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第10話 天然タラシと、恋愛バフの暴走神

 焚き火の炎が、夜風に揺れている。


 パチ……と小さな音を立てて、木片が燃える。

 けれど、私の胸の中の方が、ずっと騒がしかった。


(なんでこんなに、心臓がうるさいのよ……)


 あの神様のせいだ。なぐもんの。

 あんな加護とかバフとか、いらないって言ったのに。


 それなのに、ラザンの一言がまだ耳に残っていて――

「顔が赤いぞ」

 ……なんでそんなこと、言うのよ。


 ふいに、視線が重なりそうになって、私はとっさにカップを持ち上げる。

 飲みかけの紅茶は、すっかりぬるくなっていた。


「……すまん。気に障ったか?」


 唐突に、ラザンの低い声が響く。


「えっ?」


 思わず、間の抜けた声が漏れてしまった。


 ラザンは、焚き火の影でほんのわずかに眉をひそめている。

 けれど、その表情はいつもよりも少しだけ柔らかくて。


「顔色を言っただけなんだが……怒らせたかと思ってな」


「そ、そんなことないよっ!」


 私の声が裏返った。


「びっくりしただけで! ……あの、急に言われたから。ほら、びっくりするじゃん、ね!?」


 思わず口早になってしまう。

 それが余計に、わたしの動揺を浮き彫りにしていた。


 ラザンは数秒だけ沈黙したあと、「……そうか」とだけ呟いた。

 そして、ふたたび手元の弓に意識を戻す。


(落ち着け、星宮結月。これはバフのせい、ラブコメ神のせい。私が悪いんじゃない、絶対……)


 でも。


 でも、それにしても。


 なんか、妙に距離が近くない……?


 無言で並ぶ焚き火の時間。

 それだけなのに、まるで“雰囲気”みたいなものができあがっている気がして。


 妙に、視線が気になる。

 妙に、呼吸の音が気になる。


 そして、妙に――心が、ふわっと浮かび上がる。


(いやいやいやいや、何が“ふわっ”だ)


 頭をぶんぶんと振って、雑念を振り払う。


「ラザンは、こうやって……ひとりで旅してたの?」


「……ああ。元から、あまり群れるのは得意ではなくてな」


 落ち着いた声。

 けれどその奥に、わずかに混じる寂しさのようなものが、私の胸に引っかかった。


「寂しく、なかったの?」


「……あんまり考えたことはない。だが、誰かと並んで焚き火を囲むのも、悪くはないと思った」


「…………っ」


 まただ。

 またそうやって、不意打ちしてくる。


 この人、絶対天然タラシだよ。

 なぐもんのバフとか関係なく、元からこういう人なんじゃ――


「……う」


 ほっぺたを両手で押さえて、顔を覆った。

 火の熱なんかじゃない。これ、絶対こっちの体温で火照ってるやつ。


 そのとき。


「……おかしいな。今日は少し、火の回りが悪い」


 ラザンがぼそりと呟いた。


「火?」


「ああ。薪は昨日と同じはずなのに、妙に焚き付きが鈍い」


 ふむ、と顎に手を当てるラザン。


(え、ちょっと待って)


 この状況、もしかして。


 まさかとは思うけど――


(なぐもん、また来てるんじゃないでしょうね!?)


◇ ◇ ◇


「やっぱり来たあああああ!!!」


 私は思わず叫んだ。


 焚き火の向こう――ぼわん、とピンク色の煙のなかから現れたのは、例のふわふわ羽根付き神様だった。


「いざ! 第二章《温度差すれ違いイベント》発動ーー!!」


 その手には、またしてもピンクの魔法陣。

 しかも今回は、なぜかハートが三つに増えていた。何の進化だ、それ。


「いや、ほんとにもう来ないでって言ったよね!?」


「ふっ、恋は不意打ちから始まるもの。我の加護があれば、必ずや二人の関係は一歩前進する!」


 もううんざりだった。


「……なに? 今度は何の“イベント”なのよ」


「今回はな、ふたりの温度差を拡げ、すれ違いと誤解によって距離感を生み出し、その後の“本心暴露”で急接近を狙う!」


「どんなラブコメ構成だよッ!」


「では、いざ発動ッッ!!」


 ドゴォォォン!!


 焚き火が、謎の演出で爆発した。


「ちょ、こらああああ!!」


 咄嗟に伏せる私の頭上で、なぐもんが高らかに叫ぶ。


「“すれ違い促進バフ”! “本心逆転効果”! “心拍数ブーストLv2”! よろしいかッ!」


「よろしくないわよ!!」


 煙の向こうで、ラザンがごほん、とむせた音がした。


「……おい、何が起きてる?」


「気にしないで!! こっちの事情だから!!」


 私の叫びも虚しく――


 世界は、また新たなラブコメの波へと、巻き込まれていくのであった。

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