本編
花びらが一枚、風に揺られながら地へと落ちてゆく。
揺れる木々に咲く、淡いピンクの花に紛れるように物陰から、それはそれは麗らかな白髪を持つ女性が現れた。なびく髪は日差しに照らされ、銀と見間違うほどに光を帯びている。
彼女の姿が見えると同時に、隠れていた大勢のならず者が姿を現した。無垢な彼女の紅い目に対して、彼らの持つ眼は欲に溢れ濁り切っていた。
彼女の命を絶つのは自分だ、と血走った眼差しで彼女を標的と捉える。我先にと、統制も取れていない愚民どもが一歩、足を踏み出し手に持つ武器を振りかざす、その時だった。
彼女の背後にそびえる木からたくさんの葉が舞い散る。気にとられたその刹那、風は自我をもって彼らが持つ武器をはたき落としていった。既に射られた矢は白髪の女性に当たる目前でぴたりと動きを止め、そのまま力なく地面へ向かう。彼女の背後にある木の枝には、優雅に扇子を仰ぎながら我らが王女様に歯向かう敵を睨みつけている女性が一人、軽やかに足を組んで腰かけていた。
全ての攻撃が彼女の手によって防がれた次の瞬間、大勢から狙われても尚平然とそこに佇む白髪の女性の左右から二つの影が飛び出した。その場にいた人間がその姿を視認するより早く、地から生えた影の鞭と一振りの刀から飛び出た斬撃がその場を支配してゆく。
彼女の前に立った灰色の髪を持つ女性は、目の前から溢れ出る不協和音すらもこの場には要らない、そう言わんばかりに丁寧に、しかし素早く敵を拘束していく。弓の弦につがえられた矢をも影で飲み込み、軽く指を振って敵もろとも一か所へと纏めていく彼女は、珍しく無表情であった。
対して、この女性が立つ場所より少し先、丁度人の波が出来始める辺りのところで、青い髪を持つ女性が果敢にも刀を振るっていた。構えるナイフを物ともせず次々に切り伏せ、彼女の周りには地に伏せる敵が増えていく。相手に向ける眼差しは真剣そのものであるが、何処か見下しているような、そんな冷たさを感じた。
満足に動ける者が彼女たち以外に居なくなったその時、両側から眩い光が生み出された。否、これは光なんかではない、炎だ。炎が壁となり、敵を確実に奈落の底へと叩き落とさんとしているのだ。
徐々に近づいてくる死神の囁きに慌てふためく彼らの足元が、不規則に揺れ始めた。地震か、地割れか、はたまた無邪気な子供の戯れか。足元を揺らされ、敵は地に伏せていった。こうなればもう、未だ迫りくる炎からは逃れられない。誰もが目を閉じ、生への願望を手放した時だった。
不意に、辺りに静寂が訪れた。
鼻の先にまで来ていた火花の散る音も、下から這い寄ってくる地の割れる音も、髪を揺らす風の音も、何もかもが消え失せる。
「思ったより遅かったね」
ただ一つ、その場を支配したのは、周りを頼もしい友人に囲われて涼し気に立つ白髪の女性——ルーチェの言葉であった。
「そう?」
わざとらしく首を傾げてちらりとルーチェを見る、先端がミントグリーンの色をした茶髪を持った女性——ウィンディは、木の幹に手を置いてふわりと飛び降りた。
「ごめんごめん」
伸ばしていた腕を身体の前に引き寄せながら開いた左手を素早く閉じる動きをした灰色に一束の黒が混じった髪を持つ女性——クロスは、ルーチェの方を向いて眉を八の字にした。
「ここ以外にも敵が居てな」
身体の横で勢いよく刀を振り、丁寧に刀身を鞘に収めた青色の髪を持った女性——ソラは、片時も敵から目を離そうとしなかった。
「処理に手間取ってんよ」
手に灯った炎を風に揺られるように消した金髪の女性——ファルルは、ルーチェの肩に手を置いた。
