第九食 困ってますか?
裏ギルドの共有スペースは、バーのような内装になっている。
酒や軽食を楽しみながら、日頃の疲れを癒す。
表向きは、憩いの場として用意されたスペースだった。
怒声と悲鳴、物が宙を舞い砕ける音。
騒がしいスペース内には、リズを見て怒鳴る男の姿が見える。
「なんでだリズ! 俺のことが好きなんだろ!?」
「違います! 私はそんなこと一言も──」
激昂した男が、リズの手を乱暴に掴んだ。
痛みに顔を歪めたリズは、懸命に恐怖を堪えている。
「目が合っただろ! ここで俺のことを見ていた!」
「ですから、違います! たまたま視線が合ったのでしょうが、それは好意からではなく……っ」
「リズ!」
反論するリズの頬を、男の手が叩いた。
吹っ飛んだリズに駆け寄った同僚は、真っ青な顔でリズを抱き起こしている。
「……なぁ、誰か止めてやれよ」
「けどよ、あいつランカーだぞ……」
ひそひそと交わされる会話には、情報屋の声も混じっている。
共有スペースには、他にも武器職人や医師など、多様な職業の人たちがいた。
憩いの場とは言いつつも、実際は裏ギルドに所属する者同士の交渉や、情報屋とのやり取りなどに使われている。
殺し屋らしき姿も見かけたが、相手がランカーだと分かり尻込みしているようだ。
「よくも……よくも騙したな!」
怒りに震える男は、血走った目でリズを睨んでいる。
リズの頬は真っ赤に腫れ、唇の端からは血が垂れていた。
「リズさん、困ってますか?」
重苦しい空気の中、鈴のような声が響く。
瓦礫と化した床を踏み締め、サヤは男の数歩後ろでぴたりと足を止めた。
「なんだお前……? 邪魔するな、殺すぞ!」
唸る男を歯牙にもかけず、サヤはリズと目を合わせ、もう一度ゆっくり問いかけている。
「リズさん。消したいほど、困ってますか?」
肌が粟立つ感覚に、男は思わず背後を振り返った。
長い濡羽色の髪に、きらりと輝く紫色の瞳。
笑顔の可愛らしい少女は、男よりもずいぶん幼い姿をしていた。
「……ええ、そうね。そいつは境界を超えたわ」
サヤの目を見返したリズが、はっきりとした口調で答える。
「ギルド長の権限により、正式に依頼を伝えます。その男を今すぐ──排除してください」
裏ギルドにおける長の言葉に、サヤがにこりと微笑む。
ごっそりと感情の抜けた目が、男の方へと向けられた。
「ふっ、ふざけるなあああ!」
怒りに支配されつつも、ランカーになれるだけはあったらしい。
瓦礫を蹴り上げた男は、サヤが躱した隙を狙って動きを封じようとしている。
急所を押さえようと伸ばした手が、サヤに届く直前。
男は自分の視界が、ぐるりと反転するのを目にした。
「アルヴィス、ご飯にしようか」
「……あ?」
ごろりと落ちた首が、捻れるように圧縮されていく。
血が吹き出す前に、頭と体をそれぞれ処理したアルヴィスは、二つの球体を手のひらで一つに融合させた。
そのまま摘み上げ、口に運ぶ。
ごくりと鳴った喉に、誰かが腰を抜かす音が聞こえた。
「さすがアルヴィスですね。完璧な処理でした!」
嬉しそうなサヤが、アルヴィスを褒め称えている。
「サヤのパートナーだからね」
「アルヴィス……!」
感激のあまり潤んだサヤの目が、光を反射して煌めいた。
食欲とは違う感情が込み上げてきて、アルヴィスは胸に手を当てると、不思議そうに首を傾げている。
周りが恐怖で硬直する中、サヤたちに近寄ったリズが、凛とした態度で声をかけた。
「ご苦労様でした。追加の報酬は後ほど……」
言いかけるリズに、サヤが首を振る。
「もう貰ったので大丈夫です!」
報酬は必要ないと返したサヤは、「それよりも、ここの修繕に使ってください」と続けている。
「助かるわ。ありがとう、サヤさん」
「勘違い男は何処にでもいますからね!」
偶然目が合っただけで好意があると思われるなんて、迷惑以外の何ものでもない。
リズに同情したサヤが、口をへの字に曲げている。
「サヤ、そろそろ行こう」
家に帰ろうと話すアルヴィスに、サヤも「そうですね!」と笑みを浮かべた。
「サヤさんたちは、同棲しているの?」
「どっ……!」
リズの言葉に顔を赤くしたサヤが、しどろもどろになりながら手を振る。
「同棲じゃなくて、一緒に住んでるだけです!」
真っ赤な顔で去っていくサヤを見送り、リズは何とも言えない表情で呟いた。
「それを同棲って言うのよ」