のカロリーを感じる匂いが漂ってくる。僕はいただきますと1人でつぶやき、箸で麺をすする。本当は自炊の方が良いのであろうが、残業帰りの私にそんな元気は残っていなかった。カロリーが少し心配なので、スープまでは飲まずにカップを片付ける。


 もうすることもないし、明日も仕事があるので、部屋の電気を消してベッドへと向かう。今日は疲れたのももちろんだが、久々に高校の時の記憶を思い出した気がする。社会人になってからまだ数年のはずであるのに、高校時代がまるで大昔の様に感じられるのは、自分が大人へとなった証拠なのだろうか。もしそうなのだとしたら大人になんてなりたくないものだ。僕は今月あるという同窓会を楽しみにしながら、瞳を閉じて眠りにつくのだった。




 数日経過して、ついに同窓会当日となった。就職してから碌に服を買っていなかったので、休日に姉を頼り、服を何とか見繕った。姉は僕のタンスにある服を見て、目も当てられないような表情をしていた。



 「お前本当にそれで行くのか?やめた方がいいぞ……。」


 「そんなにひどいか?」



 姉は僕のセンスに絶望しながらも、一緒に買い物に行って服を選んでくれた。同窓会の会場に向かうと、他の皆はそれぞれお洒落をしていて、服を買ってよかったと心から思った。

今回の集まりはそこまで規模が大きいものではなかったので、居酒屋を貸し切りにしたようだ。


 「久しぶりだな。」


 後ろから、高校時代の友人か声をかけてくる。僕は振り向き、数年ぶりの再会を楽しむことにした。互いにどんな会社に勤めて、どのように働いているかを話す。友人は昔から好きだったパソコン関係に就きたいという事でITエンジニアになったそうだ。高校時代は僕と一緒に教室の隅にいたはずの友人は、今ではその面影を感じさせずに立派な社会人になっていた。それに比べて自分は高校の頃と全く変わっていなかった。


 友人との話もひと段落して、いよいよ乾杯が始まる。席は自由との事なので、仲のよかった他の友人とも会話をしながら再会を喜ぶ。高校時代とは正反対に変貌を遂げた奴もいれば全く変わっていない奴もいた。


 友人たちと会話をしながら、僕は清水さんを少し探す。教室で話すほどの仲ではなかったが、自分にも分け隔てなく接してくれた数少ない人だ、関係を大切にしたいと思うのも当然だろう。様々な人がいる中、隅の方に目を向けると見覚えのある人物を見つけた。


 高校の頃とは違い、黒髪ロングでグレーのタートルネックを纏い、黒のミディアムスカートをはいた大人の印象を受ける服装をしていたが、あれは間違いなく清水さんだった。皆彼女の事をチラチラと見ていたが、彼女特有の近寄りがたいオーラのせいか、元々仲の良い人が少なかったからか、進んで彼女に話しかけに行く者はいなかった。


 僕は、少しためらいもあったが意を決して彼女の元へと向かうことにした。彼女に近づくと、僕の存在に気づいたのか、切れ長な彼女の目がこちらに向いた。


 「久しぶり、清水さん。」


 「アンタは……神田だっけ。」


 印象が薄かったのか、思い出すまでに少しラグがあったようだが、僕の事をしっかり覚えてくれていた。僕たちは、現在どのように過ごしているのかを互いに話し合う。


 「高校ぶりだね、元気にしてた?」


 「まぁまぁかな、神田は?」


 「僕は小さな会社に働いているんだけど、毎日上司にコキ使われてるよ、おかげで残業続きさ。そういう清水さんは?」


 「私はデザイン系の会社で働いてる。」


 清水さんは相変わらずで、ぶっきらぼうな話し方だった。話の時折、彼女はグラスに注がれているレモンサワーを傾けて喉に流し込む。こんな一挙手一投足でもどこか品を感じるのだから不思議なものだ。それから僕たちは会社でどんな仕事をしているのか、休日はどのように過ごしているか等の他愛のない話を続けていた。


