第四十一食 嫉妬しないん?
「サヤってさぁ、アルヴィスと付き合ってるんよね?」
「そうですよ」
「なら、あれはいいん?」
オラクルが示す先には、アルヴィスにぴったりとついて回るリリウムの姿がある。
屋敷の前で出会ってから、リリウムはことあるごとにアルヴィスの元を訪れるようになった。
アルヴィスが面倒だと眉を顰めてもお構いなしのリリウムに、サヤもどうしたものかと考えていたところだ。
しかし、リリウムが長の一人娘なこともあり、これといった解決策が浮かばずにいた。
「良いか悪いかで言うなら、悪いですね。アルヴィスも疲れてるみたいですし」
「いや、まぁ……それはそうなんだけどぉ。俺が聞きたいのは、サヤがあれを見て何とも思わないかって話なんよ」
自分の恋人に別の誰かがまとわりついているなど、普通なら耐えられないだろう。
こんな状況でも冷静に眺めていられるサヤのことが、オラクルは不可解でならなかった。
「迷惑だな、とは思ってますよ」
「迷惑って……それだけ? もっとこう、妬いたりとか……色々あるでしょ」
嫉妬という言葉に反応したサヤの視線が、オラクルの方へと向けられる。
「私、生まれつき感情が欠けてるんです。だから、今まで誰かを憎んだことも、妬んだこともありません。それがどんな感情なのかも、いまいちよく分かっていないんです」
予想外の話に、オラクルは思わず口を噤んでいた。
気持ちを隠しているのでも、耐えているのでもない。
サヤはただ、無いものを別の感情で理解しようとしているだけなのだ。
オラクルは漠然と、“可哀想だ”と思った。
それは、感情を理解できないサヤに対してなのか。
それとも、嫉妬さえしてもらえないアルヴィスに対してなのか。
あるいは、そのどちらへもなのか。
オラクルにもよく、分かっていなかった。
◆ ◆ ◆ ◇
「サヤ、あいつ食ってもいい?」
「駄目です。長の娘なんて食べたら、全エルフを敵に回すことになりますよ」
背後からサヤを抱きしめたアルヴィスが、不服そうに頬を擦り寄せている。
いつの間にか、満月の夜は明日にまで迫っていた。
疲れた様子のアルヴィスを甘やかすため、サヤは自身の膝を軽く叩いている。
膝に置かれたアルヴィスの頭を撫でながら、サヤはこれまでのことを思い返していた。
アルヴィスに惚れたリリウムは、四六時中あとを追いかけ、付きまとっていた。
色々と誘いをかけていたようだが、アルヴィスはどれも「面倒だから」の一言で切り捨てていたらしい。
それでも、リリウムの恋が冷めることはなく、断られようが無下に扱われようが、アルヴィスから離れることはなかった。
家にまで着いてこようとした時は、家の主であるオラクルが慌てて止めていたくらいだ。
もし、リリウムがただのエルフであったなら、これほどまで無理をさせる必要はなかったかもしれない。
アルヴィスは、サヤ以外のことになると気力が湧かなくなる。
逆に言えば、サヤ以外のことに無気力なアルヴィスが、今の状況に耐え続けているのだとすれば、それは全てサヤのためだということだ。
身を屈めたサヤが、指先で前髪を払う。
アルヴィスの額に口付けたサヤは、「あと一日だけ我慢してください」と囁いた。
上半身を起こしたアルヴィスが、サヤの目を見つめる。
近づく距離に瞼を閉じたサヤは、かぷりと耳を噛まれた感覚に、身体を大きくびくつかせた。
「あっ……アルヴィス!? み、みみみ……っ」
気が動転したサヤが、舌を噛んで涙目になっている。
そんなサヤの姿に目を細めたアルヴィスは、抗議のために顔を上げたサヤの唇に、再び口元を寄せていた。
◆ ◆ ◇ ◇
もうすぐ行われる水晶の儀のために、サヤは一人で別の場所に呼ばれていた。
エルフのしきたりに従い、神と交信する者は湖で身を清め、儀式用の衣装に着替えなければならないらしい。
付き添いのエルフは、サヤが服を脱ぐたびに現れる武器の数々を目にして、顔を引きつらせていた。
湖から上がり、用意された服を着る。
ここから儀式の場までは一本道のため、付き添いの者は先に準備へと向かったようだった。
「隠れてないで、出てきたらどうですか?」
「……なぜ分かったのですか」
魔法で気配を消していたリリウムが、木陰から姿を現した。
警戒した様子でサヤを見つめるリリウムは、手に杖を持っている。
「直感、ですかね」
「死の神が対話を望むだけはあるようですね」
緊張で表情が硬くなっているリリウムだが、声は存外はっきりとしている。
少し距離を置いて足を止めたリリウムは、対面したサヤへと杖を向けてきた。




