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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第三十六食 半殺しならセーフです


 ひとまず、二等車はアルヴィスとオラクルに任せ、三等車から制圧していこう。

 脳内で計画を立てていたサヤは、列車の屋根に飛び乗ると、太腿に取り付けていた愛用のナイフを引き抜いた。


 普通の人間であれば、窓から出た時点で飛ばされていたはずだ。

 しかし、サヤは難なく屋根の上に立つと、三等車との距離を確認している。


 屋根を蹴ったサヤの身体が宙に浮く。

 追い風の力を利用し、即座に三等車まで移動したサヤは、屋根の一部にナイフを突き刺すと、身体を列車の上へと着地させた。


 三等車の中にいた犯行グループの男たちは、天井から鳴った音に警戒した様子を見せている。


「……まさか、車内にエルフでもいたんじゃねぇだろうな」


「乗車する客を監視していましたが、それらしき姿はありませんでした。そもそも、いくらエルフでも列車の上に乗るような愚行はしませんよ」


 高速で走る列車の上には、凄まじい風が吹いている。

 仲間の一人が天井に向かって魔導銃を構えるも、穏やかな雰囲気の男がやんわりと制していた。


「一等車の者たちは今頃、乗客を二等車に移し終え、魔術列車の制御を奪いに行ったはずです。二等車の者たちは、人質と引き換えに金の交渉を。俺たち三等車は、合図があるまで待機というのがリーダーからの指示ですよ」


「チッ」


 犯行グループのリーダーには、ブレインと呼ばれるお気に入りがいた。

 ここでそのお気に入りに逆らえば、リーダーの不興を買うことになる。


 舌打ちをしながらも銃を下ろした男は、突如列車の窓が割れたことで、音の方を振り返ろうとした。


 喉を貫通したナイフが、男の動きを止めている。

 振り返る暇さえなく崩れ落ちていった男の姿に、仲間たちが驚愕の表情を浮かべた。


「おい、止めろ! 撃つな!」


 恐怖で魔導銃を撃ち始める仲間を見て、別の仲間が叫んでいる。

 目で追えない速度に、銃口を合わせられるはずもなく、銃弾は列車の壁や内装を破壊しているだけだ。


 次々と狩られていく仲間の姿に、ブレインは辺りを見回した。

 三等車の乗客は一箇所に集められており、みな怯えた様子でうずくまっている。


 騒がしかった音が、次第に止んでいく。

 静寂に包まれた列車内には、ブレインともう一人を除いて、血溜まりに沈む仲間の死体が転がっていた。


「全く、役に立たないゴミばかりですね」


 ブレインは乗客の女を人質に取ると、サヤを牽制するように話しかけてくる。


「動かないでください。君のせいで、罪のない人間が死ぬことになりますよ」


 一等車と二等車に人員を割かれているとはいえ、けっこうな数の仲間を連れてきていたはずだ。

 それが一瞬にして、壊滅寸前にまでなっている。


 表面上は平静を保っているブレインだったが、内心ではかなり焦っていた。

 

「どのみち殺すつもりだったのに、私のせいにするんですか?」


 闇に溶けそうな髪と服。

 底の見えない沼のような瞳が、ブレインの目と合った。

 不思議そうに首を傾げるサヤは、仕草だけなら少女のようにあどけない。

 

「冗談がお上手ですね。もしお嬢さんの言う通り、初めから殺すつもりだったのだとしたら、とっくに始末していましたよ」


 哀れなほど震える女のこめかみに、ブレインは銃口を強く押し当てた。

 小型の魔導銃は威力が低いが、人間の頭を吹き飛ばすくらいなら簡単だ。


「それならどうして、乗客を二等車に移しておかなかったんですか?」


 動揺から、唇の端がぴくりと震える。

 ブレインの額を流れた汗は、隠しきれない緊張を表していた。


「魔術って便利ですね。こんなサイズの爆弾も作れるんですから」


「ひっ!」


 いつの間にか、サヤの手に楕円形の物体が握られている。

 サヤを捕えようと背後から迫っていた男に、サヤはその物体を投げ渡した。


 咄嗟に受け取った男から、悲鳴が漏れている。

 まるで、後ろに目でも付いているのかと聞きたくなるほどの正確さだ。


「……どこで手に入れたんです?」


「屋根の上に置いてありました」


 屋根の他にも、窓の側や車内の座席の下など、爆弾は至る所に設置されている。

 一方で、三等車以外の場所に、爆弾は置かれていなかった。


 一等車と二等車の乗客は、人質としての価値が高い。

 しかし、三等車の乗客はそこらにいる普通の民だ。

 これ以上の人質は必要ない。


 そう考えたブレインは、不要な乗客ごと三等車を爆破するつもりだった。


「ふっ、ははははは! そこまでバレてるなら、誤魔化す必要もありませんね」


 人質の女を床に放り投げると、ブレインは可笑しそうに笑い声を上げている。


「良いことを教えてあげましょう。俺の生まれは、ゴルイドという国です。そして俺は、生まれながらに加護を与えられた選ばれし民でした」


 加護は、ゴルイドの全国民に与えられる訳ではない。

 そのため、中にはブレインのように、加護を持たない民を蔑む者もいた。


「もし俺を殺せば、その瞬間──列車は木っ端微塵に吹っ飛ぶことになります。この状況でもまだ、俺を殺すつもりですか?」


 銃口がサヤに向けられる。

 黙って立っているサヤに、ブレインは迷うことなく弾丸を撃ち込んだ。


「な……っ」


 ブレインの放った弾丸は、サヤではなく、その背後にいた仲間の男を撃ち抜いていた。


「あなたが加護を持っているように、私も異能を持っているんです」


 銃弾を避けるのは、サヤにとって難しくない。

 縮まっていく距離に、ブレインが慌てた様子で口を開く。


「俺を殺せば──」


 爆発する。

 そう続くはずだった言葉が、最後まで発せられることはなかった。


 ブレインの身体が扉を突き破り、二等車の中へと転がっていく。

 蹴り飛ばした足を下ろしたサヤの視界に、唖然とした顔でサヤを見るオラクルの姿が映った。


 二等車と三等車を隔てていた扉がなくなったことで、見通しが良くなっている。

 不機嫌そうだったアルヴィスの雰囲気が、サヤを目にした途端ふわりと明るくなった。


 

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