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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第四十一食 嫉妬しないん?


「サヤってさぁ、アルヴィスと付き合ってるんよね?」


「そうですよ」


「なら、あれはいいん?」


 オラクルが示す先には、アルヴィスにぴったりとついて回るリリウムの姿がある。

 屋敷の前で出会ってから、リリウムはことあるごとにアルヴィスの元を訪れるようになった。


 アルヴィスが面倒だと眉を顰めてもお構いなしのリリウムに、サヤもどうしたものかと考えていたところだ。

 しかし、リリウムが長の一人娘なこともあり、これといった解決策が浮かばずにいた。


「良いか悪いかで言うなら、悪いですね。アルヴィスも疲れてるみたいですし」


「いや、まぁ……それはそうなんだけどぉ。俺が聞きたいのは、サヤがあれを見て何とも思わないかって話なんよ」


 自分の恋人に別の誰かがまとわりついているなど、普通なら耐えられないだろう。

 こんな状況でも冷静に眺めていられるサヤのことが、オラクルは不可解でならなかった。


「迷惑だな、とは思ってますよ」


「迷惑って……それだけ? もっとこう、妬いたりとか……色々あるでしょ」


 嫉妬という言葉に反応したサヤの視線が、オラクルの方へと向けられる。


「私、生まれつき感情が欠けてるんです。だから、今まで誰かを憎んだことも、妬んだこともありません。それがどんな感情なのかも、いまいちよく分かっていないんです」


 予想外の話に、オラクルは思わず口を噤んでいた。

 気持ちを隠しているのでも、耐えているのでもない。

 サヤはただ、無いものを別の感情で理解しようとしているだけなのだ。


 オラクルは漠然と、“可哀想だ”と思った。

 それは、感情を理解できないサヤに対してなのか。

 それとも、嫉妬さえしてもらえないアルヴィスに対してなのか。


 あるいは、そのどちらへもなのか。


 オラクルにもよく、分かっていなかった。




 ◆ ◆ ◆ ◇




「サヤ、あいつ食ってもいい?」


「駄目です。長の娘なんて食べたら、全エルフを敵に回すことになりますよ」


 背後からサヤを抱きしめたアルヴィスが、不服そうに頬を擦り寄せている。

 いつの間にか、満月の夜は明日にまで迫っていた。


 疲れた様子のアルヴィスを甘やかすため、サヤは自身の膝を軽く叩いている。

 膝に置かれたアルヴィスの頭を撫でながら、サヤはこれまでのことを思い返していた。



 アルヴィスに惚れたリリウムは、四六時中あとを追いかけ、付きまとっていた。

 色々と誘いをかけていたようだが、アルヴィスはどれも「面倒だから」の一言で切り捨てていたらしい。


 それでも、リリウムの恋が冷めることはなく、断られようが無下に扱われようが、アルヴィスから離れることはなかった。

 家にまで着いてこようとした時は、家の主であるオラクルが慌てて止めていたくらいだ。


 もし、リリウムがただのエルフであったなら、これほどまで無理をさせる必要はなかったかもしれない。

 アルヴィスは、サヤ以外のことになると気力が湧かなくなる。


 逆に言えば、サヤ以外のことに無気力なアルヴィスが、今の状況に耐え続けているのだとすれば、それは全てサヤのためだということだ。



 身を屈めたサヤが、指先で前髪を払う。

 アルヴィスの額に口付けたサヤは、「あと一日だけ我慢してください」と囁いた。


 上半身を起こしたアルヴィスが、サヤの目を見つめる。

 近づく距離に瞼を閉じたサヤは、かぷりと耳を噛まれた感覚に、身体を大きくびくつかせた。


「あっ……アルヴィス!? み、みみみ……っ」


 気が動転したサヤが、舌を噛んで涙目になっている。


 そんなサヤの姿に目を細めたアルヴィスは、抗議のために顔を上げたサヤの唇に、再び口元を寄せていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 もうすぐ行われる水晶の儀のために、サヤは一人で別の場所に呼ばれていた。

 エルフのしきたりに従い、神と交信する者は湖で身を清め、儀式用の衣装に着替えなければならないらしい。


 付き添いのエルフは、サヤが服を脱ぐたびに現れる武器の数々を目にして、顔を引きつらせていた。


 湖から上がり、用意された服を着る。

 ここから儀式の場までは一本道のため、付き添いの者は先に準備へと向かったようだった。


「隠れてないで、出てきたらどうですか?」


「……なぜ分かったのですか」


 魔法で気配を消していたリリウムが、木陰から姿を現した。

 警戒した様子でサヤを見つめるリリウムは、手に杖を持っている。


「直感、ですかね」


「死の神が対話を望むだけはあるようですね」


 緊張で表情が硬くなっているリリウムだが、声は存外はっきりとしている。

 少し距離を置いて足を止めたリリウムは、対面したサヤへと杖を向けてきた。


 

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