「だから許して、ルーチェ!」
手についた土をはたきながら落とした赤茶色の髪を持った女性——カーレスは、手の甲でルーチェの背中を小突いた。
「……ま、無傷だし、いいか」
ちらちらと、周りに立つ五人に視線を向ける。彼女の言葉にほっと胸を撫でおろす一同の姿を視界に写した後、ルーチェはヒールの音を響かせ、全てひっくるめて影のお縄についている敵の正面へ立った。
「このサラチア王国王女、ルーチェ・サラチアへ向けたその殺意、少々重い枷が必要とお見受けいたしましたわ」
右手の親指と中指を合わせ、腕をまっすぐに伸ばす。パチン、と指を鳴らす音が聞こえたかと思えば、敵は皆意識を奪われた。
「さあ、早く牢獄へ案内してあげて?」
ルーチェのその言葉に、敵の座る地面に魔法陣が現れる。細かに描かれた線が光を帯びたかと思えば、瞬きの間にそこは六人のみとなった。
再び訪れた沈黙。それは、布を広げる音によってかき消された。ウィンディが地面に布を敷いたのだ。
その音と風を皮切りに、それぞれが持ってきていた荷物を置き、準備を始めた。布を中心に半円形の結界をはり、革の鞄から出された様々な食器が並べられ、それぞれが座るクッションが食器を囲うように置かれていった。
全員が座ったのを確認したカーレスが、持っていたバスケットの蓋を元気よく開いた。
「おお……!」
誰かの感嘆する声が漏れる。バスケットの中には、様々な具が挟まったサンドイッチが詰められていた。
「まだまだぁ!」
後ろに控えていた大小あるバスケットから、様々な料理が飛び出してくる。よくある軽食から、見たこともないような異国のものまで、王城の料理人たちが腕によりをかけて作ったそれらは、六人の食欲を搔き立てるには充分だった。
全ての料理が蓋を開けられたと同時に、六本の腕が中央へと伸びる。各々が手に取った料理が皿に置かれた後、ウィンディが魔法で浮かせたポットがカップに紅茶を注ぎ始めた。
「じゃあ、食べようか」
ルーチェが、一度皿に置いたサンドイッチを再び手に取ると、他の五人も各々が取った料理を口に運び出した。
和やかな雰囲気はあれど、貴族たるもの、食事中におしゃべりをするなどはしたない……幼いころより何度も言いつけられたその教えを忠実に守っていた彼女らが言葉を交わし始めたのは、食後のクッキーが広げられたころだった。
すっかり夜の帳が落ちており、空には星が瞬いている。辺りの木々からは彼女らの声に反応して出てきた妖精たちが星に対抗するように光を纏いながら飛び回っていた。
ルーチェが杖を大きく振ると、彼女らの周りから円を描くように光の粒が現れ、陽炎のように揺れながら空へと舞い上がってゆく。クロスがここら一帯に結界を貼ると、ファルルは小さな火を空中でいくつも生み出した。その炎をウィンディは風で器用に形作り、飛び出た火の粉はソラが水を飛ばして的確に撃ち抜いていった。
「カーレス」
不意に、クロスがカーレスの名を呼ぶ。呼ばれた方を向いたカーレスは一瞬動きを止めるも、クロスの目線を追って合点がいったように頷いた。
ちらりと、カーレスの眼差しが闇のある一点を捉える。闇の先に居た何かが動くより早く、地面は棘となりそれを突き刺した。
「カーレス?」
目を細めたカーレスに、ルーチェが声をかける。真一文字に閉じた口を大きく開いたカーレスは、にこりとルーチェに笑いかけた。
「何でもないよ。それより、さっきのもっかいやってよ!」
サラチア王国で一番強い者は誰か。その問いに、皆は揃って彼女らの名前を口にする。
儚い出で立ちに気を抜くことなかれ。
蝶のように舞い、蜂のように刺すのだから。