第13話 好きって言わない優しさが、ずるい。
焚き火の炎は、もうさっきより小さくなっていた。
薪を追加する気にもなれなくて、ただじっと座っていた。
さっきの会話が、まだ頭の中で繰り返されていた。
「助けた。それ以上でも、それ以下でもない」
どうして、そんな言葉を選ぶの?
わたしの胸の中にあった“安心”は、あっという間に崩れてしまった。
(ちがうよ、そんなの……)
あのとき、たしかに笑ってくれたじゃん。
「お前のツナマヨ、強いな」とか、「紅茶はこっちだ」とか、ちゃんとわたしのこと、見てくれてたじゃん。
あれも“助けただけ”だったの?
「…………っ」
言い返す言葉が、見つからなかった。
視線を向けるのも怖くて、わたしは自分の膝に顔を伏せる。
その沈黙を破ったのは、やっぱり――あの声だった。
「は~いっ、皆さんお待たせしましたっ☆」
もう出てくんなやお前はァアア!!
言いたくなるくらい、わたしの心はズタボロだった。
「というわけで、ただいま【すれ違いイベント】は順調に終盤戦に突入しました~!」
わたしの頭の上に、勝手に《悲しみ度:81%》《混乱度:76%》とか、メーターが並びはじめる。
「うわあああああ!!! それ消してぇぇえええ!!!」
「安心してください! このままいけば、立派な“すれ違い→涙→感情爆発→仲直り”のテンプレート展開に突入できますから!」
「……テンプレで感情動かせるかあああ!! 誰の気持ちだと思ってんのよ!!」
「そりゃもちろん、読者様の!」
「だれかこの神様ぶっ飛ばしてえぇええ!!」
わたしの心の中が、暴風警報だった。
◇
ラザンはまだ、焚き火の向こうで黙っていた。
わたしを気遣ってるのか、それとも話しかける勇気がないのか。
たぶん、その両方なんだと思う。
(……わたし、さっき泣きそうだったもんね)
強がってたけど、内心はぼろぼろで。
その空気を感じて、彼はきっと、“距離”を取った。
優しいのか、鈍感なのか。
そのくせ、ちゃんと相手の痛みに気づいてるところが、ずるい。
「……ねえ、ラザン」
言葉が、ぽつりと落ちた。
彼はゆっくりこちらを見る。
「さっきの言葉……“助けただけ”って言ったけど」
胸の奥で、何かが震えていた。
「じゃあ、“いま”は? それも“助けた”だけの続き?」
返ってくるのは、沈黙だった。
「“助けた人”とは、こんなふうに……焚き火を囲んで並んで、くだらないことで笑ったりするの?」
「…………」
「“助けた人”って、そんな特別な顔で見つめるの……?」
言葉を選びながら、でも止められずに、わたしは問いかけた。
すると、ラザンの肩がほんの少し、揺れた。
「……それ以上、言うな」
かすかに震えた声だった。
「……ラザン?」
「それ以上、言われたら……たぶん、俺……」
彼は、拳をぎゅっと握りしめて、視線をそらした。
「言っちまいそうだから」
その一言に、息が止まりそうになった。
――言っちまいそう。
つまり、それは――
(ああ、もう……)
わたしの心の中で、何かがはじけた。
涙が出そうになるのを、必死にこらえて、口を噤んだ。
(……わかってる。これ以上は、今じゃない)
今ここで何かを踏み込んでも、きっと“神の加護”がまた歪ませてくる。
この気持ちは、わたしがちゃんと選びたい。
誰かに与えられるんじゃなくて、自分の足で、想いで、選びたい。
だから今は――
「じゃあ……また、焚き火、囲んでくれる?」
わたしの声は、ほんの少し震えていたかもしれない。
でもラザンは、ほんの少し笑って頷いた。
「ああ。――焚き火くらい、いくらでもな」
それだけで、胸がじんわりとあたたかくなった。
◇ ◇ ◇
その夜、世界のどこかで、神々(読者)のまなざしが、再び彼女に向けられた。
それは、次なる選択の兆し。
加護か、試練か、導きか。
いま、ひとつの運命が、静かに揺らぎ始めている。