 「そのストラップのキャラ好きなの?」


 ふと清水さんのスマホについていたストラップに目がいった。そのストラップは僕が好きなゲームのキャラクターで、彼女のような人が持っているのが少し珍しいと感じた。


 「うん、なんか可愛くて。」


 大分以外だったので、数年越しに彼女の新たな一面が垣間見えた気がした。それから僕たちはそのストラップをきっかけにアニメやゲームなどの会話をして、高校時代よりも打ち解けることが出来た気がする。高校時代から話が特に弾んでいたわけではないが、彼女と話すこの雰囲気が懐かしくてどこか居心地が良かった。




 乾杯の合図から何時間経ったろうか、僕は話しかけに来てくれた他の友人たちと会話しながら、ビールを流し込んだ。いつの間にかそろそろお開きと言う雰囲気になって、幹事を務めている元クラスメイトが、事前に渡していたお金を出して会計していた。大半の人が二次会としてカラオケに行こうと乗り気だったので、僕も折角ならと思い参加する旨を伝えようとした矢先、清水さんに視線が向いた。


 清水さんは顔が赤く染まっており、千鳥足になっていて今にも転んでしまいそうだった。思い返せば彼女はかなりお酒を飲んでいた気がする。少し心配になってしまった僕は、カラオケの誘いを断り、店の入り口付近でヨロヨロしていた清水さんの元へと向かうことにした。


 「清水さん大丈夫?」


 「……無理かも。」


 どうやらまともに歩くことすら難しいみたいで、1人で家まで帰るのが難しそうに思えた。とりあえず水を飲ませようと体を支えた時、彼女の口から不穏な音がした。


 「おえぇ……。」


 「えっ…………。」


 彼女の口から出たモノが僕の服にかかる。一瞬何が起こったか理解が追い付かなかったが、自分の服の汚れを見てすべてを察した。辛そうにしている彼女を前に怒る気にもなれず、まずは目の前の彼女の介抱を優先する。


 「タクシー呼んだからこれで帰ろうよ。」


 まともに歩けない清水さんを仕方なく抱きかかえて、捕まえたタクシーに乗せる。清水さんはすでに寝息を立てていたので、悪い気がしつつも彼女の財布からマイナンバーカードを取り出して、タクシードライバーさんに住所を伝えて彼女の自宅まで向かうことにした。


 三十分ほど車に揺られて清水さんの自宅であろうマンションに到着した。清水さんに鍵を出してもらい、彼女の自宅へと入る。室内はかなりシンプルでありながら女性らしさや清潔感のある内装だった。


 一先ず清水さんをベッドへと運ぶ。このまま帰ろうかと考えたが、僕がこのままマンションから出てしまうと、扉の鍵が開いたままになってしまい危険だと感じたので、目覚めた時に混乱しないようにこれまでの経緯を書置きして、彼女の家で一晩やっかいになることにした。


 自分でもマズイことはわかっているが、こんな状況に遭遇したことがなかったし、清水さん程ではないとは言え酔っていたので判断力が鈍っていたのかもしれない。もう考えることも疲れたので、リビングの床でうつ伏せになって目を閉じた。




 頭がズキズキするような痛みと共に私、清水玲奈は目を覚ます。寝ぼけながら辺りを見回すと、ここが自分の自宅だと分かる。昨日の記憶が定かではないが、確か酒を大量に飲んだことまでは覚えている。そして、確か高校時代の知人である神田と話していたはずだ…。


 とりあえずベッドから出て、寝室を後にして頭を抑えながらリビングへと向かう。外は一面の銀世界で、吹雪が窓を打ち付けてガタガタと揺れていた。リビングへの扉を開くと、そこにはテーブルに残された書置きと、その横でうつ伏せになっている神田がいた。


 一瞬警察を呼ぼうという考えが脳裏によぎるが、一先ず書置きを読んでから判断することにした。書置きには、昨日私が泥酔していたことや、私を心配して家まで送ってくれたこと、そして万が一を考えて家にいたことが書かれていた。


 ふと神田の方へ視線を向けてみると、二日酔いのせいなのか少しうなされていた。その寝顔が少し面白かったのと、私の為とはいえ勝手に一晩泊ったのは思うところがあったので、暫くそっとしておくことにした。




