第四食 新しいご主人様
「食べるのは人間だけですか?」
「他の物も食べれはするけど、あまり満足しないんだよね」
「食べる人間の条件は?」
「新鮮なら何でも」
どうやら、青年は人間が美味しいから食べているのではなく、腹を満たすために食べているようだ。
ふむ……と相槌を打ったサヤは、交渉に移るため自らの利点を話し始めた。
「私、料理が得意なんですよ。モーリッシュほどではないですが、お金もけっこう持ってます。仕事も頻繁にあるので、お兄さんの食事も今より多く用意できますし、生活にも不自由させません」
「君、ここのメイドじゃないの?」
緩く上がった口角は、揶揄いの意図も含んでいる。
青年はとっくに、サヤが外部の人間だということに気づいていた。
「実は私、依頼を受けてここにいるんです。詳しいことは言えませんが、お兄さんがパートナーになってくれるならお話しします」
「依頼、ね」
青年の食事を提供できる上、依頼されてモーリッシュ家に入り込むような人間。
サヤがどんな存在で、何のためにここへ来たのか。
退屈よりも楽を選んできた青年の目に、微かな光が灯った。
「俺、けっこう食うよ」
「大歓迎です!」
本当に大丈夫かと首を傾げる青年に、サヤはむしろ沢山食べてくれと息巻いている。
「もし、約束を破ったら……その場で君を殺して食うかも」
青年の手が、サヤの首に伸びた。
白い指が喉を滑り、じわじわと隙間をなくしていく。
力を込めればすぐにでも折れそうな状況に、サヤはにこりと笑みを浮かべた。
「良いですよ。私、こう見えて優秀なので」
見た目こそ十六歳の少女だが、サヤはディスタリア帝国でトップの座を有する殺し屋だ。
実力は折り紙付きと言ってもいい。
はったりではないことを理解した青年が、軽やかな笑い声を溢す。
「君、名前は?」
「サヤです」
「サヤ……ね。俺はアルヴィス」
美しい容姿には、美しい名前が付くのだろうか。
感心するサヤに、アルヴィスは契約を受け入れると口にした。
「これからよろしく、ご主人様」
殺し屋と食人鬼。
後に裏社会の最恐カップルと呼ばれる二人の出会いは、利害の一致によって始まることとなった。
◆ ◆ ◇ ◇
屋敷に繋がる階段を上ったサヤは、鉄の扉の前で足を止めている。
入口には鍵がかけられており、内側から押すのは難しそうだ。
アルヴィスの力を借りれば出られるのだろうが、当のアルヴィスにやる気がないときている。
扉を満遍なく触っていたサヤは、側面にわずかな隙間を見つけると、懐から小さな革の袋を取り出した。
「それなに?」
「携帯用スライムです!」
袋の口を開くと、中からビー玉サイズのスライムが出てくる。
「外に行って、鍵を壊してきてくれる?」
サヤの言葉にぷるぷると震えたスライムは、隙間から這い出ると、錠の部分を溶かし始めた。
「裏ギルドに死体処理専用のチームがあるんですけど、その中にテイマーの人がいるんです。特にスライムとの相性が良くて、分裂した際に一匹分けてくれたんですよ」
テイマーとは、モンスターを手懐け飼い慣らす職業のことを言う。
サイズが大きめのスライムは、人間を呑み込み丸ごと消化することも可能だ。
痕跡を残さず処理できる方法は貴重なため、処理班でも数を増やそうと試していた。
隙間からスライムが戻ってきたことで、サヤはスライムのてっぺんを指で優しく撫でている。
「アルヴィスはここで待っててください。抜け出したことがばれたら、騒ぎになるかもしれません」
サヤの目的はルイスの暗殺だ。
騒ぎになって警備が増えれば、ターゲットまで辿り着くのが難しくなってしまう。
「死体はどうするの?」
アルヴィスの問いかけに、サヤは当初の計画を思い返していた。
暗殺後は転落死に見せかけ、逃走までの時間を稼ぐ予定だった。
しかし、いっそのこと失踪に変えた方が、後々の面倒も減るかもしれない。
アルヴィスがいれば、死体の処理は格段に容易くなるだろう。
どのみち、屋敷から脱出する際は連れて行く必要があるのだ。
それなら、初めから一緒に行動しておいた方がいいのかもしれない。
「少し待っててください」
幸い、サヤはメイドの身なりをしている。
餌として送られたことを知るのは、ルイスを除けばロザリーだけだ。
扉からするりと抜け出たサヤは、使用人が着替えるための部屋へ入ると、適当な服とタオルを持ってきた。
隙間からアルヴィスに渡し、着替えるよう促す。
出てきたアルヴィスの頭にタオルを被せ、サヤはルイスの部屋に向かう経路を慎重に進んだ。
途中で使用人に会った場合は、厨房で顔を火傷したとでも答えるつもりだった。
ルイスの部屋に近づくたび、使用人の数も減ってくる。
廊下の曲がり角に差し掛かる手前で、サヤは突然ぴたりと足を止めた。
「いきなりなに?」
「しっ!」
アルヴィスの手を引き、急いで近くの部屋に身を潜めたサヤは、戸惑うアルヴィスの口を手のひらで覆った。