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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第三十七食 最強で最恐なんよ


 二等車に足を踏み入れたオラクルは、半目で淡々と乗客を転移させていた。


 思ってたのと違う。

 オラクルの心境を表すとすれば、この一言に尽きるだろう。


 死の神が会話を望むような人間が、普通でないことは分かっていた。

 しかし、案内役に立候補したオラクルは、まさかここまでの化け物が来るとは思っていなかったのだ。


 エルフの国に着く前に、お手並み拝見といこう──なんて考えていた過去の自分を張り倒してやりたい。

 列車のハイジャックに遭ったのは予想外だったが、何より予想外だったのは、()()()()()()()()()()()()という点だ。


 あちこちで悲鳴が上がる。

 飛んできた弾丸がアルヴィスに届くことはなく、見えない壁に阻まれたかのように落ちていく。


 二等車を乗っ取っていた犯人たちは、一瞬で渦のように捻じられた後、飴玉ほどのサイズになって床を転がっている。


「面倒だから、動かないで」


 銃を構えようと無駄だった。

 腕ごと圧縮された魔導銃の残骸は、すでに銃としての形さえ残していない。


 痛みに喚く男たちの姿も、等しく飴玉のように変わっていく。

 圧縮のしにくさに眉を顰めたアルヴィスは、普段より一回り大きな球体を拾い上げ、ごくりと呑み込んだ。


「……お腹空いた」


「嘘でしょ!?」


 食べたそばから空腹を訴えるアルヴィスに、オラクルが素っ頓狂な声を出している。


 気づけば、敵も残すところ僅かとなっていた。

 怯える男たちに混じり、リーダー格の男が険しい顔でアルヴィスを睨んだ。


「おまえら、何者だ」


「……」


「え、これ俺が答える感じ?」


 問いかけに沈黙を貫くアルヴィスを見て、オラクルが戸惑った様子で自分を指している。

 空腹により気力が湧かないのだろう。


 アルヴィスの表情には、“答えるのが面倒だ”と書いてあった。


「まあ、ただの乗客……みたいな」


「ただの乗客に、こんなことが出来るとでも?」


 信じられる訳がないと話す男に、オラクルはため息をついている。


「って言われてもねぇ……。本当に偶然なんよ? 可哀想だけど、運の神は君たちに味方しなかった。それだけのことだと思うよぉ」


 こんな化け物を相手にしなければならないなんて、本当に可哀想だ。


 アルヴィスが男たちを処理していく裏で、着々と二等車の乗客を一等車へ転移させていたオラクルは、最後の一人を送り終えたことで緩やかに口角を上げた。


「こういう場合って、主犯だけ生かしておけば大丈夫だったよねぇ」


 列車の外に転移させることもできたが、裏の手段があった場合、悪手になってしまう。

 捕えるとしても、せいぜいリーダーの男と、あと一人か二人いれば十分なはずだ。


「アルヴィスー。そいつと、あと一人くらいは生かしといて欲しいんだけどぉ」


「……」


「うわ、めっちゃ嫌そうな顔してる……」


 無言の圧と、オラクルに対する嫌悪感。

 その場のノリでサヤに好きと言ったことが、相当尾を引いているらしい。


 サヤにだけは素直に従うアルヴィスだが、オラクルは論外だったようだ。

 いや、そもそもサヤ以外は誰でも論外なのだろう。


 仕方なく杖を構えたオラクルは、扉と共に吹っ飛んできた男を見て、ぎょっと目を剥いている。

 筒抜けになった三号車の中には、足を下ろすサヤの姿があった。


 感情の消えた目がオラクルを捉え、男たちを通過し、アルヴィスで止められた。

 オラクルは、今のサヤがどこか恐ろしかった。

 

 先の見えない暗闇が、真の終わりに繋がっているような(おぞ)ましさを含んでいる。

 けれどアルヴィスは、そんなサヤさえもたまらなく愛おしむかのように、ゆるりと目を細めていた。


「ブレイン……!」


「サヤ。そいつ、食ってもいいの?」


 リーダーが呼びかけるも、ブレインに反応は見られない。

 ぐったりとしたブレインを指したアルヴィスが、サヤに食事(えさ)かどうかを確認している。


 まるで、ご主人様と猛獣のような関係だ。

 それでいて、目の前の怪物同士は互いを特別視している。


 エルフの中でもそれなりに長生きなオラクルだが、サヤとアルヴィスのような関係は、これまで目にしたことがなかった。

 恐ろしいはずなのに、なぜか視線を逸らせなくなってしまう。


「その人はまだ食べないでください。あ、こっちのは全部食べても大丈夫ですよ」


「分かった」


 サヤが身体を横にずらしたことで、背後に真っ赤な光景が広がっている。

 ヒュッと喉が鳴る音は、生き残った男のうちの誰かが漏らしたものだ。


「オラクル、三等車の乗客を一等車に移しておいてください」


「りょーかい」


 三等車のほとんどは、犯行グループによって占められていたのだろう。

 入り切るかと心配していたオラクルだが、思ったよりも少ない乗客の数に、安堵した顔で転移させていく。


 床の血溜まり程度では驚かないが、転がっていた死体が丸ごと消えていたことには驚かされた。

 満足げにサヤの元へと戻っていくアルヴィスの先には、リーダーの男と何かを話すサヤの姿が見える。


 敵が弱いのではない。

 相手が悪すぎたのだ。

 オラクルは、運の神に嫌われた男たちを心底哀れに思った。


 死の化身のような少女には、世にも恐ろしい番犬がついている。

 遠い目でサヤたちを眺めるオラクルは知らなかった。

 

 最強にして最恐の始まりは、むしろここから始まっていくのだということを──。


 

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