 ぼんやりとした意識の中、どこかからいい匂いが鼻腔を擽り、倦怠感と共に僕神田宗介は目が覚める。目を開けると目の前に、ジッと僕を見つめる清水さんが移っていた。


 「あ、清水さん。」


 「朝ごはん食べる?」


 清水さんの不意な発言に驚く。彼女の為にとは言え勝手に一晩泊ったので怒られても仕方がないと考えていたからだ。この状況に戸惑いを感じどうしようかとしどろもどろになっていると、清水さんが口を開いた。


 「あの紙読んだから大体は分かってる、ありがと。」


 そして、二人でテーブルを挟んで向かい合い、朝食を食べるという高校時代では想像もできないような奇妙な光景が広がっていた。意外だったのが、彼女が用意した朝食が和食だったことだ。彼女のクールなイメージからどこかお洒落な印象を受けていたのでシンプルな和食と言うのは意外性があって新たな一面を知れた気がした。


手を合わせていただきますを言い、味噌汁をすする。優しい味と形容すればいいのだろうか、喉を通り過ぎると体が芯から温まるような感覚がした。人の手で作られたものを食べる機会なんて最近はめっきり減っていたので、体と同時に心が満たされていく。続いて卵焼きを口に運ぶ。ふんわりとした食感の後からほんのり甘さを感じる優しい味で、二日酔いで沈んでいる気持ちが和らいだ気がした。


 久しぶりに朝食を完食した後、僕は清水さんに挨拶を済まして家に帰ることにした。玄関に向かい外へ出ようとした時、後ろから声が聞こえた。


 「今度お礼させて。」


 唐突に言われたもんだから少しびっくりした。そして、清水さんはスマホを取り出してこちらに画面を向ける。


 「これ、私の連絡先。」


 彼女と連絡先を交換して、僕は家を後にした。たった一日のはずなのに、濃い出来事の連続でどこか非日常な感じがした。高校時代には想像もできなかった清水さんの連絡先を手に入れてしまった僕はどこか浮かれてしまった。


 (そういえば同窓会でアニメとか好きって言ってたな……。)


 次に会う機会があったら、今度はアニメや漫画の話をしたいと思った。下心が無いと言えばウソになるが、それを抜きにしても社会人でアニメや漫画の話が出来るのは貴重なので仲良くなりたかった。そんなこんなで僕の同窓会は幕を閉じ、また灰色の日常が年明けから始まるのだ。




 あの同窓会から数日経ち、僕は日常へと戻っていた。同窓会から数日は年明けで休みだったので、惰眠を貪り怠惰な生活を送っていた分、会社へ出勤するのがツラくてしょうがない。初っ端から休むわけにもいかないので、ため息をつきながら渋々会社へと向かう日々だ。そんな中、通勤中にスマホを見ていると通知が来ていた。


 『今度の日曜にカフェでも行かない?』


 差出人は清水さんで、今時の女子らしくない簡素な文章が彼女らしくて、少し笑みがこぼれてしまう。きっと同窓会の時のお礼をしたいのだろう。


 『もちろん。どこで待ち合わせればいい?』


 取り敢えず返事を返して、会社へと向かう。向こうも仕事があるだろうし、きっと返事が来るのは遅くなるだろう。


 電車を降りて数分歩いて会社へとたどり着き、仕事の準備を済ませると少し始業まで余裕が出来た。折角なのでコーヒーでも入れようと思い給湯室へ向かい、お湯を沸かせる。コポコポと水が段々沸騰していく音が給湯室に響き、どこか心が弾む。


 沸騰したお湯が入ったポットから、コーヒーの粉末を入れた自分用のマグカップヘお湯を注ぎ、自分の座席へと戻る。カップからコーヒーの香りが漂い、温かい湯気とカフェイン特有の目が覚める感覚が朝の気だるげな気持ちを晴らしてくれる。


 九時になり、ようやく仕事がスタートする。他の同僚が上司に報告する声や、パソコンのタイピング音が忙しなく職場に鳴り響く。僕も上司に指示されたデータづくりに奔走しており、年始から変わらずの忙しさを改めて感じた。


