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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第三十三食 運命のあなたへ


「お揃いにしてみたの。どうかしら、可愛い子」


「すごく似合ってると思います」


 小夜の賛辞に顔を明るくした死の神は、機嫌が良さそうに微笑んでいる。


「気分がいいから、いくつか質問に答えてあげる。聞きたいことを言ってみて」


「じゃあ……ここはいったいどこなんでしょうか」


「私の領域よ。簡単に言えば、死の世界ってところね」


 自分がすでに死んだことは察していたものの、言葉にされたことで小夜の中に実感が湧いてきた。


「私と一緒にいた人は、どうなりましたか?」


「あの人間なら死んだわよ。真っ先にそんなことを聞くなんて、本当に面白い子ね」


 両親を殺した男が死んだと分かり、小夜から安堵の息が漏れていく。

 小夜にとっては、自分が死んだことよりも、犯人が死んだかどうかの方が重要なことだった。


「決めたわ。私、あなたを使徒にする」


 おかしそうに唇を吊り上げた死の神が、小夜の腰に腕を回してくる。

 小夜を引き寄せた死の神は、顎を指で持ち上げると、うっとりした眼差しを向けてきた。


「本当に可愛い子。中でも目は格別ね。くり抜いて飾りたいくらい」


 宝石のように煌めく紫の瞳は、感情によって輝きの度合いが変化する。

 夜空の星かと思えば、仄暗い底なし沼にまで堕ちる瞳を、死の神はとりわけ気に入っていた。


「ずっと使徒なんて要らないと思ってたけど、今なら他の神が言っていたことも分かるわ。よく聞いて、可愛い子。あなたはこれから、別の世界に転生するの」


「別の……世界?」


「そうよ。そこであなたは──」


 言葉が聞き取れなくなっていく。

 死の神との記憶が闇にのまれ、深層へと封じ込められる。


 柔らかい何かに包まれる感触。


 サヤが次に目を開けた時、そこには眩しい世界が広がっていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「転生してからも、しばらくは国が違うだけだと思ってたんです。異世界なんてあるはずない。死の神との記憶は走馬灯の一種みたいなものだって」


 意固地になっていたのかもしれない。

 しかし、大神官の言葉を耳にして、サヤはあの出来事が実際に起こったことなのだと確信した。


 今の世界は、前の世界と大きく異なっている。

 死への認識、種族による価値観、魔法という非科学的な力。


 そして何より、神との距離が近く、異能や加護による恩恵を受けることができた。


「普通の人間って言いましたが、本当は普通になれるよう取り繕ってきたんだと思います。憎いとか、妬ましいとか、罪の意識とか。周りの人が当たり前のように抱えていた感情を、私が感じることはありませんでしたから」


 そう見えるように、真似てきただけだ。

 両親という蛍の光があったから、小夜は二人のために普通であり続けた。


「私は自分を好いてくれた相手であっても、目的のためなら躊躇なく利用します。悪いと思うことはあっても、その場の感情だけです」


 前世のサヤが、青年を慕っていた気持ちは本物だ。

 それでも、目的の邪魔になった途端、気持ちが急激に冷めてしまった。


「アルヴィスは、大切なビジネスパートナーです。今のままでも充分、特別に思ってます」


 無理に関係を変える必要はない。

 言外に込められた意味は、サヤが張った予防線だ。


 サヤにとっても、アルヴィスはとうに大切な存在へと変わっていた。

 だからこそ、いつか“お兄さん”のように、アルヴィスにも冷めてしまう日が来るのではないかと不安だったのだ。


「俺なら、食ってあげたのに」


 しんとした部屋に響いた言葉が、サヤの伏せていた目を上げさせる。


「サヤの両親を殺したやつも、サヤの邪魔をしたやつらも、俺がいたら食ってあげられたのにね」


 残念だと呟くアルヴィスに、サヤの心臓が大きく鼓動を打った。


 アルヴィスは、両親のように正しい道を照らすのでもなく、青年のように、正しい道に引き戻そうとするのでもない。

 サヤの進む道を、共に歩もうとしてくれる。


「これからは、サヤの邪魔になるやつらは全部、俺が食ってあげるね」


 前の世界が生きづらいはずだ。

 サヤにとっての運命は、ずっとここにあったのだから。

 前世のサヤが何より欲しかったものが、今まさに──手の届く距離で光っている。


 膝立ちになったサヤが、アルヴィスの方へと身を乗り出す。

 濡羽色の髪が、夜のとばりを下ろすようにアルヴィスの視界を覆った。


「私も、アルヴィスが好き」


 重ねられた唇に、じんわりと温度が移る。

 ほんのわずかな時間。

 アルヴィスから離れたサヤは、元の場所へ戻るなり、突風のような速さで布団に潜り込んだ。


「サヤ、起きて。もう一回してほしい」


 雪だるまのようになったサヤを、アルヴィスが揺すっている。

 布団を頭まで被ったサヤは、そのまま微動だにせず、朝がくるまで顔を出すことはなかった。


 

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