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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第四十二食 そう見えますか?


「アルヴィスさまと、別れてください」


「どうしてですか?」


 不思議そうに目を瞬かせるサヤに、リリウムの杖を握る手に力がこもっていく。


「この数日間、わたしは貴女のことを観察していました。アルヴィスさまのお相手がどんな方なのか、知る必要があると思ったからです」


 アルヴィスの恋人について知ることは、好みを知ることにもつながる。

 たとえ自らを変えてでも、リリウムはアルヴィスの隣を手に入れたいと願っていた。


「わたしがアルヴィスさまの傍にいても、貴女は怒ったり……不愉快そうな顔をすることさえありませんでした。それで気づいたのです。貴女は、アルヴィスさまのことを、それほど好きではないのではないかと」


 沈黙を貫くサヤの姿を、リリウムは肯定だと受け取ったようだ。

 もう一度サヤに別れるよう迫ったリリウムは、自分の方がアルヴィスを好きだと主張してきた。


「リリウムさんは、アルヴィスのどこが好きなんですか?」


「もちろん全てです。一目見てすぐに分かりました。これは、運命の神による導きなのだと」


 運命という言葉を、リリウムは履き違えている。

 サヤにとって運命とは、暗闇を照らす光であり、ぴったりと噛み合った歯車のようなものだった。


 間違っても、凹凸のない水晶などではない。


「エルフは生肉を食べると、毒の反応が出ると聞いたことがあります。だから、生き物を狩ることを極端に嫌っているとも」


「いきなり何の話を──」


「リリウムさんは、アルヴィスの好む食事が何か知っていますか?」


 突然の問いかけに、リリウムは言葉を詰まらせていた。

 リリウムといるアルヴィスは面倒そうに眉を顰めるばかりで、話しかけるのはいつもリリウムの方からだった。


 加えて、リリウムはこの数日間、アルヴィスが何かを食べているところを見たことがない。


「それと、『アルヴィスのことをそんなに好きじゃないのでは』と言ってましたが、それは違います。たしかに、アルヴィスに近づくリリウムさんを見て、怒りを感じたことはありません。でもそれは、別のことを考えていたからです」


「……別のこと?」


 訝しむリリウムに、サヤがにこりと笑いかける。


「どうすれば──私が殺したと知られずに、消すことができるのか考えていたんですよ」


 一瞬、リリウムの思考が真っ白に染まった。

 サヤから殺意は感じない。

 それなのに、今の言葉が嘘ではないという確信が、リリウムの脳内を急速に占めていく。


「リリウムさんは長の娘なので、他のエルフのようにとはいきません。もし知られれば、アルヴィスまでエルフたちに追われることになります」


 エルフの長の娘とは、言い換えればその国の姫だ。

 魔法を得意とするエルフなら、何かしらの手段でサヤまで辿り着くかもしれない。


「どうしようもなくなった時は、エルフを敵に回すことも仕方ないと思ってました。でも、儀式が終わればここに残る必要もなくなりますから。これでも──我慢してたんですよ」


 サヤがアルヴィスを好きではないなど、とんでもない勘違いだった。

 リリウムの十分の一程度しか生きていない少女が、こんなにも恐ろしいことを平然と考えていたなんて。


 小刻みに震える手で杖を握ったリリウムは、少しずつサヤと距離を取っていく。

 儀式が終われば、アルヴィスはサヤと共にリリウムの元から去ってしまうだろう。


 そんなことは耐えられない。

 何より、目の前の化け物を野放しにしておくなど、今のリリウムには考えられないことだった。


「その選択、必ず後悔することになりますよ」


「……いいえ。これはわたしだけでなく、アルヴィスさまのためでもあるのです」


 杖に魔法を纏わせるリリウムを見て、サヤが淡々と口を開いている。


 サヤが存在する限り、リリウムがアルヴィスと結ばれることはないだろう。

 たとえ結ばれたとしても、サヤがリリウムを生かしておくとは思えない。


 アルヴィスは、サヤの本質を分かっていないのだ。

 何でもない振りをしながら、内側ではリリウムを消すことを考えていたなど、まともな人間のそれではない。


「フォルレンシストの湖には、時折セイレーンが訪れます。歌と水を操り、気に入った者を湖の奥へと引き込んでしまうのです」


 サヤを囲うように、大量の水が浮かび始める。

 ある程度の距離が取れたところで、リリウムは湖の水を魔法で持ち上げると、サヤの周りを球体状に取り囲んだ。


「貴女がただ者でないことは分かっています。ですが、逃げ場のないこの状況で、回避することは不可能です」


 エルフの姫だけあり、魔法には相当な自信があるようだった。

 サヤの周囲を埋め尽くす水は、もはや質量の暴力と呼べるほどに巨大だ。


 逃げ場が完全に塞がれている。

 ため息をついたサヤが、諦めたような表情を浮かべた。


 勢いよく流れ込んできた水が、そのままサヤを湖の底へと沈めていく。

 口から漏れる水泡は、サヤの命綱にも等しいものだ。


 窒息死。

 そんな言葉が脳裏をよぎるも、サヤはただ静かに、水面をじっと眺めていた。


 ──アルヴィス。

 大切なパートナーの名前を呟いたサヤの口から、最後の空気が溢れていく。


 遠ざかる光の中、サヤの身体は真っ暗な湖の底へと溶け込んでいった。


 

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