 ふと時計を確認すると時刻は十二時を回り、オフィスにいる人はお昼を食べに大半の人は席を外していた。僕は家から持参していたカップ麺を作り、一人で啜っていた。適当にスマホを見てみるといつの間にか清水さんから返信が来ていた。


 『○〇駅前に十時でどう?』


 返信の時間を見てみるとどうやら僕が送信した数分後に来ていたようだ。忙しいと思いあまり確認していなかったが、どうやらすぐに返信してくれたらしい。


 『了解、それじゃあ日曜日に』


 返信してから気づいたが、メッセージ短すぎないか。まぁ僕も清水さんもそこまで積極的に話すタイプではないから気にするだけ杞憂なのかもしれない。逆に清水さんがネット陽キャだったらそれはそれでちょっと解釈違いな気がするし、僕が長文で返してキモがられたらきっと死んでしまうだろう。


 清水さんとの外出が決まり、僕は少し心が浮つきながら午後からの仕事に取り組むのだった。




 時が流れるのは早いもので、気づけば約束の日曜日となっていた。仕事をしている時は他の同僚や上司から普段は静かな僕が妙に上機嫌だった為、気味悪がられてしまった。


 僕は今、集合場所である駅の入り口前で清水さんを待っている。集合時間が十時と言われたが、念のために十五分前に行くことにしたのだ。


 「ごめん、待った?」


 清水さんの少しハスキーな声が聞こえて顔を上げると、お洒落をした彼女がこちらに近づいてきた。ブラウンのコートをはおり、白いマフラーを巻いた彼女は、同窓会の時の大人な雰囲気とは違い、女性らしい可愛らしい服装をしていた。


 「いや、今来たとこだよ。」


 男なら一度は行ってみたかった言葉を彼女に返す。昔から女子と縁の無かった僕がまさかここにきてこのセリフをいう事になるなんて高校生だった僕に言っても信じてくれないだろう。


 「どうせ早く来てたんでしょ、言い慣れてない感じが丸出し。」


 「うっ……。」


 カッコ付けてみたものの清水さんにはお見通しだったみたいだ。清水さんほど綺麗な人なら言われ慣れているのかもしれない。そう思うとどこか内心残念な気持ちになった。


 「まぁ言われて悪い気はしないけどね。」


 清水さんがいたずらっぽく笑う。やっぱり全然残念じゃなかった。この笑顔が見られるなら一時間でも待てそうだ。


 「それじゃあ行こっか。」


 僕は清水さんに案内されて、駅から約五分ほど離れた場所にあるカフェへと訪れた。外装は今時のオシャレな感じと言うよりも、レトロな雰囲気を感じさせる。


 カランッと鳴る音と共にドアを開けると、暖色の照明と暖房の効いた温かい風が僕たちを包む。カウンターには店主と思わしきイケオジがグラスを拭いていた。なんだか想像が具現化したかのような風格のある老人がおり、僕が生まれる前の音楽が店内に流れるのも相まってお客さんの年齢層が高めだった。


 僕は清水さんのような女子が選ぶお店にしては些か渋すぎないかと内心呟いた。


 「社会人になってからこの店を見つけてから結構通ってるんだ。」


 そう呟いて席に座り、僕たちは向かい合う状況になった。


 「ここのコーヒー凄く美味しいの。」


 そう言いながら清水さんはメニューを見る。僕も何を頼もうかとメニューを見て少し考えた後、コーヒーとホットサンドを頼むことにした。


 「コーヒーを二つとホットサンドを一つでお願いします。」


 清水さんは慣れたように店主へ注文する。暫く待つと、コーヒーが二つとホットサンドが二つ運ばれてきた。


 「サービスでございます。」


 そういってカウンターへと店主は戻っていった。カッコ付けずにサラッと粋な事をする店主に僕は尊敬の眼差しを向ける。僕もいつかあの人のような真の意味で大人な人間になりたいものだ。


 コーヒーからは深みのある香りが漂い、焼きたてのホットサンドからは湯気が出て、小麦の良い匂いが上っている。


 「あの店主さん、いつもサービスしてくれるんだ。」


 そう言いながら清水さんはコーヒーを一口飲み、ホットサンドを齧る。女性らしいというと少し憚られるかもしれないが、小さい一口を見て可愛いと思った。清水さんを見てから僕もコーヒーを飲む。


