第三十九食 近寄らないで
ブレインにとって優先すべきは、サンギスの身の安全だ。
無事にフリューレジアまで送り届け、組織の仲間たちと合流させる。
そのためなら、ブレインはどんな手段であろうと取るつもりだった。
ここでサヤを味方にすることは、サンギスが助かる最も確実な方法だ。
殺し屋への依頼は、本人に直接申し込むこともできる。
サヤが承諾さえすれば、その時点から仕事として成立させることが可能なのだ。
「……うーん。いや……って訳でもないんですけど、メリットを感じないんですよね。そもそも、報酬はどうするつもりですか?」
嫌という言葉に揃って身体をびくつかせていた男たちだが、後に続いた言葉を耳にして、ほっと息をついている。
「サンギス以外の者を、報酬として差し出します。俺も含め、好きにしてもらって構いません」
「そんなの駄目だ、ブレイン……!」
「そうっスよ! ブレインさんは、リーダーといるべきっス!」
必死で止めるサンギスの背後から、賛同した仲間の男たちが声を飛ばしている。
見ているのも辛いとばかりに視線を逸らしたオラクルの目は、どこか遠いところを眺めていた。
「アルヴィス、まだお腹は空いてますか?」
「今はそんなに。食ってもいいけど、食いたいってほどでもないかも」
「なるほど……じゃあ要らないですね!」
食事は鮮度が大切だ。
生かしたまま運ぶのが面倒な状況において、ブレインたちの使い道は、この場でアルヴィスの糧になるか否かしかなかった。
アルヴィスに必要ないのであれば、サヤにも必要ない。
あっという間に出された結論に、サンギスが焦った様子で言い募った。
「待ってくれ! 組織に戻れたら、報酬も用意できる! それに、俺の率いる組織──イグニスは、フリューレジアの中でも規模のでかい組織なんだ」
「その名前なら聞いたことあるよぉ。無法地帯を仕切る組織の中で、たしか三番目に大きいところだったよねぇ」
オラクルの言葉に、サンギスが何度も頷いている。
「俺の依頼は、サンギスをフォルレンシストのエルフの元まで送り届けてもらうことです。エルフの魔法には、契約を履行させるためのものも存在していると聞きます。お望みであれば、先にその契約を行っても構いません」
契約の有無に関わらず、サヤの望む報酬を必ず用意する。
そう話すブレインに、サヤは考えるような仕草を取った。
「フリューレジアか……一度行ってみたかったんですよね」
「俺たちなら、安全な宿や美味い飯屋なんかも知ってるし、護衛……は要らないか。とにかく、フリューレジアを訪れた際には、色々と力になれると思う!」
世界旅行を夢見ていたサヤにとって、フリューレジアもいつかは訪れたい国の一つだった。
ブレインやサンギスの提案は、サヤにとっても利があることだ。
無法地帯ということもあり、案内がいた方が便利な国であったことも、サヤにとっての決め手となった。
「良いですよ。その条件で引き受けます」
「……本当か!?」
希望を見出したサンギスたちの目に、明るい光が灯っていく。
「フォルレンシストには、私たちも向かうつもりでしたから。転移魔法が得意なエルフについては、着いてから探してみましょうか」
依頼が成立したことで、ブレインも安堵の息をついている。
喜びのあまり号泣する男たちの声が響く車内で、オラクルが気まずそうに手を上げた。
「あのさー、そのエルフ……俺なんよね」
場の空気が一瞬で静まり返った。
集中する視線に、オラクルは冷や汗を流している。
「オラクルが、ブレインさんたちの探してたエルフってことですか?」
「まあ、うん。そういうことになるかな……」
「エルフは耳が長いはずでは?」
「人間の国に行く際は、魔法で隠してるんよ」
サヤの問いかけに肯定を返したオラクルは、驚くブレインに幻術魔法の一種みたいなものだと説明している。
