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第9話 ラブコメの神、また来やがった。

 焚き火のはぜる音が、静かな夜の森にやさしく染みこんでいく。


 ラザンは黙って矢羽根の手入れをしていた。いつも通りの、職人めいた集中力で。私はといえば、火の傍らで小さくなって、紅茶のカップを両手で抱えていた。


 この世界に来てからというもの、まともな“くつろぎの時間”なんてものは、ほとんど無かった。けれど、今日だけは違っていた。


 いや、違っていた……というより、「何かがおかしかった」のである。


(……なんで、こんなに距離が近いの……)


 気づけば、ラザンとの間にあったはずの“安全距離”が、なんか、妙に縮まっていた。距離的にも、心情的にも。


 さっきからラザンは、まるで“何か”を言いたそうに口を開いては、閉じてを繰り返している。


 そして私はというと――顔が熱い。


 まさかとは思うけど、これもラブコメの神が言ってた、“好感度上昇バフ”ってやつのせい?


「……さっきから、顔が赤いぞ。風邪か?」


「ひっ」


 ラザンの低い声が、またも私の動揺を直撃する。


「いや、なんでもないです!!」


 私は勢いよく立ち上がって、空の紅茶のカップを頭上に掲げた。


「ちょっとおかわりを淹れてきます!!」


「……座っていろ。俺が淹れる」


「い、いえいえいえ! だ、大丈夫ですから!」


(だめだ……距離が近い……。このままだと変なフラグが立っちゃう……!!)


 顔を真っ赤にしたまま焚き火から離れようとした、そのとき――


 ピンポーン♪


 ――どこからともなく、ファンシーな電子音が響いた。


「……えっ?」


 見回しても、もちろんスピーカーもスマホもない。


 この音を私は、忘れていなかった。


 これは――なぐもんの登場SE。


「またかよ!!」


 私がツッコむより早く、空間がもやもやとピンク色に歪みはじめる。


 そしてその中心から、ド派手なハート型の魔法陣が出現し、その中から……


「再臨ッ!! ラブコメ神・なぐもん、ふたたび登場ーー!!」


「だから帰れ!!」



 ラザンが驚いたように立ち上がる。


 けれど、その場にいたのは私だけ。なぜか、なぐもんの姿はラザンには見えていないようだった。


 その理由を説明するより早く、ラブコメ神は腰に手を当てて高らかに宣言する。


「どうやら、先ほどの加護、ちょっと調整不足だったようでな。誠に申し訳ない。我ながら少々暴走しすぎた」


「え、いや、そこ謝るんですね?」


「なので、今回はフォローアップイベントに参上したというわけだ!」


「余計なお世話だよ!!」


「よろしい!」


 人の話を聞け。


 なぐもんはふわりと浮かぶと、手にしていた“初恋の書”を広げた。


「では、今回のイベントは“深まる夜の距離感”と“勘違いから始まる二人の試練”の二本立てだ!」


「勝手にシナリオ組むなぁぁぁ!」



 なぐもんの魔法陣が、再び私の足元で回転を始めた。


 そこから溢れ出すのは、やっぱりピンク色の輝き。


 さっきと違うのは――今回は“ハートの矢”みたいなものが飛んでくるという点である。


「いやいやいや、危ない危ない危ない!!」


 私は慌ててしゃがみ込み、矢を回避する。


 だが、その矢はするりと曲がって、くるくると空中を飛び回り――


 ラザンの背中に突き刺さった。


「!? ぎゃああああああああ!!?」


 違う意味で私が叫んだ。


 ちなみに、ラザンはまったく反応していない。どうやら見えもしなければ、刺さったことにも気づいていないらしい。


(これ、絶対なにかのフラグが立った!!)


 恐る恐る彼の様子を伺うと、ラザンは弓を置き、こちらをじっと見ていた。


 その表情は、いつもより、少しだけ優しげで――


「何か、言いたいことがあるなら、言ってみろ」


「えっ……!?」


 さっきまであれだけ黙ってたのに、どうしてこのタイミングで!? いや、絶対、なぐもんの矢のせいで“好感度が強制上昇”してる!!


「な……なにもありませんから!!」


 私は真っ赤になりながら、焚き火に戻る。


 ラザンも、すっと隣に座った。


 ……距離が、やっぱり、近い。



(……やばい……)


 なぐもんは、相変わらず私の背後に浮かびながら、満足げに頷いていた。


「うむ、見よ、この距離感。青春だなあ。苦難の中に芽吹く恋、これぞ異世界ラブコメの王道!」


「勝手に王道にすんな!!」


「だが、まだこれで終わりではない!」


 また何かやる気か。


 なぐもんはページをめくり、ピンクの羽ペンでしるしをつけた。


「さあ、次のイベントは“温度差すれ違い編”!」


「タイトルが不穏なんですが!?」


「イベント開始まで、カウントダウンッ!」


「やめろおおおおお!!」

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