第12話 すれ違い進捗度、43%
(どうしよう……どうしよう……)
わたしの胸の奥で、さっきの言葉がずっと反響していた。
「……もう、少しだけ……そばにいても、いい?」
火の音すら聞こえなくなるくらい、自分の声だけが響いた気がした。
ラザンは、それをちゃんと聞いていて、あの真面目な顔で、ああやって――
「……焚き火くらい、いくらでも囲んでやる」
優しくて、照れくさくて、でもどこかあたたかくて。
(……やだ、なにこの展開)
どう考えても、これはもう“イベント発生中”だった。
ラブコメの神・なぐもんが発動した「すれ違い促進バフ」。
でも、今のやり取り、どこに“すれ違い”が?
(……いや、まさか)
と、そのときだった。
「……結月は、どうなんだ?」
ラザンの低い声が、ふいに問いかける。
「えっ、どうって……?」
「この世界でのことだ。……まだ慣れないことも多いだろう」
「……ああ、うん……まあ、ね」
正直、慣れるどころじゃなかった。
毎日が“知らない”の連続。
何もわからない世界で、何も持たずに転移させられて、サバイバルして、出会って、神様に振り回されて、なんかラブコメまでしてて――
どこからツッコめばいいのか、わからないくらい。
「でも……」
思わず、焚き火を見つめながら口にしていた。
「今こうして、誰かと並んでる時間は……ちょっとだけ、安心できるかなって」
ぽつりと呟いた言葉に、ラザンは黙って頷いた。
その沈黙が、妙に心地よくて。
……でも。
その空気が破られたのは、ほんの数秒後だった。
「……だから、ちょっと困ってるのかもしれない」
「え?」
思わず聞き返す。
ラザンの目は、まっすぐだった。
「お前は、俺といると“安心”できる。でも、俺は――」
言いかけて、彼の言葉が止まる。
まるで、何かを躊躇うように。
(……あれ?)
違和感が、ほんの一滴、胸の奥に落ちた。
「ラザン……?」
問いかけても、彼はすぐには答えない。
焚き火の明かりが、彼の影を揺らしていた。
その表情は暗く、読めない。
ようやく彼が口を開いたのは、数秒後のことだった。
「……あまり、踏み込みすぎたらいけない気がしたんだ」
その一言に、胸がぎゅっとなった。
優しい声だった。
でも、それはまるで、壁を作るような――そんな響きだった。
「ラザン……なに、それ」
「俺は、お前を……“助けた”だけだ」
その言葉に、頭の中が真っ白になった。
「ちょ、ちょっと待って。それって、どういう……」
「助けた、だから。――それ以上でも、それ以下でもない」
「……なんで、急にそんな言い方……」
「だから、俺は――」
「やめて!!」
思わず、大きな声が出た。
焚き火の影が揺れる。
「どうして急に……。さっきまで、あんなに普通に話してたじゃん……!」
「……すまん」
「それ、謝るところじゃないよ。……なんでそんな言い方するの? 私、なんかした?」
「いや、そうじゃない。……だから、すまん」
静かに、でも確かにラザンは距離を取ろうとしていた。
わかる。わかるけど、わからない。
(なんで……急に、こんな……)
そして。
背後で――あの声が、聞こえた。
「……ふふっ、順調、順調!」
振り向けば、なぐもんが腕組みして、にやにやしていた。
その頭の上には、《すれ違い進捗度:43%》という謎のゲージが浮いている。
「やめてよ……ほんとに……」
思わず、吐き出していた。
だけど、なぐもんはまったく動じない。
「大丈夫、大丈夫。いったん離れても、それが“近づきたい”って気持ちに火をつけるんだよ。すれ違いイベントってのは、そういうもんなの」
「……誰もそんなの望んでないよ」
「いや、読者は見たい。絶対見たい」
「うるさいな!! こっちはガチで傷ついてるんですけど!!」
気づけば、焚き火の前には、静かな沈黙が戻っていた。
でもそれは、“気まずさ”という名の沈黙。
わたしとラザンのあいだに、確かに“距離”ができていた。