探していたエルフが実は目の前にいたと分かり、サンギスは戸惑っているようだった。
「ひとまず、列車の件をどうにかしないとですね」
サンギスたちを逃がすにしても、起こした事件の片はつけなければならない。
オラクルに集中していた視線が、サヤの方へと移っていく。
「ブレインさんに、やって欲しいことがあります」
「何でしょう」
良い案でもあるのかと、ブレインがサヤを見つめた。
「三等車を、爆破してください」
◆ ◆ ◇ ◇
「いやー、綺麗に吹っ飛んだねぇ」
サヤたちを山岳地帯へ転移させたオラクルは、終点の駅に停車した魔術列車を見下ろし、しみじみと呟いている。
「組織のメンバーは、同乗していた殺し屋により一人残らず処理されている。主犯の男を捕えたものの、事前に設置していた爆弾によって自死した。──騎士団に伝える話としては、こんなところで充分かな」
魔法で呼び出した鳥に手紙を持たせると、オラクルは派遣された騎士団へ届けるよう送り出している。
エルフが他の国と間接的にやり取りをする際は、必ずと言っていいほどこの鳥が使われていた。
「被害が大きくて、怒ってるかもしれませんね」
「ルシーリアからすれば、人質が無事に帰ってきただけで万々歳だと思うよぉ」
むしろ感謝してるはずだと笑いかけるオラクルに、サヤもにこりと笑みを返す。
「あの者たちには、輪廻の神の慈悲があることでしょう」
「そうだな」
死んだ仲間を思い列車を見つめていたサンギスに、ブレインがそっと寄り添っている。
それぞれが静かに地上を眺める中、不意にサヤがオラクルの名前を呼んだ。
「オラクルの転移って、広範囲も可能なんですね。もしかしてここから、サンギスさんたちをフリューレジアまで送れたりするんですか?」
「あー、えっとぉ……出来ないことはないんだけど、さすがに消費が激しいというか……」
しどろもどろになるオラクルだが、すぐにでも国に帰れるかもしれないと分かり、サンギスたちが期待の眼差しを向けている。
「ここで使えば、サヤたちをフォルレンシストまで転移させる分がなくなっちゃうんよねぇ」
サヤたちの背後には、遠くまで険しい山々が聳え立っていた。
並の人間が身一つで登るのは、不可能に近いだろう。
落ち込むサンギスたちをよそに、サヤはオラクルを探るように見ている。
「オラクルが案内役だったのって、転移魔法があるからですか?」
「自分で立候補したのもあるけど、それも関係してると思うよぉ」
「それなら、港で合流した時点で、転移魔法を使ってフォルレンシストまで行けたはずですよね。どうして魔術列車に乗ったんですか?」
オラクルの実力ならば、間違いなく可能だったはずだ。
しかし、オラクルはあえて転移を使わなかった。
「それは、そのぉー。何と言いますか……」
エルフの国に着く前に、お手並み拝見といこう──なんて考えていた過去の自分が憎い。
オラクルから流れ出る大量の汗は、サヤのにこやかな微笑みへの恐怖心からだ。
「サンギスさんたちを、フリューレジアまで送ってあげてください」
「ハイ」
言葉遣いは丁寧でありながら、中に込められた圧は、オラクルに拒否という選択肢を許していない。
速攻で返事をしたオラクルは、喜ぶサンギスたちへと杖を向けた。
「フリューレジアを訪れた際は、最初にイグニスを訪ねてきてくれ。絶対に報酬を払うと約束する」
「ありがとうございます、姐さん!」
「姐御のおかげでやっと帰れます」
「この御恩は必ず返すっス!」
サンギスを皮切りに、仲間の男たちが次々と感謝を述べていく。
嬉しさのあまり男の一人がサヤの手を取ろうとするも、背後からサヤを抱きしめたアルヴィスが、男に睨みを利かせている。
ブレインはそんなサヤたちを静かに見つめ、「感謝します」とだけ口にした。
オラクルの転移魔法に包まれたサンギスたちの姿は、その場から一瞬で消え去っていった。