 会社で飲むようなインスタントとは全くの別物で、今まではカフェインを摂取するだけの苦い飲み物と言う認識だったがこのコーヒーは苦みが少なく、むしろフルーティーな味がした。


 「この前はありがとね、ほんと。いつも飲み過ぎちゃうんだよね。」


 「気にしないで、こっちこそ勝手に泊まっちゃってごめん、それに朝ごはんまで……。人が作ってくれた朝食なんて久しぶりに食べたから凄く嬉しかったよ。」


 「そう?喜んでくれたならよかった。」


 清水さんはコーヒーをすすりながら顔を少し隠すような仕草をする。頬が紅く染まって見えたのは気のせいだろうか。


 それから僕たちは他愛のない世間話に花を咲かせていた。同窓会で少し話したアニメや漫画の話、互いに会社での嬉しかったことや大変だったこと、そして愚痴を話した。


 入社してから仲の良い同僚がおらず、腹を割って話せる人がいたので清水さんに会社の不満を話したおかげで、心に巻き付いていた重りが何だか軽くなったような気がした。


 逆に清水さんから聞く話は興味深い事ばかりで、全く違う業種の話を聞けて面白かった。その業界ならではの難しさや彼女の熱意と頑張りがよく伝わって来たし、社会人共通の面倒臭さも聞けて共感するところもあった。


 「なんだかこんなに話したの久しぶりだな~。」


 清水さんが窓の外を見ながら呟く。彼女は纏っている雰囲気故かあまり会社の同僚と話せていないようだ。清水さんは良い人なのだが、やはり近寄り難いのかもしれない。


 コーヒーカップを空にして、ホットサンドも平らげて、気づけば一時間は会話をしていたようだ。清水さんはスマホを取り出して時間を気にしていた。清水さんは忙しいだろうし、僕の所為で長時間拘束させるわけにもいかないのでそろそろ解散した方がいいだろう。


 「そろそろ出ようか。」


 そう言って僕と清水さんは席を立つ。僕がお代を済ませようとしたが、清水さんがここは出すと頑なに譲らなかったので、仕方なく次は僕が奢るという事で決着した。


 「今日はありがとう。」


 「私もありがと、普段言えない愚痴聞いてくれて。じゃあまたね。」


 清水さんは僕に別れを告げて、歩いて行った。その足取りはどこか軽く、少し速く見えた。そして僕は清水さんと別れてからつい先ほどのカフェでの会計の時、次は自分が奢ると言ったのを思い返す。


 (これって次もあるって期待して良いのか!?)


 心の中でガッツポーズを取り、清水さんとのカフェデート(絶対に違う)を終えたのだった。




 あれから更に数日経ち、僕と清水さんは時々カフェに行ったり、カラオケに行ったりと交流が増えていった。連絡も細目になり、日常的に話す機会が多くなったのだ。僕としては嬉しい限りだが、清水さんが迷惑していないかとても心配ではある。基本的に誘うのは僕の方なのでちょっとグイグイ行き過ぎているのではないかと感じてしまう。


 新年に忙しくて出来なかった初詣を一緒にするために神社へと訪れたこともあった。浴衣姿の清水さんは今まで見た中で断トツの可愛さで思わずしどろもどろになってしまった。綺麗な衣装と容姿が相まってモデルやアイドルと言われても誰もが納得してしまうだろう。僕は見つめる余り、彼女の白銀の様に輝く目に吸い込まれそうになった。


清水さんと参拝をして二礼二拍手一礼をしたときは、彼女と並んで歩いても恥ずかしくないような立派な大人になりたいなと願った。仕事を頑張って彼女のような優秀な人と対等になりたいと思ったのだ。恐らくそんな考えをしているのは僕の方だけだろうが、僕自身がそんな卑屈な考えではいけないと強く感じた。一方の清水さんは、僕よりも長い時間何かを願っていたようだが曖昧な表情を浮かべて、内容は頑なに教えてくれなかった。


