第8話 “恋愛補完計画”なんて、聞いてないから!!
ぽかん、としたまま、私は紅茶のカップを持った手を半分宙に浮かせていた。
異世界。
サバイバル。
死にかけ。
ツナマヨ。
そして――ラブコメの神。
順番どうなってんの!?
「……あの」
ようやく声が出た。
「あなた……神様なんですよね? その、ラブコメの?」
「うむ!」
ラブコメ神・なぐもんは、なぜか腰に手を当てて胸を張る。
背後で“どこから出してるのか不明なSE”が流れ、**キラーン!**と効果音が鳴った。
「君の孤独な日々にこそ、今こそ“ラブ”が必要なのだよ! 苦しみの中でこそ芽生える想い、擦れ違い、涙、そして感動のキス! それが我の導きし《ラブコメ補完計画》!」
「……補完される前に心が崩壊しそうなんですけど?」
いや、なんでここに来たのよ。
助けに来た神様、第一声が「青春が足りない」って。
わたしの何を見てたの!?
◇
「さあ、選ぶがよい!」
なぐもんは、分厚い本――“初恋の書”とやらを高く掲げた。
中には、なぜか三択のルート分岐が載っていた。
「異世界ラブコメの道は、己の選択から始まるッ!
ここに示す三つの選択肢から――運命の一歩を踏み出せ!!」
……ノリが完全に某・恋愛シミュレーションゲーム。
ページには、キラキラのピンクインクでこう書かれていた。
⸻
【選択肢】
1.「森で出会った不思議な少女が、実は精霊の姫だった!?」
2.「無口な狩人との距離が、急にゼロ距離に!?」
3.「目覚めたら、なぜかラブコメ神と婚姻届が提出されていた(書類は既に提出済)」
⸻
いやいやいや。
「この中に、“普通に生きる”って選択肢ありませんか!?」
「残念だが、既に君の物語は恋愛ジャンルに突入しているッ!」
ぐっ、と親指を立ててウインクしてくるなぐもん。
勝手にジャンル変更すんなーー!!
◇
「では、我が加護を授けよう!」
なぐもんは羽をばさっと広げると、どこからともなくピンク色の魔法陣を展開させた。
魔法陣の中央には、なぜかハートマークが回転している。
その中心から、ひときわまぶしい光が溢れ出す。
「“告白イベント自動発生スキル”! “好感度上昇バフ”! “文化祭ルート開放”! 選りすぐりの神技を君に!」
「いらないからあああああ!!」
――そして。
ピンク色の光が、わたしの額にぽすっと小さく当たった瞬間だった。
ぱあああっと、視界が明るくなり――
ラザンが、私の方を振り向いた。
「……? どうした?」
なんか、妙に照れてるように見える。
……え、これ、まさか。
発動した!?
(ちょっと、冗談でしょ……!?)
「わたしは、ラザンのこと……」
なんか勝手に口が動くんですけど!?
「っ!? 待って、やめ――!」
「ちょっとまてい!!」
ようやく、なぐもんが止めに入った。
ピンクの光を振り払うと、私の口もぴたりと止まる。
「おっと危ない! チュートリアル演出がフルオートになっておった! ふむ、調整が必要だな!」
「いや、何チュートリアルでフラグ建てようとしてんのよ!!」
「よろしい、では我は一旦姿を隠す。しばし君のラブを見守るとしよう!」
「まって、帰らな――」
ふわりと舞い上がったラブコメの神は、ハート型の煙と共にどこかへと消えていった。
静寂が戻る。
ラザンが、ほんのわずかに眉をひそめた。
「……いまのは、何だった?」
「説明できたら、こっちが聞きたいわ……!」
私は、冷え切った紅茶をぐいっと飲み干した。
後味は――なぜか、ほんのり甘くなっていた。
⸻
◇
そして、その夜。
再び訪れる夜闇のなかで、焚き火の灯りが揺れていた。
ラザンは黙って弓の手入れを続けている。
私は、その隣で紅茶のカップを両手で抱きながら、ぼんやりと空を見上げていた。
(……なんだったんだろう、あの神様)
非現実すぎて、夢だったのかもしれないと思い始めていた。
けれど――
「……さっきから、顔が赤いぞ。風邪か?」
ラザンのその言葉に、私はびくっとした。
(うそ、バフまだ残ってる!?)
この世界、どうやら本当に油断ならない。
“死”だけじゃなく、“ラブ”の不意打ちまであるなんて――
思わず、苦笑がこぼれた。