第3話 森の昼、はじめての“狩りの食事”
朝――。
焚き火の灰にまだ熱が残るなか、わたしはゆっくりと目を覚ました。
木々の隙間から、白く淡い朝の光が差し込んでいる。
寝返りを打つと、体中がぎしりと痛んだ。
けれど、それも“生きている証”だと思うと、不思議と悪い気はしなかった。
ラザンはもう起きていた。
彼は火を確認し、剣を手入れし、何かを探るように森の空気を読んでいた。
「……おはよう」
わたしの声に、彼はちらりとこちらを見ると、短く頷いた。
それだけのやりとりが、今日の始まりに思えた。
◇
荷をまとめ、森を歩く。
歩幅は以前より少しだけ合っていた。
わたしの足取りが改善されたというよりは、ラザンが無意識に合わせてくれているのだろう。
口数は相変わらず少ないけれど、言葉がなくても、空気が張っていないだけで安心できる。
彼の背中は、まだ“安全”の象徴だった。
「今日は、村に戻るんですか?」
「途中までは。……だが、まず食料を確保する」
淡々とした返事。
けれど、その一言で、“今日も生きる”という現実が確かになった気がした。
◇
森は、昨日よりも静かだった。
空は青く、風は涼しい。
鳥の声が頭上をかすめ、細い小道には昨夜の雨が残していった水滴が光っている。
少し歩いたところで、ラザンが指で制した。
わたしは息を飲んで立ち止まり、視線の先を追う。
そこには、白くて丸い動物がいた。
ウサギのようで、でも耳が短く、目が黒い。
毛はふわふわしていて、何かをついばんでいるようだった。
「静かに。……逃がすな」
ラザンが弓をつがえる。
空気が、ピンと張り詰める。
――シュッ。
小さく風が鳴り、矢が放たれた。
動物がピクリと動く。
けれどそれは、わたしには見えない速さで仕留められていた。
「……すごい……」
思わず声に出すと、ラザンは何も言わず、淡々と獲物を拾い上げた。
「もう一体、必要だな」
わたしたちはさらに奥へと歩き、もう一匹の捕獲にも成功した。
狩り――
それは、命を奪うことだと、わたしは初めて実感した。
◇
昼前、少し開けた岩場に小さな焚き火をつくる。
ラザンが木の枝を削り、ウサギのような獣の肉を串に刺す。
内臓と毛皮は丁寧に処理され、わたしはその横で火の番を任された。
「風が強いと火が逃げる。……石で囲め」
「う、うん……」
言われた通りに、火の周りに石を並べていく。
火を見るのは、少し怖い。でも、それが“仕事”だと思えた。
ラザンは器用に肉を焼き、焦げすぎないように回していく。
しばらくして、香ばしい匂いがあたりに立ち込めてきた。
「……はい」
差し出された串を受け取る。
わたしは、ゆっくりと一口、かじった。
熱い。けど、うまい。
味つけなんてされていないのに、しっかりとした旨味が口の中に広がって、
今までに食べたどんなレトルトよりも“生きている味”がした。
「……おいしい……」
ぽつりと呟いた言葉に、ラザンが小さく頷いた。
それだけで、なぜか心が少しだけ温かくなった。
◇
焚き火のあと、わたしたちはしばし休んだ。
岩に背を預けて座り、頭上の木漏れ日を見上げる。
風がそよぎ、草が揺れ、虫の羽音がどこか遠くで響いていた。
時間が、ゆっくりと流れていた。
生きるための狩り。
火を囲んで食べること。
言葉はなくても通じ合える空気。
それは、ほんのひとときのことだったけれど、
この世界に来てから初めて、“穏やかな昼”だった。
わたしは、深く息を吸った。
(……わたし、生きてるな……)
そう思えた。
◇
けれど――その平穏は、永遠には続かなかった。
風の音が、一瞬、止んだ気がした。
鳥たちの声も、どこか遠くで小さくなる。
それはほんのわずかな変化だった。
でも、森の空気が、すこしだけ“よどんだ”ように感じた。
わたしは、無意識に顔を上げた。
ラザンが、遠くを見ている。
その視線の先には、木々の重なりと、揺れる葉の影しかなかったけれど――
その立ち姿が、何かを感じ取っていることを、わたしはすぐに悟った。
「……どうかしたの?」
小さな問いかけに、ラザンは答えなかった。
けれど、わずかに目を細めるようにして、静かに森を睨んでいた。
そして、ほんの一言。
「……少し、早く進もう」
それは、警戒でも、予兆でもあった。
平穏に慣れかけた身体が、再び静かに緊張を取り戻していく。
森の奥で、何かが目を覚ましかけている――
わたしはそう感じていた。