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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第三十五食 もはや恐いんよ


 港から山岳地帯までは、魔術列車が繋がっている。

 ルシーリア帝国の真ん中を横断するその列車は、魔術を使える民たちによって作られたものだった。


 エルフの使う魔法は、異能や加護に近いものだ。

 不可能を可能にし、超常的な現象を引き起こす。

 対して魔術とは、前の世界で言う科学のようなものに近かった。


 観察と実験を繰り返し、世界に存在する物質で新しい効果を生み出していく。

 ルシーリアの民に与えられた力──それは、溢れんばかりの魔術の才能だった。


「こんな規模の列車が、国を横断してるなんてすごいですね」


「ルシーリアの民は、誰しも魔術の才能を持ってるんよ。魔術は個々の差が出にくい上、少し鍛錬すれば扱えるからねぇ」


 異能や加護の力が人によって天と地ほど違う反面、魔術を使える者たちの力に大差はない。

 ディスタリアでは人を選ぶ仕事が多いが、ルシーリアでは手の空いている者が派遣される。


 魔術列車のような大規模な物が作られたのも、人材を選ばないルシーリアならではの強みによるものだと言えるだろう。


「そういえばサヤってさ、列車に乗る時アルヴィスに予見がどうのって話をしてたよねぇ。あれ、どういう意味なん?」


 魔術列車は、一度に大量の人数を運ぶことができる。

 席に余裕があったため、その場でチケットを購入したオラクルだったが、サヤに手渡した際どこか考え込むような顔をしているのに気づいたのだ。


 オラクルが観察する中、サヤはアルヴィスに小声で何かを話している。

 かろうじて“予見”という単語は聞き取れたが、詳しい内容までは知ることができなかった。


「これから、この列車でハイジャックが起こります」


「……ほあ?」


 とんでもない発言に、オラクルから間の抜けた声が漏れる。


「オラクルは、魔法が使えるんですよね?」


「まあ、うん。これでもけっこうな使い手よ、俺」


「それなら、自分の身を守ることに集中してください」


 それだけ話すと、サヤは車内販売で買ったお菓子を食べ始めた。

 摘んだお菓子をアルヴィスに手づから与える様は、まるで給餌を行う親鳥のようだ。


 呆けていたオラクルだが、列車内が妙に静かなことに気づき、ドアを少し開いている。

 豪華な設備と、各席が個室になった車両は、サヤたちのいる場所が一等車だということを表していた。


 オラクルが買ったのは一般的な席──いわゆる、三等車のチケットだった。

 しかし、サヤとアルヴィスの五つ星パスを目にした車掌が、チケットを一等車の座席に変更したのだ。


 分割された指輪(パス)には、それぞれ付き添いが一人まで認められている。

 結果的に、オラクルはサヤたちと共に一等車の席に座ることになっていた。


「そういえば、二等車から車掌が戻ってきてないんよね。もしかしてこれ、割と大規模だったりするん……?」


「放っておけば、かなりの死者が出ると思います」


 さらりと答えるサヤに、オラクルは「まじかぁ……」と呟いている。


「予見を無視して踏み込んだので、ここから先はあまり予想がつかないんです。でも、タイミング的にはちょうど良かったかもしれません。そろそろ──ご飯の時間でしたから」


 船では人間用の食事が提供されるため、アルヴィスはどれだけ食べようと物足りなさを感じていたはずだ。

 サヤが予見を無視すると決めたのも、ここらで食欲を満たせる人間(えさ)が必要だと考えたからだった。


 一等車と二等車を繋ぐ扉が開かれる音がした。

 次いで、扉に近い個室から悲鳴が上がり始める。


「俺もなんか手伝うよぉ。自分の身を守るだけじゃ、手持ち無沙汰だしさ」


「それなら、乗客の身を守ってあげてください。生存者は出来る限り、一等車と二等車に集めてもらえると助かります」


「りょーかい」


 オラクルが返事をした直後、サヤたちのいる個室のドアが乱暴に開けられた。


「おい! おめぇら、大人しくついてこい! 抵抗するなら殺すぞ!」


 魔導銃を構えた男が、銃口を向けながら脅してくる。

 前世で使われていた銃と似た威力を持つ魔導銃は、ルシーリアの民が作り出し、今や他の国にまで普及していた。


 強力な武器ではあるが、サヤたちのような能力者からしてみれば、使う必要のない代物でもある。


「とっとと動けやこの……ぅごはっ」


 男の顔が、列車の床にめり込んだ。

 頭から手を離したサヤは、感情がごっそりと消えた目で男を見下ろしている。


 そのまま廊下に出たサヤは、異変に気づいて駆けつけた仲間を一掃すると、死体をドアの前に積み上げていく。


「ひょえっ」


 オラクルから、小動物のような声が漏れた。

 なぜ死体を集めるのか分からず混乱するオラクルの前で、積み上がった死体が瞬時に圧縮されていく。


 死体の山が、あっという間に真珠サイズの大きさに変わった。

 指で摘んだアルヴィスが、口に含んだ球体をごくりと呑み込んでいる。


「ひょええっ」


 衝撃のあまり言葉を忘れたオラクルの口からは、意味のない奇声が発せられるばかりだ。


「一等車はこれで全員ですね。アルヴィス、まだ食べられますか?」


「余裕」


 アルヴィスの返事ににこりと笑ったサヤは、オラクルに視線を向けると、「さっき言ったこと、お願いしますね」と話しかけている。


「……ハイ」


 かろうじて答えたオラクルだったが、魔法の使い手として優秀なのは本当だったらしい。

 外した腕輪を杖に変形させると、一等車の乗客を転移させ、次々と回収していく。


 それぞれの部屋に入るだけ詰め込んだオラクルは、二等車に繋がる扉の前で足を止めた。


「アルヴィスとオラクルは、下からお願いします」


「……えーと、なんで窓開けてるん?」


 壁側の窓を開いたサヤが、窓枠へと足をかけている。

 

「私は上から行きます」


「上からって……ちょっ、ええ!?」


 外に身を乗り出したサヤが、軽々と列車の屋根に飛び上がった。

 止める間もなく消えたサヤに呆然と佇むオラクルを置いて、アルヴィスは二等車に向かうための扉を開いている。


 魔法も使えない人間が、高速で走る列車の上に躊躇なく乗るなど考えられないことだ。

 どうやらオラクルは、サヤについてとんでもない勘違いをしていたらしい。


 平然と進んでいくアルヴィスの背を見つめ、オラクルは浅はかな考えを悔いるように、自らの頬を叩いていた。


 

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