第六食 綺麗に処理します!
前世のサヤは、異世界を信じていなかった。
エルフやドワーフのような人外も、魔法という不可思議な力も、所詮はおとぎ話の類いに過ぎないと。
転生した後でさえ、サヤはしばらくの間、西洋かどこかの国に生まれ直したのだと思っていた。
その概念が崩れたのは、サヤが一歳になったばかりの頃だった。
「そろそろサヤにも、異能の鑑定をさせましょう」
施設長の一言で、サヤはディスタリア帝国の中央神殿に連れて行かれた。
曰く、この世界の人間は、生まれながらに異能を持っているらしい。
異能は神々によって授けられ、どんな神に気に入られるかで能力も違ってくるようだ。
異能が発現するのは一歳になった辺りからで、多くの場合は怪我の治りが早かったり、指から炎を出せたりと、ちょっとしたものが授けられている。
神台の上に置かれたサヤを見て、大神官は険しい顔をしていた。
サヤの額に触れると、何やらぶつぶつと呟いている。
「どうやらこの子は、死の神に気に入られたようです」
大神官の言葉に、場の空気が凍りつく。
みるみる顔色を悪くさせた施設長が、「短命ということでしょうか……?」と問いかけている。
死の神に好かれた人間は、大いなる力を得る代償に短命となるらしい。
しかし、首を振った大神官は「その逆なのです」と話している。
「逆、ですか……?」
「ええ。死の神は異能を授けない神として知られていますが、稀にこうして授かった者が現れることもあります。確かに、これまでの者はみな若くして命を終えました。ですがこの子は……」
言い淀む大神官に、施設長が続きを促す。
深く息をついた大神官は、覚悟を決めた様子で口を開いた。
「この子は将来、死の神に選ばれた使徒として──多くの魂を捧げることになるでしょう」
◆ ◆ ◆ ◆
いなされた拳が、壁にめり込む。
体勢を立て直そうとしたロザリーの腕から、嫌な音が鳴った。
「ぐあぁっ……!」
あり得ない方向に折れた腕を見て、ルイスが呆然と固まっている。
「本当は切り離せたら楽なんですけど、血の跡が散ってしまうと面倒なので。少し手間ですが、折ることにしました」
微笑みながら話すサヤの目には、感情の色が欠片も残っていない。
光の消え失せた瞳が、ルイスの方へと向けられた。
「……ひっ」
「坊ちゃま逃げてください!」
残った腕でサヤの身体を抱きすくめたロザリーが、ルイスに逃げるよう叫んでいる。
内臓を潰す勢いで締め付けてくる腕を見下ろし、サヤはにこりと笑みを浮かべた。
サヤの手が、ロザリーの頭を掴む。
首から鳴った鈍い音は、ロザリーの終わりを表していた。
「くそっ! 化け物め……!」
扉へ走るルイスは、出口を塞ぐように立っている青年に気づくと、大きく目を見開いている。
「おまえ……どうしてここに……」
「新しいご主人様が見つかったから」
淡々と答えるアルヴィスの服を握り、ルイスは必死の形相で縋り付いた。
「おい! おまえも鬼だったよな!?」
ルイスがアルヴィスを飼っていたのは、アルヴィスが純血の鬼だったからだ。
いくら純血とはいえ、人間の姿に近い鬼は力が弱い。
しかし、天使のような美貌を持つ鬼が、人の肉を食す様は、ルイスに背徳感にも似た快感を与えてくれた。
「いくら人型の鬼でも、ロザリーよりは強いはずだ! 僕を……っ、僕をあの化け物から守ってくれ!」
半泣きで叫ぶルイスだったが、瞬きの直後、服を握る両手が無くなっていることに気がついた。
「……え?」
断面は捻じられたかのように歪んでおり、血が噴き出す様子はない。
理解の追いつかない脳が、口から意味のない言葉を吐き出させていく。
「あ……ああ……あああああ!」
痛みでのたうち回るルイスを見下ろし、アルヴィスは至極面倒そうな顔をした。
「暴れないでくれる? 圧縮しにくいんだけど」
ルイスの表情が、絶望に染まる。
「……なぜ、こんなことが出来るんだ……。おまえはただの鬼じゃ──」
言いかけた言葉が最後まで発せられることはなく、ルイスがいた場所には赤い真珠のような玉が転がっていた。
拾い上げたアルヴィスが、一口で呑み込む。
「あれ? お坊ちゃまは?」
奥から現れたサヤは、メイドの頃の名残か、ルイスを坊ちゃんと呼んでいる。
不思議そうなサヤを見て、アルヴィスがゆるりと目を細めた。
「食ったよ」
「ほんとですか!? わ〜、ありがとうございますアルヴィス」
手を合わせ喜ぶサヤは、「あとちょっとで、屋敷中の人を殺さなきゃいけないところでした」と呟いている。
「依頼は終わったので、ここから脱出しないとですね」
アルヴィスに付いてくるよう声をかけたサヤは、何故か来た道を戻っていく。
壊れたベッドの斜め上を指差すと、サヤは「ここから出ましょう」と輝くような笑みを浮かべた。