表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/46

第四十五食 恋よりも愛


 恋と言うには重すぎて、愛と呼ぶには複雑だ。

 けれど、サヤとアルヴィスの関係は、どんな形よりもぴったりと合わさっていた。


 ──サヤのいない世界なんて、消えてしまえばいい。


 心の大部分を失ったかのような喪失感と、色褪せた景色。


 サヤと出会う前のように生きていくなど、アルヴィスにはもう……考えられないことだった。




 ◆ ◆ ◆ ◆




「これが人を食べるという鬼か?」


「はいお坊ちゃま〜。こちらが鬼でありながら、絶世の美貌を持つ人喰いでございます〜」


 大富豪であるモーリッシュ家の一人息子が訪れたことで、支配人の男は媚びるように手を揉んでいる。

 人身売買を生業とする男だが、人外も扱っているため、その道の者たちの間ではそこそこ噂になっていた。


「食事はどうしている」


「奴隷を三日に一人、与えております〜」


「純血の鬼は力も強く、気性が荒いものも多いと聞きますが」


「いやぁ、この通り反応の薄い鬼なので……。暴れるどころか、食事の時以外はあまり動きさえしないんですよ〜」


 座ったまま視線の合わないアルヴィスを、ルイスは興味深げに眺めていた。

 側仕えであるロザリーの質問に答えると、支配人の男は「そろそろ食事の時間なので見ていかれますか〜?」と愛想笑いを浮かべている。


「おい、おまえ。本当に鬼なのか?」


 ルイスからの問いかけに、アルヴィスが答えることはない。

 無礼を叱ろうとするロザリーを制し、ルイスは出された人肉を咀嚼するアルヴィスを、どこか恍惚とした表情で見つめていた。


「人の肉は美味いのか?」


 初めて反応を示したアルヴィスは、ルイスを観察するように見返している。

 真っ直ぐ合った視線に、ルイスは背筋が粟立つのを感じていた。


 手から滴る赤は、人間だったものの血液だ。

 耐え切れなくなった支配人の男は、青ざめた顔で視線を逸らすと、「終わったら呼んでください〜」と口元を押さえて去っていった。


「怖くないの?」


「いいや。むしろ、もっと見ていたいくらいだな」


「ふーん」


 気まぐれだったのか。

 すぐに逸れた視線に、ルイスは物足りなさを感じていた。


 天使のような容貌で、人間の肉を食べる様は、ルイスに猛烈な背徳感を与えてくれる。

 ルイスは有り余るほどの富を持つ、モーリッシュ家の一人息子だ。


 ──この時点で、結論はとうに出ていたようなものだった。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 ルイスはアルヴィスに屋敷の地下で暮らすよう指示し、三日に一度はメイドを餌として送るようにしていた。

 時折ルイス自身も地下に行っては、食事をするアルヴィスの姿をじっと見つめ、満足した様子で帰っていく。


 屋敷が嫌になればいつでも抜け出すことはできたが、アルヴィスには食欲以外の欲も気力もなかった。

 悪趣味な子供ではあったが、食事を取るアルヴィスを見て怖がらなかった人間は珍しい。


 何もせずとも食事が出てくる現状に、アルヴィスは段々と妥協を見出すようになっていった。

 しかし、そんな惰性による日々は──突如終わりを告げた。


「あの、落としましたよ」


 さらりと流れる濡羽色の髪と、宝石のような紫色の瞳。

 転がった腕を平然と手に取り渡してきた少女は、小動物のように可愛らしい外見をしていた。


 人間の腕を食べるアルヴィスを怖がっているのかと思えば、「視覚的に複雑」なんて面白いことを言ってくる。

 腕に圧縮をかけ呑み込むと、途端にきらきらした目で見つめてくる始末だ。


 ころころ変わる表情と、突拍子もない発言。

 人喰いにパートナーになって欲しいと提案する図太さには驚いたが、実際のサヤはとても優秀な殺し屋だった。


 透明感のある明るい紫も、底なし沼のように暗い紫も、アルヴィスの心をざわつかせるほど魅力的で──。


 アルヴィスは多分、あの時にはすでにサヤのことを好いていた。

 一目惚れだと話すリリウムに、かつての自分を重ねる程度には、ほんの一瞬で引き込まれる感情に覚えがあったのだ。


 ようやく自覚した頃には、アルヴィスの感情はとっくに恋の域を超えていた。

 褪せていた世界は鮮やかになり、つまらなかった毎日を楽しいと思えるようになった。


 それなのに──。



 サヤがいない世界など、考えられない。


 能力を使うほど空腹を強く感じるが、アルヴィスは構うことなく進んでいく。

 寿命のない神鬼が滅びたのは、飢えという“呪い”があったからだ。


 それでも、アルヴィスだけは今もずっと──死ぬことができないままこの世を彷徨っている。

 サヤの後を追うことさえ、許されないのだろうか。


 自暴自棄になっていく心のままに、アルヴィスは地面にへたり込むリリウムを見下ろし、能力を使おうとした。


「駄目ですよ、アルヴィス」


 背中に触れた温もりは、アルヴィスが求めてやまない相手のものだ。

 お腹に回された腕に、アルヴィスはぴたりと動きを止めていた。


「……サヤ?」


「はい。何ですか、アルヴィス」


 湿った身体は、湖の中にいたためだろう。

 振り返ったアルヴィスの視界が、一気に色づいていく。


 少し冷えた身体をかき抱いたアルヴィスは、二度と離さないとでも言うかのように、サヤの背にしっかりと腕を回している。


「サヤが……いなくなったと思った」


「いなくなりませんよ。一生面倒を見るって、約束したじゃないですか」


 サヤにとっては何気ない会話だったはずだ。

 けれど、本当は何もかも分かった上で答えていたのだと知り、アルヴィスはようやく安堵した表情でサヤの身体を離した。


「オラクル、もう大丈夫ですよ」


 リリウムを庇うように覆い被さっていたオラクルは、サヤの声に恥ずかしそうな様子で立ち上がった。


「いやぁ、無事でほんとに良かったよ……」


「オラクルも。ひとまず、これを何とかしないとですね」


 周りの惨状を見渡したオラクルは、「仮死状態の魔法が発動してるみたいだねぇ」と呟いている。


「まだ生きてはいるし、急いで回復魔法をかければ何とかなると思うよぉ」


 真面目な雰囲気になったオラクルは、座り込んだままのリリウムに向けて手を差し出している。


「リリウム様も手伝ってくれますか?」


「……はい、もちろんです」


 唇を噛み締めたリリウムは、泣きそうな顔でオラクルの手を取っていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