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第13話 好きって言わない優しさが、ずるい。

 焚き火の炎は、もうさっきより小さくなっていた。


 薪を追加する気にもなれなくて、ただじっと座っていた。

 さっきの会話が、まだ頭の中で繰り返されていた。


「助けた。それ以上でも、それ以下でもない」


 どうして、そんな言葉を選ぶの?


 わたしの胸の中にあった“安心”は、あっという間に崩れてしまった。


(ちがうよ、そんなの……)


 あのとき、たしかに笑ってくれたじゃん。

 「お前のツナマヨ、強いな」とか、「紅茶はこっちだ」とか、ちゃんとわたしのこと、見てくれてたじゃん。


 あれも“助けただけ”だったの?


「…………っ」


 言い返す言葉が、見つからなかった。


 視線を向けるのも怖くて、わたしは自分の膝に顔を伏せる。


 その沈黙を破ったのは、やっぱり――あの声だった。


「は~いっ、皆さんお待たせしましたっ☆」


 もう出てくんなやお前はァアア!!


 言いたくなるくらい、わたしの心はズタボロだった。


「というわけで、ただいま【すれ違いイベント】は順調に終盤戦に突入しました~!」


 わたしの頭の上に、勝手に《悲しみ度:81%》《混乱度:76%》とか、メーターが並びはじめる。


「うわあああああ!!! それ消してぇぇえええ!!!」


「安心してください! このままいけば、立派な“すれ違い→涙→感情爆発→仲直り”のテンプレート展開に突入できますから!」


「……テンプレで感情動かせるかあああ!! 誰の気持ちだと思ってんのよ!!」


「そりゃもちろん、読者様の!」


「だれかこの神様ぶっ飛ばしてえぇええ!!」


 わたしの心の中が、暴風警報だった。



 ラザンはまだ、焚き火の向こうで黙っていた。


 わたしを気遣ってるのか、それとも話しかける勇気がないのか。


 たぶん、その両方なんだと思う。


(……わたし、さっき泣きそうだったもんね)


 強がってたけど、内心はぼろぼろで。


 その空気を感じて、彼はきっと、“距離”を取った。


 優しいのか、鈍感なのか。


 そのくせ、ちゃんと相手の痛みに気づいてるところが、ずるい。


「……ねえ、ラザン」


 言葉が、ぽつりと落ちた。


 彼はゆっくりこちらを見る。


「さっきの言葉……“助けただけ”って言ったけど」


 胸の奥で、何かが震えていた。


「じゃあ、“いま”は? それも“助けた”だけの続き?」


 返ってくるのは、沈黙だった。


「“助けた人”とは、こんなふうに……焚き火を囲んで並んで、くだらないことで笑ったりするの?」


「…………」


「“助けた人”って、そんな特別な顔で見つめるの……?」


 言葉を選びながら、でも止められずに、わたしは問いかけた。


 すると、ラザンの肩がほんの少し、揺れた。


「……それ以上、言うな」


 かすかに震えた声だった。


「……ラザン?」


「それ以上、言われたら……たぶん、俺……」


 彼は、拳をぎゅっと握りしめて、視線をそらした。


「言っちまいそうだから」


 その一言に、息が止まりそうになった。


 ――言っちまいそう。


 つまり、それは――


(ああ、もう……)


 わたしの心の中で、何かがはじけた。


 涙が出そうになるのを、必死にこらえて、口を噤んだ。


(……わかってる。これ以上は、今じゃない)


 今ここで何かを踏み込んでも、きっと“神の加護”がまた歪ませてくる。


 この気持ちは、わたしがちゃんと選びたい。


 誰かに与えられるんじゃなくて、自分の足で、想いで、選びたい。


 だから今は――


「じゃあ……また、焚き火、囲んでくれる?」


 わたしの声は、ほんの少し震えていたかもしれない。


 でもラザンは、ほんの少し笑って頷いた。


「ああ。――焚き火くらい、いくらでもな」


 それだけで、胸がじんわりとあたたかくなった。


◇ ◇ ◇


 その夜、世界のどこかで、神々(読者)のまなざしが、再び彼女に向けられた。


 それは、次なる選択の兆し。

 加護か、試練か、導きか。

 いま、ひとつの運命が、静かに揺らぎ始めている。

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