 参拝の後はおみくじを引き、僕は小吉で清水さんは大吉だった。僕はあまりいい結果ではなかったので、くじを括り付けた。


 一緒に飲んだ甘酒は普段飲むお酒とは違い、米麴から作られた独特の甘みが口の中に広がり、とろみのある甘酒が喉を通り過ぎていった。




 それから僕は今まで以上に仕事に打ち込み、少しずつ自分に自信が出てきたような気がする。おかげで心に余裕が生まれたので、お洒落などの自分磨きにも力を入れることが出来た。性格も少しずつ前向きになり、会社での人間関係がかなり改善されていった。


 たった数か月しか経っていないものの、僕と清水さんの関係も随分と進展していた。彼女と過ごしている内に、少しずつ意識している自分に気づいたのだ。きっかけはいつだったのか明確には覚えていない。もしかしたら高校の図書委員時代から好意を抱いていたのかもしれない。


 まぁとにかく僕は今、清水さんに告白をするために夜景のいいレストランへやってきていた。清水さんにはこれまで一緒に出掛けてくれたお礼と言う定で誘った。


 清水さんとの食事は楽しかったものの、緊張のあまり殆ど味を覚えていない。グラスのワインを飲む清水さんが艶やかだった事が強く記憶に焼き付いている。


 食事を終えて外へ出ると、雪が降り積もっていた。夜景と暗闇を照らす照明が反射して雪が白銀の様に輝き銀世界に迷い込んでしまったみたいだ。


 そんな中、マフラーから見える顔が少し紅く染まっている彼女が銀世界に輝く妖精の様に美しく感じた。キザな表現かもしれないが、僕にはこの表現以外に形容する言葉を持ち合わせていなかった。


 人は自身の思考の範囲外の何かが現れた時、無意識に自分からは出ないような表現をしてしまうのかもしれない。そこまで文学に造形が深くない僕でも、様々な文豪が独特な表現をしている理由が垣間見えた気がした。きっと人間は心が震えるほど動いた時にだけ正しい表現が可能になるのだろう。


 「清水さん!」


 僕は破裂してしまいそうな心臓を抑えながら彼女を呼ぶ。


 「何?」


 彼女の表情は今まで見たどの顔よりも優しさに満ちていた。僕は唾を飲み込み人生で初の告白をする。


 「僕と……付き合ってくだしゃい!!」


 あ……終わった。緊張のあまり肝心なところで噛んでしまった。清水さんの顔を見るのが怖い。ここで彼女の方を見たら断られてしまうのではないかと考えてしまう。しかしそんな僕が次に感じたのは頬に冷たい何かが当たる感覚だった。


 「まったく君らしいね。私で良ければよろしくお願いします。」


 目を開けると満面の笑みを浮かべた清水さんがいた。一瞬思考がフリーズして状況を飲み込めなくなったが、次第に告白が成功したことを理解する。


 そして、僕は給料を捻出して購入したイヤリングが入った小さな箱をプレゼントする。


 「これは……。」


 清水さんは渡された小さな箱の中を見て、目を見開いた。


 「前に出かけた時に見ていたから……清水さんに似合うと思って。」


 その言葉を聞いて清水さんはイヤリングをすぐに付けてこちらに向く。


 「どう、似合ってる?」


 笑いながら問いかける彼女は、イヤリングが街灯に照らされて白銀の様に輝いていた。


 「もちろん!!凄く似合ってるよ!!」


 清水さんはフフッと笑って僕の手を取り、歩き始める。


 「今度からは玲奈って呼んでよね。ずっと清水って言われるの嫌なんだけど。」


 「可能な限り善処します……。」


 僕たちらしい会話をしながら街の明かりへと向かっていく。手を繋ぎ、一緒に歩く彼女の横顔はきっとどの宝石よりも美しいと確信した。その横顔はきっとこの白銀世界よりも煌びやかで、これからもずっと僕は彼女に釘付けなのかもしれない。


今回の作品は「白銀」をテーマにしたものなのですが、中々作中で表現することが難しかったです。

短編で完結させる特性上、最後は駆け足気味になってしまったのが心残りです。

反響次第ではヒロインである玲奈目線の話だったり、連載も考えてはいます。

この作品を読んでくれてありがとうございました!!

「名も無き英雄の冒険譚」もよろしくお願いします!

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