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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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完食 殺し屋と食じん鬼


「此度の件は、こちらの非によるものだ。誠に申し訳なかった」


 サヤとアルヴィスに向けて謝罪の言葉を口にした長は、深く頭を下げている。


「とは言え、我らもかなりの痛手を受けている。許しを請える立場ではないが、どうか慈悲をかけてはもらえないだろうか」


 使徒を傷つけたとあっては、死の神の怒りを買っても仕方がない状況だ。

 サヤが生きていたことは、エルフたちにとって不幸中の幸いとも言えた。


「アルヴィスが派手にやってくれてましたし、私はもう気にしてないですから」


 サヤから視線を向けられたアルヴィスは、サヤがいいならと頷いている。


「心より感謝申し上げる……」


 傍で控えていたオラクルも、安心した様子で息をついている。

 サヤを可哀想だと思っていたオラクルだが、もしサヤに憎しみの感情があれば、こうも簡単に進まなかっただろう。


 自らの安直さを、オラクルは今になって強く悔いていた。


「受けた恩に報い、借りを返すのがエルフのしきたりだ。もしもこの先、何かしらの手助けが必要になった際は、遠慮なく我らを頼ってほしい。必ず力になると約束しよう」


 長はオラクルに、サヤたちを次の目的地まで送るよう告げると、もう一度深々と頭を下げている。

 その背には長としての責任と、娘がしたことへの償いが重くのしかかっているように思えた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 乾燥の魔法はかけてもらっていたものの、どうせならフォルレンシスト自慢の温泉に入って行くよう誘われたサヤは、エルフの女たちに囲まれあっという間に連れ去られてしまった。


 エルフたちからすれば、怒り狂ったアルヴィスを止めてくれただけでも喝采ものだったが、リリウムの罪を許してくれたことで、サヤへの好感度がとんでもなく上がっているようだ。


 あんなことを引き起こしてしまったリリウムではあるが、普段はエルフたちから慕われる、お手本のような存在だった。

 加えて、エルフは恩人をとても大切にする種族でもある。


「アルヴィスはさぁ、サヤに妬いて欲しいとか思ったりしないん?」


「思わない」


「それは、何でなん」


 サヤを待っている間、オラクルはアルヴィスへ気になっていたことを聞いてみることにした。

 微塵も悩むことなく返ってきた答えに、オラクルは不思議そうな顔をしている。


「サヤが悲しまずにすむなら、その方がいいでしょ」


 オラクルから息を呑む気配がした。

 目を見開いたオラクルは、次いで、眉をへにょりと下げている。


「めっちゃ歳上っぽいこと言われた……」


「実際、歳上だからね」


「あ、やっぱそうなん? 何となくそうかなーとは思ってたんだけどぉ、確信がないから呼び捨てにしちゃった」


 てへっと頭を叩いたオラクルは、悪びれない態度で笑っている。

 しかし、ふと真面目な表情になると、どこか含みのある声でぽつぽつと話し始めた。


「大婆様は興奮のあまりぶっ倒れるし、リリウム様はしばらく屋敷で謹慎だし……。戻って来られるまで、俺が頑張らんとなんよねぇ」


「あいつのこと、好きなの?」


 リリウムを呼ぶ時だけ優しくなる声に、アルヴィスが初めてオラクルへと問いかけた。


「……まあね。でも、期待しすぎないようにしてるんよ。『初恋は実らない』って言葉もあるくらいだしねぇ」


 半ば諦めた様子で笑うオラクルは、それでもリリウムへの気持ちを断ち切れないようだった。

 そんなオラクルの姿に、アルヴィスがゆるりと目を細める。


「そうでもないよ」


「……へ?」


 てっきり相槌か、無言で流されるかのどちらかだと思っていたオラクルは、予想外の言葉に呆気に取られた顔をしている。


「それ、どういう──」


「お待たせしました!」


 温泉から戻ってきたサヤは、肌を淡く染めていた。

 サヤが見えるなり、アルヴィスはオラクルを置いて、サヤの傍へと移動している。


 アルヴィスらしい姿に、苦笑いのオラクルが肩をすくめた。


 二人の姿を眺めながら、オラクルはもう少しだけ期待してもいいのかもしれない──なんて、心の内で自分への励ましを唱えていた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 オラクルの転移魔法でルシーリアまで送ってもらったサヤたちは、白を基調とした街並みを横目に、屋台で買った海産物を食べていた。


「ここなら依頼も沢山あるので、アルヴィスのご飯も済ませに行きましょう!」


 意気込むサヤは、アルヴィスに自身の串焼きを食べさせながら、ギルドを目指して歩いている。

 オラクルに次の目的地を問われ、サヤはルシーリア帝国に戻ることを選択した。


 フォルレンシストまでの経由地になっていたため、こうした観光も兼ねてゆっくりと回るのは初めてだ。


「ねえサヤ。どうしてわざとやられたの?」


 海の青を目にして、湖のことを思い出したのだろう。

 アルヴィスは予見がありながら、リリウムの魔法を回避しなかったことが気になっているようだ。


「予見を無視したのは、逃げたくなかったからです。たとえ誰が相手であっても、アルヴィスを渡すつもりはないって真正面から話すつもりでした」


 ぱちりと瞬いたアルヴィスが、「サヤってかっこいいね」と呟いている。


「それに、適応は性質自体を変化させる能力なので、水に沈められるくらいなら何とかなると思ってました」


 いまいち理解ができず首を傾げるアルヴィスに、サヤが過去の出来事を挙げながら語っていく。


「以前、どこまで適応できるのか確かめようとして、建物ごと燃やされてしまったことがあるんです。結果的には適応が発動したことで、火の中でも燃えない体質になりました。今回も溺れかけたことで、水の中でも呼吸ができるようになったという訳です」


「サヤって、寿命以外で死ぬことなさそうだね」


 元から規格外な能力だと思っていたが、さらにその上を行っていたらしい。

 感心した様子でサヤを見たアルヴィスは、自ら発した“寿命”という言葉で、僅かに瞳を揺らしている。


「その寿命のことなんですけど、止まるみたいですよ」


 きょとんとした顔のアルヴィスに、サヤがくすりと笑みを溢した。


「適応の能力により、最も適した身体の状態で成長が止まると教えてもらいました。なので、これからもアルヴィスと一緒に世界中を見て回れそうです」


 湖の底で死の神が囁いたのは、唯一の使徒への寵愛の証だった。

 サヤの身体がふわりと宙に浮かぶ。


 アルヴィスがサヤを抱き上げたことで、視線の高さが逆転していく。


「もし、約束を破ったら……その場でサヤを殺して食うかも」


 アルヴィスの額が、サヤの額に当てられた。

 至近距離で見つめ合ったまま、サヤはにこりと笑みを浮かべている。


「良いですよ。私、これからもずっと、アルヴィスが大好きな自信があるので」


 重なった唇からは、ほんのりタレの味がした。


「串焼きの味がしますね」


「分からなかったから、もう一回して」


「本当に、もう一回だけですよ」


 可愛いわがままに、仕方がなさそうに笑ったサヤが、アルヴィスの頬を手のひらで包み込む。

 街中で口付ける二人の姿は、初々しい恋人同士のようで……。


 いずれ、裏社会の最恐カップルとして名を馳せるようになるなど──全く想像もつかないあどけなさをしていた。




      殺し屋少女と食人鬼 【 完 】


 

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