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第3話 森の昼、はじめての“狩りの食事”

 朝――。


 焚き火の灰にまだ熱が残るなか、わたしはゆっくりと目を覚ました。

 木々の隙間から、白く淡い朝の光が差し込んでいる。


 寝返りを打つと、体中がぎしりと痛んだ。

 けれど、それも“生きている証”だと思うと、不思議と悪い気はしなかった。


 ラザンはもう起きていた。


 彼は火を確認し、剣を手入れし、何かを探るように森の空気を読んでいた。


「……おはよう」


 わたしの声に、彼はちらりとこちらを見ると、短く頷いた。

 それだけのやりとりが、今日の始まりに思えた。



 荷をまとめ、森を歩く。

 歩幅は以前より少しだけ合っていた。

 わたしの足取りが改善されたというよりは、ラザンが無意識に合わせてくれているのだろう。


 口数は相変わらず少ないけれど、言葉がなくても、空気が張っていないだけで安心できる。

 彼の背中は、まだ“安全”の象徴だった。


「今日は、村に戻るんですか?」


「途中までは。……だが、まず食料を確保する」


 淡々とした返事。

 けれど、その一言で、“今日も生きる”という現実が確かになった気がした。



 森は、昨日よりも静かだった。


 空は青く、風は涼しい。

 鳥の声が頭上をかすめ、細い小道には昨夜の雨が残していった水滴が光っている。


 少し歩いたところで、ラザンが指で制した。


 わたしは息を飲んで立ち止まり、視線の先を追う。


 そこには、白くて丸い動物がいた。


 ウサギのようで、でも耳が短く、目が黒い。

 毛はふわふわしていて、何かをついばんでいるようだった。


「静かに。……逃がすな」


 ラザンが弓をつがえる。

 空気が、ピンと張り詰める。


 ――シュッ。


 小さく風が鳴り、矢が放たれた。


 動物がピクリと動く。

 けれどそれは、わたしには見えない速さで仕留められていた。


「……すごい……」


 思わず声に出すと、ラザンは何も言わず、淡々と獲物を拾い上げた。


「もう一体、必要だな」


 わたしたちはさらに奥へと歩き、もう一匹の捕獲にも成功した。


 狩り――

 それは、命を奪うことだと、わたしは初めて実感した。



 昼前、少し開けた岩場に小さな焚き火をつくる。


 ラザンが木の枝を削り、ウサギのような獣の肉を串に刺す。

 内臓と毛皮は丁寧に処理され、わたしはその横で火の番を任された。


「風が強いと火が逃げる。……石で囲め」


「う、うん……」


 言われた通りに、火の周りに石を並べていく。

 火を見るのは、少し怖い。でも、それが“仕事”だと思えた。


 ラザンは器用に肉を焼き、焦げすぎないように回していく。


 しばらくして、香ばしい匂いがあたりに立ち込めてきた。


「……はい」


 差し出された串を受け取る。

 わたしは、ゆっくりと一口、かじった。


 熱い。けど、うまい。


 味つけなんてされていないのに、しっかりとした旨味が口の中に広がって、

 今までに食べたどんなレトルトよりも“生きている味”がした。


「……おいしい……」


 ぽつりと呟いた言葉に、ラザンが小さく頷いた。


 それだけで、なぜか心が少しだけ温かくなった。



 焚き火のあと、わたしたちはしばし休んだ。


 岩に背を預けて座り、頭上の木漏れ日を見上げる。

 風がそよぎ、草が揺れ、虫の羽音がどこか遠くで響いていた。


 時間が、ゆっくりと流れていた。


 生きるための狩り。

 火を囲んで食べること。

 言葉はなくても通じ合える空気。


 それは、ほんのひとときのことだったけれど、

 この世界に来てから初めて、“穏やかな昼”だった。


 わたしは、深く息を吸った。


(……わたし、生きてるな……)


 そう思えた。



 けれど――その平穏は、永遠には続かなかった。


 風の音が、一瞬、止んだ気がした。


 鳥たちの声も、どこか遠くで小さくなる。


 それはほんのわずかな変化だった。

 でも、森の空気が、すこしだけ“よどんだ”ように感じた。


 わたしは、無意識に顔を上げた。


 ラザンが、遠くを見ている。

 その視線の先には、木々の重なりと、揺れる葉の影しかなかったけれど――

 その立ち姿が、何かを感じ取っていることを、わたしはすぐに悟った。


「……どうかしたの?」


 小さな問いかけに、ラザンは答えなかった。

 けれど、わずかに目を細めるようにして、静かに森を睨んでいた。


 そして、ほんの一言。


「……少し、早く進もう」


 それは、警戒でも、予兆でもあった。


 平穏に慣れかけた身体が、再び静かに緊張を取り戻していく。


 森の奥で、何かが目を覚ましかけている――

 わたしはそう感じていた。

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