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第7話 降臨、ラブコメの神・なぐもん

 ――目が覚めたとき、風の匂いが変わっていた。


 森の空気が少しだけ乾いていて、昨日までの濁った重さが薄れている。

 太陽の光は木々の間から斜めに差し込み、岩陰に作った即席の寝床に、ほのかな暖かさを届けていた。


 あれほど疲れきっていたはずなのに、朝はちゃんと来る。


 それが、なんだか少しだけ、嬉しかった。



 わたしは、焚き火の火が消えていないことを確認してから、

 そっと身を起こした。


 ラザンはすでに目を覚ましていた。

 静かに立ち上がり、弓と短剣の手入れを始めている。


「……おはよう」


 そう声をかけると、彼はわずかにこちらを見て、うなずくだけだった。

 けれど、その無口な仕草にも、昨日よりは確かに温度があった。



 朝の食事は、残っていた冷えた肉の塩煮と、わたしのスキルで出した紅茶。


 火を囲んで静かにそれを分け合いながら、わたしたちは互いの体調を確かめ合い、

 今日の方針を決める。


「北の尾根に出る。川沿いを伝えば、明日には村の外れに着ける」


「……うん。ついていく」


 もう、それしかなかった。

 この世界で、わたしひとりでは生きられない。

 それに、ラザンのそばにいることで、少しだけ“生きてる実感”が持てた。



 森を歩いた。


 ぬかるんだ小道は昨日よりは乾いていて、足を取られることは少なかった。

 ラザンの歩くペースは安定していて、わたしの方にも気を配ってくれているのが分かる。


 道中、小動物の巣を発見し、罠を仕掛ける。

 木の実の採取場所を見つければ、地図に印をつけるような手際で記録を残す。

 わたしも、教えてもらいながら、枝を集めたり、獣道の跡を見分けたりしていた。


(……少しだけ、役に立ててるかな)


 昨日までは“助けられるだけの存在”だった自分が、

 ほんの少しだけ“隣で生きている”と感じられるようになっていた。



 昼前、小さな兎型の魔物を仕留めた。


 無駄なく皮を剥ぎ、肉を包み、骨と内臓を分ける。

 焚き火は使わず、乾燥肉に加工する準備をするため、道端で簡単な処理だけ済ませた。


 血の匂いを消すため、川沿いまで足を延ばす。


 そこでようやく、わたしはひと息ついた。


 冷たい水で手を洗いながら、顔を上げて空を見た。

 空はどこまでも澄んでいて、白い雲がゆっくりと流れていた。


(……今日、まだ一度も“死ぬかも”って思わなかった)


 それが、すごいことだと気づく。


 初日、二日目、三日目。

 すべてが死と隣り合わせだった。

 今日が、“最初の平穏な一日”だった。


 それだけで、胸の奥に小さな灯が灯った気がした。



 午後、道中に見つけた岩場で、短い休憩を取ることにした。


 ラザンが焚き火を作り、火を起こす。

 わたしは周囲を見回りながら、食べられそうな葉を確認し、木陰に腰を下ろす。


 すっかり冷えた紅茶を取り出し、少しだけ飲んだ。

 味は薄れていたけれど、あのときの記憶が口の中に広がる。


 ――命をつないだ、ツナマヨと紅茶。


 あの夜がなければ、今のわたしはきっと、ここにいない。


 そっと、昨日のツナマヨの包み紙を取り出して、焚き火の傍らで丁寧に折りたたむ。


(……ありがとう)


 そう、心の中でつぶやいたときだった。


 天が裂けた。


 まばゆい恋のオーラと共に、ハート型の雷が空を走る。

 風が吹き、地面の落ち葉が――なぜかハート型に舞い上がる。


「……なにごと……?」


 呟いたその時、地に降り立った男がいた。


 白Tシャツにジーパン、サンダル履き。

 そしてその胸には、堂々とこう書かれていた。


 > 《ヒロイン募集中》


 ……なんだこれ。


 背中には、左右一対のハート型の羽根が揺れ、

 羽ばたくたびにピンク色の粉がふわっと舞う。


 手には、分厚い本。

 表紙には、金文字で「L♡VE」と書かれている。

 開けば、フラグの立て方や告白のベストタイミングが図解付きで載っているらしい。


「……貴様、試練の異世界に生きる者よ。

 苦しみ、戦い、時にメシを食らい……

 だが一つ、貴様には欠けているものがある」


 神々しい声が、空気を震わせる。


 わたしは、紅茶を吹き出しかけた。


 (今の声、完全に登場BGM付きじゃない!?)


「それは――青春だッ!!」


 ドン!


 男の背後で、小さなハート型の煙がぷしゅっと控えめに上がる。


 ……演出がいちいちダサい。


「我は――ラブコメの神・なぐもん!

 恋と笑いとすれ違いの守護者。修羅場とヒロインを司る者なり!」


 そのTシャツが風にひらりと舞い、背中にこう記されているのが見える。


 > 《理想はツンデレ(急募)》


 なにそれ。なんの神?


 わたしが口を開く暇もなく、

 神・なぐもんは手にした“初恋の書”を**バンッ!**と開き、

 高らかに叫んだ。


「貴様の旅路に、笑いとときめきを!

 ――さあ始めよう。異世界ラブコメ化計画を!!」


 わたしはその場で完全にフリーズした。


(いや……まって。この世界、つい昨日まで“ツナマヨと紅茶で命をつないでた”んですけど?)


(次に来たのが……ラブコメの神って……どういう順番よ!?)

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― 新着の感想 ―
神・なぐもんのペースに巻き込まれていて、不憫で憐れだと思ってしまいました。この先どうなっていくのか、混沌か、平和か、それとも⋯⋯? 迷いとすべてを超えた先、きっと待っているものがあるのでしょう。
わぁーこの神やばーい 作風に全く合ってない(笑)
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